第十一話:ブラインド・スパイラル
今回は五千字程度にまとめられました。今更ですが、これは1部、2部に分ける予定です。五場面です、ころころ変わります。1部の最終局面に向かっていくそれぞれです。
夜風が頬をなでる。決してそれは、慰みの風でも癒しの風でもなく、ただ身体に害をもたらすものだと分かっていても、それに身体を預けたい時もある。
レータは、メシアの製造を行っている工場に目をやってから頭上を仰ぐ。そこには瞬く星などなく、漆黒の夜空が広がっているだけである。
レータは少し迷っていた。メシアを造り続けることが本当の平和につながるのだろうか、僕たちは、戦争の道具を造っているのではないだろうか、歴史を繰り返そうとしてるのではないだろうか、と。
「どうしたの、レータ君?あんまり外にいると身体に悪いよ?」
「リン……、ありがとう、気を使ってくれて。それでも今はこうしていたい……気分なんだよ」
いつのもの軍服から、室内着に着替えたリンがやって来て、心配したように僕に声をかけた。僕も今は軍服ではなく動きやすい室内着を着ている。よって、あまり外にいるのは好ましくなかった。今の地球の環境はお世辞にも人間にとって暮らしやすいと言えるものではないのだ。
「ねぇ、リン。僕たちのしていることは本当に正しいのかな?このままメシアを造り続けて本当に、僕たちは幸せになれるのかな」
「どうしたの?急に。私たちが助かる為にはこれしかないって、みんなで決めたことだよ。もし何かあってもレータ君だけの責任じゃない。私も含めてここに住むみんなの責任だよ」
そう言ってリンは笑う。ここにいるみんなとは一緒に住んでいる子供たちや、おばさん、おじさん達のことを言っているのだろうか。なんだかおかしくなって、レータもくすりと笑みを漏らす。
「そうだね、ありがとう、リン。おかしなことを言ってごめんね」
「全くよね!レータ君は火星にいる愛しの人に会いにかなきゃならないんでしょ!あぁもう、妬いちゃうなぁ」
そう言ってリンはふくれた顔をしてそっぽを向いた。
「何言ってるんだい。リンだって可愛いんだから、普通の暮らしに戻ったら、きっと素敵な人が見つかるよ」
そう言って僕は、リンに笑いかける。別に機嫌を取ろうと思っている訳でもなく、本当のことだ。リンはシンランとよく似ていると思う。自分一人で何でも出来そうなふりして、本当は寂しがり。人のことは心配する癖に自分のことは後回し。こういうった女性が一番放っておけないのだ。その癖、並はずれた能力があるってんだから。
「始末に負えないよね」
「なにがっ?!」
「なんでもない」
リン。今まで、君がいてくれたから僕も頑張ってこれた部分も多いと思う。だから、君も君の幸せを見つけて欲しい。僕にはシンランがいてくれたように、君にもきっと……。
「……」
レータは誰にも聞こえない声で祈りの言葉を呟き、広い宇宙を見上げた。
**********
『でね、でね!新しい友達もできたんだよ!兄ちゃんにも紹介したいな。なんか少し似てるし……』
「へぇー、そりゃあ良かったな!俺に似てるって所が気になるけど」
『地球の四季って凄い綺麗で――――』
「うんうん」
その話はさっき聞いたよいう言葉を飲み込んでクーの言葉に相槌を打つ。珍しく端末で通信を入れてきたクーと俺は話をしていた。俺たちの心配もよそにクーは随分楽しんできたみたいだった。こんなに明るい声を聞いたのも久しぶりだと思う。その原因に俺が絡んでないのは寂しいと感じるのは傲慢だろうか。でも、過去に戻ることはできない。だから、これからはクーの夢を応援してやろうと思う。羽ばたき始めたクーの新しい夢物語を――――。
『僕、環境部に入るんだ!そして、火星を今よりもっともっと住みやすい星にするんだ!もう決めたことだからね』
最初に聞いた時は少し驚いたけど、それでもよく考えたら当然のことかもしれない。クーが情報部に入るだのなんだの言ってたのは知ってたけど、その理由までは聞いてなかったから。でも、これからは違う。自分の目標と夢を見つけたから。母さん悲しむかなぁとか思ったりもしたけど、まぁ、俺は偉そうに言えた口じゃねーよな。
「あ、リク!部屋にいるのね!」
馴染みの声が玄関口の方から聞こえる。前まではチャイムは鳴らしていたんだが、ついにはチャイムすら鳴らさなくなったのか。
『あれ?兄ちゃんお客さん?』
「あぁ、ユーリが来たみたいだ。悪いが、また今度な。フォーラムも、またあるんだろ?」
『うん!今度も行ってくる!』
「そうか、分かった。俺もそのうち帰るよ。じゃあな」
そう言って静かに端末の電源を切った。
「で、どうしたんだよ、ユーリ?」
俺はユーリの方を向き直って尋ねた。
「あぁ、クー君と話してたのかしら。ごめんね!それより、セブンス部長が火星に帰って来てるわよ!連絡来てる?」
「な……!?」
母さんが!?帰って来てるだって?さっきの電話ぶりからしてクーは会ってないみたいだったし、家には帰ってないのか。俺に連絡が来ないことはまぁいいとして、クーには会いに行ってやれよと少し憤る。
「俺にはなんも連絡来てねーよ。クーも会ってないみたいだったぞ?何してるんだよ」
「やっぱり部長もフォーラムのこと不審に感じたみたいで、防衛部のコウザキ部長と調査に向かってるのよ、忙しくてまだ帰ってないのかしら」
「え?でもクーは何もそんなことは言ってなかったぞ?普通に楽しんでたみたいだったしな」
「そうなの?それならいいんだけどね。私も明日になれば詳しいこと分かると思うし、あんたも明日、情報部まで来なさいよ。部長と話したい事もあるでしょ」
「そうだなぁ。あるある、あるよ。色々言いたいことがな」
言いたいことというより、言ってやりたいことだよなぁとか思ったりもしたが別に口にも出さない。俺が言えたことでもない気がするから。
**********
「どうみる、アルト?」
「うむ……。まだ何とも言えないが、怪しいことは確かだ。しかし、あの女出来るな……」
『カレンさん、あ…』『黙れ!』
アルト=コウザキが手元のパネルを操作すると、無機質な機械音で男性と女性の声が再生された。フィエンとカレンのものである。
「あの男が何か言いかけたが、それを制したからな。我々が盗聴器を仕掛けることは予測済みだということだな。その後は何も聞こえないことから、黙って退出したと考えていい」
アルトがそう言うと、サクラ=セブンスは腕を組んで考え込む。カレンの予測通り、サクラは一瞬の隙を突いて、盗聴器をあの部屋に仕掛けたのである。しかし、カレンに見抜かれ、大した情報を得ることはできなかったのだ。だが、カレンは一つ墓穴を掘っていた。
「声を張り上げてまで男を制した女。やはり、後ろめたいことが何かあるはずだ。もっとも、証拠にも何にもならんがな」
「そうね。でも、看過は出来ないわ。もし彼らがマーゼ・アレインとの繋がりがあるとすれば大問題よ」
「サクラ。私は、以後、このフォーラムの監視を行うことを提案するが」
「私も賛成ね」
サクラも同調して言う。この件が放っておけないのは、マーゼ・アレインが関わっている可能性があることもあるが、なにより息子が関係しているのだ。見過ごすなんてできない。もし、彼らが黒ならば、必ず捕えなけばならない。
「じゃあ、ひとまず防衛部、情報部はこのフォーラムの監視に入るということでいいかしら?少し疲れたから休ませてもらうわ」
「あぁ、お疲れだ」
サクラはアルトに手を振ると、部屋を後にした。サクラは、そういえば、火星に戻って来てから息子達に全く会ってないなぁなんて思っていた。本当なら、息子たちと一緒に過ごしたい、成長を見届けたい。それが親としてのサクラの本音だった。でも、それは出来ない、やらなければならないことがあるから。情報部部長として、私のしていることが間接的にでも子供たちの為になっているのなら―――、その信念がサクラを支えていた。少し感傷に浸った後、サクラは前を見据える。休んでなんかいられない。
ここで、サクラの端末に連絡が入る。情報部のオペレーターからだった。
「セブンス部長!地球に調査に行った際のデータ解析の結果が出ました。やはり、あれはメギドと類似しています!地球にあんなものが……何故」
茫然とした声で、一人の情報部のオペレーターの男が言った。時はもう遅いが、情報部の活動が止まることはない。火星中の情報を把握、統治するために24時間交代で活動を続けている。
「まさか……本当に?……なんであんなものが地球に?あり得ないわ……」
サクラも声を失いかける。
「そして、それを聞きつけたシンラン開発部部長が、単身地球に捜査に向かいました!」
「なんですって?そんな……もし本当なら危険すぎるわ!」
「しかし、周りの制止も振り切り……彼女なら安心と、上層部も最終的には折れたようです」
「確かに……彼女の力なら、そうやすやすとやられやしないでしょうけど……それでもまだ何も地球の機体について分かってない以上は危険よ。コウザキ防衛部部長には?」
「報告がいっていると思います!」
サクラは追憶の中に在った。地球にいたころの、戦いの記憶の中に。それから、それがすぐに現在の思考へと切り替わる。そして、結論にたどりつく。火星政府の地球研究所に内通者がいる可能性は極めて高いのではないか――と。
「今すぐに、地球の研究所のメンバーのデータを纏めておいて。私もすぐに向かうから」
サクラは、端末に向かって言った。
**********
地球にメギドに類似した機体が見つかった――――。
そう聞いた時、シンランははっとした。メギドは火星政府が独自に開発していたもので、地球にはそのデータも材料も、それを開発できるような人材だってそういないはず。そんなことできる技術者は限られているのだから。
「レータ……、おまえなのか……?」
レータ。シンランが地球で別れを告げた恋人である。レータは、技術者として卓越した能力を持ちながら、敢えて地球に残った数少ない人間の一人であった。もし彼なら、例え地球でもメギドクラスの機体を作ることが可能かもしれない。それでもシンランは、それを信じたくなかった。
「なんで、戦いの道具を生み出そうとするんだ……?」
シンランもメギドの開発自体を、あまり快く思っていなかった。開発の幅が広がるのはもちろん嬉しいことだったが、強大な力は使い方を誤れば、直ちに凶器へと変貌する。メギドは、人型ということもあって、武器を持たせれば戦争にすぐ運用できる形である。火星政府もそのことを認識していたはずであるのに、何故……?
「初めから、戦いになることが分かっていたとでもいうのか?」
シンランは、メシアがメギドのデータをもとに作られたことを知らない。だから、メシアは無から造られたものであり、それを予め予測していた火星政府が、メギドの開発を始めたのではないかと考えた。
だがそれなら火星政府は、地球を相手に戦うことを想定していることになる。だが、ただ単にマーゼ・アレインのようなテロリスト対策かもしれない。
「確かめれば、分かることだ……!」
念のために、メギドを一機、開発部専用船に乗せたシンランは、地球へと向かう。
**********
「隊長、やはりクー=セブンスは情報部部長、サクラ=セブンスの子供のようです」
「なるほど…、やはりか」
カタカタとコンピュータを打つ一人の男が、冷たい機械的な声で言う。彼が参照しているのは、彼が火星政府からハッキングした一部のデータだった。そこには、火星内で一般人が閲覧できないデータが含まれている。
「フィエンとカレンから参加者名簿を渡された時、まさかとは思ったが、やはりそうか。では、あの時の少年……なのか?……聞き間違いなどではなかったようだ」
「これ、使えますよね?」
コンピュータを打つ男は、先程と同じように冷たく言い放った。
「な、なんだと……?子供を利用しようというのか……?」
隊長と呼ばれる男は動揺したように言う。
「そんなこと言ってる場合なんですか?何も殺す訳じゃありません。しかし、このままでは地球の民は死にます。みんな、死にます。私が作戦プランを考えます。一考を」
隊長呼ばれる男は、言い淀む。何も言い返すことができないから。男の言っていることは、真実だから。でも、迷っていた。マーゼ・アレインを統べる男は、完全な悪になりきれていなかったのだ。
**********
僕は視えない
一人では何も視えない
次回『第十二話:黒白に狂い咲いて』
私は私の正義を貫くまで。