第九話:宵闇シンフォニー
読んでくれいる方々、更新遅くてすみません。
「戻ったか、フィエン」
「ただ今戻りました、カレンさん」
「隊長も報告を心待ちにしている、早速部屋へ」
「はい、わかりました」
久しぶりの火星だった。地球へ残してきたセレナのことが少し不安であるが、火星政府のやつらだって無茶はするまい。念のために、レータさんとリンさんに頼んでおいたし。
火星保護団体――今はマーゼ・アレインっと改名したらしい――の本部に戻ってきた私を出迎えたのは同僚の女性、カレンだった。黒く長い髪を後ろに長し無表情であることが多い彼女だが、能力は一流である。彼女も私と同じで、火星政府へのスパイが主な任務である。もっとも、私と違って地球ではなく月に派遣されているのだが。月にも、小さいが火星政府の基地があり、もちろんそこから地球の観察も行っている。
今回は私とレータさん達との契約の報告だけであったので、その旨を話し協力を要請したら、すぐに帰る予定であった。この時までは……。
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「失礼します、隊長」
「フィエンか、よく戻った。お疲れだったな」
私は少し暗い、本部の中の隊長の部屋に入った。ここはいつも冷たく、そして暗い。そうしなければいけない訳ではないのだが、隊長がそうしたいそうだ。お互いに一言二言ねぎらいの言葉をかけ合ったあと、私は真剣な顔になる。
「早速ですが、任務の報告を。あ、その前に……セレナは元気ですよ。少々無茶をすることはありますが、大丈夫です。優しい子に育ってます。後で、火星政府のデータも渡します。それで本題ですが……地球難民の造ったメシアはメギドにも劣らない性能かと思います。細かいデータも後で渡しますが、これだけのものをつくるとは、正直予想外でした。さすがに人数も足りませんし、大量生産には至ってないのですが……」
「なるほど……、大まかな説明は既に聞いている。向こうが出した条件は人材と材料の提供、そして地球難民の火星への移住の交渉を政府と行う……だったな?」
「そうですね、全くそのままの条件でした。こちらとしては美味しすぎる条件かと思いますが」
「裏がないと……、お前はそう思うか?」
「最初は彼らを疑いました。でも今は……信じています。彼らも我等と何ら変わりのない、ただ平和を求める人たちなのです。是非、条件を飲みましょう」
私は全て本音で話していた。実際、彼らを疑ったこともあったが、今は信じている。彼らも私たちと同じなのだ。ならば、協力するに越したことはない。
「そうだな。私はお前を信頼している。向こう側の条件を飲もう。早速手配をする。それともう一つ、お前に仕事を頼みたい」
「私に、……ですか?地球で?それとも火星で?」
「火星でだ。お前と、……カレン!」
隊長が大きな声でそう呼ぶと入り口で控えていたカレンが入ってくる。
「お呼びですか?」
「あぁ、お前たち二人にしか出来ないことだ。火星で子供たちを集めてフォーラムを開きたい」
「フォーラム……、ですか?」
私とカレンは声を揃えて、聞き返す。少し、ピンとこない。
「あぁ、もしこのまま私たちの計画が成功しても、歴史が再び繰り返しては意味がない。だから、今火星に住んでいる子供たちに分かっておいてもらいたいことがある。その為には、火星政府の人間である、お前たち二人が必要だ。私や他のものがやってもテロリストの戯言だと考えるだろう。もちろん、私たちの思想を理解してくれる者もいる。しかし、今は火星政府に睨まれている。派手な行動を起こすべきではない」
「おっしゃる通りです。私とカレンが主催ということにすれば、人々も興味がわくでしょうし、政府に目をつけられることもないでしょう」
「うむ。大体の準備はこちらでやっておくが、細かい打ち合わせは二人でやってくれ。もう既に部配属前の子供たち何人かには招待状を送ってあるからな」
「分かりました」
私とカレンは揃って返事をする。私は、はいはいと隊長の言葉を聞いて返事をしていたが、何も考えてはいなかった。地球にいた時からマーゼ・アレインに入るまでこのような催しなどやったこともない。
何の検討もついてはいなかったのである。ただ、カレンは仕事に忠実であるし、なんでもそつなくこなせそうではある。それに女性であるから、こういう仕事は楽しんでやってくれると思っていた。
「カレンさん、私はこういったものには自信がないんだが、頼ってもいいかな?」
私は隊長の部屋を出てから、カレンに声をかけてみる。すると、意外な答えが返ってきた。
「いや、私もこのような経験はない。故に、フィエン、お前に頼もうと思っていた」
「え、でもカレンさん、さっき返事していたし……それにこういうの得意だと思っていた」
「それはお前も同じではないのか。それに私がこういったものを得意と言ったことは一度もない。私ができるのはスパイと戦うことだけだ」
カレンさんは、顔色を変えずにさらりと言い切った。
ま、まずい……、このままでは……。なんとかしなくては……。
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「久しぶりの三人だね」
「そうだなぁ……」
レオの問いかけに、俺は生返事で答える。俺たちは家に帰省するために、モジュールの中を歩いていた。前回はユーリと二人だけだったが今回はレオも一緒だ。もっとも、レオは家に親も誰もいないだろうとは言っているが……。
俺は数日前のハルカとの戦闘演習から、急に現実に戻されたことに少しギャップを感じていた。平和なのは悪くない、もちろんいいことである。ただ、あの胸の高鳴りが忘れられない―――。
「なによ、リク。ぼーっとしちゃって」
「だってさ、数日前に俺とお前は巨大なロボットを動かして戦ってたんだぜ?あれは現実なのかどうかも、疑わしくなってくるよ」
俺の言葉にレオはくすりと笑って答える。
「何言ってるんだい、あれはほんの演習だよ。戦うことは多分ないだろうけど、外で開発を行う上でメギドは必須なんだから。これからもっと乗ることになるよ」
「そうよ、私だって乗ったのあれが初めてじゃないんだからね。あんたも早く慣れなさい」
う……、そういえばこいつらはもう何回も乗ってるんだったな。あれぐらいで舞い上がってちゃ、こいつらに追いつくなんてまだまだ無理か。
「分かってるよ、だから最近、訓練してるんじゃねーか。それにしても、シンラン部長メギド乗るの上手いよなぁ」
俺のその言葉に、ユーリとレオは顔を見合わせる。そしてその直後、大きな溜息を吐いた。
「あんたねぇ、なんでシンランさんが部長なのか知らなかったの?」
「え……、それは一番開発に関する知識とか能力とかリーダーシップとかが高かったからじゃないの」
「まぁ、それもある。けれど、それだけなら別に他の人でもいい。男女差別をする訳じゃないいけど、シンラン部長が女性に関わらず部長になれたのは、卓越した操縦技術があるからなんだ」
「卓越した操縦技術?それってメギドを動かすのが誰よりも上手いってことだよな?」
「そうだね。メギドに限らず、たいていのメカならシンラン部長はそつなく動かせるんだよ。つまり、逆にいえば、それだけメギドを自由に操れなければ上には立てない。いまや、開発部になくてはならない存在なんだよ、メギドは」
「そうだったのか……」
「あんたも開発部のはしくれならそれぐらい覚えておきなさい。多分、シンラン部長が本気出したら、ハルカだって敵わないわ。コウザキ部長とも渡り合える」
そうだったのか。今までシンラン部長はとにかくすげぇって感じだったけど、本当はもっと凄かったのか。一度乗ったことある俺だからわかる。あれを自由に動かすのは並大抵のことじゃない。もしかしたら、地球にいた時に誰かから手ほどきを受けたのかもしれない……。人の過去を探るのは趣味じゃないけど気になってしまう。
――そろそろ、俺の家が近付いてくる。
「レオもユーリも一旦俺の家寄ってくだろ?」
「そうね、お邪魔するわ」
「僕もそうさせてもらうよ。家に帰っても誰もいないと思うしね」
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「で、どうしましょうか?カレンさん」
「そうだな。しかし、我々で考えるといっても日時も場所もテーマも指定されている。特別に考えることもないんじゃないのか?」
「テーマ…って指定されているんですか?」
「あぁ、『地球と火星の今までとこれから』だ。抽象的すぎて、ここから考えるのも一苦労だとは思うが」
「そうか、地球と火星については当たり前でしたね。そこから、どう発展させていくか……ですね」
「ふむ」
私とカレンさんは場所を移してフォーラムについて話しあっていた。私はソファに座っているがカレンさんは、立って腕を組んで一人考え事をしているようだった。フォーラムではもちろん、私たちの考えを伝えることが最重要目的である。それでも、招待されてくるのは十五歳前の少年少女たちだ。分かりやすい様に、かつ深刻な問題であると示さなければならない。
「昔の地球と今の地球、そして火星の写真の展示というのはどうだろうか?」
「なるほど。確かに、写真は分かりやすく、かつ的確に伝えることができますね。それと、私たちの質問コーナーというのはどうでしょうか?月と地球に実際派遣されているということを利用するんです」
「そうだな。その二つの方向から考えていこうか」
「あれ、カレンさん、楽しそうですね」
普段あまり表情を変えないカレンさんが少し顔に笑みを浮かべていた。
「ふっ、たまにはこういうのもいい息抜きになる。もちろん仕事だとわかってはいても」
「確かに……そうですね」
カレンさんも、マーゼ・アレインに入ってずっと活動を続けてはいるが、まだ20を超えたばかりの女性である。何故、“この場所”に来たのかは分からないし、聞くつもりもない。けれど、こうやって普通に年相応のこと(なのかどうかちょっと自信ないけれど)をやるのも楽しいのかもしれない。私も、“ここ”に来てからは自分を捨てたつもりだったけど……セレナ――私には君がいてくれた。ただ、君が笑って平和を祈るのなら、その為なら少しは頑張ろうと思えた。だから、その誓った未来の為に、誰もが平和に暮らせる明日の為にこのフォーラムは、必ず成功させる。
「カレンさん……」
「なんだ?」
「必ず成功させましょう」
「無論だ」
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「地球と火星を考えるフォーラム?」
「うん」
クーが俺に相談したいこととは、フォーラムへの参加についてだった。
「僕、前に兄ちゃんと地球を見た時改めて思ったんだ。もう二度と地球の悲劇を繰り返しちゃいけないって。だから、それから地球の過去にも興味があったし、地球から火星へ行くことになった過程とかも色々知りたいと思ってた」
「なるほど、クー君らしいわね」
「そ、そうかな?」
ユーリに褒められて(?)クーは照れ笑いをする。
「でも、ちょっと変だよね……」
「ん、何か気になったことでもあるのか?レオ」
「今、火星政府はNOAH発見で、人々の目をそちらに向けさせたいはずだ。それを火星政府の人間が、わざわざ今更、地球と火星についてのフォーラムなんて開くかな……?」
「だからこそ……じゃないか?」
「どういうことかしら?リク」
「人々の目がNOAHに向いて、浮足立っている時だからこそ、同じ過ちは繰り返さないように……過去を見つめなおすってことじゃないか?」
そうだ。ちょっと前の俺のように、少し刺激的なことがあると、目はそちらに向けられてしまう。その瞬間、過去はなかったことにされる。だから、俺たちには時々立ち止まって、過去を見つめなおす機会が必要なんだと思う。レオの考えも確かにもっともだが、こう考えれば合点がいく。
「なるほど、あんたにしてはまともな意見ね……」
「一言多いと思いますが、ユーリさん」
「気のせいよ」
「むっ」
「まぁまぁ」
クーが俺とユーリをなだめる。勿論、俺とユーリも本気で口論している訳ではないのだが。ここでいつも仲介に入るレオが、入ってこないことに気づく。
「どうした、レオ?やっぱりまだ疑問か?」
考え込むようにしていたレオが言う。
「そうだね……。一見、リクの考えが正しいようにも思えるけど……それは、あくまで僕らの意見だ。火星政府がそこまで考えているとは思わない」
「ありがとう、レオさん」
ここでクーが口を開いた。
「心配してくれているのは分かります。それでも、僕行きます。さっき、最近の兄ちゃん達の話を聞いて思ったんです。僕も……今何かがしたいって。これから僕のやろうとしていることは無駄もしれないし、何も生まないかもしれない。それでも、今動くことに意味があると思うから」
しっかりとクーは言葉を刻む。
「そうだね。クー君ならしっかりしてるから大丈夫だね。それでも、なにかおかしいと思ったことがあったら、すぐにリクか僕たちに知らせるんだ」
「分かりました。有難うございます」
「レオ、随分気にかけてくれるんだな」
俺はレオがここまでクーのことを心配してくれるとは思わなかったので、すこし意外だったのだ。
「同じ過ちを繰り返したくない……だけだよ。あの日、妹が地球に連れて行かれることが決まった日――あの日の後悔が止む時はない。だから、クー君を重ねているのかもしれないね。もちろん、杞憂だと思うけれど」
「そうだった…な、悪い」
「いや、リクが謝る必要なんてどこにもない、これは僕らの問題なんだから」
そう言って、レオは静かに目を閉じる。
(セレナ。今でも君の無事を祈っている)
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響いていく
交わっていく
重なっていく
絶望へと収束していく
次で十話です。文の書き方は完全独学ですが、なにかおかしいところがありましたら指摘ください。