第七話:Megid-メギド-
クーと地球を見に行ってからしばらくが過ぎた。あの日のクーの言葉が今も俺の胸に残っている。
俺は、地球を大切だと思えていないのだろうか。それでも、日々は悪戯に過ぎていく。
新衛星に関することも少しずつ分かってきた。そして、ついた名称は「NOAH」。人類の乗せる箱舟の意味からとったらしい。もっとも地球の神話の話ではあるが。
俺たち開発部も活動が活発になってきた。シンラン先生は、授業を休んで他の人に任せることが多くなったし、レオと会う日も少なくなってきた。
みんなが、なにを考えて動いてるのは俺には分からないし、俺が何を考えて動いているのかももちろん誰にも分からない。それでもみんな生きている―――。
「おはよう、リク!」
「あぁ、おはようレオ」
俺は開発部の研修室へ向かう途中でレオに会った。もっとも、この間までの研修とは違って現場で働くための実践的な研修だ。しかし、なんだかんだ言って、こいつに会うのも久しぶりだ。この前の帰省の時はユーリと二人だけだったし。
「レオ、この間なんで一緒に帰らなかったんだよ?おかげでユーリとふたりきりで帰ったんだぞ!」
「あぁ、ごめん。僕にも色々あってね。まぁ、二人きりっていうのも悪くないでしょ?」
「む。どういう意味だよ?俺はあいつのことなんとも思っちゃいねーぞ」
「どうかな?案外、気づいたら…ってのもアリだと思うけど」
「なんだよ。朝から茶化しに来たのかよ」
「冗談冗談。実は今日君に紹介したいものがあってね」
俺がムっとして言うと、レオは笑って俺をなだめるように言った。
「紹介したいもの?人じゃなくて?」
「まぁ、どっちもかな。僕たちが今お世話になっていて、これから君も外で働く上でお世話になるものだよ」
「ふーん……」
レオ達、開発部の現場組がお世話になっていて、俺がこれからお世話になるもの……。何も検討はつかなかったが、興味は少しあった。今までの俺にない刺激がありそうだったから。
「ま、いいからついてきてよ。君も驚くと思うから」
「分かったよ。ただ、研修室には言いに行かないと」
「あぁ、その件は大丈夫。今日行くところが研修場所になるし、なにより部長からの命令だから」
「シンラン先生?」
「そうだよ。ていうか、そろそろ先生って呼ぶの辞めたら?もう生徒じゃなくなるし、いつまでも学生気分は駄目だよ」
「うっ、うるせーよ。そろそろ辞めようと思ってたんだよ」
レオが俺を馬鹿にしたように言ったので、つい適当なことを言ってしまったが、実は全然意識していなかった。先生はいつまでも先生だし、いきなり部長ってのもなんかしっくりこないと思ったからだ。レオが部長って呼ぶのはなんかしっくりくるから余計に悔しい。
「ところで、レオ」
「なに?」
「さっき、ユーリの話してたけど、お前はどうなんだよ?」
「僕?ユーリは幼馴染の大切な友達だけど?」
「はぐらかすなよ!女として見てるかって聞いてるんだ」
「僕は考えたことないよ?さっきの気にしてるんだ?冗談なのに」
「お前の冗談は時々冗談に聞こえない……」
「火星が爆発する」
「それは冗談だろ」
俺が突っ込むと、おかしいねと言ってレオは笑った。親友ながら、相変わらず何考えているかよく分からん。時々、こいつにはもう一人のレオがいるんじゃないかって思う。もちろんそのままの意味じゃなくて俺やユーリの知らないレオがいる。火星政府開発部のレオじゃないレオがいるかもしれないって思うんだ。明確な根拠は何もないし、言ったらまた馬鹿にされるだけだから言わないけどさ。
「さぁ、ここだよ。部長も待ってるはずさ」
そう言ってレオは部屋に入っていった。俺もそれに続いて部屋に入って行く。
**********
暗く狭い部屋に小さな明かりが灯っていた。そこに二人の男がいた。
「どうしたんですか、隊長?嬉しそうな顔しちゃって」
「隊長は辞めろといつも言っているだろう。いや、まだ私たちの希望は途絶えていない」
「と、いうと?」
「まだ、地球も火星も人類も未来があるということだ」
「ふーん、だから?活動を辞めて解散なさるおつもりですか?」
「そうは言わん。その未来の為に私たちは動いておるのだ。出来ることは全てやっておきたい」
「あぁ、そうそう。フィエンがもうすぐこちらにやってくるそうです。地球難民、すごいの造り上げたそうで。いい交渉ができたとフィエンも言っていたので期待していいんじゃないですか?」
その問いに男はすぐに答えない。
「隊長……?」
もう一人の男が問いかけてもしばらく反応はなかったが、やがてこう答えた。
「セレナは?元気であると言っていたか?」
「あぁ、はい。少し無茶もしますが元気だそうですよ」
「そうか」
そう呟くと男はまた黙りこんだ。その様子を見たもう一人の男はやれやれといった仕草を見せてから部屋を後にした。部屋には、黙りこみ何かを思案する風な男、一人だけが残った。
**********
「お、あんたがリクいうんか?レオの親友やいうてる」
「あぁそうだ。もっともレオの方が何倍も優秀だがな。くくく」
部屋には、見知らぬ少女とシンラン先生がいた。そしていきなり二人して笑い合っている。俺は訳が分からず戸惑っていたので、レオが二人に挨拶をしてから俺に向き直り言った。
「紹介するよ、リク。彼女はハルカ=コウザキ。防衛部の若手エースだ。歳は僕やリク、それにユーリとも一緒だね。話し方に特徴はあるけど…」
「あぁええ、レオ!あとはうちが自分で言うさかい。はじめましてーやな。リク。おない歳みたいやし、敬語は言わんで?」
「いや、お前私にすらほとんど敬語使ってないだろう」
と、シンラン先生が途中で突っ込んだ。が、あまり気にも留めずハルカという少女は話し続ける。
「まぁまぁ、気にしなさんなや、シンラン部長。レオもさっき言うてたけど、これ地球のある国の古語やねん。なんかうちの母さんがこんな話し方やったらしく、うちにも移ってるんや。あぁ、らしいっていうのはうちの母さん地球に残された人やから、あんまり記憶に残ってへんねん。父さんは普通の話し方や。もうすぐ会える思うけどな」
と、息つく暇のないくらいの勢いで言い切った。
見た目は、栗色の短い髪に茶色の瞳、体格はユーリと同じくらいでパイロットスーツを着ている。俺はそのままあまりの勢いに圧倒されていると、レオが俺を小突いて耳打ちした。
(初めてのタイプでしょ?ユーリとも違うし。ひとまず自己紹介して)
こういうことなら初めからちゃんと言っとけと俺はレオを恨んだが、どうせわざとだろうから俺は諦めひとまず自己紹介を行った。
「名前知ってるみたいだが、一応言っとくぞ?俺はリク=セブンス。歳はあんたと同じだが、まだ現場に立って仕事したことはない。あんたはエースみたいだがな」
「あぁ、エースいうても防衛部自体、きちんと成立したんは最近やからな。まだそんな主だった活動はしてへんねんけど」
なんだ、そうなのか。そういえば、防衛部っていう言葉自体聞いたことなかったな。つまり、経験は俺とそんなに変わらないということか。と、強気になる。
そこにシンラン先生が釘を刺しに来る。
「ふふ、リク。俺とそんなに経験は変わらないと思ってないか?防衛部という名前自体は最近出来たものだが、彼女はそれ以前は開発部で活動していたんだよ。もちろん現場でな。だから、自分と一緒とは思わないことだな」
「……?どういうことだよ」
「うちらは今まで開発部の中であるものに乗って開発部の危険を守る仕事をしてたんや。それが最近、きな臭いやろ?それで正式に防衛部っちゅうんが設立されたんや」
「ある物ってなんだよ」
「おっと、リク。それは見てのお楽しみだよ。後々、君にも動かしてもらうからね。あ、シンラン部長。リクへのメギド指導、ハルカにお願いしたらどうです?歳も同じですし。」
「そうだな。ハルカなら技術は問題ないし……、コウザキ部長にもそう報告しておこう」
コウザキ部長?こいつの同じ名字だが……と考えていると、
「うちの父さん、防衛部の部長やねん」とハルカが教えてくれた。
「じゃあ、レオ、ハルカ。お前らなら大丈夫と思うから格納庫へのパスワードカードは渡しておくよ。コウザキ部長の所へは私が行っておくから、あとは任せる」
「分かりました」
シンラン先生の言葉に二人は揃って返事をした。何気ないやり取りだけど、今までの緩い空気が一瞬で締まる。この瞬間だけは上司と部下の関係を感じさせた。
「じゃあ、リク、ハルカ行こうか」
「せやな」
「おし」
そうして俺だけまだよく分かっていない状況の中、格納庫なるものの所へ歩き出した。
この辺りを歩くの初めてなので、周りのものに興味津々である。道中は、俺が今まで研修を続けていたような所より、より機械的で冷たい空間だった。人間の生活感というようなものから乖離していて、普段もあまり使われないような空気がする。
「リク、この辺は初めてだよね」
「あぁ、そうだな。こんなところまでは来たことねぇ」
「あら、そうなん?まぁ、別に快適な所でもないし、うちかて、好きできーひんわ」
「ハルカとか言ったよな?なんであんたは防衛部なんかに?親父さんの影響か?」
俺は少し、疑問だったことをハルカに問う。今の自分にも問うているのかもしれない。なんで俺はここにいるのだろうって。
「ん。それもあるし、みんなを守りたいっていうんもあるけど、やっぱりうちが思うんは生きることは戦うことやから」
「戦うこと?」
「せや。人間はご飯も食べず、なんもせえへんかったら死んでくやろ?だから生きていくことってだけで何かに抗ってるんやと思う。それが、楽な訳がないやん。うちも父さんに人間が地球から火星に来た過程は聞いてる。それ聞いて更に思ったんや。生きていくのは綺麗事でもなんでもない、戦いやって。だからって弱者が駆逐されていい訳やない。地球に残された人たちだって絶対に助ける。それがうちの決めた生き方やねん」
生きていくことは戦うこと―――。
それは俺が今まで当たり前の様に考えてきた。いや、考えていたと、そう信じていた。しかし、揺らいでいた。
何か信じられず揺らいでいた。だから、このハルカの言葉を聞いてハッとする。
俺は、前を向いてきたわけじゃない。後ろを見なかったわけでもない。
ただ、目を背けていただけだと。
「ハルカらしいね」
レオがいつもの微笑を浮かべて言う。
「何か信じ続けられるものがあるというのはすごいと思うよ。僕には、まだ迷いがあるから」
「それでもええねん。別にうちの言うてることが正しいなんて思ったことはないし、押し付ける気もない。人の数だけ思いはあるんやから」
ハルカはニっと無邪気に笑って言った。
「ハルカ、レオ。俺も、今まで迷っていた。いや、迷ってないと思ってた。俺がそんな風に考える訳ないって思ってた。ずっと前だけ見据えて歩いているって思った。でも、違ったんだ。ただ、目を背けていただけなんだ。それでもレオも迷っているって言った。ハルカはそれでいいって言った。俺も、そんな考えもありなのかなぁ」
「うん、もちろんや!」
「リクらしくないなぁ。どんな考えにだって自信を持ってたじゃない。と、まぁ僕が偉そうな
口は叩けないけど」
二人の言葉に俺は安堵する。こんなの俺らしくないかもしれない。それでも、いいと思った。たまには、言葉を形にしてみるのも悪くない。
ここで前を歩いていた二人が立ち止った。目の前には、大きな壁と人一人が出入りできそうな小さな扉。
「さ、ここだよ。リクも驚くと思うな」
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最初は目を疑った。漫画やアニメの世界から飛び出してきたと言っても信じるかもしれない。そこには黒く大きな人型をしたロボットがあった。
「メギド。地球のある場所からとられたんだ。僕たち開発部の大きな手助けとなっているんだよ。もちろん、防衛部も使っているけどね。数はまだそんなにないらしいけど」
「あぁ、ちなみにこれ人が乗り込んで操縦するタイプやから。リク、あんたにもはよう覚えてもらわなあかんねん。開発部も忙しそうやから」
「マジかよ……。これ、10mはあるよな?こんなのを動かせるのか……」
俺は茫然としていた。開発部で現場に立つといっても宇宙服を着て外で活動が主だと思っていたのに。ハルカがパイロットスーツを着ているのもうなずける。これに乗るなんて。
「おもしろそうじゃねぇか…」
俺は呟く。
「ふふ、さすがリク。そうこなくっちゃ!」
「うちは物怖じする思てんねんけど、意外と見込みありそうやな!みっちりしごくからな?」
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深い。
なんて深いんだろう。
遠い。
なんて遠いんだろう。
この螺旋の先になにがあるんだろう。