第二十五話:浅き夢見し日々
「ヴェクト……?なんで地球に?」
ティラナは目を丸くして驚いた。
ここは地球にある火星政府の研究所で、ティラナとリキが訪れた支部の一つである。セレナとファイリスと出会ったこの場所を拠点にして、二人はセブンス医学部長を捜索していたのであった。
ヴェクトは、自分が地球に来た理由を説明した。敵の組織の人間――――フィエン――――と接触したこと、戦闘を交えて捕えようとしたが逃がしてしまったこと、そいつが地球に行くのを追いかけてきたこと。
「というわけだ……。地球には、敵の機体の製造工場もある。もし奴を見つけられなくても、そこを壊滅させれば、敵の戦力は半減するだろう……」
「そういうことだったのね。私達の元には、まだ何の情報も入ってきてないわ。そっちを手伝えたらいいんだけど……」
「いや、私の仕事は私が責任を持って行う。君にもやるべきことがあるのだろう?」
「…………うん」
ティラナは、ヴェクトの手伝いを出来ない事に少し哀しげな表情を浮かべたが、ヴェクトの言葉に力強く頷いた。彼女には、彼女のするべき事があるのだ。
そんな二人のやり取りを死角となる壁に隠れて眺める二つの影があった。
「ふーん……。ティラナ姉ちゃんの知り合いみたいだな……」
「あの空気は恋人同士のそれですね…………」
「えーっ!?それってつまり、あの男がティラナ姉ちゃんの彼氏!?」
突如響いた大声に、ティラナとヴェクトはそちらを振り向かざる得なかった。二人の視線を受けて、リキは、必死に自分の口を抑えるが時既に遅しであった。セレナも、やれやれという風に肩をすくめて溜息を吐くことしか出来なかった。
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恋をすると、世界が鮮やかに見えると誰かが言っていたがそれはとんだ嘘だ。恋をすると、何もかもが色褪せて色彩をを失ってゆく。彼の輝きばかりが、私の中で存在感を放ち一際輝くのに、それ以外のものはモノクロのレースに透かしたかのように何も与えない。ただの憧れにすぎないかもしれないとも思った。ただの羨望の眼差しが極端に昇華してしまっただけではないのかと。自分に嘘はつけないとはよく言ったもので、本当にそうだと感じた。どんなに合理的で、理屈的な言葉でも自分を納得させることは出来なかった。焦がれて、求めて、奪われて、どれ程苦しんでもそれは私を許してはくれない。永遠の拷問。あぁ、そうか……これが人間として生きる為の罪なんだと、私は理解した。
愛してるなんて言葉で済ませたくなかった。好きだなんて、なんて陳腐な言葉なのかとすら思う。
そんな想いが憎しみに変わっていくのを私は止められなかった――――――。
ここに訪れるのは二度目だった。ただ、どうすればいいか分からなかったあの時は違って、今は明確な目的がある。私が、この世に生を受けた理由。薄れかけていた本能が、彼女と出会ったことで呼び覚まされたようだった。暴力による屈服。粗暴で、道徳心を徹底的に排除したそれは、時としてもっとも理想的な解決へと導く。
私もかつては、この様な思想を当然のように抱いていた。もっとも、これはそうやってあるべきと教育されたからであり、それは私にとって当たり前のことだったのだ。しかし、それを根底から覆すようなやつと出会ってしまった。“私”を知っても、なんの偏屈も持つことなく接しようとした彼。彼の瞳に映る私は“ただの人間”だったのだ。
彼は当初、私にとっての毒のようなものだった。私と決して交わることのない思想を抱き、それでいて無視することが出来ない。拒むことの出来ない存在に嫌悪感すら抱いた。じわじわと私を侵して、私という概念を否定するかのように。
そうして私は“人”となった。それでも、やはり私は“偽人”なのだ。
私は、ライフル型の粒子ビーム射出機を構えた。ここで、殲滅しよう。戦いの理由と、私の生きる理由を。全ての役目を終え、ここで果てよう。
・・・・・・・
未来を拓くのは私でなくていい。まだまだひよっこばかりだが、多少の期待を持たせるくらいには、生徒は成長してくれた。きっと、私達の様な間違いはもう起こらない。だから、ここで歴史の上から消えよう。
ふと気配を感じ、視線を向ける。
「やはり……出てきたか……」
格納庫となっている部分のハッチが開き、そこから一機の純白の機体――メシア――が姿を現した。地球で造られた、ハイスペックな機体である。
「その声は……シンラン……?」
メシアに乗り込んだレータは、メギドのパイロットの声を聞き、確かめるように尋ねた。
「やはり、レータ…………だったんだな。もう語ることはない。それらの機体を生み出したのはお前だな……?」
“デザイン”として再び覚醒したシンランに、レータの存在や記憶は露ほどの動揺も与えなかった。それに対し、突然のシンランとの十数年ぶりの再会にレータは言葉を失いそうになった。必死に言葉を探して、シンランの問いに応えようと試みる。
「あぁ……そうだけど」
「何故?何の為に?」
レータの答えに対して、考える時間すら取らずに矢継ぎ早にシンランは問いをぶつけた。その様子のおかしさにレータも、少なくない戦慄を覚える。また、長すぎる隔たりが彼らを初対面の様な状況にさせてしまった。
「僕たち……正確には地球に残された人々が、政府と対等に立って話し合えるようにだよ」
「それが、戦いの火種になっているとしたら?」
まるで、自分が尋問を受けているかのような対応にレータはムッとした。
レータの中で少なからず燻っていたシンランへの疑惑。実行部隊として、彼女が行っていたことの是非。本当に武力による弾圧を彼女が行っていたのか。信頼と疑惑のジレンマは、彼の中で信頼が勝っていたはずだった。粒の様だった疑惑のそれが、徐々に風船のように膨らんでいく。彼が悠久の時を寄せた、彼女への信頼は砂上の楼閣のように崩れ去る。本当は、些細なすれ違いなのかもしれない。それでも高ぶる感情が二人を争いの舞台へと押しあげる。
「君は、火星に行くまで地球で何をしていた……?」
「戦争だ。その為に私が生まれたのだから。そして、その為の兵器を作っていたのがお前だ」
「くっ……言うなああああっ!!」
痛いところを突かれてレータは否定する。自分がしていたことを知ったのは、シンランが火星に行ってからだ。リンや、他の地球難民の人々から聞いた話なのである。レータとシンランが属していた地球軍、つまり現火星政府が行った武力による制圧――――。
「もう話し合うことはない。私はお前の造ったそれを全て破壊にしに来たのだから」
「邪魔するって言ったら……!?」
「…………お前ごと消す!」
「はっ…………上等!」
レータ、シンランがそれぞれ乗りこむ機体は互いに剣を握り締め、相手に向かって突っ込んでいった。黒と白の機体が空を走って、空間に亀裂が入った。
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十数年前、地球軍第十二基地――――――――。
私は、地球軍実行部隊として各地へ赴き武力による介入を行っていた。そのどれもに私の意志は介在していなかったが、そんなことはどうでも良かった。それが、私のあるべき姿だと思っていたからだ。実行部隊は、何も私達の様な存在のみで構成されていた訳ではない。普通の人間もたくさんいたし、私達もそういった存在であるという事を言いふらしてはいなかったので、明確な区切りもなかった。ただ、普通の人間はどうしようもなく脆かった。彼らは、なんて儚く弱い存在なのかとは常々思っていたことだった。
そんな営みの中で、私とレータとの出会いも運命的でもなんでもなくて、至極普通のものだった。
その日、いつものように任務の為に、メギドの前身である人型機械に乗り込もとうしていた時だった。
「む……?」
私は、いつもと様子が違うことに気付く。どうやら、機器のどこかが故障しているらしかった。既に他の部隊員は出向しているらしく、途方に暮れていると一人の男が通信を送ってきた。
「機体ナンバー29403、何か問題が生じましたか?」
「あぁ……、どうやら座標軸がずれているらしい。お前メカニックか?」
「えぇ……。これは担当ではないですが、大丈夫だと思います」
そうして、その男ことレータはひょいひょいと修理してしまった。その手際の良さには感嘆したが、その人柄は好きそうになれなかった。彼は、玩具を与えられた子供の様に無邪気だった。勝手だとは思う。私が、彼に修理を依頼したのは間違いないし、そうしないとどうしようもなかったのも事実だ。だけど、私はきっと知って欲しかったのだと思う。貴方が今それを触る意味を、私達が行っていることの意味を。
「へぇー、これ凄いね。こんな風にこの技術が応用されるんだなぁ……」
彼は瞳を輝かせて感心したように、ほぅとため息をつく。私はそんな彼をどんな瞳で見つめていたのだろうか。
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「十年……!長いとは思わなかったよ。いつか、地球での為すべき事を終えた時、君に会えると信じていたから!」
「私だって、過去も、現在も、未来もお前を忘れたことはない!ただ、その感情がお前を殺すのだ!」
レータもシンランも吹きすさぶ砂塵を切り裂くように機体を走らせた。粒子ビームを互いに打ちあうが、そのどれも機体を捕えることが出来ない。剣と剣が交わる時、大きな振動が空気を揺らして空間を割っても、それが機体に届くことはない。両者、互いに一歩も譲らなかった。機体性能、そして地球慣れの時点でレータは勝っていたが、身体能力ではシンランが圧倒的に勝っている。持久力の点でも同様なのだから、戦闘が長引けば、レータは不利になる。だが、レータは焦ることはなかった。彼が普段乗りこんでいる機体には様々なギミックを仕込んであるからだ。
「シンラン……」
ただ、彼のシンランを想う心はまだ完全に死んでいなかった。
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「あっ、君はこないだの!あれから、機体の調子はどう?」
レータと再び出逢ったのは、あれから数日後の施設の談話室でだった。木枯らしが吹きつける寒い冬の事だったと思う。私はソファに腰掛けて、静かに燃え続ける暖炉を何気なしに見つめ続けていた。
「悪くない。あの時は助かった、ありがとう」
私はそもそも友達という存在自体そんなに多いものではなかったが、特に男の人となるとどう接していいか分からず、素っ気なく返事した。
「そっか。あ、これ間違えて買っちゃったんだけど飲む?」
彼はそう言って隣に座ると、缶を一つ私に差し出した。
「何だ、これは……?」
「嫌だなぁ。コーヒーだよ、僕苦手でね」
彼は苦笑して、それを私の手の中に無理やり押し込んだ。遠慮でもするなというように。コーヒーというのは嗜好品の一つであるということは知っているが、今の今まで飲んだこともなかったので、どうすればいいのかと困惑してしまった。ただ、その缶の暖かさはかじかんでいた私の手のひらをほぐしていった。
「あの機体は凄いよ。今の地球の科学力が惜しむことなく注ぎ込まれている」
「そうなのか……。そんなこと全く知らなかったな」
「僕は噂に聞く程度だけれど、今もなんか凄い化学の研究をしているらしいんだ」
彼は嬉しそうにそう話したが、私は別段興味もない話だったので耳を傾けているだけだった。私はその後も適当に相槌を打つだけだったが、彼は尽きる事を知らない海の水の様に、ひたすらに口を動かして話を続けた。
何で、私なんかにそんなに話をしてくるんだろう。面白い返答も、貴方の興味を引くような話題も何もないのに。そんな疑問を感じて、少し顔が翳る。何でそんなに笑えるの?何でそんなに前を向いていられるの?
ただ、私が反応を示さなくても彼は嫌な顔一つせずに笑顔を振りまいた。
そんな風にして日々を過ごすと、徐々に彼の話を聞くのは悪い事ではなくなっていった。私は彼に染められていったのかもしれない。
私が当初感じた彼への嫌悪感は、ただの嫉みだったのだろうか。私は“楽しく生きる”なんてことを考えもしなかったし、そんな術も知らなかったから。楽しそうな彼が理解出来なかったのだ。
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「はっ!」
レータの駆るメシアの背部ポットから無数のミサイルが飛びだし、シンランの駆るメギドへ襲いかかった。多方向同時攻撃である。
「方向を認識、角度、到達時間を計算。関数化してデータベースに入力……」
シンランの手は手元のコンソールパネルを踊るように跳ね、次々に情報を処理していった。次いで、モニターを視認すると、構えたライフルでミサイルめがけて粒子ビームを連射する。
「駄目だ、間に合わないっ…………だがっ!」
シンランは撃ち落とし損ねた幾つかのミサイルをバックステップで交わした。常人ならその負荷で、心肺に損害を与えそうな動きもシンランなら可能だ。その事実を知らないレータは、シンランの動きに目を瞠る。
「馬鹿な……」
「どうだ。何の自慢にもならないがこれが私なんだ。戦う為に特化した生物。人ならざる存在……お前とは違うんだ」
レータは唖然として言葉を絞り出し、シンランは毅然として言い切った。まるで自分にも言い聞かせるかのように、しっかりと。
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「あ、また会ったね。随分、久しぶりになるけど」
私がコーヒーのぬくもりを知ってから、彼とは何度も姿を交わした。機体のパイロットとメカニックという立場なのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。知り合う前から、きっと何度も私達はすれ違っていたのだろう。
「最近は随分と暖かくなってきたね。もうすぐ春だよ」
彼は伸びをして嬉しそうに私に笑いかけた。私も、照れ笑いを返す。未だに、どうすれば彼が喜ぶ顔が出来るのか分からない。
「そうだな……。私も暖かい方が好きだ」
「それなのに、まだホットコーヒー飲んでるの?」
「べ、別にいいだろう!?これが好きなのだから」
「いやまー、別にいいけどさ」
私は少し感情的になってしまったことを恥じ、彼に背を向けて俯いた。
どうしてしまったのだろう?以前は、こんな感情すら知らなかった。最近は、胸の中に色々な想いが湧いて来て、でもそんな自分を知らなくて戸惑っている。そんな感じだった。
「表情が……豊かになったね。最初の頃は、ロボットみたいに同じ顔だったから」
レータは冗談ぽく言った。背を向けていたので、彼の顔を見ることはかなわなかったが、恐らく優しい顔をしているのだろう。
私は……変わってきているのだ。様々な感情を知って、デザインから人間へ生まれ変わろうとしているのかもしれない。そんなこと許されるのだろうか。
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私が生き延びて、人間になって許されるのだろうか。
今までに死んでいった仲間はそんな私をどう思うだろう。デザインとして生き、デザインとして死んだ同胞はどう思うだろう。
「春が来たら、桜が咲くんだ。この近くにも木があるから。その時は一緒に見に行こう」
レータは言った。
だがその桜を二人で見る時、それが二人にとって別れの時になるなんて、この時は思いもしなかった。
人間にとって、いや生物にとって有害な放射線を撒き散らす兵器。それが、地球崩壊への最後の扉だった。月、火星が人類にとって第二の地球として必要だと謳われたのは、なにも最近になって急にという訳じゃない。発達する科学技術に比例するように荒れていく大地は、人類の歩みと抱き合わせの様なものだった。
ただ、もう限界になってしまったのだ。皮肉な話であると思う。火星行きへのチケットを巡る争いが、地球を壊す最大の原因になってしまったのだから。
私の任務も段々と少なくなってきた。私達が、わざわざ機体に乗り込んで戦う必要がなくなってきたからだ。非人道的で冷酷な兵器の登場は、人間の役割を減らしていった。私はその事に対しても特に思う事がなかったが、その兵器の犠牲になる人間を思うと多少なりとも心が痛んだ。ある意味では、彼らも私と同じなのだ。進み過ぎた科学の犠牲になった被害者。
「シンラン……かい?最近、よく見かけるけど、お仕事は?」
「レータ……。私の役割も徐々に失われつつあるんだ。もう……戦いに出なくても済むかもしれない。だが、それは他の誰かが私の代わりに……っ」
私は、戦いに行かなくていい事を素直に喜べなかった。私が戦わなくても、人は死ぬ。
「シンランは、今まで無理しすぎてたんだよ。そんなにたくさんの苦しみを背負わなくてもいいじゃない」
「なっ、お前に……何がっ……!?…………いや、何でもない」
私は今一瞬自分の中に沸き上がった感情を抑えつけた。怒りという感情は知っていた。だがそれを、レータにぶつけたくなかった。レータにそれをぶつけて嫌われたくなかった。だから抑え込んだ。
だがこの時、彼に対して怒りをぶつけていたのなら、全てを彼に話していたのなら、その後の私達の巡り合わせも変わってきていたのではないだろうか。
私のレータに対しての依存はますます強くなっていった。彼に会いたい、彼が恋しい。もっともそれは私が後に受けることになる人間の代償の序章に過ぎなかったのだ。
桜の花びらが散り始める頃、私とレータは桜の木の下で最後の会話を交わした。それは表面上、互いの為の誓いだった。私はあの日を何度回想しては、後悔に胸を掻き毟ったことだろう。何故、一緒に地球に残らなかったのか。何故、無理にでも火星に連れて行かなかったのかと。
私はレータと別れて、人間として生きる為の苦しみを受けることになる。彼への想いが果てることなく、それは私の身を焼き続けた。
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「私は……全てを無に帰すことを選ぶ!」
「なんで……だっ……」
シンランの猛攻は勢いを増し、レータを追い詰めていった。レータもあらゆる手を尽くし、応戦するが地力の差がじわじわと出始めてきた。そして呼応するように、レータは戦意を失っていく。自分が今何しているのか分からない。こんなことをしてなんになるというのか。
何かが弾けた――――――――。レータは全ての武装を解除して、そこに立ち尽くした。
「もう……いい。僕は君にこれ以上刃を向けられない」
レータは、ゆっくりと呟いた。
「覚悟が……出来たのか……?」
シンランは剣の切っ先をメシアのコックピットに突き付けて言い放つ。その言葉尻は当初より、刺々しさが失われていた。彼女もまた、彼との再会により少しずつ心が揺らいでいるのだ。
初めて受けた優しさ、初めて抱いた愛しさ。
「シンランは、戦うことしか出来なくないよ。僕は会ったんだから。君の教え子に」
レータは淡々と言った。思いもよらないレータからの言葉により、シンランの顔に動揺が走った。
「どっどういうことだ……?」
「確かレオ君と言ったかな。色々と訳ありみたいだったけど。それでも君の事を話す時、彼は楽しそうだった。そして、君に対して悔いている様子でもあった」
「だから…………どうだと……」
「僕たちも悔いてやり直せればいい。僕は知ってる、どんな状況でも幸せを見つけることが出来た人を。ささやかな毎日を一生懸命生きている人を……!シンラン、僕たちの十年間は空白じゃないだろう?」
シンランは反論できなかった。綺麗事だと切り捨てて、このままレータを否定して、終わらせればいい。だが、それも出来ない。
今にも溢れ出しそうな感情は、あの時に似ていた。そして、巡る記憶は在りし火星で過ごした日々。
『シンラン先生ー、またその話かよ聞き飽きたよ』
リクは生意気だったが、私を見るその瞳はいつも煌めいていた。
『シンラン部長。僕たちの選ぶ未来は本当に正しいのでしょうか』
レオは聡明で機転も効いたが、色々思いつめていたのだな。気付いてやれなくて本当に済まない。
『お前は部長としての責任をだな……』
アルト部長は、厳しかったけれど父の様な包容力があった。
『いいのよ、弱音を吐いても。じゃないと、私たちだって折れちゃうでしょ』
サクラ部長は、親身に相談に乗ってくれた。感謝しても尽きない。
『部長。いい加減、俺に面倒事押し付けるのやめてくださいよ』
ツバルには迷惑をかけたな。だが本当に信頼していた。
「私は…………っ」
止めどない激情が涙になって溢れる。自分はいつだって一人じゃなかった。
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「ごほっ、ごほっ……誰よあんたたち……!?」
リンは咳き込みつつも、突如現れた見知らぬ連中を見据えていた。
「くっくっく……お前らさっさとこっから逃げた方が良いぜ?今から、この辺り一帯は灰の海と化すからよぉ!あぁ……この辺りって言うのは地球全部の事だけどなぁ!?はっはっは逃げられる訳ねぇよなぁ?逃げれるんなら、俺達とっくに火星や月に行ってるはずだもんなぁ!」
次回、『第二十六話:狂おしきこの世界で』
ありがとう、この世界。
どうか、出来れば、忘れないで。
この世界を、あの日々を……そして。
私を。