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温泉

馬車に乗ってしばらく行くと、あちこちからもうもうと湯気が立ち上る小さな村に到着しました。


「すごい光景ですね。地面からお湯が沸きだしているのですか?」


カゲロウがその光景をみてはしゃいでいます。


「ええ。あれは温泉というものです。ここクサツ村は我がヒラテ家の領地なのですが、全国有数の観光地として多くの湯治客が入りにきています」


私の向いに座っているエリス様が、自慢そうに説明してくれました。


「湯治とは?」

「天然のお風呂に入って、体を癒すことです。ここのお湯に入ると血行がよくなり、美肌効果もあるといわれています」


それを聞いて、私も入りたくなりました。


「できれば体験してみたいですね」

「申し訳ありませんが、予定ではこのまま通過することになっております。我々は大所帯ゆえに、安全が確保できる大きな宿が確保できず……」


エリス様が申し訳なさそうに頭を下げてきます。仕方ないですね。私たちはモンストル帝国に献上するための多くの宝物も馬車に積んでいます。その警備も大変でしょうし、私のわがままで予定を変更させるわけにもいかないですからね。


「わかりましたわ。温泉はまた別な機会に」


それを聞いたエリス様がほっとした表情を浮かべた時、兵士さんが報告にきました。


「申し上げます。先日隊から連絡が入りました。、この先に魔物が大量発生し、街道が通行不可になっているとのことです」

「なんだと!詳しく話せ」


エリス様は馬車から降りて、兵士さんたちと行ってしまいます。しばらくして戻ってきたエリス様は、申し訳なさそうに告げました。


「大変恐縮なのですが、不慮の事態がおきまして、しばらくこの村に足止めされることになりそうです。この村で一番大きな宿屋を確保したので、姫様にはそこでご逗留くださるように申し上げます」


こうして、私たちは一行は分散して村の宿屋に泊まることになりました。


私たちが滞在することになった宿には、ステキな露天風呂があったので、むしろラッキーだったと思います。

私とカゲロウはうきうきしながら宿に入っていきました。


「エリス様も一緒にどうかしら」

「い、いや、私は村の外を警護をしております。魔物が大量発生しているというので、警戒せねばなりません」


残念、お誘いしたのに断られてしまいました。一緒にお風呂に入って、もっとおしゃべりしたかったのですが。


「帝都から魔物退治にきた、私の知り合いの凄腕冒険者にこの宿の警護を任せますので、姫様にはごゆるりとおくつろぎください」


そういうと、エリス様は行ってしまいました


「仕方ありませんわね。ではカゲロウ、一緒に入りましょう」

「はい。姫様。お供させていただきます」


こうして、私たちは露天風呂に入るのでした。



「エリス様は恥ずかしがり屋さんですわね。一緒に入りたかったのに」


私は残念に思いながら、お風呂場に入っていきます。岩でできたかわいらしい湯船がたくさん並んでいました。


「わあ、きれい」

「姫様。まずは体と髪を洗ってから入るのがマナーらしいですよ」


カゲロウは私を座らせると、髪を洗ってくれました。


「姫様の髪って本当にきれいですね。まるで桜の花のようなピンク色で。それに雪のように白い肌、豊かな胸。憧れちゃいます」


カゲロウはそうほめてくれます。うれしいな。


体と髪を洗って湯船につかろうとすると、止められました。


「姫様、少しお待ちください。まずボクが先に入って、安全を確認しますから」


そういって、カゲロウは湯船に入ります。すると、ふいに岩陰から人影が飛び出してきました。


「おっ。お前たちが護衛対象なのか?」


あれ?男性の声。先客がいたのかな?


「き、キャーーーーー⁉だ、誰なの?」


カゲロウが突然悲鳴をあげたので、私はびっくりしてしまいます。湯気の中から出てきたのは、騎士のマスクをかぶった裸の男性でした。

この方が私たちの護衛なのでしょう。ご苦労様です。


「き、キミは、ハンケツ仮面」

「ハンゲツ仮面だ。よう。久しぶりだな」


ハンケツ仮面と呼ばれた殿方は、親しげに挨拶してきました。どうやらカゲロウの知り合いみたいだけど、彼女が帝国に潜入していた時にお世話になったのかな。


「な、なんで男の人が入ってきているの!ここは女湯だよ」


カゲロウはなぜか警戒しているみたいだけど、護衛なのだから当然なのでは?ハンケツ仮面様も気にしてないみたいですし。


「何言っているんだ。モンストル帝国では温泉は混浴で入るのがマナーなんだぜ」

「そうなんですか?。男女が仲良く入浴できるとは、素敵な風習ですね。それではご一緒しましょうか」


そう誘うと、カゲロウは微妙な顔をしました。なぜだろう。ハンケツ仮面様も一瞬戸惑ったみたいですが、笑いながら背を向けてきました。


「そうか。なら背中でも流してもらおうか。温泉では女が男の体を洗うという作法になっているんだ」

「そうですか。面白い文化ですね」


何事も体験です。そう思ってタオルを手にとると、なぜか慌ててカゲロウが割り込んできました。


「ま、待ってください。どう考えてもおかしいです。姫にそんなことさせられません」

「ぐふふ。ならカゲロウに頼もうか」

「えっ?」


ずるい。私がやってみたいのに。


「この間は逃げられてしまったしな。あの時の借りを返してくれ」

「うっ」


借りですか。お背中を流すことが借りを返すことになるんでしょうか?


「なんだかわかりませんが、お世話になったのならきちんとお返しをしなければなりませんよ。カゲロウ、お背中を流してさしあげなさい」


私がそう諭すと、カゲロウは涙目になりながらタオルを取って、ハンケツ仮面様のお背中を流し始めました。


「うう。なんでボクがこんな目に……まだ16歳の乙女なのに、こんな恥ずかしいことをさせられるなんて……」

「あぁぁぁぁぁ。気持ちいい。余は満足じゃ」


ハンケツ仮面様は気持ちよさそうです。しかし、『余』とご自分のことをおっしゃられるとは、実は彼は高貴な身分なのではないでしょうか?


「失礼ですが、余とは高貴な者が使うお言葉。ハンケツ仮面様は王族に連なるお方なのでしょうか?」

「い、いや、こほん。なんでもないぞ」


うふふ。何かごまかされているみたいですが、身分高き方がお忍びで城下を散策されることはよくあること。ここは見て見ぬふりをしてさしあげましょう。


私の意味ありげな視線を感じ取ったのか、ハンケツ仮面様は目をそらし、妙な声を漏らし始めました。


「あぁぁぁぁ。はあはあ、もっとぉ。次は直接お願い」

「直接ってなにさ?」

「タオルをとって、体で直接……」


体で体を洗うやり方があるのですね。ぜひ身に着けて、わが君となる王子に施してさしあげたいと思います。


「面白そうですね。どうやるのでしょうか?」

「姫様!そんなことに興味をもたなくていいんですよ!うう……し、仕方ない、ボクが身を張って…」


カゲロウがタオルをとり、ハンケツ仮面様の背中に密着しようとした時、いきなり華やいだ声がきこえてきて、何人かの若い女の方が入ってこられました。


「やだー。やばーい。テンションあがるー」

「きゃははは」


騒ぎながら入ってきた方たちは、なぜかハンケツ仮面を見て悲鳴をあげました。


「き、きゃーーー⁉変態」

「おっと、これは失礼。『霧化』」


ハンケツ仮面様の姿がどんどん薄くなって消えていきます。いつのまにか、彼はお風呂場からいなくなってしまいました。


「や、やっぱり混浴が文化っていうのはうそだったんだな。ボクの貞操を返せ!」


なぜかカゲロウが地団駄を踏んで悔しがっていますが、私にはさっぱり何のことかわかりませんでした。


「あら、どうなされたのでしょうか?」


私が首をかしげていると、女の人たちが近づいてきました。


「わあ、きれいな人。ご一緒しませんか」

「この匂い袋を使うといいでしよ」


笑みをうかべながら、小さな袋を押し付けてきます。


「ま、待って。姫様に何をして……ぐぅ」

「えっ?」


間に入ったカゲロウが、いきなり倒れました。


「こ、これは?」

「モロロフォルム。匂いをかぐだけで眠りにおちる香料よ。ふふ、ゆっくりとおやすみなさい」


私は彼女たちによってどこかに運ばれるのを感じながら、眠りに落ちていきました。


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