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七色の明日へ  作者: ohan
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第十六話:The pain of desire

長い銀髪をツインテールにして、ゆったりとしたローブに身を包んだ少女は、憂えていた。

『すぐに帰る』という言葉だけを残し、火星に去っていった彼のことを心配していたからである。

「何で心配ばかりかけさせるのですか……、フィエン」

少女は、ひとりごちた。

研究所の窓から見える風景は、別れたあの日と何も変わらずにそこにあるのに、彼女の心は絶え間なく揺れ動いていた。

(……一体彼は何の用事で、火星に行ったのだろう。いや、そもそも何故地球にいて、時々ではあるが、私の世話を焼いてくれるのだろう。今更だけれど、私は彼のことを何も知らない。

今まではそれを特に何も思わなかったけど、今回は無性に悔しい……。

地球で戦いが始まっていたことは知っている。研究所の職員達が慌ただしく噂しているのを聞いたし、ここからも少しは望遠鏡に映ったから。彼が火星に行った時期から考えて、関連性がないとは言いにくい。それなら、彼が怪我を負っている可能性もある……)

考えれば考える程、不安は募っていくばかりだった。でもそれは、どうしようもなく彼女の手に余る問題だった。

「お兄様も、お父様も……無事なのでしょうか……」

そして、その目は火星にいる肉親へと向けられた。当てなく流れる雲のように無数に形を変えながら、不安は彼女の心を覆っていった。


**********


「フィエンさん……セレナのこと……感謝します」

「私は、隊長の任務を受けて、それを遂行しただけだ。君の為ではないよ、レオ君」

レオの方を振り返るでもなく、顔色を変えるでもなく、そっけなくフィエンは言った。

しかし、それも仕方のないことなのである。カレンの行方が未だ分かっていないのだから。レオは彼の胸中を察して、これ以上は話しかけないことにした。

二人は、マーゼ・アレインのパイロットスーツを着込んで、地球へ向かう宇宙船に乗っていた。地球で戦闘が行われていて、レータとリンから連絡が入っていたものの、火星でも色々問題が起きてしまっていたので、結局救助に向かえなかったのだ。現在の地球の様子が分からない以上、メギドに乗り込んでいくべきだと、レオは提案したが、父、オーベルト=アケルトによって却下された。余計な火種を増やすべきではないというのだ。

「レータさん、リンさん、カレンさん。みんな無事であるといいのだが……、そしてセレナ、君も……」

黒々とした宇宙を切り裂きながら、青い星へ向かう船で、フィエンは状況を悲観しない訳にはいかなかった。みな、自分よりも手練であり、簡単にくたばるはずはないと、自らを納得させようとしていたが、周囲を渦巻く暗黒がそれを許しはしなかった。


**********


「セレナ……、久しぶりだね」

「お兄様……なのですか?」

セレナは目を点にして驚きを表現した。長い間姿を消していたフィエンが、ようやく帰って来たと思ったら、まさか兄にも会えるとは全く予期していなかった。

幾年ぶりの再会なのだろう、どれだけの月日による隔たりが二人の間にはあったのだろうか。

「まさか……こうやって会えるだなんて……」

セレナは口を手で押さえて、感嘆の声を漏らした。瞳が、まだ現実を信じられないとでも言うように揺らめいていた。

「フィエンさんが、こうして手引きしてくれなかったら叶わなかった再会だよ。彼には感謝しなくちゃ」

レオは親指でくいくいとフィエンの方を指した。

「フィエンが……ですか?」

「無事で良かったよ、セレナ……」

兄弟の再開に水を差すまいと思って距離を置いていたフィエンが静かに言った。

「また……無茶をしたんでしょうね」

セレナの小言に、フィエンは苦笑いを禁じ得なかった。

しかし事実、レオは火星政府からは、既に裏切り者として手配されていたので、地球といえどセレナに会う為に研究所に入ることは賢明とは言えないだろう。そこで、フィエンがセレナを迎えに研究所を訪れたのだった。フィエンは、カレンのおかげでマーゼ・アレインとは無関係であると思われているので、何事もなく完遂出来たのだった。

「カレンのおかげだよ……これも」

と、フィエンが、目を閉じて、今度は誰にも聞こえないような声で囁いた。

(だから、勝手にどこかへ行くことは許さない。必ず、連れ帰るから……)

私が一人で助かって、それで喜ぶなんて思ってるのか。フィエンは、尽きる事のない文句をカレンに浴びせたかった。


「ところで……セレナ。火星へ帰ろう、父さんも待ってる」

「レオ君、それはっ……!」

レオの想定外の発言に、フィエンは身を乗り出して制した。隊長であるオーベルトからは、そのような命令は下っていないからだ。時期が時期だけに、あまり手荒な真似をすると摩擦が生まれる。それが連鎖して、大きなうねりを生んでしまう可能性もある。

「いいえ、お兄様。それは出来ません」

「えっ……?」

予想もしていなかった返答にレオは驚いた。

「そう、あの時。私が火星に住む子供の中から地球での実験体にランダムに選ばれた時、私はとても悲しかったし辛かった。何故、私なのだろうと枕を濡らす夜もあった。自分の運命を呪って、全てを投げだして、逃げ出したいと思ったりもした……。でも今は……違います」

小さく息をつき、セレナは言葉を続ける。

「これが、私の戦いの場なのだと、今なら自信を持って言える。だから……、私はまだ、ここを離れる訳にはゆきません」

「セレナ……」

「自分勝手なことを言っているのは分かっています。危険を顧みず、迎えに来てくれたお兄様には、感謝をしてもしきれません。でも、私だけが安寧を享受することは出来ません……。いつか、争いのない世界になったら、その時はみんなで暮らし……たいですね」

セレナはそう言って、ふわりと笑った。綿菓子のような、白くて柔らかい笑みだった。彼女だって、地球が好きな訳ではない。火星で家族と暮らしたいに決まっている。それでも、彼女は自ら選んだのだ、自分の歩む道を。

「そうか……」

レオは残念そうにため息をついた。どうせフィエンから止められるだろうとは思っていたが、まさかセレナから断られることになろうとは思わなかった。フィエンだけならば、無理に説得して連れて行くこともできたろうに、本人が拒否するならばどうしようもない。しかし、反対に自分の知らない所で、強く優しく成長していた妹を、嬉しくも思った。

二人は、絶対に無理をしないようにと念を押して、そこを後にした。

ただ、セレナにも、「フィエンとお兄様こそ、無理はしないでくださいね?」と言われてしまったので二人は苦笑せずにはいられなかった。


 フィエンとレオは、続けてレータとリンの住む施設へ訪れた。見かけ上は、幸いにも特に被害を受けている様子はなかったので、フィエンの最悪の不安は回避された。だが、まだ内部の様子も分からない。悪い方へと考えてしまうのは、彼の癖だった。

「誰だ!?」

突如、施設とはあさっての方向から詰問の声が聞こえたので、二人は恐縮した。

「わ、私です。お久しぶりです、レータさん……」

「フィエンさんか……、ひとまず中に入りなよ」

レータも、フィエンの出現に一瞬目を丸くして驚いたようだったが、敵でないことにほっとしているようだった。

「あの……リンさんは?」

「今は、体調を崩して休んでいる。だから、僕が一人で対応しよう。いいかな?」

フィエンは少し安心した。リンの姿が見えなかったので、何かあったのでは……と邪推していたのだ。

「はい」

と、フィエンは、眼鏡をくいと上にあげて答えた。

ここで、レオはレータという名前がどこかで聞いたことのある名前だなとは思ったのだが、シンランの口から出た名前だという所までは辿り着かなかった。


「ところで……君は初めて見る顔だけれど、新しく入ったメンバーかな?」

レータは、レオの方を向いて訊いた。

「違います。彼は、隊長の実息。今までは火星政府側だったのだけれど、訳あって今は行動を共にしています。レオ君、ご挨拶を」

レオのに向けられた問いだったが、フィエンが応えた。

「レオ=アケルトです。セレナがお世話になりました」

レオはそう言って、頭を下げた。

「ふむ……、なるほど」

「レータさん、まずは謝らせてください。私達のせいで危険な目に遭わせてしまったのに、助けに来ることも出来ずに……っ!」

フィエンは俯いて、肩を震わせて言った。その声には、悔恨の色が滲んでいた。

「頭を上げてよ、フィエンさん。そういうことならお互い様さ。僕らのせいで君達にも被害が出てしまったようだし」

レータは、微笑んで言った。

「そっ、そのことは私達が根源ですから、レータさんが謝ることじゃっ……!」

フィエンが、まだ納得してないように続けようとしたので、レータは両手でなだめて話を他の方へもっていった。

「本題に入ろうか。火星は今どうなっている?」

「え……あっ荒れています……。いえ、これから荒れていくと思われます。間違いなく。それで、レータさん達もこれからこの場所の安全は保障できませんので、どうにかここの住民たちだけでも火星か月に避難させたいのですが……」

レータはこれを聞くと、ふむと頷いて若干考えるような仕草をしてから、きっぱりと言った。

「いや、……いいよ、ありがとう。今は、リンが動ける状態じゃないし、僕達だけ先に行く訳には行かない。それに火星や月だって安全な訳じゃない。それなら、地球の方が僕達に地の利があるからね。政府に上手く話がついたのなら、その時に……ね」

「お言葉ですが、政府と話し合いで解決できるような状況ではないかもしれません……。その場合、最悪戦うことになるかもしれないのです」

フィエンは語尾を強めていう。実際に、火星で彼は、政府側とぎりぎり駆け引きの場に立たされたのだ。

「分かってるよ。メシアで戦うかもしれないと言うんだろ?僕だってそこまで穏やかな心境じゃあない。もしもの場合は……許可する。その代わり、人は……殺さないことを約束して貰おう」

「ありがとうございます。勿論、私達だって戦争がしたい訳ではないのですから、人殺しなど……行いたい筈もありません。ただやはり……大切なものを……守りたい」

「そうだよ。大切なものを守る為には剣を握らなくてはいけない場面もある。ただ、狂気に犯されないようしなくては……」

レータは、リンと共に火星政府の刺客と戦ったを思い出した。あの選択は、間違っていなかっただろうと彼は思っていた。ただ同時に、無闇に力を行使することの危険も彼は識っている。

「それでは、メシアを月に運びます」

「月?火星ではないのかい?」

「はい、火星の基地はとても使える状態ではなくて、今は月の裏と、その近くの衛星を拠点にしています。そこになんとか、持ち込みたい。火星政府に知られるのは最初から覚悟の上です。宇宙空間に出てしまえば、上手くくらませることが出来るので」

「なるほど……、その辺りは君達に任せるよ。後は、君達を信じるだけだ。僕らに出来るのは……」

「はい、必ず……」


「あの……」

そこまで沈黙を貫いていたレオが初めて口を開いた。

「レータさんってもしかして、シンラン……という名前に聞き覚えはありませんか?」

その名前を聞き、レータは雷に打たれたような衝撃を受けた。再会の約束をした、かつての恋人。その名前を突然現れた少年の口から聞くことになるとは思わなかった。

「シンラン……君は、彼女を知っているのかい?」

それを聞き、レオは疑念が確信に変わった。そして、自分がシンランについて知っていることを全てレータに話した。もっとも、その多くを彼は知っている訳ではないのであるが。

「なるほど……開発部の部長。そして……そうか地球のことを考えるよう指導してくれているのか……彼女らしい」

シンランの現在の様子を聞いたレータは、安堵のため息を漏らした。彼女は、彼女なりの方法で戦っている。地球のことを見捨てた訳じゃない。僕が永い間寄せた信頼は裏切られなかったと、彼は胸をなでおろした。


『出来ることをやればいいんだよ、……焦らずにな。共に頑張ろう』

レオもまた、シンランにかけられた言葉を思い出し、きりりと胸が痛んだ。どんな理由があれ、彼女を裏切ったことには変わりないのだ。シンランが、リクのメギド鍛錬をする時、レオ預けたカードキー。それを人知れず複製し、マーゼ・アレインの為に利用した。その事実は、変わらない。

(僕は多くの犠牲の上に、僕の望みを果たした。それを背負わければいけない)


施設を後にした二人は、地球に名残惜しむ暇なく、宇宙船へ乗り込んだ。

「さて、それでは火星に戻ろうか、レオ君」

「はい、フィエンさん」

「本当は……君に感謝をしている」

ぼそりと独り言を呟くように、フィエンが言った。

「え?」

「君の助けなくして、カレン救出作戦を練り上げることは不可能だっただろう。それなのに、冷たく当たってしまって済まない」

「いえ……、 それにその言葉は作戦が成功するまで、とっておきましょう」

レオは、照れ臭くなってほほをかいて言った。

「成功……させるんだよ、私達の手で!」

フィエンは、握りこぶしを作って、レオに掲げた。

傾きかけた夕日が、二人の顔に反射して、茜色に煌めいた。

意を理解したレオは、同様に握りこぶしを作って、互いの腕を交差させるように重ねた。

「はいっ!」


**********


「おかえりなさい、シンラン」

「サクラさん……」

地球から帰還したシンランは重い足取りで、情報部へと向かって歩いていた。すると、申し合わせたように、情報部部長であるサクラ=セブンスが、そこに現れた。

見知った優しい顔に、シンランは無性に泣きたくなった。

「どうだった?細かい報告は後でいいわ。シンラン……あなたの探していた答えは見つかったの?」

問い詰めるようでもなく、語りかけるような優しい声色で、サクラはシンランに訊いた。

「分からない……何も……!地球に行けば、答えが見つかると……!そう思っていたのに!迷宮の出口に新たな迷宮の入り口があったかのように!レータのこと、ユグドラシルとかいう訳の分からない部隊のこと、地球に在った機体のこと……私の知らない所で何が始まろうとしているんだ……」 

視線を床に落として唇を噛み締めながら、シンランは言った。

「そう……。何も上手くいかないわね……」

サクラは天を仰いで、ため息交じりに心象を吐露した。

「サクラさん……?」

お互いに少しずつ、ここ最近にあったことを話し合った。それは本当に、こんな短期間に起こったことなのだろうかと思うほど、たくさんのことだった。それは、形式上は報告という形だったかもしれない。それでも二人の間に、そんな義務めいた雰囲気は漂っていなかった。彼女達は、部長同士という間柄、共有できる感情も多く、度々会っては相談し合っていた仲だったのだ。

「そんな……クー君が……」

シンランは、茫然として言った。

「心配しないで。クーのことは、私が必ず助ける。それが親としての当然の務めだもの。当てはあるから。これも私の報いなのよ、この道を選んだが故の」

「報い……」

「えぇ……私は、遠回りでも私のやっていることが子供たちを守ることへと繋がると思っていた。寂しい思いをさせてでも、それが私のなすべきことだと信じた。それが、こんなことになるなんて皮肉ね……」

サクラは遠くを眺めるようにして言った。

「私の、選んだ道も……間違っていたと……いうのだろうか」

「それは分からない、まだ、最後まで。私だって、何もかも諦めた訳じゃない。この道を選んだ責任を

最後まで果たす。だから、下を向くのはこれでしばらくはお預けにしましょう?お互いにね」

サクラは、シンランの肩に手を置くと、片目でウィンクをした。

「あぁ……そうだな」

二人は、今だけ一度だけ、後悔をした、泣き言を言った、弱音を吐いた、涙を浮かべた……それは普段は絶対に見せる事のない弱さだった。いや、曝け出す事の出来ない、弱さだった。部長という立場上、どんなに辛いことがあっても、虚勢を張って振る舞わなければいけない。それでも、人間はそこまで強くはなれないから。だから、時々はこうやって誰かに頼りたいのだ。

彼女達は、もう前を向いていた――――――。


**********


次回、『第十七話:救出作戦』

図らずも、これが運命さだめか、戦いはまた繰り返す――――――。

「駄目よっ、ハルカッ――――!」


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