第六話:Messiah-メシア-
「さて、セレナ。今日は少し出掛けてきますね」
「あ、はい。フィエンもお仕事大変ですね。頑張ってきてください」
「セレナも無理はしないでくださいね…?」
「……はい」
「今の間は?」
「なっ、なんでもありませんっ。急いでいるのでしょう?さぁ、早く!」
「はぁ」
どうせ、無理するんだろうなぁとか思いながら、私はセレナのいる部屋を出た。あの子は優しい子だ。優しすぎて自分を気遣う余裕がないほど。だから、私が少しでも負担を少なくしなくてはいけない。これは仕事だから?あの人の勅命だから?そんなことはどうでもいい。セレナが笑ってくれるなら、それで。
「待っててくださいね、お嬢様」
私は目的地へ向け、車を出した。
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「レータ君。フィエン君もうすぐ来るよ!準備できてる?」
そう言ってリンは、赤いポニーテールを揺らして、レータを呼ぶ。年はまだ若く、20かそこらといったところか。普通の同じ年位の女性だったらまず着ないであろう黒の軍服を身に纏っている。しかし、その幼い言動や表情とは違う確かに鍛えられた体が軍服に映える。
「いつでも、大丈夫ですよ。子供たち含め、私たち以外の人たちは念の為、奥にいてもらいましょう。彼に限って力ずくなどということはないでしょうが……」
レータは少し憂慮した表情をしながら短い黒い髪を手でいじる。彼もまた鍛えられた体の上に黒い軍服を着ている。ただ、彼らにとってはそれは生きるため当たり前のことだ。この荒廃していく地球では頼りになるのは自分の体のみなのだから。
「フィエン君も大変だよねー。マーゼ・アレインから火星政府へのスパイとしての活動に加え、私達との仲介役、セレナちゃんの子守もさせられてるなんてねー」
「ははっ、割と最後のは楽しそうにやってますよ。唯一の息抜きなんじゃないですか?」
「もー、フィエン君ったらロリコンなんだから」
そう言うと、二人は声に出して笑った。その二人の背後には、人型をした大きな鋼の塊が異様な存在感を放っていた。
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目的地に着いたフィエンは車から降り、気を引き締めた。今日会う二人は地球から火星への移住の際に取り残された人々の一部ではあるが、その能力は群をぬいている。戦いに行くわけでもないというのに緊張を覚える。
「私に地球の人々や火星の運命がかかっているかもしれないのか」と少し大げさかもしれないが、妙な責任感を負っていた。しかし、レータもリンも同様に地球の人々を守りたいという気持ちなのだ。強すぎる責任感が変な矛盾が生んでいた。
「あ、きたきたー」
リンがフィエンの姿を見つけ声を上げた。
「お久しぶりです、レータさん、リンさん」
フィエンは頭を下げて二人に挨拶する。
「もう、フィエン君ったら、もっとこっちに遊びに来てよー。寂しいんだから!」
「リン」
レータの低い声にリンは押し黙る。もう、冗談なんだからとぶつぶつ呟く声がリンから聞こえた。
「リンさん、すみません。私も何分忙しい身なので。今日もなるべく手短にお願いします」
フィエンが眼鏡を上げてそう言うと、レータはくすりと笑って言った。
「まぁ、そう固くならないでください。まずはお茶でもどうです?」
「そうよー、そんなに焦らなくてもちゃんと用意してあるから」
「ありがとうございます。しかし、お気持ちだけで十分です」
リンがそれに同調したが、フィエンはそれを拒んだ。
(ここは私がしっかりしなくてはいけない。ここでしくじったら、色々なところで影響が出る。穏便に、かつ迅速に…!)
フィエンは仕事に熱心な男である。「火星保護団体」幹部として色々な物を押し付けられていたが、そのどれもを丁寧に対処している。だから上層部もそれを買っているのだが。
そんなフィエンの手をリンが握った。
「まぁまぁ、いいからいいから。レータ君のいれるお茶すごくおいしいんだよ?」
そう言って、リンは微笑み、フィエンは青くなる。女の子が苦手な所は直らず、結局押されるがままになってしまうのである。
その様子を見ていたレータは、ふぅと溜息を吐いて苦笑いを浮かべた。
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「フィエンさん。ところで……、火星は今どんな状況なんだい?」
「……む、火星ですか」
なんだかんだ言って、お茶を飲んで一息ついていたフィエンはレータから声をかけられはっとした。
そういや、最近帰ってないなぁ。ずっと地球で過ごしてるし。でも私が帰ると、セレナ一人になっちゃうしなぁ。でも、どっちにしろもうすぐ報告しに飛ばないといけないしと、結局彼はまた延々と考え事に入ってしまうのである。
「そうですねぇ……、実は私も最近あまり帰ってないので分からないのですが、まだ過激な状況ではないと断言しましょう。私はもちろん、あの方だって戦争したいはずありませんしね」
「どうかな……、僕はいまいち君たちのボスを信じていないのだけれどね」
と、疑り深そうに言いつつ、レータは懐疑的な顔になる。
「私たちは火星政府だろうと、火星保護団体だろうとなんでもいいのよ。地球のみんなも火星のみんなも含めて平和に無事に暮らしたいだけだから。だから……、信じてるよ?フィエン君?」
と、リンは年相応の魅力的な笑顔を見せたのだが、
「あの……目が笑ってないです。リンさん」
「えへへ……し・ん・じ・て・る・か・ら」
「……はい」
フィエンの気苦労は絶えそうもなかった。
「さて、フィエンさんも落ち着いたところで本題に入ろうか。リン、フィエンさん連れて来て」
「オッケー!いくよ、フィエン君ほらしっかり立って」
っとと、向こうに乗せられてる、しっかりしなければいけないなと再びフィエンは気合を入れ直す。
そして、二人に追いついて歩き始めると、レータがゆっくりと語り出した。
「これから見せる物について、頭に入れておいていただきたいことがあります。まず、これはあくまで火星政府とできるだけ対等な立場に立つために造ったもので、戦いには決して使わないでください、本末転倒です。そして、地球の状態を考えても大量の生産は不可能です。最後に……性能だけならば、フィエンさんに頂いた火星のメギドのデータに、ほとんど劣りません」
「私たち頑張ったからねー!」
「なッ……!」
その言葉を聞いて、フィエンは言葉を失くす。火星のメギドより同性能なものがこの地球で作れるというのか…。しかし、この期に及んでこの二人が嘘を吐くわけがない。改めて末恐ろしい人たちだと思った。
「まぁ、実際に見てもらいましょう」
そう言ってレータはある場所に入り、なにか機械をいじっている。すると、厳めし気な大きな扉が低いうなりを上げて開いた。
再び、フィエンは言葉を失う。その部屋には、全長5m程はあるだろう、乗り込み式の鋼の人型ロボットが立っていた。
「メシア。地球の救世主という意味です。性能は僕とリンが保証します。地球の技術、材料の集大成です。火星のメギドのデータをあなたから頂いた時は驚きましたよ。しかし、それをベースにこちらの技術を組み込みました。基本性能だけなら、同等かこちらの方が上でしょう。ただし、現時点では……ですが」
火星政府はこんな逸材を見逃していたのかと、フィエンは思った。火星に移住するときに、政府は優秀な人材全てを火星に連れて行ったはずだった。しかし、地球に二人残っていたのだ、天才が。
火星のメギドというのも火星政府の天才科学者たちが最新の技術を用いて作った、乗り込み型巨大ロボットである。そのデータを「火星保護団体」が裏から手に入れたので、地球のやつらに出来るだけ近く模造させる、それが私が受けた一つの任務だった。上手くいくわけないと最初は思った。壊れていく地球に残された難民に何ができるというのか、そう思っていたのに。彼らはやってのけた。このことまで、あの方は予想していらっしゃったのか。
「ちなみにまだ2機しか出来ておらず、材料も足りないのでこの先量産することは恐らく不可能でしょう」
「そういうことー。ただー?もしー?あなたたちが協力してくれるならば、造れないこともないかなぁ」
「取引…、というわけですか。あなたたちの実力ならば火星保護団体」でも幹部になれるというのに。おっと、この話はしない約束ですね。詳しい条件をお聞きしましょうか」
フィエンは呑まれないように落ち着いて言った。ここが正念場であると感じていた。
「話が早いですね。あなたたちは火星政府に交渉を持ちかけたい、その為には対等に立ちたい。だからメシアが出来るだけ多く欲しい。そういうことですね」
「ああ、そうなりますね」
「くすっ、だから私たちがあなたたちから材料や少しの人員をもらってメシアを出来るだけ多く造るわ。その代わり、私たち含め残りの人たちも地球から火星へ移住できるよう交渉してくれればいいのよ、簡単でしょ?」
「??それだけ……ですか?そんなもの当たり前のことですが。その為に私たちは動いている訳ですし」
「もちろん、僕たちもそれを信じているよ。だから君たちにとって悪い条件じゃないと思うけど……?」
ふむ、とフィエンは考え込んだ。
少し意外な条件であると思う、地球の人々の火星への移住など、それ自体が我々の存在目的であるし、そのことを彼ら二人が知らないはずがないからだ。本当に、これだけなのか?とフィエンは少し考え込んでいた。……とその時だった。
「わー、めしあの部屋が空いてるー」
「相変わらずかっけー!」
「あれ、知らないお兄ちゃんがいるよ」
数人の子供たちがこの部屋に入ってきた。みな年はセレナよりも若く10もいくかいかないかといったところである。
「この子たちは……?」
と、フィエンは当惑していた。
「こらー!奥の部屋に入ってなさいって言ったでしょ!なんでお姉ちゃんの言うことが聞けないの?!」
「ははっ、リン、子供たちを奥へ。」
レータはリンにそう言い、リンが子供たちを奥へと引っ張って行った。
「ごめんね、フィエンさん。地球の孤児たちでね、うちで預かってるんですよ」
「地球の孤児?」
「あぁ、地球はもう満足に生活できる場所ではないですからね。彼らのように身寄りのない子たちも出てくるんです。だから、僕やリン、他の大人たちでここで世話をして一緒に暮らしているんです」
ああそうか。そうなんだ。レータさんもリンさんも、私と同じ気持ちなんだ。みんなが平和で、仲良く暮らすこと。そのことしか考えてないんだ。変に邪推した自分が恥ずかしい。地球や子供たちの未来を憂いて実際に行動に移しているこの人たちのほうが何倍も立派だ。
「レータさん」
「ん?決まりました?」
「はい。この話受けます。形式上、本部に報告することになりますが、この件は私に一任されているのでまず承諾できるでしょう。詳しいことはまた追って連絡します」
そう言ってフィエンは踵を返した。
「あれ?もう帰るんですか?リンが寂しがりますね」
「えぇ、私も人を待たしてますし……ね」
「ロリコンはだめですよ?」
フィエンは盛大にずっこけた。
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「おかえりなさい、フィエン。お疲れ様です」
「ただいま…っととセレナ?!」
フィエンの帰宅を迎えに出たセレナはととっと走り出したのだが、ふらふらっと前へ倒れそうになってしまった。そこをフィエンがぎりぎりのところで受け止めた。
「大丈夫ですか?!また無理をしたんですね?ドクターめ……、好き勝手を……!」
「やめてください。これは私の意志です。それに今はつまづいただけですから」
そう言ってセレナは平常を装ったが、顔色は良くない。
「何もありませんが、何につまずいたんです?」
「え……?あぁ、愛ですかね……」
ぺちっ。
「痛い」
「えぇ?力いれてませんよ?」
「くすっ、冗談です」
そう言って無邪気に笑うセレナの顔を見てフィエンは苦笑する。この子は何を言っても結局無理をする。そしてそれはこの子なりの戦いなんだ。だから、私は見守っていよう。いや、そんなのは綺麗事で、本当はただ逃げてるだけなのかもしれない。それでも、絶対にこの笑顔だけは守る。これはあの方からの命令だからではなく、正真正銘私の意志だから。
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僕たちは、恐れている
知ることを、出会うことを、触れ合うことを
それでもこの胸に掲げた一つの剣
これだけは絶対に折らせない