鏡開き
三か月がすぎ、ようやく梅酒ができあがる。
俺は知り合いの冒険者や酒場関係者を集めて新商品の発表会をしていた。
「よし。樽を用意するのじゃ」
俺はトンカチをもって樽の前に立つ。
「王子、何をするのですか?」
「これは『鏡開き』という儀式じゃな。ほれ、やるぞ。3、2、1、開始」
トンカチが振り下ろされると、樽のふたが勢い良く割れて、甘酸っぱい酒の匂いが辺りに漂った。
「これは、いい匂いだな」
「おいしそう」
発表会に読んだ、俺が懇意にしている酒場のオーナーや酒場嬢も、その匂いを嗅いで相好を崩す。
「さあ、みな飲むがいい」
俺の音頭で、梅酒パーティが始まった。
「甘酸っぱくて癖になる味。ボクは好きかも」
毒見役として姫の前に梅酒を飲んだカゲロウは、気にいった様子でごくごくと飲んでいる。
「そんなに美味しいのですか。では、私もいただきます。ごくごく……ん?」
梅酒を飲んだ姫は、ボーっと顔を上気させながら、お代わりした。
「ち、ちょっと姫、そんなに飲んで大丈夫か?」
「大丈夫ですぅ~ひくっ」
姫はとろんとした目をしながら、何杯もお代わりしている。
「エリスは飲まないのか?」
「護衛が酔っ払っては仕事にならないでしょう」
まじめなエリスは、酒に手を付けずにひたすらジュースを飲んでいた。
その時、タマキンが俺のふんどしから出てきて、鳴き声をあげる。
「ギャウギャウ」
「おっ。タマキンも飲みたいのか?」
俺の言葉に、タマキンは大きくうなずいた。
「仕方ないな。一杯だけじゃぞ」
「ギャウギャウ」
タマキンは嬉しそうに梅酒が入った器を受け取ると、すごい勢いで飲み始めた。
「ドラゴンは酒が好きだと聞きますが、まだ子供なのに飲ませていいんでしょうか」
「まあ。一杯ならいいんじゃないか…って、おい!」
飲み終えたタマキンは一声鳴くと、開けたばかりの樽に直接飛び込んだ。
「こら!めっ」
「ギュウウウ」
慌ててすくいあげた時には、すでに樽の中身が半分ほど飲まれていた。
「仕方ないな。てか、その小さい体のどこに入ったんだ」
「ギュウウウ」
タマキンはすでに酔っ払って、へろへろになっている。
俺が怒ろうとしたら、酔った姫とカゲロウにかばわれてしまった。
「王子ぃ。怒っちゃやーよ。今日くらいいいじゃない」
「そうですよ。タマちゃんだって飲みたいんだもんねー」
「ギャウギャウ」
かばわれたタマキンは、普段懐かないのにこんな時だけ二人にすり寄っている。
「あははっ。かわいーい。王子~おままごとしましょ」
「おままごと?」
俺が首をかしげると、姫は満面の笑みを浮かべてきた。
「ええ。王子が夫で私が妻。そしてタマちゃんが子供の役ですね」
「ギャウ」
タマは頷き、俺たちの前にちょこんと座る。
「カゲロウ、あれをもってきて~」
「はーい」
カゲロウはふらふらしながら、酒蔵のほうに歩いていく。戻ってきた彼女は、小さな酒樽を二つ持ってきた。
「これは?」
「私もなにかできないかなっておもって、いろいろ新しいお酒を造ってみたんですよ。さ、飲んでみてください」
俺はしぶしぶ小樽を持ち上げて酒を飲む。なんとも言い難い苦みが口内に広がった。
「こ、これは?何が入っているのじゃ?」
「うふふ。開けてみてください」
そういわれて、おそるおそる小樽のふたをとった俺は悲鳴をあげる。中には赤紫色のムカデが入っていた。
「な、なんじゃこれは?」
「マーリン様からもらった、元気になるムカデをお酒につけてみました」
姫は悪気のかけらもない顔で言う。
「ふ、ふざけるな。こんなの飲めるか!」
思わず大声をあげてしまうと、とたんに姫は悲しそうな顔になった。
「そんな。王子のために作ったのに……私って駄目な姫ですね。王子の婚約者でいる資格はないのでしょうか」
地面に座り込んでめそめそするので、俺は慌てて慰めた。
「そ、そんなことはないぞ」
「でも……所詮は政略結婚ですし…王子は私が嫌いになったのでしょう?こんな私は王子に愛される資格なんてないのでは……チラッ」
あれ、今なんかチラ見されたような気がするぞ。
「い、いや。嫌いになどなっておらん。愛しておるぞ。姫よ」
真っ赤になりながら俺がそう告げると、姫はこの上なくうれしそうな顔になった。
「うれしいです……あなたの婚約者になれてよかったです」
姫があまりにも喜ぶので、見ていた子供たちから生暖かい視線が注がれている。
気まずくなった俺は、次の小樽に手をのばした。
「そ、それより、こっちの酒はおいしそうだ。いただこう。ごくごく……ぶっ」
魚臭いぬるぬるしたのど越しに、俺は思わず吹き出してしまう。
「こ、これはなんだ?」
「精力と魔力の回復によいとされる、やまうなぎを漬けてみました」
ふたをあけてみると、ぬるぬるした足のあるウナギが泳いでいた。
「だぁーっ」
おもわず吐いてしまうと、姫が悲しそうな目で見てきた。
「……やっぱり私って駄目な姫ですね。これ以上ご迷惑をかけられません。子供を連れてジパングに帰らせていただきます」
姫はタマキンを抱き上げて、泣きまねをした。
「ギャウウウ」
タマキンも悲しげな鳴き声をあげる。
「そ、そんなことないって。愛しておるぞ。姫よ」
「うれしい……サクラ、幸せです」
また姫は嬉しそうな顔になる。俺は助けを求めるように周囲を見渡した。
「あはは。仲がいいわね。でも白面ちゃんをいじめちゃだめよ」
「そうそう。いい酒場の太客……じゃなくて、私たちとも友達なんだから。ひとりじめはだめ」
俺の視線を受けて、俺がよく通っている酒場の嬢たちがやってきてかばってくれた。
彼女たちを見て、姫の目が吊り上がる。
「……その女性たちは誰ですか?」
「え?そ、その、ただの友達というか……」
やばい。なんだか姫が怖い。それにとっても後ろめたい。姫は無言で俺に近づくと、みぞおちめがけてパンチを繰り出した。
「ぐえっ」
「王子、浮気はだめですよ。まず私との間に子どもをつくってからです。いいですね」
「は、はい。私ってだめな王子ね」
静かな声で叱られて、俺は思わず落ち込んでしまう。
「あはははは。なにこのコント。息ぴったり」
「ギャウギャウ」
それを見て、カゲロウとタマキンが腹を抱えて笑っていいた。
「う、うん。仲がいいことはいいことなんだが……なぜかもやもやするな。なぜ二人は政略結婚なのに、ここまで打ち解けあっているのだ。出会って間もないくせに、幼馴染の私より……」
落ち込む俺のそばで、エリスは何事かつぶやいていた。




