誘拐
「やれやれ、失敗したな」
脱衣所を出た俺は、休憩所でお茶を飲みながら姫たちが出てくるのを待っていた。
「もしかしてあの姫って天然なのか?混浴しても全然恥ずかしがらなかったぞ」
美姫と名高いサクラ姫が気になったので、こっそりと見に来たのだが、エリスに見つかって護衛役を頼まれてしまった。それを利用して近づいたのだが、あそこまで純粋培養のお姫様だとは思わなかったな。
まあいいや。これからじっくり調教して……。
よからぬ妄想に浸っていると、なぜか先ほどの女たちが姫とカゲロウを運んで女風呂から出てきた。
「姫様と侍女様が湯あたりでのぼせてしまったみたいです。お医者様のところにつれていくので、馬車の用意をお願いします」
「は、はい」
宿の主人は仰天して馬車を手配する。姫は女たちに連れていかれてしまった。
「あれ……待てよ。ここは姫の貸し切りになっているはず。一般客がいるはずがない」
そう気づいた俺は、慌てて追いかける。
「おい。ちょっと待て。姫をどこに連れて行く気だ」
俺が宿の外に出た時は、すでに姫たちは連れ去られて姿が見えなくなっていた。
「ちっ」
俺は脱衣所に戻ると、姫とカゲロウの下着を手にとる。
「こうなったら、匂いを頼りに追跡するしかないな。くんかくんか。よし、覚えたぞ。『追跡』」
風魔法を使い、二人の匂いをたどるのだった。
俺は『浮身』で空を飛びながら、姫の行先を探る。
すると、クサツ村の郊外にある小さな小屋に姫の匂いが続いていた。
「あそこか。しかし大胆だな。姫を誘拐するなんて。誰が黒幕なんだ」
自分を霧と化して様子を探っていると、誘拐犯たちの声が聞こえてきた。
「トラリス王子様。これで私たちもハーレムにいれてくれますよね」
姫を誘拐した女たちの声がする。
「ああ。よくやってくれた」
若い男の声がそれに答えた。さらに中年男の声も聞こえてくる。
「ぐふふ、娼婦たちを村に潜入させ姫を誘拐させる作戦は、うまくいきましたな」
「ああ、都合よく魔物が大発生して姫の一行を足止めできて助かった」
そっと窓から覗いてみると、俺の兄、第二王子トラリスとビスマルク大臣が密談しているの見えた。
その時、姫とカゲロウが目を覚ます。
「あなたたちが私達を誘拐したのですか?何者です?」
姫は目の前に見知らぬ男たちがいても動揺することなく、しっかりした声で詰問した。
トラリスが、ニヤニヤしながら気障なしぐさで一礼する。
「おお、これは失礼いたしました。私はモンストル帝国第二王子、トラリスと申すもの。あなた様のあまりの美しさに目がくらみ、ついついこのようなお招きをしてしまいました。これもひとえにあなたへの思慕によるもの。愚かな私をお許しください」
姫はトラリスの長口上に冷たい視線を向けると、毅然とした口調で詰問した。
「それで、私を誘拐して何が望みなのですか?」
「そうですな。あなたは美しく気高くおわします。トランスごときバカ王子にはもったいない。ぜひ、この私の妻となっていただきたいのです」
自分の美貌に自信をもっているトラリスは、芝居がかった仕草でそうつげると、手を差し延べてきた。
「いかかですかな?私はいずれモンストル帝国の皇帝となるでしょう。その正妻として共に栄華を極めるというのは……私の申し出をお受けしていただければ、あなたは私が傷一つつけることなく帝都に護送させていただきましょう。誘拐犯から姫を救った英雄としてね」
「ふふっ」
トラリスの求婚を、サクラ姫は鼻で笑った。
「何がおかしいのですかな」
不機嫌な顔になるトラリスを、姫はおもいきりこきおろした。
「一国の正式な使者にして献上物たる私を誘拐するような短慮なお方が、皇帝になどなれるわけがないではありませんか」
それを聞いたトラリスの顔が真っ赤になる。
「短慮だと……」
「そうです。第二王子なら、自分の行動がどれだけ帝国に不利益をもたらしているか自覚を持ちなさい。あなたのようなお方の求婚を受ける気はありません」
姫はそういってトラリスをしかりつけた。
「私を拒否するというのか。そんなにあのバカ王子の慰み者になりたいのか」
トラリスがそう漏らすと、姫は今度は哀れみの視線を向けた。
「バカ王子とはトランス王子のことですか?」
「そうだ!」
それを聞くと、姫はため息をついた。
「トランス王子のことはカゲロウから報告を受けております。たしかにいたずら好きで奇矯なお方と聞いておりますが、王子の身分でありながら属国の姫を誘拐するようなお方よりましです」
そういって、姫はトラリスをあてこすった。
「では、どうあっても私の求婚を受ける気はないと」
「くどいですよ。私は自分の立場をわきまえております。私の身は私のものではなく、ジパング国のものです。モンストル皇帝陛下が第五王子トランス王子と私を結婚させるとおっしゃられている以上、私の意思でそれをお断りすることはできません。国家間の融和のための政略結婚の前では、個人の思惑や賢愚美醜など何の問題にもならないのです」
この姫、おっとりとして何も考えてないように見えて、自分の立場をよくわかっているみたいだ。俺なんかよりよほど王族としての自覚を持っているな。気に入ったぜ。
「なら、仕方ないな、貴様にはここで死んでもらおう」
それまで黙っていたビスマルクが、凶悪な顔になって言い放った。
それをきいて、トラリスがぎょっとした顔になる。
「お、おい。待て。さすがに属国の姫が帝国内で襲われて死んだなんてことになったら……」
「ぐふふ。帝国とジパングの友好関係にひびが入るでしょうな。下手をすると反逆されるかもしれません」
ビスマルクは平然とそう告げた。
「おい。そんな事になったら、大変なことになるぞ。この計画はトランスとサクラ姫の結婚を破談にさせ、ヒラテ将軍一派を失脚させるためじゃなかったのか」
「ぐふふ。私にとってはどちらも損はない。ヒラテ将軍が失脚しようが戦争が起ころうが、帝国の力を弱めることには変わりないからな」
そういうビスマルクの体は、どんどん膨らんで巨大化し、背中から真っ黒い翼が生えてきた。
「ビ、ビスマルク。お前は!」
「トラリス王子よ、ご苦労だった。お前の役目は終わりだ」
そういうと、ビスマルクはたくましい腕を一閃させる。トラリスは抜き飛ばされ、壁に激突して気絶した。




