マザードラゴン
私はなんとか冒険者たちを集めて、ケンシー森へと出発する。
途中で豪華な馬車にのった王子一行と合流した。隣にはこの戦いに王子を駆り出すことを主張していた、ビスマルク大臣の馬車もある。
「ふむ。頼もしいのう。あっぱれあっぱれ。余は満足じゃ」
馬車から出た王子は白塗りの顔に満足そうな笑みを浮かべているが、冒険者たちからは笑われていた。
「わはは、なんだあの顔」
「真っ白でまるでピエロだぜ。あんなのが第五王子だとはな」
帝国の象徴たる王子がバカにされて、屈辱に拳をふるわせた。
「王子は馬車からでないでください。危険なので」
「なんでよーん。エリスの雄姿をみたいのに」
王子は不満そうに頬を膨らませるが、私は無視しておつきのメイドたちに申し付ける。
「いいか、絶対に王子を馬車から出すなよ」
「は、はい」
メイドたちはおろおろしながら、王子を監視するのだった。
俺を乗せた馬車は、ケンシー森へと続く街道を進んでいく。それにつれて、周囲には魔物の数が増えてきた。
「王子、あぶのうございます」
「だいじょうぶだよーん」
俺は気軽に返事しながら、馬車の外を見物する。エリス率いる冒険者たちはああ見えて魔物退治のプロらしく、簡単に魔物を討伐することができていた。
「これなら俺の出番はないかな」
そう思っていると、隣の馬車から太った大臣が下りてきた。
「トランス王子、ここはあぶのうございます。この先にマザードラゴンの聖なる結界に守られた神殿がございますので、そこにご滞在ください」
俺をわざわざ戦場にひっぱりだそうとした大臣が、何か矛盾したことをいっているな。
面白い。その思惑にのってやろう。
「くるしゅうない。案内せよ」
俺の言葉をきいて、ビスマルクはニヤリと笑うのだった。
エリスたちから離れ、森の中に入っていくと、周囲がきれいな花がさく梅林に代わっていった。
「うむ。きれいなものじゃのう」
「梅の木には弱い魔物を近づけない効果があります」
大臣の説明を受けながら馬車を進めると、ふいに拓けた平地に出た。そこには村の跡地があり、崩れかけた建物が並んでいる。
「ここは村だったのか?」
「はい。勇者シムケンが生きていたころは、ここはマザードラゴンを崇める者たちが集まる村だったのです」
「それがなぜ廃墟になったのじゃ」
俺の疑問に、大臣は笑って首を振った。
「ドラゴンは気難しい生き物。何か気に入らぬことでもあって、人間を遠ざけたのでしょう。ほら、あれがマザードラゴンの神殿です」
大臣が指さす方向を見ると真っ白い岩でできた壮麗な神殿があった。周囲には結界が張られている。
「あの神殿は勇者の血筋の者しか入れないとわれておれます。勇者にして帝国初代皇帝シムケンの子孫であるあなた様なら入れるかと」
ビスマルクは忠実そうな顔をして俺に神殿に入るようにそそのかした。
「くるしゅうないぞ。ではいくか」
俺は魔力でできた結界をかき分けて神殿に入っていく。ビスマルクが俺の背後で卑屈な笑い声をあげるのが聞こえてきた。
(バカめ。これでマザードラゴンの結界も乱れ、侵入しやすくなる。ついでに王子も始末すれば、勇者の候補者を一人減らすことができる)
ビスマルクの周囲には、いつのまにか無数の魔物たちが集まっていた。
(俺をここに誘い込んで、どうするつもりなのかな)
警戒しながら神殿に入っていく。そこは多くの人間が生活していたようで、広いスペースを誇っていた。
しかし、今は無人で誰もいない。奥のほうから苦し気なうなり声を聞こえてくるので進んでいくと、巨大な祭壇が設置されている空間に出た。
祭壇の上では、一匹の金竜が苦しそうにうなり声をあげている。
『……そなたは何者じゃ』
「モンストル帝国、第五王子トランスだ」
その神聖な雰囲気に押され、俺はバカ王子の演技をすることもわすれて素直に返事をしてしまった。
『勇者の血筋のものか。ならば頼みがある』
金竜は長い首をもたげて、俺を正面から見つめる。
『ワラワはマザードラゴンじゃ。そなたが入ってきたせいで、ここ結界が乱れ、やぶれそうになっておる』
マザードラゴンは苦しそうに出口の方をみつめる。そこからは、大勢の魔物たちが侵入しようとする気配を感じた。
「それはすまなかったな」
『よい。元々ワラワの寿命はつきかけておった。数日縮んだにすぎぬ。だが、ワラワにはまだ為すべきことがある』
そういうと、自分の膨らんだお腹を見る。
『ワラワがあらたな子を産み落とすまで、どうかここを守ってはくれまいか』
『いいぜ。「アポーツ」』
俺はいつもの騎士の正装を取り寄せて身にまとい、出口の方にむかった。
『感謝するぞ。我が友の子孫よ……』
そういうと、マザードラゴンは出産に集中するべく気力を集中させる。
神殿の外では、ビスマルク大臣が大勢の魔物を率いていた。
「よいか。ここでマザードラゴンを始末するのだ。そうすれば新たな勇者が現れてもその力を充分に発揮できず、魔王様が復活した後の世界征服が容易になる」
ビスマルクは醜く顔歪めてそう魔物たちを煽る。
そこへ、騎士の正装を身に着けた俺が現れる。
「貴様は何者じゃ?王子はどこにいる」
「はっはっは。我が名はハンゲツ仮面。世界を守る正義の騎士なり。残念ながら王子はすでに逃がした。貴様たちの相手は私だ!」」
俺はおどけながら魔物たちに名乗りをあげた。
「ええい。こうなったらマザードラゴンだけでも倒すのだ。者ども、続け!」
ビスマルクが号令をかけると、大勢の魔物たちが一斉に俺を取り囲んだ。




