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七色の明日へ  作者: ohan
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第十九話:邂逅の果て

 レオは必死に走っていた。早くカレンさんを救出して、フィエンさんの援護に向かわなければならない。あの相手の男、煙幕を張ったに関わらず、正確な射撃を行って見せた。フィエンさんを信じていない訳ではないが、心配である。カレンさんが囚われていると思われる場所は二ヶ所あった。今、向かっている場所は、その内のひとつ。どちらであるかは、現時点では分からない。運任せは好きでなかったが、どうしようもないとレオは諦めた。

「ここだ……」

妨害を受けることなく無事に目的地に辿り着くことが出来た。呼吸を整えると、偽造した端末でそのドアを開いた。

「なっ……ここは……?」

無機質で、機械的な火星施設内とは違い、そこは有機的で洞窟の様な造りになっていた。まさか、火星の地表をくりぬいて造ったのではないのだろうか、とレオは邪推した。彼も地図及びデータ上でしか、その場所を知らなかったので実際に目にしたの初めてだったのだ。

辺りは薄暗く、明りは申し訳程度に灯してある蜀台だけであった。明らかに、外界とは異色の空気を放っていた。そしてそこにはいくつもの牢屋が連なっていた。ライトで照らしながら周囲を見渡すと、すぐに人影を見つけることが出来た。

長い黒髪で、身長の高い女性。情報は少なかったが、このような状況に置かれていて、かつ同じ特徴を持った者もそうはいないだろう。

「あなたが……カレンさんですね……?」

その姿を認めると、半ば確信を持ってレオは問うた。

「……誰だ……お前は……!?」

その女性の、顔にかかっていた黒髪が揺れ、そこから氷の様な琥珀色の瞳があらわになった。レオは、視線を感じて背筋がぞくりと震えた。その眼光に、知らず寒気すら覚えていた。しかし、それを表に出すのはこの場合都合が悪いと、自分をコントロールして穏やかな笑顔をつくった。

「レオと、申します。性がアケルトと名乗った方が早いでしょうか。貴方を助けに参りました。もうしばらくお待ちください」

「アケルト……だと?まさか……義父さんの……」

レオの言葉に、カレンの表情が変わった。無関心を貼りつけたように色のなかったそれは、徐々に感情に侵されていった。

「えぇ、オーベルト=アケルトは、僕の父です」

レオは、粒子ソードで牢の柵を壊しながら言った。その牢は堅固な造りだったが、長らく使ってなかったのだろう、所々が脆くなっていた。加えて、まだ余り一般化していない粒子ソードでの破壊。自由に出入りが出来るまで、そう時間はかからなかった。

「ふぅ……、あとは……」

檻の内に足を入れると、レオはそう呟き、カレンが繋がれている手錠に目をやった。牢が壊されることすら想定していないのだろう。それは簡素な造りであった。

妙だな、とレオは訝った。予め、政府側は待ち伏せまでしていたということは、こちらの侵入を、ある程度は予想していたということになる。その割に、カレンの拘束がそれ程強いものでないのはおかしい。屈強な男性ならば、そのまま引き千切ってしまいそうである。

(政府内でも、分裂している……のか?あれ、それに……カレンさんは確か……)

レオは、二つの謎に神妙な顔つきになり考え込んだ。

「やめろ……!」

「え?」

カレンのか細い声を聞き取れず、レオは訊き返す。

「やめろ!私は……脱走などするつもりはない……っ!ここで、罪を滅ぼすまでは……!」

脂汗を額に滲ませ、苦しげにカレンは唸った。

レオは言葉を詰まらせた。全く想定のしていなかった事態である。冷静な頭脳を持ってしても、最良の答えを即座に導き出すことが出来なかった。

「しかし……、フィエンさんも共に来ています……!彼も、今戦っているのです……!一刻も早く戻らなくては……」

ここにきて思わぬ時間を食ってしまっていることに気付き、レオは焦燥に駆られた。

「何、フィエンが……?」

カレンが再び顔を上げたその刹那、閃光が暗闇に瞬いた。

「ぐっ……!」

レオが、腰に手を当てうずくまった。マーゼ・アレインの深緑のパイロットスーツが赤く染まっている。

「誰だ!?」

カレンは、未だ自由の効かない身体を捻じ曲げて、その攻撃者を探した。

「……やっぱり、来たのはお前か」

低く冷たい声が、牢獄内を反響した。それは、この場所に新たな介入者が来たことを如実に表していた。

その声を聞き、レオはくつくつと笑った。それは痛みから来る自嘲の笑いなどではなく、その状況を楽しんでいるかのようですらあった。第三者がが見たら、狂っていると思うかもしれない。それでもレオはこの上なく正気であった。

「やっぱり、あの時に殺しておくべきだったようだね……リク!」

レオはそう叫ぶと、腰から銃を抜き粒子ビームを撃ち出した。リクは、それを転がって回避すると、死角となる入口の壁に隠れた。お互いに、お互いの姿を見ることが出来なくなった。

「それは俺の台詞だ……、あの時の俺には、確かに幾ばくかの迷いがったことを認める。でも今は違う……!クーが傷付いた今、裏切ったお前に対する情けも何もない!」

リクは、一気に口から言葉を、感情を吐き出した。二人の指すあの時とは、双方メギドを駆り宇宙空間で剣を交えた時である。あの時は、どちらも戦闘不能になるまで戦ったが、結局決着はつかずにお互いその姿を見失ってしまったのだ。

「…………クー君に何があったのか知らないけど、僕は……そんな気持ちをずっと味わってきたんだよ」

一瞬押し黙った後、レオは動揺する素振りも見せず、淡々と言った。その言葉に、リクははっとなる。そして、レオのたった一人の妹セレナが地球に無理矢理連れ去られたという事実を思い出した。

「君は、時々僕を気遣うそぶりを見せてくれたけど、あれは……本心だったのかな?体裁を取り繕うだけだったということは……ないのかな?」

レオの言葉が、刃の様にリクの心を突き刺した。

……違うっ!そんなことはない!いや、本当に?俺は、本当にレオの気持ちを分かってやってた?大切な家族が傷付いているなんて……気持ちを分かってた?そんなの……分かる訳がない。実際に自分がその立場になって初めて気付いたというのに……。

「相変わらず……お前の言うことは筋が通ってるようで、何も言い返せないな。それは心の底から謝るよごめん」

リクの心からの謝罪であった。この時だけは、レオに対する憎悪も何もなかった。ただ自分の情けなさと、彼に対する申し訳なさだけが、心のダムを決壊させ止めどなく溢れだしてきた。

それに対しレオは黙ったまま、リクの次の言葉を待っている。

「でも……、話をすり替えるんじゃねぇ!だからと言って、お前たちの行動を許せる訳ないだろ?お前だって、自分のやってることが正しいなんて思ってない筈だ」

リクは、きっぱりと言った。

カレンは黙って二人に話に耳を傾けていた。突然現れた介入者は、以前もこの牢屋に来たことがある。確か、クーの兄であったと思う。今の話の内容からしても間違いはないだろう。そして、義父さんの息子を名乗る彼とは旧知の仲だと……そういうことなのだろうか。しかし、今は敵対している。なんとなく、状況が呑みこめた。しかし……、何故敵対してしまったのだろうか。カレンは、どこか物悲しい気分になった。

しかし、そんなカレンを無視するかのように閃光は薄暗い牢屋内を飛び交った。

「ここで、終わらせてやる……、それが俺の責任だ!」

「無理だよ……リクじゃ、僕には勝てない!」

二人の殺気は勢いを増すばかりであった。このままやり合えば、どちらかは無事では済まないだろう。そんなことはカレンには余り関係のないことである……はずだった。

「ふっ!」

カレンはそう声を張り上げると、自らを縛っていた鎖を引き千切った。それは確かに脆く、屈強な男性ならば破壊出来たであろう。しかし、カレンは戦闘の為に生み出され、特殊な訓練を受けた女性である。腕力も、人並の女性のそれではなかった。

「全く……、おとなしくここに居る訳にもいかなかいな……」

カレンは自分の身体を確かめるように、ゆっくりと立ち上がった。そして、手の平をみつめるとそれを固く握りしめる。その一瞬、二人の注意がカレンに逸れた隙を見逃さなかった。

しばらく拘束されていたとは思えぬように軽快な動きで速さを増すと、リクの前に瞬時に現れてその銃を手刀で叩き落とした。そしてあっけにとられるリクに息つく暇も与えず、すぐに後ろに回り込むと、再び手刀で正確に彼の後頭部を打った。

リクは、力無くぱたりと倒れた。軽い脳震盪を起こしたのである。

すまない……、とカレンは瞳を伏せ小さな声で呟いた。

(いつか私は、罪の業火でこの身を焼かれるだろう。だが今は……まだ、やるべきことがある!)

「レオ……と言ったな。お前もその銃をさっさとしまえ、無駄な殺生をするな!怪我は大丈夫だな。急ぐぞ!」

今度ははレオの方を向き直って、カレンは若干声を荒げて言った。

「…………はい!」

レオは、カレンの動きにしばらく茫然と立ち尽くしていたが、我に返るとさっと行動に移した。そして場を立ち去る際にリクを一瞥した。意識を失って倒れているようで、今心臓を撃ち抜けば必ず命を絶たせることが出来るだろう。しかし、レオにはそんなつもりは毛頭なかった。もっとも、それは今に始まったことではなくて、最初からリクを殺すことなど考えもしていない。リクもきっと同じであると、レオは思っていたが、先程の立ち振る舞いからするといささか怪しい気がしないでもないなと感じていた。

「どっちにしろ、僕は君には負けないよ。君が僕を追うならば、逃げ切ってみせるから」

レオは、意識のないリクに向かって言った。それは自分に対して言い聞かせているようにも聞こえた。


**********


 「ぐ……!」

フィエンは右手で肩を押さえると、荒い息を吐いて顔をしかめた。足元はおぼつかず、膝に手をつき肩で息をする格好になっている。左手には、粒子ソードを携えているが、身体の至る所からは出血が見られパイロットスーツが朱色に滲んでいる。眼鏡を上げる動作にも、いつもの滑らかさは見られなかった。

そして、それを睨むようにヴェクトが立ちはだかっていた。粒子ソードを持ってはいるが、フィエンとは違い息も切れていなければ、怪我を負っている様子も皆無だった。

「その程度か……、温い」

「ふっ……生憎、私は戦闘は苦手でね。そちらさんと違って……。暴力は何の解決にもなりゃしない」

フィエンは苦笑しつつ言った。彼なりに皮肉も込めてみた。それを分かってか分からずか、ヴェクトも口の端を釣りあげて笑った。もっとも、その瞳は一切の妥協を許さないとでもいうように揺らめいていた。

「貴様たちがそれを言うのか……」

「テロリストの戯言と取ってもらって、構いませんよ」

フィエンも負けず、薄ら笑いを浮かべる。もっとも、ヴェクトに勝てる算段など思い付きもしないので、余裕などあるはずもなかった。しかし彼も様々な人に出会い、その影響を少なからず受けてきた。それが彼を境地でも笑えるほど強くしていた。そして、彼は言葉を継ぐ。

「ただね……、貴方達が薙ぎ倒してきた人々の思いを知ってみることも、大切だと思いますよ。分かれとは言いやしない。まず知ることなんです。それすら諦めて、解決はなんてありはしないんです」

「ふむ……偉そうなことをべらべらと……。貴様に説教される筋合いもなければ、そんな言葉になんの説得力も込められぬ!」

ヴェクトは咆哮し、手元の端末を操作してから投げ捨て、剣を振りかぶって跳躍した。フィエンは身体が宙に浮き、その異変にようやく気付いた。

(地面が……ない!?)

抑制の効かない身体は宙に舞い、一瞬の隙を生む。そしてヴェクトはその隙を逃さない。無防備なフィエンの身体に、容赦なく粒子ソードを振り下ろそうとした。

そこに一筋の青い光線が、散った。

小さくない音と共に、粒子ソードは吹き飛ばされていた。ヴェクトは腕を押さえて呻いている。

まだ空間を情けなく漂っているフィエンの瞳には、銃を構える懐かしい姿が映った。

「重力発生装置の解除……と言ったところか」

その彼女は、めったに見せることのない雰囲気を纏い――――一目見てその消耗が分かるほどやつれてはいたのだが――――鬼神の様に直立していた。

「カレン……なのか?」

身体の自由を幾ばくか取り戻し、体制を立て直してフィエンは言った。

「あぁ……足はあるだろう?お前に殿しんがりが務まると思ったのか。さっさと逃げるぞ」

カレンは冗談めかして渇いた声で笑った。ただ、それが強がりであることはフィエンにはすぐに分かった。いくら彼女が強かろうと、一人の人間なのだから。

「増援かっ……」

ヴェクトは、苛々しげに毒づくと腰のホルスターから予備の銃を取り出した。

しかし、右手を負傷したので指に力が入らない。三人の去る姿を不甲斐なく見送ることしかできなかった。

「くっ……必ず、必ず追いつめて見せる!」

ヴェクトの視線は、遠ざかっていくフィエンの背中に注がれていた。

そこには、彼が戦闘中に貼りつけた小型の発信器が点滅を繰り返していた。


**********


 カレン救出作戦決行の3日前――――――――。

「ティラナ副隊長、お気をつけて!」

「副隊長ならば、何も心配することがないと思いますが……無事を祈っています」

ティラナの周りを、複数の男たちが取り囲んでいた。みんな、ユグドラシルのティラナ隊隊員である。ティラナはセブンス医学部部長の行方を探すために単身地球に向かおうとしていた。たった今、その為の船に食糧や機体を詰め込み終えたところだった。

「お前達……私がいない間火星を任せたぞ」

ティラナは隊員たちに向き直って凛とした声で言った。それに隊員たちは敬礼で応えた。隊員たちみな、ティラナの変化に気づいていた。副隊長といえど、ティラナはまだ若い。しかし家柄上、形としてその地位を任せられている。ヴェクトも同じような立場だったが、彼の場合は既にその風格が備わっていたので別である。ティラナは、人を使うことを当然の様に振る舞っていたが、本当は心の中で苦しんでいたことを隊員たちは薄々感づいていた。だが……今は違う。ヴェクト程ではないが、風格というか覚悟の様なものがティラナの姿に認めることが出来た。

彼等は、ティラナの乗った船が見えなくなるまで、敬礼を続けていた。


 「ふぅ……ようやく出発かあ……」

呑気な声が、船内に響いた。

「……誰だっ!」

自分の他に船には誰も乗っていない筈である。ティラナはすぐに銃を抜くとその声の主を探した。

「わわっ!待てって、俺だって。何もしないから!」

振り向くと、どこかで見た少年が恐れおののき両手を上げて後ずさるところだった。

「お前は確か……あの時の……」

出来ればあまり思い出したくない記憶だった。瓦礫の下敷きになった少年を救出したあの日。その側にいた少年――――――。

「そう、俺はリキ=ティスタ。クーの友達だよ」

リキは、屈託なく笑った。

*********


次回、『第二十話:ボーイ・ミーツ・アースwithガール』

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