サクラ姫
私は第二王子トラリス。このモンストル帝国の次の皇帝になるべき存在である。
だが、最近私は少々困った状況になっている。わが派閥の重鎮たるビスマルク大臣が行方不明になったからだ。
あの目障りな第五王子トランスを始末するといって魔物退治に引っ張り出せたはよかったものの、奴はピンピンした様子で戻ってきている。
さらに、生意気な護衛騎士エリスが「『大臣は魔物だった』などと妄言を吐いたため、私の立場まで悪くなってしまった。
そんなある日、夕食の席で父である皇帝トランがとんでもないことを言い出した。
「近々、属国ジパングからサクラ姫が姫が来られる」
「ほう。あの名高い美姫が。楽しみですな。もしや私の妻としてですか?」
期待を込めて聞いたが、父はゆっくりと首を振った。
「ちがう。トランスと結婚させることを考えておる」
それを聞いた他の王子や王女たちからは、悲鳴が上がった。
「父上!なにを考えているのです」
「トランスのようなバカに、大切な属国の美姫をくれてやるとは」
「そうですよ、それくらいなら私に……」
私がそう叫んだ瞬間、父はバーンと手をテーブルに叩きつけた。
「黙るがいい!ワシの決定に異を唱えるつもりか!」
父上の剣幕に恐れをなし、私は口をつぐむ。もちろんほかの王子たちも怒りを買わないように沈黙した。
「そういうわけじゃ。トランス。よいな」
「いいよーん。ぐふふ。可愛い子ならいいんだけどなぁ。期待しちゃうなぁ。うれしいなぁ」
トランクは立ち上がって、妙な踊りを踊る。私は憎しみの目で奴を見ながら、悔しさのあまり拳を握りしめていた。
自室に戻った私は、これからのことを考える。
(冗談じゃない。ジパングは豊富な地下資源を誇り、属国の中ではも一番裕福な国だ。やがて私の代になったら完全に攻め滅ぼして私の直轄地にしようと思っていたのに、よりによってバカのトランスなどに与えるとは)
バカとは言えトランスは王族だ。それが降婿するとなると、ジパングは属国から親国扱いになる。言いがかりをつけて征服することは難しくなるだろう。
「ええい!なんとかしてこの結婚を邪魔せねば」
「そのお役目、私にお任せ願えますか?」
そんな声がかけられる。びっくりして振り向くと、行方不明だった大臣ビスマルクが跪いていた。
「ビスマルク、今までどこにいっていたのだ!お前が失踪したせいで、私まで無用な嫌疑をかけられるところだったのだぞ」
「申し訳ありません。あのエリスとかいう小娘に不意打ちされ、監禁されていました」
ビスマルクは殊勝に頭を下げてきた。
「あの小娘が?」
「はっ。おそらくその背後にはヒラテ将軍がいるものと。奴の一派はトランス王子を操り、この帝国を乗っ取るつもりかもしれません」
そうか。妙にあのバカをかばうと思ったが、そんな思惑があったのか。帝国のために排除せねば。
「それはそうと、失態であったな。奴を始末することもできずに、おめおめと戻ってくるとは。お前は戦場放棄の罪を犯した犯罪者として追われておる。正直私のところに戻って来られても迷惑なのだがな」
私は冷たい目でビスマルクを見るが、奴は平然としていた。
「ふふ。トラリス王子がそんなことを言う資格はありますまい」
「な、なんのことだ」
「トランス王子に毒を盛るよう私に命じたのは、あなたではありませんか」
この男、私を脅迫するつもりか!
「そ、それは……私はそんなことは言ってない。ただ、誰かに毒殺でもされればいいと漏らしただけだ」
「いずれにしろ、私が逮捕されるときはあなたも道連れですぞ。皇帝陛下は激怒してあなたを処刑するでしょう」
ビスマルクはそう言って、私と自分が一蓮托生の身であることをほのめかした。
「どうしろというのだ」
「ぐふふ。私に考えがあります」
ビスマルクは、ヒラテ将軍の一派を一網打尽にする計画を話す。
「……確実に始末できるのだろうな」
「お任せください、ジパングとの交渉役となったのはヒラテ将軍です。もし途中で姫に危害が加えられることがあれば、奴の立場も危うくなるでしょう」
ビスマルクはそういって、ニヤリと笑った。
「これは、きれいな港町ですね。うーん」
モンストル帝国の入り口、港町シャンクウについた私は、精いっぱい背伸びして深呼吸しました。
「サクラ姫様。はしたないですよ」
侍女にして幼馴染のカゲロウが注意してくるけど、大目にみてほしい。何日も船の上だったんだから。
お供の者たちと船を降りると、豪華な馬車が迎えにきてくれました。
「ジパング王国の第一王女、サクラ姫様でございますね。私は帝国騎士エリスと申します。お迎えに上がりました」
護衛していた白馬にのった女騎士が、うやうやしく跪きます。青色の髪の凛々しい騎士さんで、好感が持てました。
「わざわざありがとうございます」
私が手を差し延べると、うやうやしく口づけしてくれます。こういう文化だって知ってますけど、ちょっとドキッとしてしまいました。
「道中、私が警護させていただきます。では」
そういって馬にまたがろうとする彼女を、私は押しとどめました。
「よろしければ、あなたも馬車に同乗してくださらないかしら。いろいろと聞きたいことがあるのです」
「ですが……」
「お願いします」
私が頼み込むと、エリス様は困った顔をしながら頷いてくれました。
「わかりました。では、ご同乗させていただきます」
私とエリス様、そしてカゲロウは三人で馬車に乗り込みます。これでモンストル帝国のことや、私の婚約者になるトランス王子のことを詳しくきけるかもしれません。
私たちが載った馬車は、兵士たちに護衛されながら帝都モンゴリアンへの街道を進むのでした。




