第八話:Like a rose in the mars
「せや!上手いで!」
「うん、悪くないね。ここまで上達が早いとは思わなかったよ」
「へへっ!」
インカムからレオとハルカの声が聞こえ、それが賛辞を送るものであったので俺は思わず笑みを漏らす。自分より大きなものを動かす―――、それは初めての体験だった。俺は別に支配欲はないと思うし、暴力的でもない。それでもなんだか気持よかった。今はまだ、言われた通り手や足を動かしているだけだが、いつかこれで宇宙を駆り、開発をすることができたら―――。胸の高鳴りはやまない。迷いを受け入れた俺は、また一つ成長することができたのかもしれない。
「どや、レオ?これならうちの提案通りいけそうやろ?」
「うーん、そうだね。まさかここまでとは思わなかったな。早速呼びに行ってくるよ。ハルカも準備をしておいて。一応聞いておくけど……」
「なんや?」
「君は必要ないよね?」
「ぷっ、くくく、冗談きついわ、レオ!」
「はは、了解」
インカムから二人の会話内容が断片的に聞こえる。ひとまず、これで終了といったところだろうか?
折角、いいところだったのにと思いながら俺は問いかける。
「どうするんだ?今日はお終いか?」
「いやいや、これからが本番だよ。今から僕たちは準備に取り掛かるから、リク、君はそこで待っていて。通信は切っておくけど、何かあったら呼び出してくれればいいから」
「そうか、分かった」
本番?今までのは練習だったっていうのはわかるけど、何をするんだろうか?いきなり宇宙へ出ることはないだろうし、準備というほど大それたことをするのだろうか?
何にせよ、少し手持無沙汰になってしまった。俺はおもむろにポケットから端末を取り出す。これは、火星内で使える通信機器で主に仕事の通達や家族との連絡などに使われる。
「ん?クーからメッセージがあるな」
どれどれ……。
『兄ちゃんへ。お仕事がんばってる?お話があります。時間ができたら帰ってきてね』
お話……?この前帰ったばっかりなのに、何かあったのか?あいつから端末に連絡が来ることは珍しい。普段連絡を取り合う事柄もないし、あいつはなにかあっても俺をあまり頼ろうとはしないからだ。
時間ができたらと書いてあるが、気がかりだな。なるべく早く帰ろう。
「リク、出てきて下に降りてきてよ」
耳につけたインカムからレオの声が聞こえた。どうやら準備は終わったらしい。
「あれ?ユーリ?どうしたんだ?」
「リク?!レオ、一体これはどういうことなの?」
そこには俺とハルカと同じパイロットスーツを着た、ユーリの姿があった。
ユーリも事態を飲みこめないらしく、レオに説明を求めた。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。ハルカ、紹介も兼ねて君から説明した方がいいんじゃないかな?」
「せやな。といっても、ユーリはうちのこと知ってるで?なぁ、ユーリ?」
「ハルカ=コウザキ……あなたがここにいるってことは……なるほどね。私が呼ばれた理由も含めて分かったわ。だったら、協力はしたくないわね。リクには……メギドに乗って欲しくはないわ」
「ユーリはハルカのこと知ってたんだ。それもそうか、お互いにそれぞれの部の期待の星だもんね。ところで、ユーリはなんで協力したくないと?」
レオはユーリに問いかける。
「大方、リクとハルカ=コウザキの戦闘演習でもするつもりでしょ?それで、私がリクのメギドに乗ってサポートしろと、そういう訳でしょう?なら、お断りね。リクを戦いに巻き込みたくないわ」
「さすが、噂に聞いた通り頭の回転は速いな。まさにその通りや。しかし、ちょっと早とちりすぎるんちゃう?まずはリクの意見を聞いてみんと」
俺はいきなりのことで頭が混乱していた。ユーリはいきなりあらわれてもう状況を把握したらしいが。どうやら、俺とハルカが戦闘演習を行い、その為にユーリが俺のメギドに乗ってサポートしてくれるとか何とか言ってたな。で、それをユーリは嫌と……、つまりはそういうことらしい。
「なぁ、ユーリ?俺は早くメギドを自由に動かせるようになりたいだけだ。その為の演習で、実際に俺たち開発部が戦場に出る必要はないだろ?だから、俺が戦いに赴く可能性っていうのは考えなくてもいいんじゃないか?」
俺のその言葉を聞くと、ユーリはため息をついて首を振った後、俺に向き直り言う。
「そうね、普通に考えればそうよ。でもね、今がどんな状況かはあなたも分かっているはずよ。NOAHの発見は嬉しいけど、マーゼ・アレインが活動を活発化させてるって話したわよね?戦争になったら、使えるものは全て戦争に使うにきまっているでしょう?実際に戦うハルカ=コウザキの前でこんなことを言うのは酷だし最低かもしれない。でも、私はあなたに武器を持ってほしくない」
「ユーリ……」
俺はユーリの話を聞いて思い留まる。俺が戦争に行く可能性が増える……。俺は、別にいつ死んでも……いいやダメだっ!俺にはクーがいる。親が当てに出来ない以上、そして戦争が始まるのなら尚更、一人には出来ない……!
「なるほど……、確かに一理はあるわ。だけどな……」
ここで、ハルカが再び口を開いた。
「戦争が始まったら、逃げ場がないのは誰にだって同じや!戦いに出る者だけが死ぬとは限らへん。相手がテロリストである以上、死の危険性は誰にだってある。それなら、誰かを守れるだけの力をうちはリクに持ってほしい!せやからあんたも、情報部の中のメギドパイロットメンバーに志願したんとちゃうんか?」
その言葉を聞いてユーリは一歩下がった。
「そっそれは……確かにそうだけど……。」
俺は一歩踏み出して、自分の言いたいことを言おうと思った。
「ユーリ、俺だってクーやお前やみんなを守りたいんだよ。守られるだけでいいはずないだろ……?お前がみんなを守りたいのと同じように俺だってみんなを守りたいんだ」
「リク……」
俺だって、別に戦争がしたい訳じゃない。人を殴りたい訳じゃない。それでも、誰かを守るためならば必要な戦いだってある。そのためならば俺は剣をとることもいとわない。
「それよか水臭いぜ。お前もメギドに乗ることになってるなんてな」
「おっと、リクそれは少し語弊があるよ」
ここで先ほどまで黙っていたレオが話に入る。
「ユーリは既にメギドに乗っていて、情報部の中ではかなり優秀なオペレーターなのさ」
「さすがにレオは知っていた訳ね。まぁ、そういうことなら手伝いましょう。その代わり手は抜かないわよ?」
「ふふん。ちなみにうちにはオペレーターいらんで?ハンデってことやな」
ここで、ユーリとハルカが睨みを利かせあう。ってか、論点ずれてるんじゃね?これって俺の訓練のはずだったんじゃ……。
「なぁ、これって俺の訓練のはずだったよな?」
「あぁ、もちろんや!な?」
「えぇ、もちろんね」
「いやお前ら二人完全に俺を無視して盛り上がってただろ!」
「まぁまぁいいじゃない」
俺の突っ込み空しく、簡単にレオに場の主導権を奪われてしまう。
「じゃあ、ルールを説明するね。さすがに希少なメギドを傷つける訳にはいかないから、武器は本物は使わないよ、あくまでモデルの剣。そしてコックピット、つまりお互いの頭に設置された風船を先に割った方が勝ちということにする。もちろん割る手段は剣に問わず、パンチでもキックでもなんでもオッケーさ。これでどうかな?」
「うちはもう了承してる」
「私もそれで構わないわ」
「俺もよくわからんがそれで」
その時、ユーリから、おいおい……と言いたげな視線が送られてきたが気にしない。
「それともしもの時の為にお互いの通信は常に使えるようにしておくこと。僕は監視室から様子を見て、勝負が決まったら三人に連絡を入れるから。それではみんな移動しよう」
レオの一声でそれぞれが持ち場に移動する。パイロットスーツを着ているユーリは俺と同じメギドに乗り込んでオペレーターをしてくれるらしい。
「ユーリ、オペレーターって主に何をするんだ?情報部と関係あるのか?」
「あぁ、そうね。その辺から説明しないと駄目ね。まず、メギドを動かすのはリク、あなたよ、もちろん。私は相手の行動、空間の乱れなどから情報を読み取り、あなたに最適のプログラムを送るわ。あなたがそれを認識した後どう使おうが自由だけどね」
「なるほど……、ハルカにはオペレータ―が乗らないが、それでも出来るのか?」
「彼女は、父親譲りの抜群の反応スピードど格闘センスがあるからね。あなたは初心者。これで丁度いいぐらいよ。もっとも私がオペレーターをする以上負けは許さないけどね!」
そう言って、俺に笑顔を向けたが、どう考えても目は笑ってない。……頑張ろうと思う。
**********
「さて、うちの準備は出来たで?そっちはどうや?」
「俺とユーリも大丈夫だ。レオに合図を頼んでもいいか?」
「ええで、任せるわ」
俺とユーリはそれぞれ所定の位置に着いた。二人の距離が離れてはいないが、お互いの意思疎通が完全にできるように、二人ともインカムをつけた。メギドに備え付けの通信装置でハルカとレオとはいつでも連絡が取れるようにもなっている。
「レオ、準備できたから合図を頼む」
「了解」
そう言って、一旦レオとの通信は切る。
辺りの張りつめた空気や静かな空間が心地よい。今まで、こんなに緊張感を味わったことなんてなかった。命の危険はないにしてもだ。
ビー!!!
張りつめた空気を、甲高い機械音が切り裂く。レオが放った開始の合図だ。
「いくよ、ユーリ!」
「ええ!」
まずは、ハルカのメギドが距離を詰めてくる。お互いにモデルソードを持っているとはいえ、射程はそう長くはない。近づかないことにはどうにもならないと判断したようだ。
「リク!、相手の左足の空間に若干の歪み!恐らく蹴ってくるわ!プログラムは既に組んであるからひとまずその通りに動いて!」
「お、おぉ!」
俺は画面上にある、ユーリのプログラムを読み、それをメギドに適用する。後はタイミング勝負だ。
ユーリのメギドの動きをよく見て……―――。
「いまだっ!」
ガキッ!と鈍い金属音が響く。
俺はユーリのメギドの左足を剣で弾いた。これは避けてバランスを崩したところに、すぐに攻撃が来て不利になると読んだユーリの案だった。
「リク!続いて右腕で殴ってくるわ。プログラムも送ったから!」
「助かるぜ!」
ユーリの予想通り、右腕が俺のメギドを狙い、それが空を切った。ここで相手のメギドが少しバランスを崩す。
「今よ!相手が風船をかばったら、剣で足を払って!」
「了解っ!!」
そして、ユーリの攻撃プログラムを適用して、ハルカのメギドに攻撃を加えようとした。
しかし……。
**********
「くすっ、左足の蹴りは読んでたか!さすがや!じゃあ、これならどうする?」
ハルカにとって最初の蹴りは牽制だった。その後の二撃、三撃で仕留められればいいのだから。そして次に右腕で相手を殴ろうとする。
「バックステップ?!これも避けたか!次はどうする?!」
ここで少し、バランスを崩したが特に気にはしなかった。相手はこのまま間合いを測ってくると思ったからだ。そのまま体制を立て直し追撃を行おうとした、その時だった。
「な、向かってくる!?攻撃か?どこ狙うんや、風船か?!」
――いや、違う!
ハルカはとっさに左手に持っていた剣で足をかばった。
ガキッ!とした重く鈍い金属音の後、自然と二機のメギドの距離が開いた。
「さすがやな……、いきなり風船は狙ってこんか……、でもうちでもそうしたからな。この勝負相手に膝をつかしたら勝ちや!」
ハルカもユーリも同じことを考えていた。お互いが万全の状態で頭に装着されている風船を割ることは難しい。だから、まずは相手の体勢を崩す。それからゆっくり割ればいいのだ。
**********
「くそっ、防がれたか!」
俺の一撃はハルカによって防がれた。初めてユーリの読みと計算が外れた。
「さすがね、そうやすやすと勝たしてはくれない訳ね……」
「次はどうくる?」
「まだなんとも言えないわね。一旦、相手の様子を見ましょう。さっきの流れ的にこの勝負は後手後手に回っても不利とは言えないわ」
「あぁ、わかった」
一手交えてみて分かった。やはり、俺とユーリやハルカでは経験値が違う。この演習をしておいてよかったと思える日が必ず来るだろう。
「!来るわ……、剣を突き立てて来る!?他に歪みは見られない!突進してくるわ!」
「突っ込んでくるのかよ!避けるか!?」
「このスピードなら無理よ!話してる余裕もない!このプログラムを使って!」
「あぁ!」
な、なんだと……これは……!いや、いくしかないっ!
「うらああっ!」
俺は剣を相手めがけて猛スピードで投げた。
**********
次はこの手やな。
……相手からはやっぱり動いて来ーへんみたいやな。
「いくで!」
うちは剣を突き立て相手めがけて突進する。この姿勢からなら、四肢の周りの空間は歪まへんし、動きは読みづらい!そして、ギリギリのところから相手めがけて剣を投げつける!これで、うちの手に武器はなくなるけど関係あらへん。剣がたとえ風船に当たらへんでも、相手は一瞬の隙ができる。そこに突っ込んで腕でも足でも使うて割ればええだけや。
「なっ!」
うちが剣を投げつけたのとほぼ同時に相手もうちめがけて剣を投げてくるやて!?
**********
パンッパンッ!
ほぼ同時に2機のメギドに装着された風船は割れた。
「うーん、引き分けだな」
レオは呟き、三人に連絡を送ろうとする。その時だった。
「なるほど、これはこれはおもしろかった」
「まさか、ハルカとここまで渡り合えるとはね」
「シンラン部長!コウザキ部長!」
後ろには、シンラン部長とコウザキ部長の姿があった。
「コウザキよ、うちのもなかなかやるだろう?」
「いや、うちのというより、やはり情報部の彼女がすごいな。最後のあのスピードで突っ込んでくるメギドに、寸分違わず剣を命中させるプログラムだったよ。ハルカは完全に感覚だろうがな、相変わらず」
そう言って二人は笑い合っている。二人とも、いつから後ろにいたのだろうか。まったく気配は感じられなかった。僕に気を使って気配を絶っていたのだろうか。
「ふ、まぁ、だが彼らを戦場には立たせたくないものだな、コウザキ」
「無論だ、だから俺たちが守っていかねばならん。暴力などに頼らなくてもいいようにな」
僕たちはなんだかんだいって、大人に守られているんだ。
でも、僕たちだっていつか大人になる。その時に、多くじゃなくていい、自分の大切なものを守れる力をつけておきたい、それだけなんだ。
「引き分け、風船は同時に割れたよ!」
僕は通信マイクに向かって叫んだ。
**********
強くなりたい
強くなりたい
何の為に?
じぶんのために
だれかのために
理由なんかなくたっていい
いまは






