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七色の明日へ  作者: ohan
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第十話:鳥かごの夢

「ただいま帰りました。お疲れ様です」

様々なコンピュータが大量に置かれている情報部。ここは火星での情報を司る最高機関であり、最高のセキュリティを誇る場所でもある。そこの扉が開かれ一人の女性が入ってくる。肩まで伸ばした茶色い髪、誰かを思わせる生意気そうな顔は、歳を感じさせない若さを感じさせる。

「部長、お疲れさまでした!」

「お疲れ様です!」

口々にねぎらいの言葉をかける。部長と呼ばれた彼女はコンピュータと向かい合っている一人の女性の席まで歩き声をかける。

「ユーリ、お疲れ様。リクとクーがお世話になっているわね」

この時、初めてユーリは部長の帰還に気付いた。目を見開いて驚きを表した後に、口から言葉が出てきた。

「セブンス部長!!!」


**********


一人で初めての所に外出することは珍しかった。初めてかもしれない。今まではいつも、自分を抑えてきたと思う。でも、それが苦痛だと思ったことはないし、それが普通だと思ってきた。兄ちゃんは自由で前を向いてて好きなことをやるから、僕はお母さんと同じ情報部に入る。もしくはお父さんと同じ医療部か。どちらにしても、僕の本当の意志ではないことに違いはない。だけど、僕の本当の意志って?

特に胸を張って言えることはないけれど……それでもずっと憧れてきたものがある。


僕はフォーラム会場の入り口まで来ていた。ここまで来て躊躇しているのだろうか?そんなことはないと思うけど、ここに入ったら多分、今までの僕とは変わってしまうだろう。今までの僕がいて、それで円滑に僕の周りが回っているのならそれでいいんじゃないのか。そんな思いも胸をよぎる。そんな時だった。

「中、入らねーの?」

「え?」

「なんだ、もしかして入り方知らないの?ほら、こうするんだよ、端末をここの部分にピッっと……」

ピー!

無機質な高い機械音の後、僕の目の前の扉は開いた。そのまま突然現れた少年は僕の手を引いて中へ強引に連れて行ってしまう。僕はなされるがまま会場の中まで入ってしまった。

「ちょっと!勝手に何してんのさ!」

「何?ここに来たんじゃないの?この扉の前にいたからてっきり……」

少年は悪びれることもなく言う。

「別に……そういうわけじゃないけど。ちょっと迷ってただけ」

「迷う?ここまで来て何を迷うってんだよ」

「怖くて……」

「え?」

「変わってしまうのが怖いんだよ、自分が」

僕は初めて会う、しかもちょっと無神経な人間に何を言ってるんだろうと思った。こんなことを言っても何も意味なんてないのに。何を期待しているんだろう。

「何で?変わってしまうことが怖い?変わることは成長することだろ?俺は自分が成長出来たら嬉しいけど」

そう言って、再び少年は無邪気に笑う。

「ところでお前名前は?俺はリキ=ティスタ!リキって呼んでくれよ!」

「クー……クー=セブンス。クーでいいよ」

僕は少し不審な顔をしつつもそう言った。なんかペース崩される奴だけど、悪い奴じゃない……かな。


僕と同じ……より少し赤みがかかった茶色の髪。身長は僕より少し低いくらいの彼、リキは、初めて会った僕になんのためらいもせずに話しかけて、中に連れてきた。歳は僕より一つ下の十二だと言う。ということは、僕と同年代の人たちにはみんな、このフォーラムの紹介状が送られてきたのだろうか。僕たちの周りにいるのも僕と同じ年くらいの少年少女だ。何の為だろう?そういえば考えたことがなかったな。

「おい、クー何ボーっとしてんだよ。主催者きたぞ」

「え……あ、うん」

リキに言われて僕ははっとして前を見る。広い部屋の前に20歳ぐらいの男の人と女の人が揃って出てきた。

兄ちゃんやユーリさんたちより少し年上かなぁ、とか思ったりした。

「みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。本日、フォーラムを主催させていただきましたフィエンとカレンです。私たちは普段、それぞれ地球と月でお仕事をしています。普段、火星で過ごす君たちに、興味の湧く話を聞かせられるかと思います。今日一日、楽しんでいってください」

フィエンと名乗った男はそう言って礼をした。相手は僕たち子どもたちなのにすごく丁寧な対応だと思った。

「まずは私、フィエンが地球の過去と実態をお話ししたいと思います。ただ、見ても分かる通り私もまだ若い身。それほど昔の地球を知る訳でもないのであしからず。とは言っても、本当の“地球”を知る人物など、もう生きてなどいないと思いますが」

ここで会場は少し笑いに包まれた。僕は真剣に耳を傾ける。ちらりと横に目をやるとリキも真顔だったのが少し意外だった。

「みなさんの中には、興味を持って調べた方がいるかもしれません。ですが、その全てを知ることは不可能です。火星政府によって隠蔽された歴史もありますし、それを大人たちは誰も話そうとはしないからです。ですから、私もここで全てを語りはしません。ただ、昔の地球はとても美しかった……と聞いています。緑と青に包まれた、まさに人間が住むに適した世界だったと。いや、人間に限らず、あらゆる生物が共存できていたと。しかし、人間がそれを壊してしまった。もちろん、故意ではない部分の方が圧倒的に多い。でも、それでも、事実は変わらない――」

この後もフィエンさんの話は続いた。人間が地球にどれだけのことをしてきたか、勿論本人も言った通り全てを語った訳ではないだろうけど。その中で、僕がずっと憧れてきた地球の“季節”の話もあった。

「地球には、一部の地域を除いて“四季”と呼ばれるものが存在します。これはその時々によって、気候や昼夜の長さ、咲く花の種類、活動する動物の違い、見える星の違いなど様々な変化を人間にもたらしてきたものです。火星のモジュールで暮らす君たちには想像のつかないことだと思います。ただ、今の地球ではほとんどそれを感じることは出来なくなっています。いや、それを感じる余裕もないのだとは思いますが――」

ずっと環境の変わらないモジュール内で暮らす僕には、言葉通り想像のつかないことだった。時期によって周りの環境が変わる。それは時に人間を苦しめることもあっただろう。でも、人間に恩恵をもたらすことも多々あったはずだ。

「すっげー……」

この時、隣のリキも感嘆の声を漏らしていた。

カレンさんからは人間が月も利用するだけして捨ててしまい、今では荒れた大地になっていること、数少ない月面都市も放っておかれていることなどの話を聞いた。

そうしてひとまず、最初の話は終わり写真展示や質問会などの自由時間に移行した。


自由時間になったら周りの子達はみんなフィエンさんのもとへ駆け寄って行く。やっぱり、地球に普段いるというのは相当興味深い対象になるのだろう。僕はどうしても見たいものがあったので、もう一人の主催者カレンさんのもとへと向かう。リキも僕にひょこひょこついてくる。

「あの……カレンさんですよね?」

「あぁ、そうだが。何か用か?」

「あ、あの地球の四季がよく分かる写真とかってありますか?昔の写真でも構いません」

「地球の写真か……そうだな。少し待て」

そう言ってカレンさんはたくさんのアルバムの山をがさごそと漁りだした。これ全てを今日の為に用意したのだろうか。量は凄いことになっていたので、探すのも一苦労な様だった。

(地球の四季の写真だと……?分からん。そもそもこれを用意したのもほとんどフィエンだしな……!)

と、カレンが内心焦っていたことなど、この時の二人には知る由もない。

「本当にあの姉ちゃん、分かってんのかな」

リキが不安気に僕に尋ねる。

「大丈夫だよ。……多分ね」

ここでカレンさんは動きを止めると、フィエンさんの下へ歩き出し、何かを聞いているようだった。まさか、本当に知らなかったのかなあと僕は思いを巡らせていた。

「さぁ、君達これだ」

フィエンさんの所から戻ったカレンさんは、そう言って一冊のアルバムを僕たちによこした。

「なぁ、姉ちゃんどれだか分からなかったんだろ?」

「そ、そんなことはない。少し迷っていただけだ」

「それを知らないって言うんじゃない?」

「くっ、黙れ。そもそもこんなこと私の仕事外なのだ!」

「逆切れかよー……、まぁいいやリク見ようぜ!……ってもう見てるのかよ」

二人の言い争いをよそに僕はアルバムのページを既にめくっていた。『THE EARTH』、そう表紙に書かれたアルバムの中には遥か昔、美しかった頃の地球の姿があった。と言っても今の地球の姿も知らないんだけど。

「すごい……」

「これは確か、日本という国じゃねーか?」

「日本?リキ何でそんなこと分かるの?」

「へへへ、俺の父ちゃん環境部で働いててさ、こういうの結構詳しいんだよ。俺も将来父ちゃんみたいに、みんなの住む環境を考える仕事がしたいんだ」

「ふむ、お前の父は環境部で働いているのか」

カレンさんが興味深げに、リキに問う。

「あぁ!俺たちの住んでいる住居モジュールの管理や、新しいモジュールの建設なんかも環境部でやっているんだ!いつか、俺も……父ちゃんみたいになりたいんだ」

「そうか……、それは素晴らしいな。私には何かを創造することなど出来ないからな……」

「へへっ、姉ちゃん、物探すことも出来ないからな!」

「だから違うと言っている!あれは少し、その迷っただけだ」

「冗談だって。ところでクーの夢はなんなんだ?」

「僕の夢……」

僕の夢?なんだろう?情報部へ入ることじゃないのか?それでお母さんを喜ばせるんじゃなかったのか?兄ちゃんが開発部へ入った時、お母さん悲しい顔をしてた。だから、僕が……―――。

でも、これは……僕の夢?

僕の本当の気持ち?

僕が本当に夢に見たのは……。

「僕は、僕たちが住む火星を素敵な惑星(ほし)にしたい。昔の地球のように四季があって、春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て、その季節に応じた花を咲かすんだ。別にモジュールから外に出て生活したいとか、そんなんじゃない。ただ、僕らの暮らしが今より良くなるような、そんな色彩が欲しいんだ」

堰を切ったように、言葉は口から溢れていく。今まで抑えていたものが流れていく。静かな慟哭は小さな胸をかきむしる。夢が翼を持って羽ばたくように、閉じ込めていた想いは開かれた。


**********


「ところでユーリ、家にクーがいなかったんだけど知ってる?あの子が家空けるなんて珍しいのよね」

「今日は、地球と火星を考えるとかのフォーラムに行っていると思いますよ。この前、家に伺ったときに聞きましたから」

「フォーラム……?私は聞いていない話ね。詳しく聞かせて」

「あ、はい」

情報部の個室に移って話をしていた二人だったが、クーとフォーラムの話になった時、部長の顔つきが変わる。なにか不信めいたものを感じたのだろうかとユーリは思ったが、ひとまず自分の知っていること――と言ってもほとんどなかったが――を全て話した。

「なるほど……、火星政府の人が開催しているのね。それならば、……いや、でも少し違和感を感じるわね」

「レオもそんなことを言っていました」

「そう……、あの子昔から鋭かったからね。んー……アルト君、いやコウザキ部長に連絡してみましょう。彼なら何か知ってるだろうし」

そう言って部長は端末をインカムにつなぎ、連絡を取ろうとする。コウザキ部長は防衛部の部長だったはずだけど、もしかしてこの二人親交あるのだろうかとユーリは思った。

「こちら、サクラ。アルト君?あぁごめん、癖で。コウザキ部長?ん、今日帰ってきたのよ。ところでフォーラムの話って聞いてる?あ、こっちに向かってるの?了解」

「コウザキ部長も情報部に向かってるんですか?」

「そうみたいね。これなら、伝えやすいわね」

「ところで、部長はコウザキ部長と仲がいいんですか?」

「あぁ、聞こえちゃってたかな。私たち同級生だからね。つい癖で下の名前で呼んじゃうのよ」

「私と、リク、レオみたいなものですね」

「そうね」

そう言って部長は楽しそうに笑った。


しばらくして、コウザキ部長が到着した。

「無事帰ったか、久しぶりだなサクラ、いやセブンス部長」

「ふふ、無理せず下の名前で呼んだら?私もついつい呼んじゃうから。私の出張報告は後で確認してもらえればいいわ。ひとまず、フォーラムよ。何か臭わない?」

コウザキ部長の言葉に最初は笑って冗談めかして返していたセブンス部長だが、話の最後は真剣な瞳になった。

「それならば行ってみればいいだけだ。行くぞ。お前なら言う必要もないと思うが、どんな細かい情報でも入手しろ」

「そう言うと思ったわ。それと私のこと信頼しなさいよ。何年組んでると思ってるのよ」



**********


先ほどまでの喧騒が嘘のように、静まり返った部屋で二人の人影が散らかった部屋の片づけをしている。

「なぁ、フィエン?」

「どうしました、カレンさん?」

片づけをしていた僕らだったが、カレンさんが手を止め私を呼んだので、私も手を止めて返事をする。

普段寡黙なカレンさんの方から話しかけることは珍しいなと思った。

「私は実を言うと、昨日まで今日という日が憂鬱だった。今まで子供の相手をしたことなどなかったし、どう接すればいいか分からなかった。隊長の言う、未来は子供たちが担うと言う意味もあまり良く分からなかったのだ。でも、今日のフォーラムを通じてなんとなくだが分かった気がする。彼らの未来を守ってやりたい――そう思う」

カレンさんは目を閉じて祈るように言った。今日の出来事を、頭の中で再び描いているのだろうか。私が今まで見たカレンさんの顔の中で一番優しい顔だった。

「私もそう思いますよ、カレンさん。子供たちは未来であり、光だ。……もっとも私たちもまだ子どもみたいなものですけどね。変に老獪になりすぎているのかもしれないなぁ……」

そう言って私は苦笑いをした後、遠い目をする。

しかし、突如としてその静寂は破られた。

「失礼する」

入口の扉が開き、背の高い中年の男性と、こちらも歳は同じぐらいだろうが、まだ若さが伺える女性が入ってきた。―――見たことある、間違いない。防衛部部長のアルト=コウザキと情報部部長のサクラ=セブンスだ。まさか、私たちのことがばれた……?!いや、そんなはずはない。しかし、警戒するに越したことはない。

「これは、コウザキ部長と、セブンス部長ではないですか。フォーラムの見学にお越しいただいたなら

残念。もう終わってしまったんですよ。次もありますから是非……」

「君達が火星政府の人間であるということはこちらで確認は取れている。どうしてこのような催しをしたのかを訪ねに来ただけだ」

「そうよ、そんなに警戒しないで。それとも何?後ろめたいことでもあるのかしら?」

私の話を切って、アルト=コウザキが私に問う。話の内容からして疑っている訳ではないらしい。サクラ=セブンスの言うとおり、変に身構えると逆に怪しまれる……か。

私はカレンさんに目配せする。ここは私に任せろという意味を込めて。

「えぇ。私とカレンさんがそれぞれ火星外で働いていることは、ご存知のはず。そして、新惑星NOAHの発見も言うまでもなく。私とカレンさんは、未来を生きる子供たちに伝えたかったのですよ。地球や、月の悲劇を繰り返してはならないと」

「なるほど。そういうことならばいい。私たちはその理由が聞きたかっただけだからな」

「まだ若いのにそこまで考えてくれているのね。ありがとう」

部長二人はそれぞれそう言い残した後、踵を返して部屋を出て行った。完全に部屋を出たのを確認した後も、私たち二人はそれぞれしばらく動けないでいた。数刻の後、私は大きな溜息を吐きカレンさんに話しかける。

「ふぅー。カレンさん、あぶな」

「黙れ!」

え……?突然のカレンさんの怒号に僕はたじろぐ。突然、カレンさんは端末を取り出し、それに文字を打ち込んでいく。そして、それを私に見せる。

『黙って部屋を出ろ。ひとまず、本部まで戻る』

それを見た私は黙ってうなずき、部屋もそのままに退出した。カレンさんもそれに続く。私たちはお互い黙しつつ、マーゼ・アレインの本部までの道を急ぐ。


本部の一室に着いた私は早速、カレンさんに質問をぶつける。

「一体、どうしたというんだ?カレンさん」

「あいつらを舐めるな。来た際に、盗聴器及びその類を設置していった可能性もある。不用意にあそこで発言するべきではない。彼らが本当に私たちを信じているかどうかなど分からないのだからな」

「そ……そうでしたね。ごめんなさい。油断してました」

「いや、私もいきなり怒鳴ってすまなかったな。私の杞憂に終わることを願っておこう」

そう言って、カレンさんは天を仰いだ。私は、彼らの言葉に嘘があるとは思えないが、それこそ、カレンさんの言う通り、用心しておくべきだった。


私たちは決して、世間に認められた立場ではないのだから。


**********


一羽の幼い白い鳥がいました


僕は餌をあげたり、世話をしたりしました

早く飛び立って欲しかったのです

でも、同じことを思った他の人は、僕のやり方では駄目だと言い

僕の邪魔をして、自分達の無理を通そうとしました

僕も意地になって、相手の邪魔をしました


結局、あの白い鳥はどうなったのでしょうか

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