地上げ
メディチ孤児院
「カゲロウお姉ちゃん。遊んで―」
「はいはい。何して遊ぼうか?」
カゲロウ殿が子供たちにまとわりつかれている。少し離れた場所では、姫が冒険者らしき男女に頭をさげられていた。
「実はアイアンアントに手を切られてしてしまったんですが……なんとか光魔法で治療していただけませんでしょうか」
ずうずうしい頼み事をしてくる冒険者たちに、私は思わず叱りつけてしまう。
「無礼者!このお方はな……」
「はいはい。いいですよ」
何か言おうとした私を抑えて、姫の光の治療魔法をつかう。欠損していた右手が元にもどった。
「ありがとうございます。このお代は必ず払います」
涙を流して感謝してくる冒険者に、姫は優しく笑いかけた。
「いいんですよ。でも、それなら無理しない範囲で孤児院に寄付をお願いしますね」
「な、なんてありがたい人なんだ……!まさに聖女だ。わかりました。命がけで働いて金を稼ぎ、寄付に来ます」
冒険者たちは頭を下げて去っていった。
こんなことが頻繁に起こるようになったのは、姫がけがをした冒険者を光魔法で治療してしまったからである。そのことがあっという間に広まり、孤児院にはけがを負った冒険者が押し寄せた。
姫は嫌な顔一つせず彼らを治療し、今ではスラムの住人や冒険者たちから「聖女」として崇められている。
そのおかげで寄付が増えて、なんとか孤児院は経営をつづけていられるが、決して裕福になったわけではない。結局、苦労をするのは私である。
「姫は治療、カゲロウは子供たちの相手で忙しい。金勘定はすべてそちに任せるぞ」
そういってトランス王子に経営を押し付けられてしまった。まあ、たしかに他国の貴族である姫やカゲロウ殿にこの帝国の制度などの詳しい事情がわかるわけがないので、私がするしかないのだが。
「王子も少しは手伝って……」
「やだよーん。余は難しいことはキライなのじゃ」
王子はそういうなり奥の部屋にひきこもって昼寝を始めてしまった。
まったく、王子は無責任なんだから。孤児院を助けたんなら最後まで面倒をみるべきなのに。
部屋にひきこもったら何時間も出てこない王子に憤慨しつつ、私は孤児院内の執務室にこもって仕事を続けた。
「ええっと…孤児院経営のためには、まず帝国に助成金を申請して……借金は無くなったが、食費も日用品代もかかる。後少しで『梅酒』とやらができるので、それが売れるようになれば経営は安定するのだが……」
頭を抱えてうなっていると、外から子供たちの歓声が聞こえてきた。
「ハンケツ仮面、遊びにきてくれたんだ!」
「遊んで―!」
慌てて外に出てみると、巨大な猪の魔物の死体を担いだハンケツ仮面がいた。
「よう。差し入れもってきたぞ」
他にもモッチースライムや、食べられそうな野草も大量に持ってきてくれている。
「すまない。いつもありがとう」
「気にするな。こいつらは食べ盛りなんだからな」
ハンケツ仮面はマスクの下で屈託なく笑う。彼はいつもふらっとやってきては、自分が狩った食材を置いていってくれた。彼のおかげで子供たちを飢えさせずに済んでいるといっても過言ではない。
「ギャウ」
一声鳴いて、タマが彼の鎧の下から出てくる。ボンっという音が響くと、可愛い女の子に変化した。
「ギャウギャウ」
タマは褒めて褒めてという風にハンケツ仮面に抱き着く。
「ああ、お前も手伝ってくれたな。いい子だ」
頭をなでられ、タマは笑顔を浮かべた。
「おー。タマちゃんも来たのか」
「遊ぼうぜ」
子供たちがタマの手を引く。彼女は笑顔を浮かべて、子供たちに交じって遊びだした。
実に平和な光景である。私がほっこりしながら見守っていると、孤児院の前に馬車がとまり、目つきの悪い男たちが下りてきた。
「失礼します。私は帝都で商売をさせていただいていますゼニスキーと申すものです。この孤児院の代表者であるセリナさんはいらっしゃいますか?」
そう名乗った男は、表面上は礼儀正しかったが、私たちを威圧するように睨みつけた。
「え、えっと、セリナは私です……」
子供たちの中からセリナが出てきて挨拶するが、彼女は男たちの雰囲気に押されておびえていた。
「そうですか。あなたみたいな少女が代表者とは。ふふ、さぞかし大変でしょう」
ゼニスキーはバカにするように笑う。奴についてきた護衛も、威嚇するように持っていた剣を鳴らした。
「あ、あの、それで、どういった御用でしょう」
「単刀直入にいいましょう。ここの土地を売っていただきたい」
金貨の入った袋を投げつけてくる。
「お、お断りします。ここが無くなったら、私たちどこにいけばいいか……」
「わからないやつだな。大人しく出て行けって言ってんだよ」
チンピラたちが出てきて、威嚇してくる。
「ここは金持ちの住居地になる予定なんだ。お前たちに居座られたら迷惑なんだよ。出ていかないなら、力づくでも追い出してやるぜ」
そういって剣を抜く。
「くっ……貴様ら……」
私も剣を抜いて相対するも、チンピラたちから嘲笑われてしまった。
「お嬢ちゃん。いきがるんじゃねえ」
「いくら騎士だからといって、俺たち相手に一人で何ができるってんだ」
男たちはニヤニヤ笑いながら迫ってくる。悔しいが奴らの言う事は正しい。私は騎士ではあるが、王子やハンケツ仮面のように強い魔法が使えるわけではない。大人数で取り囲まれると、為すすべもなく倒されるだけだろう。




