5 妖精眼
妖精眼、それは”魔眼”とも呼ばれ、それを持つものは、文字通り魔力の流れを視覚的に捉えることができるようになる。ただし、妖精眼を発動した者の視界は通常のそれとは一切異なり、いわるゆサーモセンサーの画像のように魔力の流れのみが明確な色を持って捉えられ、その他はぼんやりとした輪郭でしか見えなくなってしまう。そのため、妖精眼の発動中は、魔素を持った生物の動きならまだしも、魔力を通していない無機物の動きにはまったく反応できず、剣で打ち合うことなどほぼ不可能になってしまう。この眼を持った者たちは、戦闘には不向きとされ、傭兵、ましてや探索者になる者など皆無に等しい。
変わりに、彼らは権力者の護衛として重用されるようになっていく。護衛といっても、荒事のほうでなく、魔法攻撃による暗殺を防ぐための”眼”としての役割である。
権力者達は、会談などどうしても相手と直接会わなければならない場合、魔石をはめ込んだ魔道具をすべて規制することはできず、常に魔法による暗殺の危険性にされされていた。魔法による暗殺の恐いところは、何といってもその射程であろう。通常隠し持てる暗器の類では、相手との間合いが重要になり、かなり近づかなければ効果を挙げられない。対して、魔法なら、魔石をはめ込んだ魔道具さえあれば、かなり離れていても、相手に致命的な攻撃を加えることが可能になる。
これに対して取られた様々な対策の中で、もっとも効果が高かったのが、妖精眼保持者であった。彼らは、わずかな魔力の流れでさえ監視することができるため、少しでも不穏な魔力の流れがあれば、すぐに警告を発して他の護衛に危険を知らせることができた。
こうして、妖精眼保持者は、その存在の希少性から、存在がわかった時点で、即座に奪い合いすら発生するほど貴重な存在として扱われているのである。彼らは、ほとんどが幼少の頃から護衛としての専門的な教育が施されていくので、少年のように、誰にも仕えていないものは、非常に珍しい存在であった。
「しかも片眼だけとは…そいつは生まれつきかい? それとも、自分で片方と両目の使い分けができるのかい?」
妖精眼を使用した場合、ほんのわずかだが、瞳の色が変わってしまう。薄く金色がかり、明るい場所だと注意して観察すればすぐにばれてしまう。その為、少年は常にフードを愛用し、わざと顔に陰を作るようにしていた。
今回は、いくら明かりがあるとはいえ、うす暗い夜だったので、気づかれることはないと思っていたのだ。観念して、どうしてわかったのか聞いてみると、少年の白髪の攻撃に対する反応の考えられない速さと、あとはなんとなく感覚的なものだと笑って返された。対峙した少年の魔力の流れに違和感を感じたらしく、それが左眼だった。相対してると結構わかるもんなんだよと、なんでもないように言われれば、少年に返す言葉は無かった。
「この眼は生まれつきのものだ…と思う。気が付いたらこうなっていたからよくわからない。」
「最初は、扱い方がわからなくて、目の前が何かの拍子にグチャグチャになるから気が狂いそうだった。仕方ないから、左眼には布を巻いて見えないようにしていた。それから、オヤジに会って、『もったいないから使いこなせ』と言われて、いろいろあったけど、なんとかここまで使えるようにはなった。」
「どうやら、オヤジがオレの面倒を見てくれる気になったのは、この眼が大きな理由だったらしい。よく覚えていないんだが、『ある所で、自分のマントを掴んで離さない死に掛けのガキに出会った。邪魔だからと振りほどこうとしても、頑としてしがみついている。あんまりしつこいんで、よく見てみれば、そいつが変わった眼をしてやがってな』と、笑いながら話していたよ。」
「それから、しばらくの間旅をして、山の中で迷子になった時に、たまたまレオ爺の山小屋に転がり込むことになった。レオ爺は猟師で、とにかく作ってくれる飯が旨かった。レオ爺も、昔は迷宮都市にいたらしくて、たぶんオヤジとは顔見知りだったんだと思う。詳しく聞いたことはないけど、そんな感じだった。それからは、オヤジもあそこが気に入ってずっと住みつくことになった。」
あまりウマイ説明とはいえず、ところどころ話が飛んだりもしていたが、白髪は何も口を挟まず、少年の話を聞いている。そのまま、しばらく山小屋での生活の話をした後に、
「オヤジには、この眼のことはできるだけ他人には知られるな。お前が強くなって、頼れる味方ができるようになれば、多分、隠す必要ななくなるだろうと言われた。」
白髪はひとつうなづいて、
「そうだねぇ、それがイイだろう。魔眼持ちで、これだけ戦闘もこなせるとなれば、いろんなところから引く手あまただろうけど、面倒な奴らも寄ってきそうだし、それはできれば避けたいだろうしね。
まあ、明かるい場所でさえ気をつけてれば、そうそう気づく奴もいないでしょ。迷宮都市なら気づきそうな奴もイナイことはないけど、そういう奴らは、ほとんど他人に興味ないしね。相対でもしない限りは大丈夫でしょ。」
いつの間にか、空も白みはじめ、白髪がチビチビと飲んでいた酒も底をついたようである。そろそろ、みなが起き出し、人の動きも目立ち始めてきた。
「それで、これからどうするんだい? その様子だと、一日二日は寝なくても動けるようには仕込まれているんだろう。」
実際そのとおりで、睡眠も短時間で済ませるスベも身についている。ただ、あえてその問いには答えず、
「やることがある。迷宮都市に来た、目的のひとつだ。」
少年はそう言うと、おもむろに岩に刺されたままの大剣に手をかけた。すると、あれほど挑まれても抜けなかったそれは、何の抵抗も無く引き抜かれていく。
「ほう、相当そいつに気に入られているみたいだな。これからは、そいつを使いこなすのが目標かい?」
興味を隠そうとせず、面白そうに尋ねてくる白髪に、
「違う、こいつはオレには扱えない。こいつを振り回すには、腕力だけじゃなく、バカでかい魔力が必要だ。残念だが、俺にはそれがない。さっき、こいつを引き抜こうとしていた連中も、だから剣に選ばれなかった。
オレが扱えるように見えるのは、多分こいつがオレを家族と認めてくれるからだろう。なんで剣がそんなことができるのかわからないが、オヤジが言っていたからそうなんだろう。ただ、だとしても、家族と相棒は違うと思う。」
そういえば、白髪もこの剣をこういっていたはずである。”大食らい”と。どうやら、この剣は、その使用者に大量の魔力を要求するらしい。
多少の迷いを含みながらも、きっぱりと言い切った少年は、「だから、こうする。」と、あろうことか、軽く剣を振りかぶると、大穴に向けて放り投げてしまう。
これには、白髪をはじめ二人を見ていた者たちも、等しくあっけに取られてしまった。「何ともったいないことを!」というのが、みなの偽らざる本心だろうが、少年は、剣に対して軽く別れの挨拶のようなものをするのみであった。
誰もが終始無言の中、少年の決意に満ちた声が静かに響く。
「オレは、またオヤジと戦いたい。そして、いつかか必ずその強さを超えて見せる。オヤジが生きてる時、だから死ぬなと駄々をこねたら、あの人は仕方がないなと教えてくれたよ。」
「迷宮には、リビング・アーマーという人型の化け物がいるらしい。そいつらは、武器や防具からもっとも強い記憶を読み取って、その中の使い手とほどんど同じような強さを発揮することができるという話だ。」
「オヤジは言った。だからオレとまたやりあいたいなら、迷宮の大穴に剣を投げ入れろ。そしたら、絶対にこの剣はリビング・アーマーになるだろう。迷宮ていうのは、そういう仕組みになっているのさ。だから、オマエはそいつを探して挑めと。迷宮は広いから探すのは骨が折れるぞ。ただ、いるとした、十中八九は最下層だろう。もともと”大食らい”はそこで手に入れたからな。」
「笑いながら大変だぞと言われたが、オレには他に選択肢はなかった。だから、迷宮の最下層へ行く。あの剣を見つけて、もう一度オヤジと戦うために。」
白髪は、眩しいものを見るように眼を細めながら、少しだけ居住まいを正した。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。オレは”シド”。この街では警備隊のまとめ役みたいなことをやっている。」
少年は、あらためてシドに向き直り、静かにしかしその声ははっきりとこう告げた。
「オレにもともとの名はない。ただ、オヤジが死ぬ前に、名をくれた。迷宮都市へ行ったら、こう名乗れと。
オレの名は”レン”、”レン・キドゥ”だ。」