第三話:開発部部長
登場人物増えていきます。
「いいか!新衛星が見つかったことは素直に喜ぶべきだ!だが、私たちにはまだ火星を開き地球に残された人々を移住させるという任務も残っていることを忘れるな!」
「はいっ!」
「だが!人間が住める可能性のある星を見つけられたというのも喜ばしいことである!」
「はいっ!」
……どこの熱血部活動ですか。
「おい、リク!!今は部活動の時間ではない!!」
「言ってねーよ!てか、俺の周りは心読むやつが多すぎる!!」
「お前は基本的にすぐに顔に出るタイプだからな」
(あんたもな)
「余計なお世話だ」
「……はい」
どうも。午後の研修の時間です。いまだに研修生です、はい。
「シンラン先生ー、先生は新衛星に行かないんですかー?」
「んー、そうだな。しばらくはここを動かんつもりだ。私には開発部部長としてお前らを指導せにゃならんし、火星の未開地の開拓の仕事もある。無闇に削れん体な訳だ。行きたいのは山々だが」
他の研修生の質問に短い赤い髪を揺らして長身の女性はテキパキとした口調で答える。彼女の名はシンラン。人呼んで火星人。一応、地球の生まれだが、ずば抜けた能力で、女性であり、まだ30も行かぬ齢だというのに開発部部長の座に就く、恐い人。本音は隠せないタイプ。
「いいか、おまえらうかれているが、新たに衛星が見つかったからといって、すぐに開発に行けるほど宇宙は甘くない!お前らが生きているうちに、その星に移住できるようになるかどうかも分からんのに」
「えー!?そんなぁー!」
他の研修生は不満の声を漏らす。しかし、当たり前の話だ。そんなに甘いはずがない。だからこそおもしろいんだ。これだから研修1年目のやつらは……、とまあ偉そうに言える立場でもないのだが。
「というか、この開発部にいる以上、お前らのその開発意欲はいいのだが、今の生活に不自由があるわけではないのだろ?せっかく私たちが長い時間をかけて火星を拓いてきたのだ。もっとも私が生まれるもっと前から計画は進んでいたわけであって、私も偉そうに言える立場でもないのだが」
ここでシンラン先生が、恒例の昔語りを始めた。2年目の俺には聞き飽きた話だ。
(早退して寝よう……)
「先生ー!」
「帰るなよ」
「なんもいってねーよ!!」
「ふぅ、正直言うとお前は開発部に必要な能力自体は優秀だ。しかし、少し分かってないことがある。去年から何度もしている話かもしれないがお前がそこからなにかを学び取ろうとしない限り、お前は一生研修生のままだ」
大きなため息をついた後、俺を指差し、厳しい声で言った。ふざけている訳ではないらしい。それならば、俺も反抗するわけにもいかない。
「えぇ、聞きますよ」
「……ふん」
周りでは、若い研修生がなんの話しなんだとざわざわし始めた。
(地球の過去についての話じゃね?)
(いや、まだ見ぬ火星怪獣の話だよ!)
(土星人が攻めて来る話かも……)
んー、ご期待に沿える話ではないなぁと俺含めた2年目の研修生は思う。
「まず…そうだな。新衛星のことを少し話そうか。お前らも知っていると思うが、木星というのは火星より太陽からの距離がある。必然的に寒い。火星も地球より寒暖差が半端なかったが、これはわれわれの技術力でなんとかなるレベルだった。まだ完璧なものとはいえないがな。木星を太陽につくりかえるシミュレーションなんかも行われているそうだ」
(おぉー!!木星を太陽に?)
(すげぇー!!)
おいおい……なんかすげぇ面白い話じゃないか。いつもの話と違うぞ。
「とこういう話をすると、みながみな目をギラつかせて聴くだろう、なんておもしろいんだろうと。しかし、そんな簡単な問題でもない。酸素の有無、気圧の確認、水分及び食料の確保。皆が住めるようなモジュールの建設。これらの問題は全て地球から火星に移住するときも考えられていた話だ。お前らが住んでいる火星もそんな様々な問題を抱え、それをたくさんの人の力で乗り越えてきたんだ」
ふぅ……と彼女は一呼吸おく。
「それなのに、今壊れゆく地球から火星に移住できているのはまだほんの一部。しかもそれは、偶発的に決まったものでもなく、権力のあるやつらが勝手に決めて、勝手に行ったことだ。お前らはまだ若い。興味本位で揺れ動いたりもする。しかし、学ばなければいけないんだ。私だってこっちに来ている身だ、偉そうに言うつもりはない。しかし私だって大切な人を残してきた。レータ……」
そういって彼女は遠い目をする。
(キャー!悲恋よねー)
(切ないわー)
2年目女子が、騒ぎ始める。
それで、先生の悲恋の物語が語られ、今日の授業は幕を閉じたのだった。
「と、いうわけだ。涙無しに聴けなかっただろう」
(ロマンティック……、それでいて悲しい)
(私もあんな恋がしたい……)
1年目女子は、少し夢見心地のようだ。
「で、それが俺に聴かせたい話っすか?」
「ん、ああそうだが」
「俺はあんたの色恋聴いても、どうもできねーよ!!」
「ふぅ、お前は表面的にしか物事が見えないからそうなるんだ。よく考えてみろ」
あぁ?表面的??だからどうすれば……考えるしかないのか。
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「セレナちゃん……、辛い思いをさせているね。私たちが言ってもなんの慰めにならないことは分かっているが、言わせてくれ」
「いいえ、私にはその言葉だけで十分です。私のこの体が、将来の人類の為になるなら。みなさんも私には優しすぎますしね」
そういって長い銀髪の少女は白衣を着た老人に笑いかける。老人はそれを見てなんともいえない顔になる。
(こんな若い女の子まで…、どうしてこんなことに)
若い男が無機質な白い扉を開けて、部屋に入ってくる。少女はベッドに寝かされ、老人が近くの丸椅子に座って少女と話していた。
「ドクター、セレナを少しいいですか?」
「おぉ、フィエン。検査は終わった、いいぞ。いつも世話をすまんな」
「いえ。私にできることは全て行いたいのですから、お気になさらないでください」
そういうとフィエンと呼ばれた男は少女の手を引いて歩き出す。
「セレナ。お父さんもお兄さんもお元気だそうだ。それと新しい木星の衛星が見つかった話は聞いてる?」
「いえ、初耳ですね」
「火星のやつら、それの開発に動くかもしれない。地球にまだ残された人々がいるのに……!」
「大丈夫ですよ。私は火星のみなさんを信じています。それにお父さんもお兄ちゃんもいつか迎えに来てくれるって信じているから。それとフィエン」
「なんです?」
「私はあなたにも感謝しています。あなたがお父さんとお兄ちゃんの近況を伝えてくれるから、安心できます」
「いえ、これも仕事ですから。地球にいる間はなんなりとお申し付けください」
「ありがとう」
壊れていく地球で少女は微笑む。
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僕らは、ふいに深い海に潜る。
その奥は誰にも知られない、自分だけの海。
自分だけの魚と自分だけの海草があって。
そもそも本当の海なんてものを見たこともないけれど。