第五話:雛鳥は空を目指して
ガチャ!!
「ただいまー、クーいるかー?」
「おじゃましますー」
俺は火星の実家への帰省した。家には多分、弟のクーがいるだけだ。親はどうせ仕事かなんかでいない。別に構わないだけどさ。
「で、なんでお前もちゃっかり家に着いて来てるの?」
「えへへー、いいじゃない。可愛いクー君に会いたいんだもん。ってこら、明らさまに引くな!冗談よ、冗談」
「お前の冗談は、時々本気だから困る」
「なにか言った?」
いいえー、と心の中で独りごちた。これ以上、こいつと玄関で漫才やってる場合でもないなと俺が思っていた矢先であった。
「兄ちゃん!?兄ちゃんなの?」
ひょこっと入口からクーが、顔を出した。
「おう、俺だ!」
「私もいるわよー」
「わぁ、ユーリさんもいらっしゃい!兄ちゃん、どうしたのさ、急に!連絡もしないで!」
「なんだ、迷惑だったか。ユーリ、帰るぞ」
と、俺が踵を返した直後、クーがあたふたしだしたので、ユーリが俺に拳を見舞う。
「純粋な弟をからかうなんて、ひどいお兄さんですねー。さぁ、クー君いつまでも玄関いないであがりましょ」
ツッコミなら口でいいじゃねぇかと思いつつ、俺もいそいそと靴を脱ぎ家に上がる。
相変わらず、静かな家だなと思う。クーぐらいの年齢で一人で暮らしているのは、別に不思議でもないと思ったが、地球ではそんなことはないのだとシンラン先生は言っていたように思う。
「普通は、親と子、可能なら祖父母交えて家に住むものだ。今の火星での生活にはそういったものがない。そんな暮らしを取り戻すのも我々の仕事であるな」
こんな風に言っていた。
俺にはよくわからない。小さい頃は父さんも母さんもいてくれたけど、それが嬉しかったのだろうか。物心ついたころにはもう、開発部に入って活躍してやる!とか思ってた気がするし、あぁでもこれも親の影響なんだろうか……。
「兄ちゃん、今日は泊ってくんだよね?」
考え事をしながら二人のいる部屋に入ると、クーから声をかけられてはっとした。
「あぁ、そうだな。今日泊って、明日の夜には帰るよ。いいよな、ユーリ?」
「そうね。私もそれで大丈夫よ」
やったー!とクーは手を上げて喜ぶ。俺が帰るだけでこんなに喜んでくれるなら、まぁたまには帰ってこようかなとちょっぴり思う。
**********
「ん?レオか?なんだお前は家に帰らなかったのか」
「シンラン部長、こんにちは。えぇ、リクやユーリと違って僕には待っててくれる人もいませんしね」
と、レオは頬をかいて苦笑する。
この二人、今まで関わりはなかったが同じ開府部の先輩後輩である。
「親父さんは?」
「父は仕事で忙しいので、恐らく今は家にいないでしょう。何をやっているか、わかったもんじゃありませんがね」
「ふっ、お前の親父さんも、ユーリのお袋さんも、リクの親もみんな必要だから、火星にいるのだ。そうでなければ今頃地球に取り残されていただろう」
と、シンランは遠い地球を見て親指で指し、それからレオと同じように苦笑する。そして、だから感謝するんだなと付け加えた。
「そうですね……。でも、僕たちは違います。僕たちは必要とされてここにいる訳ではない。父さんの子供だからです。そして、地球にはまだたくさんの人間がいます。僕らと何ら変わりのない人間がです。だから……」
そう言って、レオは俯いた。その頭をシンランが無造作に動かす。
「ちょっと!」
「リク程前向きなのも困りものだが、お前は神経質になりすぎなんだよ。妹さんが地球にいることも知ってるし、なんも罪のない人々が地球に残されていることも事実だ。だが、お前にも同様に罪はない、だから出来ることをやればいいんだよ、……焦らずにな」
「先生……」
「心配しなくても、お前は同年代の中では抜きんでているんだから、すぐに私に追いつくさ。だから、……共に頑張ろう!」
「……はい」
シンランは、自分がこんな説教めいたことをいう資格はあるんだろうか、などとも思っていたが、今はどうでもよかった。ただ、子供たちが、私たちより後の世代が、同じ轍を踏まないように見守り、導いていく。親友であり、未来を誓ったレータとの約束だった。
レオも、まだ迷いを振り切ったわけではなかった。変わってゆく世界で、自分の存在意義や、自分たちの未来について、妹の安否など悩みは絶えないけれど、とりあえずは足元を見て、そして笑ってみようと思った。
*********
「で、2年後だっけ?クー君が各部に配属されるのって」
「俺の3つ下だからまぁ、大雑把に計算するとそうなるな。勉強してるか?」
「してるよ。僕は情報部に配属されたいからね!」
「おいおい、そこはお兄ちゃんと同じ開発部がいいです!だろ…」
「クー君はあんたと違って頭がいいからね。複雑な処理のいる情報部はピッタリだと思うけどね」
むー…、開発部だって馬鹿じゃできないんだぞ。レオを引き合いにだしてもいいが、そこまで反論する必要はないかと思ったので、あえて引いておく。
「最初は医療部がいいかなぁと思ったんですけど、僕にそこまでの度胸ないかなって…、思って」
「そんなことないよー、やりたいことあるんならやってみればいいのよ。情報部に来るなら歓迎するけどね!」
「あ、あっありがとうございます!」
「仲良く話してるところ、割り込むが…、ユーリは今日どうするんだ?家に帰るんだろ?」
別に二人に嫉妬するわけではないが、時間もずいぶん遅くなってきたので一応の確認を取っておく。
「そうね。お母さんも待ってると思うし、そろそろお暇させてもらうかしら」
「そうか。じゃあ明日の夜前にはうちに来てくれ。昼間は出かけているかもしれねーから」
「了解っ。じゃあね、クー君。学校や勉強頑張って」
「はいっ」
ユーリが席を立ち部屋を出ていく。あいつの家には母親いたからな。仕事はもちろんやってるだろうけど、家でもできる仕事だったかな。ユーリの家にクーを預けることも考えたが、クーがそれを拒否した。お母さんやお父さんが帰ってきたとき、誰もいないのは寂しいでしょ!だとか言ってたっけ。でも、本当に寂しいのはお前じゃないのか。
「なぁ、クー?お前、一人で寂しくないのか?」
「え?兄ちゃんがそんなこと気にしたの初めてだね。あ、怒らないでよ。悪気はないし事実なんだから。…そう思うならこれからも時々は帰って来てくれるとうれしいかなーなんて」
「それで寂しくなくなるのかよ」
「え?う、うん」
そう言ったあと、クーは俺をじーっと見つめた。
「なんだよ?」
「なんか変わったね。優しくなった」
ぶっきらぼうに言い返した俺に対して、そう言って顔全体で笑った。
「ふん、しょーがねーな。今日の飯はお前が作ってくれるんだろ?」
「勿論!折角だから腕によりをかけるよ」
俺は全然優しくなんかなってないと、自分では思うし、特に変わってないとも思う。
それでも、クーが少しでも笑ってくれるなら、こんなのもいいかなと思った。今までほったらかしにした償いとは言わないけれど。
「速報です。先日、新衛星が発見されたことは周知の事実であろうと思いますが、それにより火星保護団体が活発な行動を始めました。団体名を「マーゼ・アレイン(唯一の火星)」と変更した声明出し、各地でデモなどを行っている模様です……」
クーの手料理に舌鼓をうっている最中だった。そんな映像がモニターに映る。
「ちっ、これがユーリが言ってたやつか…、なんでこんなことするんだろうなー」
「この人たちは、きっと心配なんだよ。火星政府が新衛星につきっきりになって地球に残された人々が放っておかれちゃうのが。僕だって心配になる時はあるから。でも、兄ちゃんやレオ兄ちゃん、ユーリ姉ちゃんたちがそんなことするはずないよね!」
「あぁ…まぁーな……」
この発見に大喜びして、早速行ってみたいと思っていたなんて言えなかった。別に罪悪感はないけれど、変に不安にさせる必要もない。実際、開発部は新衛星につきっきりなのだ。シンラン先生が、上に反論を試みたりしているが、政府は開発部に早く新衛星を拓かせたいのだ。
「地球かー、どんなところなんだろうなー」
地球の映像が映し出され、クーは興味津々といった様子で、モニターにくぎ付けとなった。
「なぁ、クー。明日は夜までは俺も大丈夫だから、地球を見に行こうか?もちろん、望遠鏡でだが。市街地に行けば、巨大望遠鏡がある」
「えっ、ホントに?」
「あぁ、俺も一回行ってみたいからな」
わーいやったーとクーは子供のように喜ぶ。まぁ、俺からしたら子供みたいなものだが。
「だから、今日はもう休もう。俺も疲れてるしな」
「うん。分かった」
**********
「ねぇねぇ、レータ君?」
「えぇと、なんでしょうか?リン」
地球のある施設内の一角で若い男女が声をひそめて会話している。後ろでは子供の騒ぐ声も聞こえる。
「明日、フィエン君に会いに行く予定忘れてないよね?」
女性のほうが、ポニーテールを揺らして甘えた声で尋ねた。
「あぁ、そうでしたね。アレを見せる予定ですからね」
男性は、思い出したように答えた。
「うんうん。レータ君は出来る子。フィエン君、セレナちゃんにつきっきりだからなぁ。たまには私とも遊んでほしいのにー。ねぇ、レータ君?」
「別に僕はどちらでも構わないんですけれどね。僕らは協定を結んでいるだけで、マーゼ・アレインとかに入ってる訳でもありませんし」
そう言うと、レータは子供たちの声のする方向を見やった。落ち着いた声とは裏腹に瞳は慈愛の色が浮かぶ。
「嫌だー。レータ君、冷たいよぉー。でもまぁ、明日はちょい本気出す必要あるみたいだけどね。私たちの努力をフイにされたらたまんないもん」
「それが分かっているならいいんですよ。明日はしっかり頼みますね」
「了解ー!」
そう言ってリンは手を突き上げた。
**********
「うわぁ、あれが地球かー。きれいなんだね!本当に壊れていっているの?」
「うん。実際に俺たちが火星に移住してきているんだから、そうなんだろうさ。昔は緑溢れる美しい惑星だったみたいだけど。当たり前だよな。俺たちは地球で生まれたんだから。生きるのにこれ以上ないっていう惑星なんだろうぜ」
「でも、今は壊れていってるんだよね。僕たちのせいで……」
「そうかもしれない。でも、お前のだけせいでないことは確かだ。もう間違いは犯したらいけないんだな」
「なに言ってるの、兄ちゃん?そんな他人事じゃないでしょ?僕たちがこの火星を守るのは当然でしょ!」
俺はクーにそう言われて少し驚いた。クーがそんなことを言うようになったのかの意味もあるが、俺が他人事の様ににそんなことを言っていたことだ。俺は、この火星を見捨てるつもりはない。そんなこと言葉にするまでもないと思っていた。でも、俺は新衛星が見つかったことで、少しでもこの火星を粗末にする気持ちを持ってる…?
「あー、クー。ちょっとトイレ行ってくる」
「うん」
そう言って、リクはクーのそばを離れた。そこへ長い銀の髪を後ろで縛った背の高い中年男性がやってきた。
「君、名は……?」
いきなり現れた男性に、クーは少し怪訝そうな顔になったが、人に話しかけられることも珍しかったので、つい嬉しくて話しだしてしまった。
「クー!クー=セブンス」
「そうか。私の名はオーベルト=アケルト。君は火星が好きかね?」
「うん。僕が育った星だから。地球のことも気になるけどね」
そう言うと男性は、ひそめていた眉を緩めて優しい顔で笑う。つられてクーも笑顔になる。
「私も、地球もそして火星も好きだ。どちらも守らなくてはいけない。もちろん、人の命も尊いものだ。常に正しい答えなんてないのかもしれない……」
「おじさんは何か後悔していることでもあるの?」
「ははは。私たち大人など常に後悔してなかなか前へとは進めないもんだ。今もまた、迷っているのだ。君たちはまだ無限の可能性と未来がある。それを守るのも私たちの使命だ」
オーベルトと名乗った男は遠い目を、しかし意志の強さを込めた目で前を見据えた。
この時、クーはふとアケルトという名前とこの容貌を誰かと重ねた。しかし、はっきりと誰かは思い出せない。
「おじさんたち、それは大変すぎるよ。やることが多すぎるから。だから僕たちは自分で自分の未来を造っていくよ。きっと兄ちゃんもそう思ってる」
「そうかね、頼もしいな」
「へへへ…」
男に褒められ、クーは照れた笑いをした。この出会いがのちに二人の、いや火星を大きく揺るがすことになるとはだれも思ってはいない。
**********
雛鳥は空を見上げる
いつか、自分で羽ばたけることを信じて
僕はもう雛ではないけれど
本当に空を翔べているのだろうか
少し詰めすぎた感がありますね^^;
次回は全部地球サイドです。