タマキン
神殿の中は、不気味なほど静まり返っていた。
先ほどまで響いていたマザードラゴンのうなり声も、今はもう聞こえてこない。
祭壇の間に入ると、疲れ果てたように横たわる黄金の竜が目に入った。
「マザードラゴン様」
慌ててエリスがかけよるが、マザードラゴンの命は尽きようとしていた。
『勇者の血筋の者よ。こっちへ……』
呼ばれて俺が近づくと、マザードラゴンの体の下から金色のうろこに覆われた小さな竜が這い出てきた。
「ギュイ」
金色の竜は、悲しそうな声を上げて母親にすがりつく。それを優しくなめると、マザードラゴンは俺の目を見据えて告げた。
『かってワラワは、勇者シムケンや竜騎士カトぺー、聖女チェリーなどの人間に育てられた』
マザードラゴンの独白が、神殿に響いていく。
『だが、人間の寿命は短い。あっという間に年をとり、ワラワを置いていなくなっていく』
悲し気な声がつたわっていく。
『ワラワは親しくなった者たちを、寿命の違いから見送るのが耐えられず、人間を遠ざけたのじゃ』
「なるほど。神殿の周囲の村が衰退して無人になったのはそういうわけだったのか」
俺はそれを聞いて納得した。
『だが、我が子を育てるのには、やはり人間の手が必要じゃ。勇者の血を引くものよ。わが子を頼む……無事に育つまで、我が子を守ってほしい』
言い終えると、マザードラゴンの体は金色の粒子になって、拡散していった。
「ギュイ」
それを見届けると、小さな竜は甘えるように俺にすり寄ってきた。
「困ったな……俺は明日をもしれない冒険者稼業だ。伝説の竜の親代わりなんて荷が重いぞ」
俺がそう漏らすと、だまって見守っていたエリスが助け舟をだしてくれた。
「よかったら、この子を私に預けてくれないか?マザードラゴンは帝国では神聖化されている存在だ。この子は帝国の全力を挙げてまもってみせる」
それを聞いて、俺はドラゴンをエリスに渡す。
「ああ。この子を頼む」
「心得た。ふふ、可愛いな」
「ギャウ」
エリスは愛情たっぷりに抱きしめるが、ドラゴンはその腕の中で不満そうに鳴いていた。
祠からでた私は軍に戻り、冒険者たちを指揮する。
「おい、勝手に取ろうするんじゃない。今回は帝国が雇い主なんだ。魔物の素材の中で使えるものは一か所に集めよ。まとめて売却して、あとで報酬として渡す」
私は好き勝手に動こうとする冒険者たちを指揮する。
「ギャウギャウ」
その一方で、私の腕の中でむずがるドラゴンを必死になだめていた。
「まいったな……何が気に入らないんだ。仕方ない。ハンケツ仮面になだめさせて……あれ?」
ドラゴンに手を焼いていると、いつのまにかそばにいたハンケツ仮面がいなくなっていることに気が付いた。
「おい。ハンケツ仮面はどこにいったのだ」
私は自分の腕の中で暴れるドラゴンの赤ちゃんをあやしながら、冒険者たちに聞いてみた。
「さあ、姿をみたか?」
「いや、見てないぞ」
どうやら、いつの間にか姿を消してしまったらしい。
「帝都に戻ったら、あいつが正式に騎士になれるようお爺様に推薦しようと思ったのに。報酬も受け取らず姿を消すとは……王子とマザードラゴンを守り、魔物と勇敢に戦いながら、なんと奥ゆかしい。ハンケツ仮面か。冒険者の中にもあのような男がいるのだな」
私は見下していた冒険者の中にも、勇敢で高潔な男がいることを知り、少し見直していた。
「王子もあのような男を見習えばよいものを。つくづく仕えがいのない主君をもった騎士は不幸だ」
私はハンケツ仮面と王子を比べて、ため息をつく。
そこに、行方をくらませていた王子がかえってきた。
「おっ、うまく魔物を討伐できたようだな。あっぱれあっぱれ」
私が死ぬような目にあったのに、王子は一人だけのほほんとしている。
私は怒りを抑えきれず、王子をどなりつけた
「王子!。今までどこにいたのですか?皆が命がけで戦っていたのに」
「余が死んだら任務失敗だろ。余の王子としての箔をつけるための作戦なんだから」
たしかにそうかもしれないが、戦っている者を見捨てて自分だけ逃げるなど卑怯すぎる。このバカ王子はお飾りでも上に立つものの役目を自覚していないのか?
「おっ?そいつはなんだ」
私が怒りに震えていると、王子は興味深そうに私に抱かれているドラゴンを覗き込んだ。
「ギュイ」
金色のドラゴンの子は、王子を見るなり嬉しそうにとびついた。
「お?余が好きなのか?よしよし」
私にはちっとも懐かないのに、なんで王子なんかに!
「気に入ったぞ。ペットとして飼ってやろう」
「ギュイ」
ドラゴンは嬉しそうに、スリスリと王子に身をすりよせている。
「名前は何にしようか。ちょうど形がアレにそっくりだから、チ〇ポコにするか」
マザードラゴンの子供にそんな変な名前つけるな!
「王子、いい加減にしてください」
「だめか?なら猫みたいにスリスリしてきて金色に輝いているから、タマキンだ」
「ギュウウウ」
ドラゴンは納得したように、首を縦に振った。
「王子……なんて名前を」
「ギャウ」
ドラゴンは、止めようとした私の手をひっかいた。お前はそんな名前でいいのか?これから一生そう呼ばれるんだぞ。
「本人は気に入っているみたいだぞ。なあ、タマキン」
「ギャウ」
ドラゴンは嬉しそうに鳴いている。ああもう、定着しちゃったじゃないか。こんなことが皇帝陛下やおじい様にばれたら、何をいわれるか。
私は頭を抱えつつ、冒険者たちをまとめて帝都に帰るのだった。




