第四話:地球の暮らしと火星の暮らし
「先生、やっぱり俺、先生の言いたいこと分からねーよ」
「そうか。まぁ、それもいいかもしれないな。私の、いや私たちのエゴかもしれないしな」
「エゴ?」
「いや、いい。気にするな」
俺は授業が終わった後、シンラン先生の下へ行き、”俺に必要なこと”を聞こうとした。だが、うまい具合にいなされたのかもしれない。結局わからないままだ。
「お前も来週からは現場に立ってもらう」
「へ……?」
「なんだ、嫌ならいい。もう1年がんばろうか」
「いやいや!!俺も、”外”で仕事ができるんだな?!」
「同じことを言わすな!これからは忙しくなるからな。しょうがなくだ!思い上がるなよ、これからも精進は欠かすんじゃないぞ!」
「あぁ!!」
シンラン先生は俺を認めてくれたわけじゃないと思うし、俺も結局何も分からないままだ。それでも、折角もらったチャンスだから、一生懸命頑張ってやる。それで進んだ先で学べることもあるはずだから。
決意を固める少年を見て、シンランは優しく微笑む。遠い地球にいる誓いを交わした思い人に心寄せながら。
(レータ……。大丈夫。私たちが思うほど未来は暗くなんかない。あの時のお前が悲観したほど、この世界は汚くなんかないよ。だから早く、……火星に来て。)
「あ」
「なんすか、先生。いい雰囲気に水を差さな」
「うるさい。黙れ」
ちょっとしんみりした二人の雰囲気はもうそこにはないのである。
「お前、最近実家帰ってるか?」
「実家……?帰る必要ないだろ。どうせ親達だって帰ってきてねーよ」
ゴンッ!
「鈍い音がした……、ってなにこのありがちな展開」
「余計に駄目だろ。お前には確か弟がいたじゃないか」
「クーっすか?あいつは俺より、いや親二人よりしっかりし」
バシッ!
「同じ手は二度とくわねーよっと」
「腕を上げたな。とにかく帰ってやれ。しっかりしてようが、まだ子供なんだ。一人で寂しくないはずがない」
シンランは再び先ほどの真剣な瞳に戻る。
(ユーリといい、女ってのは人の心はすぐに読むくせに自分の考えは人に読み取らせないんだよなー)
俺は先生の顔をうかがいながら、そんな事を一人で毒づく。
「……わかりましたよ。俺が現場に立つってこともクーに知らせたいし」
「素直な子は好きだな」
「俺は別にアンタのこと好きでもない……嫌いでもないけど」
「そうか。まぁではまた明日」
あれ、突っ込まないんだな。とか思ってるうちに研修室を追い出されてしまった。
ひとまず、ユーリとレオを誘って明日帰ってみるか。どうせ、親は帰ってきてねーだろうが。
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「ねぇ、フィエン?」
「なんです?セレナ?」
「質問に質問で返すのはやめてください」
「あ、いや。そんなつもりもないのですが」
「あら、そうですか。」
地球では、荒廃した中で存続している都市の中の飲食施設で、白い短髪で眼鏡をかけた青年と、長い銀髪をツインテールにした少女が向かい合って座って茶を飲んでいる。
「こうやって研究室を抜け出してお茶を飲みに誘ってくれることは嬉しいのですが、これではまるで、デ、デートみたいですね」
「へ?いやいや、セレナと私がデートなど……っ!」
「あー!……いやいやすみません!言ってみただけです!!」
このフィエンという男、いかにも真面目そうで、仕事にも冷静に取り組みそうだが、女性、特にこのセレナには滅法弱いのである。いや、甘いのである。
(こ、これは仕事だ!任務だ!私情を持ち込むなどもってのほかだっ!)
と、冷静を取り繕いつつも内面では焦りまくりだったり。
くすりと笑った後、ふぅと息を吐いてセレナは言う。
「でも、すみません……。私はデートといわれるものをしたことがありません。だから、こういうことが凄く楽しいのです」
「それならば地球で、あなたの様な年代の人が集まるところへ行けばよいのです。あなたが望むなら私はすぐにでも手配いたしますよ」
「いいえ、よいのです。人の未来のため、私はここで戦っているのです。そんなところへ行けば必ず、心は緩みます。お父さんも、お兄ちゃんも、火星で戦ってると思うから……、私も頑張る……です」
なぜ、こんなまだ年端も行かぬ少女がここまでせねばならないのか、フィエンはつくづく思っていた。そもそも火星の連中は本当に地球に残された人々を救う気はあるのか。新しい衛星に心を奪われて、そっちに集中するのではないか。
「フィエン。私は十分に休みました。研究所へ戻りましょう。あなたも所長さんに怒られますよ」
「っとと、そうですね。わかりました、戻りましょう」
「でも、研究所にあなたがいてくれてよかった。お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのでしょうか」
そう言ってセレナは楽しそうに笑った。
(セレナ……。すいません。私はひとつだけ嘘を吐いています。しかし……、必ず守ってみせます。)
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「そっれにしても、あいつも大変だなー!、地球でガキのお守りっていうのもさ。なんで断らなかったんだろうな!」
「口を慎め。俺以外に聞かれて、あの方の耳に入ったらただではすまんぞ。それに彼女の守護も任務の一つだが、メインはそっちでなくむしろ火星政府の所有する研究所に対するスパイだ。あの方は火星政府の医療部の情報が欲しいのだ。もちろん、彼女のことも心配だろうが」
「ふーん。それはいいけどさ。あいつは進んでスパイをやりたがったのか?」
「いや……」
「ん?」
「くじ引きだ」
「…………」
月面都市でのある2人の会話――
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「久しぶりの里帰りねー。お母さんにも久しく顔見せてないし、リクにしてはいい提案じゃない?」
「俺の提案じゃねーよ。シンランせんせ、いやシンラン部長がな。クー一人じゃ寂しいだろうからって、急に言い出してさ」
「ふーん、シンランさんがねー。あんたにしては素直に従うのね」
「そうか。まだユーリには言ってなかったな!俺もついに現場に立てるんだぜ!」
「あぁ、それ知ってるわよ」
あれ…、これはまだ誰にも言ってないはず。しかも、表情で読み取れるレベルの話じゃない。まさか、本当に心を…読み…
「情報部なめないでよね。あんたがこれから外で働く以上申請やらなんやら必要でしょ。私の耳にはもう入ってるわよ」
「そういうことかよ。ところで、なんでレオは来なかったんだろうなー。おかげで俺がお前と二人きりで帰る羽目に」
なーによー、嬉しそうにするんじゃんないわよーといいながらユーリは俺の頭をビシビシと叩いた。
「まぁ、レオにも思うことがあるのよ。あんたみたいに単純じゃないしね」
「なっ、誰が単純ってんだ!」
「クー君のことをシンランさんに言われて、私誘って帰ってるってのに」
「こ、これは違う。ただ、少し素直になってみようかなって思っただけだ」
そうだ。普段の俺だったら、先生に何か言われても大抵は気にはかけなかった。今回は…なんとなくだ。なんとなく。うん。
きっと少しつづだけど、俺は変わってきてるんだ。もちろんシンラン先生だけの影響じゃないし、ユーリやレオ、きっと色々な人に影響を受けて俺は変わっていってる。もちろん、それは俺だけじゃなくて。
「?なによ?私の顔になんか付いてる?」
「お前も変わっていってるのかねー」
「はぁ?今日のあんた変ね。いや、いつも変か」
そう言ってユーリは笑う。俺も笑う。
きっと、こんな生活がいつまでも続いてく。そう信じている。
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地球と火星
分かたれた人々
どうして、一緒に生きられないのだろう
同じ場所で生まれたのに
どうして、違う場所へ向かうのだろう