帝国の英雄
マスクをかぶった裸の男が巨大オオカミの口に飛び込んでいく。一瞬だけその尻の竜尾鱗がキラリと光った。
「あ、あやつは何者じゃ。なぜ竜尾鱗を持つ」
お爺様がそれを見て慌てている。そうだ。なぜハンケツ仮面が王族にしか現れないという竜尾鱗を持つのだ。
もしかして、ハンケツ仮面の正体は……。
何かが頭に浮かびかけた時、アクダンカンが苦しそうな声を上げる。
「グェェェ」
奴は喉を掻きむしって苦しみだした。
「いいぞ。そのまま死んじゃえ!」
カゲロウ殿が喜びの声をあげる。
しかし、アクダンカンは私たちを睨みつけると、地面にうずくまって防御態勢を取った。
「今じゃ。奴を倒せ!」
「おう!」
士気を取り戻した兵士たちが攻撃するが、アクダンカンは相手にしない。
アクダンカンの喉のふくらみが少しずつ下がっている。奴は必死にハンケツ仮面を飲みこもうとしていた。
「まずい。このままだと飲み込まれてしまいます」
姫が焦った声をあげる。くそっ。なんとか奴の口を開かせねば。
焦燥する思いに駆られながらアクダンカンを睨みつけていると、奴がなぜか鼻息を荒くしているのに気付いた。
「奴はなんの匂いを嗅いでいるんだ?」
「においをかいでいるんじゃないよ。たぶんハンケツ仮面が喉につまっているから、鼻呼吸をしているんだよ」
カゲロウ殿がアクダンカンの鼻先を指さして言う。たしかに奴の鼻は限界まで膨らんでいた。
「なら、奴の口を開かせるには鼻を閉じなければ。タマ、力を貸してくれ」
「ギュイ」
タマは頷くと、私の頭に乗る。私の中に、ふたたび結界の力がみなぎってきた。
「『ドラゴンシールド』」
私はありったけの魔力を振り絞り、アクダンカンの鼻を結界で覆う。
「グオッ」
奴はしばらく我慢していたが、ついに堪えくれなくなったのか、大きな口をあけて空気を吸い込んだ。
「くそ。早くしないと、こいつがまた暴れだしてしまう」
そう思った俺が一方の道を選ぼうとしたとき、突然上から突風が吹きこんできた。
「うわっ」
その風に吹き飛ばされ、俺は反対側の道を落ちていく。
ドスンという音を立てて、俺は無数の小さな部屋があるような器官にたどり着いた。
「いてて!ここは……肺か?」
周囲の小部屋は、忙しくポンプのように広がったり狭まったりしながら、空気中の酸素を取り込んでいる。
「やばかったな。あのままだと胃に落ちるところだった」
俺は冷や汗をかきながら、全方位に向けて魔法を放った。
「ウインドニードル!」
極限まで圧縮した空気を針状にして、全方位に向けて放つ。
パーンと風船がはじけるような音がして、アクダンカンの肺は破裂した。
パーンという何かがはじけたような音が響き渡る。
「グオオッ」
アクダンカンが苦しそうに胸の辺りをかきむしり、地面に崩れ落ちる。
「ギャウ」
同時に、タマに着けられていた「隷属の首輪」も効果を失って地面に落ちた。
「やったの?」
「ハンケツ仮面様は?どうなったのですか?」
カゲロウ殿と姫が心配しているが、私も同じ気持ちである。
「待っていろ。すぐに腹を掻っ捌いて助けてやる」
私が剣を握ってアクダンカンの死体に近づいた時、胸の辺りが開き、中から裸の男が出てくる。
「やれやれ、なんとか倒せたか」
出てきたのは、ハンケツ仮面だった。
「ハンケツ仮面!」
「心配しましたわ!」
カゲロウ殿と姫が満面の笑みを浮かべて抱き着く。私も後に続こうとして、かろうじて思いとどまった。
「ハンケツ仮面。感謝する」
「気にするな。俺だけの力じゃないさ」
私とハンケツ仮面は、しっかりと握手を交わした。
「それにしても、なぜ帝都でこのような巨大モンスターが現れたのじゃ」
おじい様と兵士たちが巨大オオカミに近づいた時、その死体が縮んでいき、元の中年男の姿に戻った。
「こ、こやつは憲兵長官アクダンカン」
「奴は魔族に魂を売り、魔物と化したのだ」
ハンケツ仮面の言葉に、おじい様は目を剥いた。
「バカな。人間が魔物になるとは」
「……どうやら、相当数の魔物が帝国に入りこんでいるようだな」
それを聞いた兵士たちは、恐怖の表情を浮かべる。
「そんな、なら、どうやって魔族の侵攻を防げばよいのか」
「それを考えるのは皇帝だ。ヒラテ卿。後の事は任せる」
ハンケツ仮面はそういってその場を去ろうとしたが、私はその肩をがしっとつかんだ。。
「行かせると思ったか?残念だがお前は帝都を救った英雄だ。皇帝陛下の前に連れて行かねば、我々が責められてしまうのでな」
それを聞いて、おじい様もうなずいている。
「ハンケツ仮面とやら。見事な働きだった。陛下もめでたくおぼしめされ、褒美を下さるであろう」
「ち、ちょっと待て。俺は別にそんなもの欲しくない」
何か言っているが、竜尾鱗を持ち、巨大なモンスターを倒した男など放っておけるわけがないだろう。今日こそお前を陛下に正式な騎士として推薦するぞ。
「は、はなせーーー」
何かわめているハンケツ仮面を連れて、私たちは王城に凱旋するのだった。
あれから二日
俺は王城の一室に監禁されていた。
「いつまでここにいればいいんだ?」
「もう少しだけ待っていてくれ。帝都で巨大モンスターが暴れたんだ。事件の全容を解明する必要がある」
俺を監視しているエリスが、すまなさそうに告げる。
「いいじゃん。ボクたちが責められることはないだろうし」
「そうですよ。ハンケツ仮面様は帝都を救った英唯なのですから、皇帝陛下からご褒美をいただけるかもしれません」
カゲロウと姫もそういって慰めてくれる。
「俺はそんなものいらないんだが……」
そうは思うものの、逃げることもできない。三人にしっかり監視されているし、そもそも皇帝の謁見から逃げたとなると、今後帝都で冒険者として活動しにくくなる。
「そういえば、お前たちここにいていいのか?王子の護衛なのだろう?」
俺がそう指摘すると、カゲロウははっとした顔になった。
「そ、そういえば、王子はどこにいったんだろう。孤児院で別れて以来、姿をみてないし」
「何言っているんですか?王子はここに……げふんげふん。心配なされなくても大丈夫ですよ。そのうちひょっこり現れますから」
なぜか姫は、俺の方をみながらそういった。
「うむ。王子はいつも姿を消して何日も現れないことがある。そううち、ふらっと出てくるだろう」
エリスは何も心配してないようだった。これはこれで少し悲しいな。
「……仕方ない。こうなったらおとなしく待つか」
俺がそう思った時、侍従がやってきて俺たちを呼んだ。
「冒険者ハンケツ仮面殿、陛下がお会いになられる。失礼なきように」
「はっ」
俺は観念して、謁見の間に入る。
両側に並んでいた文武官たちは、俺の姿を見てざわめいた。
「あれが帝都を救ったというハンケツ仮面か?」
「見たところ、普通の騎士の恰好をしているようだが……あれ?どこかに違和感が」
そんなささやきを聞き流し、俺は皇帝の前に跪いた。
「そなたかハンケツ仮面という者か?ヒラテ将軍から聞いた。帝都を魔物の蹂躙から守ったそうじゃな。誠にあっぱれじゃ」
「おほめのお言葉、身に余る思いでございます」
俺は体を折って、深く頭を下げる。次の瞬間、後ろから俺をみていた廷臣たちから驚きの声が上がった。
「き、貴様!なぜ尻をだしておる。ここは皇帝陛下の御前であるぞ。無礼者!」
俺が前かがみになったせいで、丈の足りてない鎧から尻が出てしまったらしい。
しかし、皇帝は騒ぐ廷臣たちを一括した。
「黙るがいい!」
その迫力に押された廷臣たちが静かになると、皇帝は俺をじろりと見つめた。
「冒険者には傾いている者が多いと聞く。そなたの恰好もその表れであろう」
あれ?てっきり無礼者扱いされてすぐに追い出されると思ったんだが。
「ちょうどいい。ハンケツ仮面とやら。まずは尻をみせい」
皇帝がそう命令してくるので、俺は仕方なく後ろを向いて尻を見せた。
「ほう。見事な竜尾鱗じゃ。そなた、まさか王家の血を引くものではあるまいな」
まずい。このままだと俺の正体がバレてしまうかもしれない。
「いえ、先祖はいざ知らず、わが身は卑賤の者。そのようなこと、恐れ多いことでございます」
俺はそう言ってごまかした。まあ、確かに歴代の王の子孫の中には、庶子もいれば隠し子もいただろうから、市井の人間の中に王家の血を引く者がいてもおかしくないだろう。
俺の言いたいことが伝わったのか、皇帝はそれ以上の追及をしてこなかった。
「うむ。その謙虚な姿勢、誠にあっぱれ。気に入ったぞ。余に仕えぬか?」
やぱい。これ以上ここにいたら強制的に騎士にされてしまうかもしれない。
まあ、皇帝への謁見は果たしたんだ。ボロがでないうちに退散させてもらおう。
「お言葉ですが、私は自由を愛する身、帝都を守ったのも無償の義侠心からでございます。これで失礼させていただきます」
次の瞬間、俺の体は霧のようになり、鎧をのこして消えていく。
「なっ!」
「『霧化』だと、あんな超高等魔法が使える者が市井の冒険者にいるのか」
並んでいる廷臣たちは驚愕の表情を浮かべているが、なぜか皇帝はニヤニヤしていた。
「尻に竜尾鱗を持つ者で、あの技の使い手ということは……あやつめ。バカのふりをして、ワシまで謀っておったのか」
皇帝は嬉しそうに、抜け落ちた鎧を見つめる。
「皇帝の御前から逃亡するとは、不逞の輩め!騎士たちよ。すぐに追いかけて捕らえるのじゃ」
顔を真っ赤にした宰相が騒ぐが、皇帝は動き出そうとする騎士を抑えた。
「よい。捨て置け」
「ですが陛下……」
不満そうな宰相をギロリと睨みつけると、皇帝は玉座から命令を下した。
「ハンケツ仮面を捕らえること、このワシがゆるさん。奴には帝都を救った褒美として、『帝国御免の傾き者』の称号を与えよう。よいかその方ら、けっしてハンケツ仮面の自由を侵してはならんぞ。はっはっは」
皇帝、いや親父は玉座で高笑いした。
(これで俺は帝国のどこでも自由に活動できるってわけか。さすがは親父。粋なはからいをしてくれるぜ)
俺は親父に感謝しながら、霧となってその場から立ち去るのだった。
その後、憲兵隊長アクダンカンの悪行は帝国によって公表され、彼が不法に所有していたモンスターによって帝都が破壊されそうになった所を、一人の冒険者によって救われたのだという話が庶民の間に広まる。
「どこの誰かは知らないけれど、お尻はみんな知っている。ハンケツ仮面の兄さんは、庶民のみかたー」
帝都を救い、皇帝から「帝国御免の傾き者」と公認されたハンケツ仮面は、子供たちからそう歌われることになるのだった。
これで第一部完結になります
読んでいただいてありがとうございました




