スパイス
夏の暑い真昼の出来事。
空気の入れ替えなのか風を取り入れるためか、ひとつの窓が開かれる。
そこから女の子が顔を出し、外の風景を眺めいた。
「幸せだな〜」
不意に漏れた言葉は風に乗り、下の道路にも響く。
道行く人々はクスりと笑いながら歩みを止めない。
「はは、笑われてるぞ」
隣にいた男の子が言った。
男の子は本に視線を落としながら先程発言した女の子に話しかけてる。
「しかし、何が幸せなんだ?いつもと変わらない日常じゃないか」
当たり前のような疑問をぶつける。
友人同士の当たり障りない質問。
女の子は振り返って笑みを浮かべながら答える。
「その″変わらない日常″に幸せを感じているんだよ〜」
そう言いながら男の子の傍に腰を下ろす。
「変わらないって事は変われないってことだ。確かに、こんな平和な日常を送れる今は幸せだと感じるよ。でも…やっぱり俺は非日常と言う名のスパイスが欲しいな」
男は相も変わらず本を読みながら答える。
時々、面白い場面を見たのか笑いながらめくるページの音が部屋に響く。
「スパイスは分量を間違えると濃くなってしまうからね。胃もたれするぐらいなら私はこのままでいいよ〜」
女の子は天井を見つめながら話している。
先程から開けていた窓から風が流れ込んでくる。
少し寒いのか、女の子は立ち上がり扉を閉める。
「まぁ、なんだ……たまには刺激があるのもいいと思うぞ?」
そう言って本を閉じる。
閉じた本を床に置き立ち上がった男の子は女の子の元に歩み出す。
「人生のスパイスなら今からでも作れるが…たまには味わってみないか?」
女の子の頭を撫でながら男の子が口説く。
その撫でている手を感じながら女の子は答える。
「私にはまだ刺激が強すぎるかな〜」
そう言って女の子はベットに飛び込む。
ポヨンと跳ねたベットに寝転びながら女の子はまた話し出す。
「人生って料理みたいだね。スパイスも分量を間違えると味が悪くなるし、他の調味料だって同じだし……あー!どこかにレシピ本でもないかな〜!」
女の子はゴロゴロとベットの上で転がる。
先程の幸せはどこに行ったのか、今や自らスパイスを求めているようにも見える。
「レシピ本ってのは他人の書いた人生じゃないか。君は君自身の創作料理を作ればいいんじゃないかな。そっちの方が楽しいよ。料理も空気人生もね。」
「そう言えば、貴方って私の作った料理が好きだったよね〜。創作料理。」
女の子が思い出したかのように話す。
昔、試しに作った料理が男の子に評判だったのを思い出したのである。
「そう言えばそうだね。また食べたいな……君の料理」
男の子は悔しそうに喋る。
病衣を着た女の子を見ながら。
「余命3ヶ月。その病気は治らないんだとよ。……本当に今幸せなのか?」
男の子は椅子に座りながら話す。
女の子はニコッと笑いながら男の子に答える。
「うん……幸せだよ!だって、毎日貴方が来てくれるじゃない。私はその変わらない日常が幸せだよ。」
「そうか。そいつは良かった。」
しばらくの沈黙の後、女の子が沈黙破る。
「もし……もし私が退院出来たら。2人で料理しようね。2人で…最高の料理を」
「あぁ…必ず作ろう。」
蝉の鳴き声が聞こえるこの病室にいる男女二人の会話。
今日も変わり映えしない日常。
この運命もまたスパイスとして、彼らの刺激になり。
やがては熟成するであろう料理の一部に欠かせない出来事となっているのであろう。