追いかけっこ
俺の目が覚めると、目の前には顔をくしゃくしゃにした父がいた。
「おお、トランス。目が覚めたか!心配したぞ」
いかつい顔をよせて抱き着いてくる。頭にのっている王冠が顔に当たって痛かった。
(さて……おやじには悪いけど、バカ王子デビューを果たさせてもらおうか)
俺は父皇帝に抱きしめられながら、さりげなく王冠をひっぱった。
つるりと何の抵抗もなく王冠がずり落ちる。それと一緒に黒いものが地面に落ちた。
「はっ、こ、これは……」
慌ててトラン皇帝は頭を押さえるが、もう遅かった。
「は、ハゲ!おやじ禿げている!ギャハハハハ」
絶妙のタイミングで俺は笑い声をあげる。つられて部屋にいた王子や大臣も笑い声をあげた。
「ち、父上はげていたんですか?」
「し、しらなかった……クスクス」
一斉に家臣たちに笑われ、皇帝は真っ赤になる。
「ええい!だまれ!笑うな!」
恥をかかされた皇帝が怒鳴り上げる中、俺はいつまでも笑い声をあげていた。
俺の「バカ王子計画」はさらに進行していく。ベッドから起き上がれるようになった俺は、マーリンの部屋に向かった。
「あら、トランス王子。元気になったの?心配したのよ」
マーリンは俺をぎゅっと抱きしめてくる。化粧のにおいが俺を包んだ。
「マーリン。お顔真っ白。きれい」
俺がほめると、マーリンはうれしそうな顔になった。
「あら?お化粧に興味あるの?」
「うん」
俺はなるべく可愛く見えるように、こっくりと頷いた。
マーリンはいたずらっぽい顔になると、化粧道具を取り出す。
「なら、王子もやってみない?」
「本当?やったー」
無邪気に喜ぶ俺に微笑むと、マーリンはおしろいを手に取った。
しばらく後、マーリンの部屋にヒラテ将軍がやってくる。
「よかった。トランス王子、ここにおいででしたか。訓練の時間になっても来ないので、心配していましたそ」
後ろを向いている俺に、そう声をかけてくる。その様子をマーリンはくすくす笑って見守っていた。
「……王子。なぜ後ろを向いているのですか。こっちを向いてくだされ」
「ばぁ!」
振り向いた俺を見ると、ヒラテはびっくりした声を上げた。
「お、王子。その顔は?」
「いいだろ。マーリンに教えてもらったんだ。たりらりらーん」
俺は白化粧に、濃い紫色のアイシャドーと口紅を塗ったピエロのような姿で踊りまわる。
「お、王子がバカになった……」
ヒラテは絶望のあまり、膝から崩れ落ちるのだった。
それからの俺は、バカ王子として着実に悪名を積んでいった。
「王子!。今日こそは許しませんぞ」
剣の修行をすっぽかされたヒラテ将軍が、真っ赤な顔をして追いかけてくる。
「いやだねー。俺は剣なんて嫌いなんだ!」
俺は尻をフリフリと振ってからかいながら、城内を逃げ回る。その姿をメイドたちが見てクスクス笑っていた。
「まただよ。王子と将軍の追いかけっこ。ヒラテ将軍も苦労するわね」
あまりにも俺が派手に逃げ回るので、すでに王城の名物扱いになっていた。
「待ちなさい!お前たちも捕まえるのじゃ!」
メイドたちまで動員して、追いかけてくるので、俺は白い布をかぶって壁と同化する。
「『消姿』」
気配を散らす風の魔法を使って、追いかけてくるメイドたちをやり過ごした。
「よーし。うまく撒いたな。次は……」
こっそりと移動して、訓練場の隅にある水浴び場に行く。そこではヒラテ将軍の孫で美少女と評判の俺の幼馴染、青い髪の騎士エリスが鎧を外して汗を流していた。
「『物体転送』」
俺はばれないように、衣装室からメイド服を取り寄せて変装し、ジュースをもって近づいた。
「ジュースを持ってきました」
「ああ。そこにおいてくれ」
シャワーを浴びていたエリスは、振り返りもせずに髪を洗う事に集中している。
俺はこっそり近づくと、裏声をつくって話しかけた。
「エリス様。きれいなお体していますね」
「そ、そうか?」
褒められて、エリスは照れた声を返す。
「よろしければ、お背中流しましょうか」
「ああ。頼む」
エリスはまったく疑いを抱かず、俺に背を預けてきた。スポンジにたっぷり石鹸を付けて、俺はエリスの背中を流す。よしよし、それではちょっと失礼して……
「あっ。手がすべった。にゅるん」
どさくさに紛れて、俺はエリスの胸を揉みしだいた。
「あっ。あん。何をして……」
振り向いたエリスが見たものは、真っ白に輝く俺の顔だった。
「き、きゃーーーーーー!変質者!」
まるでかよわい少女のような叫び声をあげるので、俺は耳がいたくなった。
「エリス様。どうなされたのですか!」
同僚の女騎士たちがやってくる。エリスは目に涙をためて、俺に指をつきつけた。
「こ、このメイド、変なのだ」
真っ白い顔にメイド服を着こなしている俺を見て、女騎士たちの視線が冷たくなっていく。
「何者だ?」
「何者だってか?」
俺はニヤリと笑うと、「アポーツ」で着ているメイド服を送り返した。
「きゃーーー!」
いきなり男の裸が現れ、動揺する女騎士たちに俺は決め台詞を吐く。
「はっはっは。余が変な王子様だ。では、さらば!」
後ろを向いて、尻丸出しで逃げ出していく俺を、女騎士たちが追いかけてきた。
「お、王子、裸で何をしているんですか!」
ヒラテやメイドたちも合流して、大人数で追いかけてきた。
(よし。次は……)
城の後宮の方に逃げ込み、隠し通路に身をひそめる。ヒラテたちがやってくるのを見て、仕掛けを作動した。
「うわっ!」
ヒラテたちの足元の床が抜け、メイドや女騎士もろとも落とし穴に落ちていく。
「ぎゃははは。ひっかかった!」
「王子!。これはなんですか?」
上から見下ろして笑っている俺に、ヒラテが真っ赤な顔をして聞いてきた。
「侵入者撃退用のトラップさ。何百年も使われないまま放置されていたのを見つけたんだ」
尻をフリフリふってからかう。
「このバカ王子!」
メイドや女騎士たちから一斉に非難の声があがり、俺はカチンときた。
「王子に対してバカとはなんだ。そんな態度だと余にも考えがあるぞ~」
俺は手でち〇こをもって、立ちションポーズをとってやった。
「ま、まさか。イヤーーー!。やめて!」
「もう遅い。5、4、3、2」
発射しようとした瞬間、怒号が響き渡る。
「これは何の騒ぎだ!」
やってきた父皇帝トランの剣幕におびえて、おしっこが引っ込んでしまう。
俺は衛兵によってひったてられてしまうのだった。




