勇者の血を引くもの
「よし。魔物たちは大体殲滅したな」
私はケンシー森に集った魔物を退治できて、気持ちいい汗をぬぐう。なぜかここにいた魔物はゴブリンやスライムなどの弱い種類ばかりで、簡単に倒すことができていた。
「そういえば、王子はどうしているかな。やけにおとなしいが」
そう思ったら私が王子の馬車の扉をあけると、そこに王子の姿はなかった。
「こ、これは、どういうことだ?王子はどこにいった」
「も、申し訳ありませんエリス様。王子はビスマルク大臣に連れられて、神殿に避難されました」
メイドの言葉を聞いて、私は怒りに震えた。
「バカな。指揮すべき兵から離れて将の安全がたもたれるわけがなかろう」
「で、ですが、私共では大臣に逆らえず……」
私はメイドたちの言い訳を最後まで聞かず、王子を追って森の奥の神殿に向かっていく。
神殿に到達すると、ビスマルク大臣が多くの強そうな魔物たちと一緒にいた。
「ビスマルク大臣、どういうつもりだ!」
私が怒鳴りつけると、大臣は私を見下した目で見つめた。
「ふん。あのバカ王子にしっぽを振るしかない小娘が。ちょうどいい。お前も始末してくれる」
大臣の言葉に、魔物たちが私に向かい合う。
「どういうことだ。まさか貴様、魔物に寝返ったのか」
「違うな。寝返るも何も、私は生まれた時から魔族なのだ」
その言葉と共に大臣の肉体が膨らみ、背中から翼が生えてくる。
「そんな!お前はいったい何者だ!」
「ふふふ。ワシは魔族の転生者。貴様たち人間に魔族は滅ぼされてしまったが、こうして人間の腹から生まれ変わることができた。それも恨み重なる帝国の大臣の家柄に。これで人間を内部から切り崩すことができる」
大臣の頭からまがまがしい角が生え、完全に魔族の姿になった
「まさか、貴様が王子に毒を?」
「そうだ。お前は知らぬだろうが、伝説の勇者シムケンもモンストル帝国の王家の血筋に生まれかわるとされている」
大臣、いやビスマルクは悦に入りながら語り続ける。
「今の王家の中に勇者の転生者がいるのかもしれぬ。だから竜尾鱗を持ち一番才能をみせたトランス王子に毒を飲ませ、その脳を破壊したのだ。頭がバカになったら、いくら勇者の力を持つものでもその力を発揮できぬからな」
ビスマルクは高笑いすると、空に浮き上がる。
「我が名は魔族四天王の一人、ビスマルク。魔王様復活前の露払いとして、いまいましきモンストル帝国を滅ぼしてくれる。者ども、こやつを殺せ」
次の瞬間、魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。奴らはさっきまで戦っていた奴らと違い、梅林の魔物よけ効果を受け付けないケルベロスやサラマンダーなどの強そうな魔物ばかりだった。
「くっ」
私は死を覚悟して、思わず目をつぶる。
しかし、次の瞬間、私に襲い掛かろうとしていた魔物たちの首が一斉に飛んで行った。
「な、なんだ」
「『ウインドカッター』大丈夫か?」
優しい声で呼びかけられる。目を開けた私が見たものは、尻を丸出しにした騎士だった。
「貴様は……ハンケツ仮面」
「ハンゲツ仮面だ」
俺は訂正しながら、エリスをかばって魔物と相対する。
「いいか、今あの神殿の中ではマザードラゴンが新たな命を産み落とそうとしている。俺たちの役目は時間を稼ぐことだ」
「わ、わかった」
エリスは混乱しながらも、剣を構える。
「いい子だ。それじゃ行くぞ。『浮身』」
俺はエリスの肩を抱いて、浮遊魔法をつかった。
「う、うわわわっ。怖い」
エリスは俺におぶさりながら、喚いている。
「いいか、しっかり捕まってろ」
俺はそう言いながら上昇を続け、魔物たちの集団を見下ろせる高さに到達した。
「ふん、逃げるつもりか」
ビスマルクが嘲笑ってくるが、俺は相手にせず両手に魔力を集中させる。
すると、両手に空気中のある成分が集まって、巨大な玉ができた。
「くらえ。極大窒息魔法『メノサイド』」
俺が放った空気の玉は、地上にぶつかると放射状にひろがり、それを吸い込んだ魔物たちは窒息して死んでいった。
「な、なんだこの魔法は」
背中のエリスは、俺が一瞬で大勢の魔物を殲滅させたことを見て興奮している。
「俺のオリジナル魔法だ。濃度1600ppm以上の一酸化炭素の空気を圧縮して、敵に叩きつけると、呼吸する生物なら強さも体力も関係なく一瞬で窒息死させられる」
俺は胸をそらして威張る。その様子をみて、エリスは尊敬の目を向けてきた。
「貴様……いや、あなたは素晴らしいな。帝国騎士にもあなたのような魔法の使い手はいない」
「ふっふっふ。そうだろう」
まあ、俺は王子として宮廷魔術師マーリンから直々に教えをうけていたし、前世知識を応用したらこれくらいの魔法を作りだすこともたやすいしな。
「それより、まだ敵が残っているぞ。気を抜くな」
俺の言葉にエリスは警戒した顔になる。魔族四天王ビスマルクは、空中にいたおかげで難を逃れていた。
「ま、まさか我が部下を全滅させるとは。そういえば、貴様は先ほど勇者の血筋にしか入れない神殿からでてきた。おのれ、貴様も勇者の血をひく者か!」
ビスマルクは、恐怖の表情を浮かべて俺をにらみつけると、捨て台詞を吐いて逃げ出した。
「き、今日はこの程度にしてやる。次は必ず命をもらうぞ」
そういって飛び去って行く。
「やれやれ、四天王だって威張っている割には逃げ足が速いな。まあいい。これでマザードラゴンを守れたみたいだし」
神殿を見ると、いつのまにか結界が消えている。どうやら出産を終えたみたいだ。
「いこう」
俺はエリスを連れて、神殿に入っていった。




