side:副部長達の憂鬱
ずずずと、音を立ててコーヒーをすすると、青年はふぅと小さなため息をついた。柔らかなプラチナブロンドの髪は癖があったが、端正な顔立ちにそれは美しく映えていた。歳は、二十に差し掛かるかどうかといったように思えた。
辺りは、喧騒に包まれていた。ここは、火星政府の各部署が集結する施設内の談話室である。いつも慌しく時が流れている空間だが、最近それが更に顕著になっている。
火星が、浮き足立っている――――。もっとも、自分も最前線に送られ、生死の駆け引きを既に行っていたのだが、あまり実感は湧かなかった。
鈍いのかな、と思う。生に執着してないだけかもしれない。でも、特別死にたいわけでもない。それに誰かに殺されるのは面白くないから、やられる前にやり返す。それを淡々と行っているだけだ。
そもそも人生なんて、そんなもんだ。自分は結局火星に来て、来られなかったやつらは地球でやがて訪れる死に怯えながら暮らしている。究極的な問題が目の前にあるじゃないか。
青年はコーヒーを口に含みながら数日前の事を回想していた。
「ハルカ……よく頑張ったね。お疲れ様」
僕は出来る限りの笑顔を作って、今回の戦闘の功労者をねぎらった。
ただ、ハルカは僕の言葉など聞こえないかのように、反応を示さなかった。俯いたまま、唇をかみ締めている。
「どうしたの?敵機を一機落としたのに……、嬉しくないのかい?」
無言を貫くハルカに、僕は言葉を重ねた。
「副部長……、うちはホンマに間違ってないよな?」
「……何が?」
彼女の言っていることの意味が分からずに、僕は聞き返した。いや、本当は分かってたのかもしれない。ただそうなるととても面倒な問題になってしまう。
「うちは、結果的に一人殺してしまった。戦ってるときは、なんも抵抗あらへんかったし、今でも後悔している訳やない……けどっ」
やはり――――――。僕の悪い勘は、大抵当たってしまうなぁと独りごちた。
僕は、神妙な顔つきになって言った。
「そのことなら……、大丈夫だよ。ハルカは間違ってなんかいないから。あのまま何もしなかったなら、ハルカか僕達がやられていた可能性もあるんだからね。極端な話、僕達が行っていなかったら、君達が殺されてたかもしれないんだよ」
あ、恩着せようとしている訳ではないからね、と冗談ぽく付け足しておいた。
それでもハルカの顔は晴れなかった。何かを押し殺しているかのように、何かに怯えているかのように、顔はひきつっていた。
それなら……と、僕は顔を引き締めて言う。
「もう……、戦場には出ない方がいい。足手まといになられても困るんだ」
優しさを排除した冷徹さを身に纏って彼女を突き放す。
「なっ、うちが足手まといやて……!?」
予想通りハルカは激昂する。プライドの高い彼女なら当然の反応だ。無論、だからこそ僕はそういう態度をとったんだけど。動揺する彼女に嘲笑を交えて更にけしかける。
「実際に戦った君なら分かってると思ってたんだけどね。あそこは命のやり取りをする場所だ。綺麗事なんて言ってられない。覚悟がない奴に背中なんて任せられる訳ないだろう?」
僕の言葉にハルカはたじろぐ。それでも、手は緩めない。
「僕はもちろん死にたくないし、他の部員だってきっとそうだろう。僕には副部長として彼らを守る義務がある。君に迷いがあるなら、アルト部長に進言してでもパイロットの資格を剥奪させてもらう」
「…………っ」
「相談があるならいつでも聞くから。君の腕を疑うものなんて、誰もいやしないんだから」
一通り言った後、顔を緩めてフォローは入れておいた。
現実世界に戻った僕は、何気なしに虚空に視線を投げた。
フォローは入れた。だけど…………、アルト部長に本当に報告してるのかなぁ、と考えると気が重い。部長、ハルカのこととなると人柄変わるからなぁ。いやいや、それでも部長なんだからその辺の事はしっかりやってくれてるだろう。
僕は、間違ったことはやってないんだから。下手な甘さは、彼女を傷付けるだけだ。言葉通り物理的に。最悪、死に至らしめることだってあるかもしれない。
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ハルカは、いや僕達は、敵機を落としたんだ。これからあちら側がどんな手を打ってくるか分かったもんじゃない。最悪、爆弾抱えて特攻なんてことだってあり得ない話じゃないんだ。
「あら、エルド副部長」
「ん?」
エルドと呼ばれた青年が顔を上げるとそこには二人組の男女がいた。男の方は角刈り頭をきりりと立たせて、筋骨隆々の体を持て余すように立っている。男性と並ぶとかなり小さく映ってしまう女の方は、丸縁の眼鏡をかけて三つ編にした髪を揺らせていた。二人ともまだ若々しかったが、その腕にはエルドと同様に銀の腕章が輝いていた。彼等は紙コップに淹れたコーヒーを持っていたのだが、その組み合わせがシュールだったのでエルドは吹き出しそうになった。
「やぁ、ツバル副部長にミサキ副部長。偶然だね。休憩かい?」
エルドが座っていたボックスにツバルとミサキも腰を下ろすと、まずは二人ともコーヒーで喉を湿らせた。熱さと苦味が、心地よく二人の体をほぐしていった。一息つくと、ツバルが口を開いた。
「あぁ、ここの所忙しくてな。隙を見つけて休まなくては体が持たない」
「私もです……。といっても、泣き言を言っている場合じゃないのですが」
「何!?それじゃあ、まるで俺が泣き言を言っているように聞こえるぞ。俺は断じてそんなことは」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ。そんなつもりじゃ……」
とても疲れている風には見えないんだけど、とエルドは思ったが面倒くさいことになりそうだったので敢えて言わなかった。
「二人ともその辺にしておきなよ。折角の安らげる時間なんだからさ」
「そうだな、済まない」
「ごごご、ごめんなさい」
「いや、別に謝る必要はないんだけどさ。それより、君達の所はどうなっているんだい?情報交換しておこうじゃないか」
エルドはテーブルを人差し指でトントンと叩いて促すような仕草をした。もっとも部同士の連携は取れているので、エルドも重要な業務上の情報が欲しい訳ではなかった。要するに、情報交換という名の世間話である。
「そうだなぁ……じゃあシンラン部長もいないし……」
と、ツバルの方が先に話を始めた。
「シンラン部長、何か御用でしたか。わざわざ、俺をお呼びになるなんて」
開発部長室は、アルコールの臭いが充満していた。ツンとした臭いがツバルの鼻腔を刺激する。
「お酒も……程々にしないと……」
関係ないのにツバルは罰が悪そうに言った。
「あぁー、ツバル来たか。リクが怪我したとかで入院してんだ。大したことはないそうだが、様子見てきてやれ。一応、お前の部下だろ?」
シンランは奥のデスクに突っ伏していたのだが、ツバルの声を聞いて顔を上げた。紅潮した顔を歪ませて、しゃっくりをはさみつつ陽気な様子で言った。むしろ、その振る舞いがツバルには痛々しかった。
「それなら、部長が行けばいいのではないですか。私が行くより、部長が行った方が喜びますよ」
顔を背けてツバルは言った。彼はこのとき、いつもの部長に早く戻って欲しいと願わずにはいられなかった。
「うるさい。部長命令だ。私は色々と忙しいんだよ」
そんな思いを突っぱねるように、シンランは吐き捨てた。
「分かりました。そういうことなら、自分が行きます」
ツバルは鬱屈とした気分振り払うように重たい足取りを早めて、リクが入院している病棟モジュールへ向かった。
病室は、広くて清潔な個室だった。薄いグリーンに塗られた壁は、自然と心を落ち着かせる作用があるような気がする。ベッドの傍のテーブルには、花瓶が置かれていた。花瓶には地味だが淡く美しい花が生けられていた。
(サクラ部長かな……。あの方も忙しいのに)
ツバルは、少し暖かい気持ちになった。
リクはベッドに肘をついて体を横たえらせ、雑誌を読んでいるところだった。頭に包帯が巻かれていたが、後遺症の様子もなく顔色も良さそうであった。
「よぉリク。久しぶりだな、怪我の具合はどうだ?」
リクはむすっとした顔でツバルを一瞥すると、再び雑誌に目を落とした。
「そうか、頭でなくて耳がおかしくなったか」
「……傷心の俺の気持ちも理解してくれよ、副部長。そっとしておいてくれ」
「良い薬になっただろう?反省しろ。シンラン部長もお前を心配していたぞ」
「シンラン先生が?」
気だるそうにやりとりしていたリクの声のトーンが上がるのに気付いて、ツバルはにやりと笑う。
「いい加減、先生と呼ぶのを直せ。学校ごっこをやっているわけではないのだ。それより……、二度とこうやって独断で動くんじゃないぞ。今回はたまたま助かっただけだ」
「あぁ……分かってる」
リクの生返事に、ツバルは急に不機嫌になった。
つかつかとベッドに歩み寄ると、リクの読んでいた雑誌を取り上げて近くのゴミ箱に投げ捨てた。
「ちょっと……っ」
「そんな無教養な本を読むんじゃない。ベッドの上でも勉強は出来るだろ?」
そう言って、ツバルは持参していたバックから本を取り出すとリクに向かって放り投げた。本は綺麗な放物線を描いてリクの手元に収まった。リクは、しぶしぶとその本に視線を向ける。
「開発指南書……?俺、こんなの何十回も読んだよ」
「じゃあ、何百回でも読め。暗唱できるくらいにな。お前の役目を忘れるな。戦うことは……、それ専門のやつらがやってくれる」
リクは呆けた様子で、ツバルを見た。
「なんだ、その顔は」
「いやぁ、副部長からそんなこと言われるとは思わなかったよ。むしろ、自分から戦いに行く人かと。シンラン部長みたいに」
「シンラン部長は……もう戦わない。だから開発部長に就いたんだ」
「それがおかしいんだよなぁ。シンラン部長、どうして開発部にいるんだろ?戦ったら、アルト部長と互角以上なんだろ?」
「そのことについては、シンラン部長は俺にも口を閉ざしている。……とにかくっ、俺達は俺達の領分をわきまえて活動すればいいんだ!サクラ部長にも心配をかけさせるな」
「母さん……か……」
それを言われると、リクは胸が痛かった。ただでさえクーが重体で母さんも憔悴しているはずなのに、自分まで心配の種になってしまった。
父さんは、どうしてるんだろう。いや、あんなやついつだって帰って来なかったじゃないか。今更、当てに出来る存在じゃない。
「なぁ……なんで母さんは、父さんと結婚したんだろう?」
「む……、そんなこと俺が知るかっ」
突如浮かんだ当てのない疑問を、リクは傍にいたツバルにぶつけた。だが、ツバルにも見当のつかない話であったので、適当に返すしかなかった。
「そうか……」
リクは、それきり口をつぐんだ。
「それでは……俺はもう行くが、安静にしていろよ。人手はいつでも足りないんだから」
ツバルも、リクにフォローを入れた……という気になっていた。
「と、まぁこんなところだ。俺がしっかりしないと、開発部の将来が心配だよ」
大げさに、首を横に振ってツバルはため息をついた。
「わ、私も結構大変なんですよ……!」
今度は、ミサキが話を始めた。
「あ、あのサクラさん何を……」
ミサキが情報部のメインルームに入ると、サクラが仁王立ちともいえるようなオーラを放って立っており、多くの部員がコンピュータの前のキーボードを必死に打ちつけていた。
「あ、ミサキ。良い所に来たわね。ちょっと最近情報部もたるんでるみたいだから、気を引き締めようかと思って。今回のことだって“この子”がもっと早く報告してくれていたら良かったのよ」
そう言って、近くでコンピュータと睨めっこしていた男の耳を掴んで捻った。先日、襲撃があったときにモニターを監視していたオペレータだ。断末魔の叫び声を上げながら、彼はもう涙目になっている。
「あぁ……っ、もうその辺で許してあげてくださいっ」
余りに痛々しかったので、ミサキは必死の懇願した。それに応じるようにサクラはやっと指を離すと辺りを見回した。
「そうね、ミサキも手伝ってくれるかしら?」
それを聞いて、ミサキはどきりとした。
「な……なにをでしょうか……?」
「そんな嫌な顔しなくても大丈夫よ。貴方はいつも通りにすればいいんだから」
サクラはいつもと変わらない笑顔を浮かべた。
「はぁ……」
戸惑うミサキを一つのコンピュータの前に案内すると、サクラも自分のコンピュータの前に座って何かしら操作を始めた。それをミサキ含め、多くの情報部員が怪訝な様子で見つめている。
よしっ、と声を上げるとサクラは立ちあがり大声で叫んだ。
「今から出す課題のプログラムを、ミサキより先に解析できた人から今日は終わっていいから。じゃあ、スタート!」
「へ?」
突如、名指しで指名されミサキはきょとんとしてしまった。
「えぇえええええ!?ミサキ副部長に!?」
それに対し、多くの情報部員は驚嘆とも悲鳴ともつかぬ声をあげた。それもそのはずである。情報部のナンバー2に勝つのが条件なのだ。最初から、終わらせるつもりなんてない―――――――皆が落胆した。
「なるほど……、この課題なら二十分もあれば終わりますね。うおおおおおおお!」
ミサキは課題に一通り目を通すと、眼鏡の奥をギラリと光らせた。そして、奇声のような雄叫びを上げると、驚くべき速度でキーボードを叩き始めた。
「やっぱり副部長、二重人格だよな……」
「コンピュータの前に座ると人格変わるもんな……」
と、どこからかひそひそ声が聞こえてきた。
開始から十数分たったころ、澄んだ声が沈黙を破った。まだ、ミサキはキーボードを叩いている。
「終わりました」
「え……?」
皆が刮目して声の持ち主に視線を集めた。小さくないざわめきが徐々に広がっていく。
「ユーリ……ね。さすが……と言わざるを得ないわね」
サクラは感嘆したように、だが予め分かっていたような満足げな顔になった。
やはりここ最近の実戦経験がとんでもないものになっているのだとサクラは思った。自らの生死に関わることなんて、実際にその身に感じなければ分かる訳がない。その点においてユーリは、他の誰よりも勝っていた。
そしてそんなことにも気付かずに、ミサキは格闘を続けていたのだった。終わったのはユーリが終わってから五分後である。その時に、負けたことを知らされた。
「嘘……私が負けた……?」
「ええ……、でもミサキも相当な早さだったから気にすることはないわよ」
サクラは優しく声をかけてくれたが、ミサキは落ち込まざる得なかった。
「なるほど……、みんな苦労してるんだね」
他人事のように、エルドは口笛を吹いた。
「それで、お前はどうなんだ?」
ツバルが今度はエルドを促すように親指を向けた。
「くすっ、まぁ僕の事はいいじゃない」
エルドは肩をすくめると、視線を泳がせて誤魔化すように笑った。
「なっ、それは不公平だぞ!」
「そうですよっ。私達にだって、聞く権利がありますっ」
「また今度、機会があるときにー……ってあれ。アルト部長から?」
ポケットの中に振動を感じて、エルドは端末を取り出した。どうやら、アルトからの連絡の様だった。
それと同時に他の二人も端末を取り出して、液晶に瞳を瞬いた。
「俺もシンラン部長からだ」
「私もサクラ部長からですね」
三人は顔を見合わると、吹き出した。
「やれやれ、監視されているかのようだね。残念だけど、今日はこの辺で失礼させてもらうよ」
「あぁ……俺も行くか」
「私も行きます」
三人はすくっと立ちあがると、それぞれの道に分かれて歩き始めた。
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「春に生まれたから、ハルカいうんはどうや?アルトは、どう思う?」
「リョウコさんらしくて、いいんじゃないかな。この子には、俺たちの様な思いをさせたくない」
「うちは……そうは思わんけどね」
次回、『第二十一話:悠遠の約束』