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七色の明日へ  作者: ohan
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side:Vect. "Justice"

今回も一人の(二人の)お話。二部がこの形式でずっと続いていく訳ではありません。一応、念のため。

 ピッピッピッ……という無機質な機械音が、まだそこに一つに生命が息づいているということの証だった。冷たく暗いその空間に、それは恐ろしいほど調和していた。

生きていることの証――――――――、普通ならばそれは、何によって表現されるだろうか。

食事をすることであろうか。

歩くことであろうか。

笑顔で他愛無い会話を交わすことであろうか。

確かに誰かに見える光を、放ち続ける事であろうか。

それは多々あるだろうが、果てしない時を刻むこの機械音だとは思いたくなかった。

透明な窓ガラス越しに横たわっている少年に目をやる。いくつものチューブに繋がれて、かろうじて生かされているその姿は、とても痛々しかった。何故年端も行かぬ少年が、このような目に遭わなければいかないのか。そう考えると、哀しみが少しずつ怒りに変換されていった。まるで、高い所から低い所に流れる水の様に、淡々と、自然に私の中で感情がシフトしていった。


 気配を感じ振り向くと、花瓶を持った一人の女性がいつの間にかそこに佇んでいた。女性にしてはやや高い身長で、いつもはウェーブのかかった長めの青髪を流し、軍人に似合わぬ紅を唇に塗っていたその面影は、どこにも見つける事が出来ない。ボサボサの髪に、カサカサの唇。いつもは生意気なその表情が、いまや憔悴しきっていた。

「ティラナか……」

その女性は答えない。まるで石膏で塗り固められてしまったかのように、黙って立ち尽くしていた。

「何度も言う、今回のことは君の責任ではない……!だから自分を責めるのはもうよすんだ……」

私は、彼女の肩を持ち、瞳を見つめながら言った。自分にも言い聞かせているようで、少し自嘲気味になってしまった。

「それに本当に彼にすまないと思っているならば、今の君に出来る事は決まっているだろう」

「分かっているわよ、そんなこと!」

電池を入れられたロボットのように、彼女は急に身を乗り出して叫んだ。

「それでも私があの時!判断を誤っていなければ!こんなことにはっ……!」

彼女の瞳から一筋の涙が零れた。それは、何度も流れたであろう涙の紅い跡の上を塗り重ねるように淡く光った。

「私がこの子を基地で見つけた時、一緒にいた少年が言ったのよ、曇りのない眼で私を睨みつけて。始めはこの子は何も分かってないって思ったわ。それでも、違うの……。何も分かってないのは私達の方だったのよ……」

「私達が守ろうとしたものは、一体何なの……?私達が行ったことは、結局何なの……?分からない、何も分からないっ!!」

「あの時の君の選択は間違っていなかったさ。私でもそうしただろう。そうしてこの結末を迎えたのならば、運命を呪うしかない」

その少し大きめな背丈とは対照的な、折れそうな細い体をそっと抱きしめながら、私は静かに呟いた。私の言葉が、彼女に届くかは分からない。それでも、鐘は鳴らさなければ響かないから。

「あの日の私に……誓ったはずだったのに。もう間違いは犯さないって!」

今の彼女は、あの日の彼女に戻っていた。あの日……私とティラナを変えた、忌まわしき日に。


 ティラナと私は、俗に言う名家の生まれで、家は代々政府に関与する職に就いてきた。幼少の頃より、勉学に励み、体を鍛え、人を使うことを学んできた。私は、それらが当然のことのように、それらをこなしていった。私達の両家は互いに親交も深く、それの延長線上で私とティラナが出会ったことも必然だった。互いに特殊な状況下に置かれた私達は、通じ合えることも多く、会う度に会話を重ねていった。彼女は私をヴェク兄と呼び、私は彼女をティラと呼び、親しい関係を続けた。もっとも、それはあくまで友人としてのものであり、恋愛関係に発展することはなかったのだが。


ある日、私達の齢が十代の半ば頃であっただろうか。私達がまだ地球にいた時分、彼女の家を訪れた時の話だ。その頃には、私達の関係は親友にまで昇華され、親には話しづらいことも、相談し合える仲であったと思う。

「私ね……正直言うと辛いんだ……」

和室の縁側に座り、足を無造作にふりながら、エメラルドグリーンの瞳で遠くを眺めるように彼女は言った。この地は、地球上でもほとんど汚染されていない数少ない地であったので、空は透き通るように澄んでいた。

「辛い……?」

「うん。私には人の上に立つ器はないのよ、ヴェク兄と違って……ね。だから辛い。勿論勉強は好きだし、体を鍛えるのも楽しい。けれど、それだけはどうしても好きになれないのよ」

彼女は、ひきつった笑みを浮かべながら私に向かってぽつり、ぽつりと言葉を並べていった。まるで、子供が石を庭に際限なく置いていくように、それは先の見えない話だった。

「人間は……チェスの駒じゃないわ。生きているのよ?私のお父様や、ヴェク兄のお父様が間違っているって言っている訳じゃない。政府に代々仕えているということは、誇りよ。けれど私には……」

柔らかな風が、彼女の頬を撫でた。その横顔は、どこか儚げで危うかった。そのまま一迅の風となって消えてしまいそうな、そんな危うさを私に思わせた。

あの時の私に、彼女の言葉は響かなかった、届かなかった。若さを言い訳にはしたくないが、それでも当時の私はまだ青かったのだ。


彼女がそんな迷いを抱えている時、事件は起こった。私達は合同の任務だったのだが、ティラナのミスにより、私が深手を負ってしまったのだ。

「ひぐっ……っご……ごめんね……?私があの時、迷ったりしていなかったら……躊躇いもなく任務を遂行出来ていたのならば、ヴェク兄が傷付くことはなかったのに。私があの時……」

はらはらと涙を流して、それを腕でぐいと拭う。まるでそうあるべきだと躾けられてるかのように、彼女は淡々とその行為を繰り返した。

私は何も言えなかった。彼女に対する怒り、というものが多少はあったのかもしれない。それは確かに否定できない。任務を全うすることが我々のあるべき姿だと信じて疑わなかった、かつての私にはティラナの行いは許し難かったのだと思う。だが何より、言葉が何も浮かばなかった。彼女が任務に真剣に取り組み、それでいてのミスならば、慰めたり、励ましたりしようがあったのだろう。しかし今回のはそれと違い、彼女の感情的な問題なのだ。排除するべき対象に対して、同情の念を抱いてしまったのだ。私は、君の行動は間違っていなかったと肩を叩いてやる優しさも、なんであんなことをしたと恫喝する厳しさも持ち合わせていなった。

私は……、私達は中途半端だったのだ。


 その事件より、彼女は私をヴェクトと呼ぶようになり、以前のように私に甘えて来ることもなくなった。

心を閉ざしたかのように任務に没頭し、それに併走するように笑顔を失くしていった。同時に私も、そんな彼女を受け入れていった。それで……いいと思った。それが……私達の運命で、あるべき姿ならば。でもそれは、私が彼女から目を背けていただけなのだったのだ。一番彼女を思いやらなければいけなかった立場の私が、彼女を暗闇から救いだせなかった。

彼女は、彼女のままだった。私の知る幼き日の“ティラ”のまま何も変わってはいなかった。

私が目を背けた彼女が、私の知らない所で壊れていく。それを悲観する権利など、私にはあるはずもない……。


 気が付くと、私の胸に抱かれていたティラナが、嗚咽をこらえながら言葉を紡いでいた。

「ありがとう……ヴェク兄……。ここはとても暖かい。それでもいつまでもこうしている訳にはいかないの……」

先程のように、震えた声ではない。ゆっくりだが確かな言葉を、一つ一つカタチにしていく。

「この子の兄と名乗る人物が私に会いに来たの……。私はてっきり罵られると思ったわ。その子なんて言ったと思う?」

『ありがとう、弟を助けてくれて』

「真っ赤に目を腫らして、肩を震わせながら、私を見据えてそういったのよ。その視線を私は逸らすことが出来なかった。確かに、彼らを見つけて保護したのは私よ?それでもその原因を招いたのも私なのに……」

私は何も言わない。彼女の言葉を縫うように相槌を打つだけだ。

「自分のするべきことが分かった。自分がどれだけ頼りにされていて、どれだけのことを為さねばならないのか。もう私は甘える側じゃない」

「あぁ……」

「ヴェク兄、私……もう涙は流さない、今日で最後にする。そして私は、私の正義を貫く。誰にも文句は言わせない」

「それでこそ、“ユグドラシルのティラナ副隊長”だな、ティラ」


悪かった、訂正するよ。君は昔の“ティラ”のままではなかったな。

と、一人胸の内で謝罪をする。言葉にはしない。


「これからは、それぞれの正義を……!」

私達はそう言って、お互いの手を握り締めた。これは、始まりの……誓いの為の握手だ。お互いがお互いの正義を貫く為の。

正義なんて言葉は、限りなく曖昧で不安定な言葉だと、嫌ったこともある。

人によって、場面によって、場所によって、ころころと形を変えるそれに焦がれたことも。

そんなの当たり前のことだったのだ。

私たち人間ほど、脆弱で、信頼のおけないものはないと嘆いた夜もあったけれど、それもここに到達するための寄り道であったならば……。


「ところでヴェクト、この子と一緒に保護された少年の行方は?」

顔を上げたティラナが私に問う。

「分からない……、いまだ捜索中だ。無事であるといいのだが」

「そう……」

ティラナは心配そうに俯いた。私もあの少年は記憶に新しい。少し面会しただけであったが、いつの間にか我らの保護下から消えてしまっていた。リキ=ティスタと名乗る少年の行方。


突如、その場に似つかわしくない足音が、聞こえた。現れた姿はティラナの隊の兵士だった。病室に少し目をやって沈痛な表情を浮かべた後、ティラナに向き直って彼は言った。

「ティラナ隊長!報告があります。行方が分からなかった彼、クー=セブンスの実の父、セブンス医学部部長が地球にいるとこのことです!詳しいことは分かりませんが、情報部の方で足取りは掴んだとか……!目下、捜査中だということです!セブンス部長ならば……少年を救えるかもしれません」

ティラナは驚きに目を見開いたが、徐々にその瞳に光が差していく。

「セブンス部長ならば……救えるのね?彼を……!」

「分かりません……、ですが、一番可能性のある人物です」」

「ヴェクト……!地球へ行くわよ、私は!」

ティラナは私に向き直って言った。

「止めても聞かぬのだろう、ならば必ず見つけて来るんだ、彼が唯一の希望ならば。火星は私に任せてもらおう」

「私がいない間に、誰か一人でも傷付いたら、許さないから……!」

彼女のうつろだった瞳には光が宿り、よろついていた脚は確かに地を踏みしめていた。


勿論、私にだって地球には借りがあった。あの敗戦による体の傷は癒えたが、あの時の地球のパイロットの声は脳裏から離れない。そして、ある意味で正しいのは多分彼らなのだろう。それでも、兵器を量産することが正しいとは思えなかった。

……もどかしい。何故、私達はこうも無力なのだろうか。それでも、いつまでもふさぎこんで考え込んでいる訳にはいかない。ティラナのように私も前を向いて、私の正義を示さねばならない。

思うに、戦いを終結させることなど恐らくは出来ぬのだろう。彼女はああ言ったが、誰も傷つかずにすむ世界なんて有り得ないのだ。それでも、一人でも涙を流す人が減ってくれるのならば……。

私達の戦いは続いていく。



*********

次回、『side:Leta."Promise"』

あの日誓いを結んだ桜の木は、今年も薄紅の花びらを散らしています。

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