バカ王子誕生
世界一の大帝国、モンストル帝国の王城
その中庭で、15歳くらいの少年と少女が修行をしていた。
「転送」
少年が呪文を唱えると、空中に魔法陣が現れる。その魔法陣に手を入れると、その中から剣が現れた。
「見事な転送魔法ですな。では始めますか」
少年と一緒にいた威風堂々とした老人が、傍らに控えていた美少女騎士に合図する。
「トランス王子、お相手いたします」
「エリス、今日もまけないぞ」
二人は剣を構える。そのまま実戦形式での稽古が始まっる。キーンという音がして、少女騎士の持つ剣がはじかれた。
「お見事です」
エリスと呼ばれた少女騎士は、尊敬の眼差しを王子に向けた。
「エリスこそ、鋭い剣だった」
王子はエリスにかけより、優しく手を差し延べると、少女の顔が真っ赤に染まった。
「ふふ。王子もかなり腕を上げておりますな。将来が楽しみですな。では次は私がお相手して……」
老人がそこまで言ったとき、妖艶な声がかけられた。
「ヒラテ様。次は私の番ですわよ」
声をかけてきたのは、帝国一の魔術士といわれる宮廷魔導士マーリンだった。40代の妖艶な白い髪の美女である。
「マーリン殿。まだいいではありませんか」
「トランス王子は魔法の才能もあります。そちらも宮廷魔術師である私がきちんと指導しないと」
そういうと、マーリンは愛おしそうに少年を抱きしめた。
「ああ。愛しのトランス王子。可愛くて魔法の才能も豊かな私の弟子。食べちゃいたい」
そんなことをいいながら頬ずりをする。
それを見て、エリスの目が吊り上がった。
「ち、ちょっと。何しているんですか!王子から離れて!」
「マーリン殿。トランス王子はまだ15歳ですぞ」
エリスとヒラテ将軍が釘をさすと、マーリンはしぶしぶ王子を離した。
「わ。わかっておりますわ。では王子、昨日の復習から」
マーリンに促されて、王子は魔力を集中させる。
「浮身」
王子の足に風の魔力があつまり、ふわふわと宙に浮きあがった。
「すばらしいです。あなたこそ私の後継者ですわ」
「そ、そんな。僕なんてまだまだだよ」
そうやって照れる王子。
その時、豪華な鎧を着た男が訓練場に入ってきた。
「よく学んでいるようだな、トランス」
「父上!」
父皇帝から褒められて、王子は嬉しそうな顔になる。
「他にはどんな魔法を学んだのだ」
「はっ。ではご覧ください。『霧化』」
王子の体が霧のように拡散して、消えていく。少し離れた所に霧があつまり、再び実体化した。
「いざという時に逃げられるよう、必死に学びました」
「うむ。さすが竜尾鱗を持つワシの息子だ」
皇帝は愛情たっぷりの顔をして、王子の頭をなでる。竜尾鱗とは王族に現れる金色の鱗で、勇者の血を引く証とされている。トランス王子はお尻にその印があった。
そんな彼らを、妬みの視線でみつめる男たちがいた。
「第五王子の分際で、あの剣と魔法の才能は危険だ」
「あやつの母は平民出身の妾。このままでは栄光ある帝国貴族の権威が……」
「なんとしても、あやつを葬らねばならん」
トランス王子の才能を危険視する王族や貴族たちによって、陰謀が繰り広げられようとしていた。
その日の夕食の場
皇帝と共に、王子たちが食卓を囲んでいる。
「トランス、修行はどうだ?辛くないか」
温かい目を向けてくる父皇帝に、トランスは元気よく返した。
「いえ、ヒラテ師匠とマーリン先生にはよくご指導していただいて、私は感謝しております」
「うんうん。さすがわが息子だ」
ひげを生やした皇帝トランは、家臣たちの前で見せる威風堂々とした姿とは打って変わり、父親としての情愛に溢れている。
「皇太子トーマが死んでどうなるかとおもっていたが、これで帝国も安泰だな」
豪快に笑う父皇帝だったが、、ほかの王子たちは憎しみの目をトランスに向けていた。
(平民の子のくせに……)
(あいつさえいなければ、次の皇帝は俺に……)
トランスの母親は平民の出身で、数年前に病死していた。父トランはそんな彼を哀れに思ったのか、こうして可愛がっている。
しかし、そのせいで他の王子や王女から妬みを買っていた。
彼らの憎しみの視線に気づきもせず、トラン皇帝はさらに続ける。
「最近地方貴族たちが勢力を拡大し、皇家に対する反逆の気配を深めておる。お前たちは兄姉として、トランスをしっかりささえるのだぞ」
「はっ……」
王子たちは不満そうな顔になりながらも、しぶしぶ頷く。
「よし。では飯にするか。乾杯!」
「乾杯」
王子や王女たちが盃を傾ける。次の瞬間、うめき声を漏らして、トラストの手から盃が落ちた。
「痛い痛い!頭が痛い!」
頭を押さえて転げまわるトラストに、トランは怒鳴り上げる。
「ど、どうしたんだ。しっかりしろ。衛兵!」
「はっ」
トランスは衛兵たちによって救護室に運ばれていく。その様子を王子たちはニヤニヤしながら見送っていた。
僕はトランス。モンストル帝国の第五王子。
いつか立派な皇帝になって、帝国を発展させることが僕の目標だ。
そんな僕は、夢を見ている。夢の中の僕は、日本という世界で舞台を見ていた。
豪華な服を着た男が、頑固そうな老人をおちょくってからかっている。
「このバカ坊ちゃん!」
股間から鳥の頭を模した着ぐるみを着た男に、老人はそう突っ込んでいた。
「なんだよぅ。文句あるか!これは俺のポリシーなんだよ!」
白塗りの顔の男はおどけながら、尻を控えていたメイドに向ける。男は後ろ姿だけが開かれた服を着ており、後ろからは尻が丸見えだった。
「きゃーーーーーーー1」
見たこともない変わった服をきていたメイドたちは、それを見て悲鳴を上げる。
こうして、舞台は笑いに包まれるのだった。
「誰だこいつ。なんでこんな恥ずかしいことしているんだ」
そう思いながら見ていると、だんだん男が何をしているかわかってきた。
「なるほど。これは劇の一種なんだな。でも本人は楽しんでやっているみたいだ」
男は人を笑わせ、大金を稼ぎ、浴びるように酒を飲み、楽しそうだった。
「うらやましいな。俺もこんな風に好き勝手に生きていきたいな」
男の楽しそうな様子をみていると、だんだん王子として厳しくしつけられている今の生活が窮屈に思えてくる。しかもなまじ優秀さが際立つと、暗殺されかねない。事実、魔法の才能を見せただけで毒を盛られたのである。
「それぐらいならバカ王子扱いされるほうがましだ。そうなったら、少なくとも無視されるだけで暗殺の対象にはならないだろうからな。決めた。俺もこんな風に自由に生きるぞ」
夢の中で、少年=男はそう決心するのだった。
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