第十七話:救出作戦
すみません、次回予告詐欺です。
「以上だっ!今回の作戦は戦闘の恐れもあり、非常にリスキーな任務となる。故に、少数精鋭で主に活動をする。レオ=アケルトから提供を受けたマップをもとに進行することになるが、臨機応変に対応して貰いたい。例えば……マップと構造が違っていたり……」
「エクスルッ!」
淡々と言葉を並べるエクスルと呼ばれた男に、矢のような怒声が浴びせられた。
「何でしょう、フィエン?」
エクスルは意に介する様子もなく、落ち着いた声でフィエンに訊いた。
「レオ君は、私達の仲間です。貴方の気持ちも分からなくはないですが、迷いが生まれれば、このミッションは失敗します。彼を信じましょう」
流れるような動作で眼鏡の淵を持ち上げると、先程の怒声とは打って変わって、落ち着いた声でフィエンは言った。
「ふむ……。カレンは君と共に行動中に、火星軍のやつらによって捕われたのです。君だって……」
「その辺にしとけよ、エクスル。そんなことを言ったら、先のラビリンス計画を練ったのもほとんどがお前だったろ?」
「ハヤブサ……」
エクスルは、近くに控えていた長身の男を見上げて苦々しげに言った。ラビリンス計画、そしてその後の処理のプランを練ったのもほとんどがエクスルだった。しかし、その作戦は成功したとは言い難い。故に、彼自身ももちろんその責任を感じていた。それだけに彼のこの作戦に対する執念は強い。だからこそ、再びオーベルトはこの作戦の指揮を命じたのだ。軍隊でもなんでもない、この同盟において彼は、もっとも頭の切れる存在であることは確かであった。
「ふっ……、エクスル、俺もお前を信頼してるよ。それにもしものことがあったら、俺がその場でなんとかしてやっから!だからお前も俺を信じやがれ」
ハヤブサと呼ばれた男は、手ぶりを交えながら、自分の胸に親指を当て、そう断言した。彼は、軽薄そうではあるが、マーゼ・アレイン内での信頼は厚く、頼りがいのある男として慕われていた。
「そういうことだ、エクスル……。もしレオが裏切ったら、私を刺そうが撃とうが好きにするがいい。勿論、エクスルに限らず、誰でも構わんがな」
先程まで黙していたオーベルトが、自嘲気味に笑いつつそう言った。オーベルトにとってもこの作戦を決行するのは、少なくない決断力を試されることとなった。カレンを救いたいのは当然、これからの活動にカレンを欠くことは出来るはずもない、しかし、それの為に多くの人員を危機に晒さなければならないのだ。悩むオーベルトであったが、マーゼ・アレイン内の空気は、完全に作戦決行派だった。動かない対政府との局面にいら立ちを隠せず、強硬策に出たいという者もいたが、ほとんどはカレンの身を案じてのことだった。それならば、隊長である自分自身が、怖じ気づいている場合ではなかった。
「っていうか、レオさんが裏切る前提になってません?それ」
まだ幼さのを残る少女のその一言で、部隊の緊迫していた雰囲気は解かれ、笑いに包まれることになった。
「くっははは……、全くシアルの言うとおりだよ。お父様ぐらい、信じて上げましょうよ、ねぇレオ君?」
「はぁ……」
ハヤブサは、レオの肩に腕を回してあっさりと言った。だがレオは、なんて言ったらいいか分からないのか、困ったような笑みを浮かべるだけだった。
「でも、本当にいいんだな?シアル。この作戦、どんな目に遭うか分からないぞ?怖いなら、怖いって言えよ?」
「うん……、怖くないって言ったら嘘になる……。でも、この任務は私に適任だから……」
ハヤブサの問いにシアルと呼ばれる少女は、俯いて一瞬怯えたような表情を見せたが、すぐに顔を上げて握りこぶしを作って見せた。
「いい覚悟だ」
ハヤブサはにっと笑った。
作戦の概要はこうだった。
エクスル、ハヤブサの乗るメシアが情報部の網にかかるように、火星空域に躍り出る。その間に、レオ、フィエン、シアルの乗るメギドが火星の裏に回り、カレンを救出に向かう。言葉にすれば簡単だが、細い細い綱渡りな作戦だった。まず、囮のメシアはそう長い間効果を有しないだろう。二人は戦闘を行うべきではないので、うまく情報部――――出来れば防衛部も――――を出し抜ければいいが、そうでないならば、さっさと退場するということになっていた。フィエン、レオ、シアル組は、フィエン、レオの両者が救出に侵入し、カレン救出を試みる。ここで問題とされるのが、救出後の脱出だった。侵入に用いたメギドを帰還まで守らなくてはならない。この為にシアルが“人質”として演技をするのである。あくまで、テロリストによって捕われ閉じ込められた可哀そうな少女を振る舞えれば、闇雲にメギドは攻撃を受けないだろう。内側からロックを掛けていき、シアルが解除方法を分からないと言えば、鹵獲、保護される心配もない。勿論何かあれば、ハヤブサ、エクスル機がシアルの元へ向かう手筈になっている。
当初、これの初期プランをエクスルから受け取った時、オーベルトは苦悩した。確かにメギドが攻撃を受けず、鹵獲もされない方法としては適切であろう。しかし、ここに一人残る役を誰が引き受けるだろう。いくら人質をアピールしても、攻撃を受けない保証はないのだ。死と隣合わせのこの役割を、誰が
好んでやるだろう。エクスル自身も少し負い目があるようだったが、やはりどんなに手を尽くしても危険のないプランなど存在しないことを、彼も、そしてオーベルトも分かっていた。
そんな折だった。まだ発表もしていないこのプランがどこから漏れたのか分からないが、シアルがこの役を志願したのだ。
「この役割は私が適任です……。メギドの操縦も出来ますから、いざとなったらなんとでもなりますしね。」
「シアル……駄目だ。君には危険すぎる……」
「ふふっ、これは誰がやっても危険な任務だと思いますよ?こう見えても私、女優になろうと思って演技の勉強をしていたこともあるんですから。顔を作るのは得意ですよ?」
「だが……」
オーベルトは、苦い顔をした。シアルが演技の手ほどきを受けたことがあるというのは初耳だった。もっともそれが本当かどうかも分からなし、この際それがどれほど結果を左右させるかは分からない。
「任せましょうよ、隊長」
「ハヤブサか……」
いつの間にか、ハヤブサが入口に立っていた。
「こいつが演技の勉強をしていたというのは本当です。俺が保証しますから」
「そういえば、君とシアルは長い付き合いだったな」
「えぇ。こいつは今まで、散々な目に遭ってきました。それこそ言葉で形容も出来ないくらい。生まれた時代を恨み、自分の人生を呪って生きてきました。ここは、マーゼ・アレインは、こいつにとって最後の居場所なんですよ」
「ありがとう、ハヤブサ。後は自分で言うから」
ハヤブサの言葉を遮り、シアルは先の言葉を紡いだ。
「今まで私はここでたくさんの幸せをもらいました。それまでの哀しみを打ち消すぐらい強く、大きな。恩を返したいんです」
はっきりとした声で、シアルは言い切った。その瞳には陰りは見えず、煌々とした決意の強さを表していた。
オーベルトは二の句が継げなかった。今まで、人の後ろに隠れる事が多かった気弱そうな少女にはこんな一面があったのかと思った。
オーベルトは、立案時のことを思い出していた。ここまできたら、迷い、悩み、心配するのは皆に失礼である。
「それでは、カレン救出作戦を開始する――――!」
深緑のパイロットスーツ身を包んだマーゼ・アレインの面々は敬礼で応えた。
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「センサーに反応?いや、まさか……?サクラ部長!」
「どうしたの……?」
情報部部長のサクラ=セブンスが、怪訝そうに訊いた。
「センサーに大きな物質反応が……、しかも相対速度が岩石等のスペースデブリでは、考えられない値を出しています。機器の故障でしょうか……?」
モニターを監視していた情報部員の管制担当の男は、呑気な声で言った。火星宙域には、情報部の衛星センサーが張り巡らされているが、目的はスペースデブリ等の衝突から火星の施設を守る為である。故に、それ以外を映すことはほとんどない。しかしサクラは、心当たりがあった。マーゼ・アレインである。
「映像出しなさい!」
「はっ……はいぃ!」
サクラに気圧されて、男は慌ててモニターに映像を出した。そこには、明らかに自然ではないものが映し出されていた。それは、メギドと酷似した形状ながら、そのカラーリングはメギドの黒と対照的に、純白にコーディングされて、よりスマートになっていた。
「え……なんだこれは……?」
「解析急いで!早く!」
茫然として、モニターを見やる男を尻目に、サクラは直ぐに待機していたオペレータに指示を出した。
そして自分は、端末に勢いよく番号を入力すると、インカムに向かって叫んだ。
「アルト!?未確認の機体を確認したわ。敵の可能性が高い……いや、そうとしか考えられないわ。貴方にはまだ渡してなかったけれど、シンラン部長の報告にあった、地球で量産された機体と思われる……!直ちににそちらでも、メギドに出撃準備をして!」
サクラは、息つく間もなく一気にそれを話した。アルトは、一瞬驚いたような声を出したが、すぐに状況を吞み込み、了解の旨を伝えた。
それは、お互いの信頼関係がなければ出来ない芸当であった。
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作戦通り、フィエンとレオ、そしてシアルの乗ったメギドは、火星の裏側に回り込んだ。そして建物内に進入するのに都合のいい場所を見つけ、そこにメギドを留めた。
「シアルさん……」
不安そうにレオは、シアルに声をかけた。
「ふふっ、レオさんは何の心配も要りませんよ。私もメギドの操縦は出来ますから。もしもの時は、戦います!」
シアルは努めて笑顔を作ると、心配するレオに笑いかけた。怖くないと言ったら、嘘になる。それでも、今は心配させる訳にはいかない。シアルはそう思っていた。
「シアル」
「は、はい……冗談ですよ」
フィエンの制する様なきつく低い声に、シアルは押し黙った。
「作戦通りにするんだ。そうすれば君に危険が及ぶことはない。間違っても、武器を抜いてはいけないよ?」
あくまでシアルは、被害者を装うことが大切だった。テロリストに捕われた、可哀そうな少女。それが、シアルが演じるべき道化だった。例え本音でないとは言え、大切な仲間を貶めるようなことは言いたくなかったれど、今回の任務にはそれが必要だった。万が一、ハンドガンを使いでもしたら命の保証はないだろう。この間の出来事で、火星政府がピリピリしているのは、誰にでも容易に想像できた。
「それでは……。なるべく早く戻るようにするから」
そう言って、フィエンはシアルに笑顔を見せて、その頭に手を置いてからレオと共に歩み出した。
フィエンとレオは、素早くそして気付かれぬよう隠密に移動した。細かなマップは一応所持しているが、ほとんどは二人の頭の中に入っていた。これといった障害もなく、カレンが閉じ込められていると思われる棟まですんなりと来ることが出来た。囮役がうまくやってくれているのか、しかしこのまま何事もなくいくとも二人は到底思えなかった。
「なるほど……。私の読みは間違ってなかったようだ」
低く重い声と共に、通路の影からコツコツという歩く音が、二人の耳に聞こえた。重力を発生させている地域の為である。
二人の期待は悪い意味で裏切られる結果となってしまった。
「やはり、目的は捕虜か……!テロリスト共が……!」
レオとフィエンの前に立ちはだかるように、白いコートを羽織った長身の男が現れた。長く白い髪を後ろで束ねている。その眼光は鋭く、そのまま敵を射んとしているかのようだった。
「くっ……待ち伏せされていたかっ!」
フィエンは、吐き捨てるようにそう言うと、腰のホルスターに下げていた煙幕弾を激しく地面に叩きつけた。みるみるうちに辺りは煙に包まれ、三人の視界を覆っていった。
「レオ君!ここから先は、君に地の利がある!先に、ぐあっ……!!」
言い終わらぬうちに、粒子ビームが煙を突き抜け、フィエンの肩をかすめた。
「無駄なあがきを……、貴様達は逃さない!」
男の精悍な声が聞こえ、距離を詰めて来る足音が響く。
「行け!レオ!」
「はい!」
フィエンは簡潔に、用件だけを叫んだ。レオはそれに戸惑うことなく、返事をすると横の通路に駆けていった。
大した奴だとフィエンは思った。こういう時、普通は躊躇するか、足がすくんで動けなくなるものだ。にもかかわらず、あいつは颯爽と去っていった。自分には、それが出来なかった。あの時、カレンに救われなかったら、絶対に逃げきれなかっただろう。それを、一時は責めたが、今では同じことを自分がやっている。皮肉なものだなと、苦笑した。しかし、それも束の間、煙を切り裂いて粒子ソードがフィエンに襲いかかった。
「くっ……!!」
なんとか、銃を盾にして持ちこたえたものの、接近戦ではどう考えても銃は剣に敵わない。しかも敵は相当のやり手に見える。さて、どうやりすごそうかと、フィエンは思った。
「ここで貴様達を逃すと、ティラナに合わす顔がないな……」
ユグドラシル隊長、ヴェクト=ホムラは、そう呟き粒子ソードを翻すと再び振りかざし、フィエンの持つ銃を吹き飛ばした。
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火星の空域に、一つの巨大な影が浮かんでいた。それは無機質にまばゆい光を反射しながら、極めて自然な動きで空間を漂っていた。それを見て何であるかを知るものは畏怖の念を抱き、知らないものは恐れおののくだろう。
「座標軸確認、データをパイロットに転送……完了。ハルカッ!」
「あぁ!」
その掛け声とともに、メギドは宇宙を駆け、その右手に携えたハンドガンから粒子ビームを放っていく。
それは、意図されて配置したように、幾何学模様を描いて彷徨っていた幾つもの小型の岩石を砕いていった。
「一つ外したっ、ユーリ!座標ポイントの修正を!」
「了解!」
ハルカの言うことが、予め分かっていたかのように、ユーリは手元のコンソールパネルを既に打ちつけていた。
そして、数刻後そこには粉々に砕かれた岩石の欠片と、一機のメギドが存在しているだけだった。
「ふぅ……、大分精度が上がってきたわね、ハルカ」
ため息を漏らしながら、ユーリはハルカに労いの言葉をかけた。狙撃の訓練をやりたいと言い出したのはハルカであった。それは要するに戦いの訓練とでもいうことで、軍人でもないユーリは少しだけためらったが、メギドのオペレータを志願したのは事実なので、その責務を果たそうと思った。また、レオとの生々しい戦闘の記憶が彼女の脳裏をかすめたせいでもあった。
「いや……こんなんやまだまだあかん……、もっともっと強うなるんや……」
ハルカの、その瞳はどこか別の遠い場所へ向けられていた。
ユーリは、今のハルカを少し怖いと思った。時々見せる憤怒の形相のせいかもしれないが、まだ彼女の底を知りえないせいでもあるのかもしれない。ハルカが先の戦闘で敗北し、メギドを大破させていたことは聞いていた。アルト部長と、サクラ部長が危機一髪助けたとのことだったが、普通そんな体験をしたのならば、恐怖で二度と戦線に立ちたいとは思わない筈である。当初は、へこたれずに前を向いているハルカを、ユーリは尊敬の眼差しで見つめたが、少し常軌を逸しているような気もするとも感じていた。
「ユーリ……何やあの機体は……?」
ハルカは、モニターに映った不自然に放置されたメギドに目をやった。
「ん……。確かにちょっと妙ね。解析してみる」
ユーリはモニターを一瞥すると、手元のコンソールパネルを操作し始めた。慣れた手つきで、ユーリは作業を進めていく。そして辿り着いたのは、意外な――――いやむしろ妥当なものと言った方がいいのかもしれない――――結論だった。
「えっ?これは……まさか……、……盗まれた機体……ですって……?」
ユーリは困惑して自分に問いかけるように言った。そして、自分たちのもとから去っていった親友のことを想った。
あれは……レオ……なの?それとも……。
複雑な気持ちだった。彼とは、あのときに決別したはずだった。リクと共に死闘を尽くして戦って、それで終わりのはずだった。もう二度と戻れないと、そう腹を括ったはずだったのに……。一度はレオに剣を向けた、それでも再び同じ機会が訪れたら私は剣を振れるだろうか?
――――――今はまだ分からない。
「ひとまず、情報部に連絡をとってみるわ。サクラ部長なら、なにか分かるかもしれないから」
「了解や」
ハルカは、険しい表情を崩さずに頷いた。
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次回、『第十八話:禍根刻む光の風』
君を守ると誓ったから。