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一日目(3) 鬼影

『愚ギァァアアアアアアアアアアァァァァァ―――――ッ!』


 瞬く間に四肢や胴体を切り落とされ、蟹の化け物が悲鳴を上げその命を落とす。


(……あれは、一体何なんだよ)


 突如その姿を現した異形な影を操る謎の少女を前に、この男-菊間鐡跎きくまてったは身体を震わせ、その場から動けなくなっていた。


 バキッボキッパキッ!ベキッブチッブチャッ!


 気味の悪い咀嚼音そしゃくおんを響かせ、鬼の形をした少女の影が蟹の化け物の肉片を喰っていく。


「ゔっ!」


 それを見て、思わず吐きそうになった鐡跎だったが、そこは咄嗟の判断で口元に両手を当て、音を立てて気付かれないように必死に抑える。


 だが、気持ち悪くなって背をかがめてしまったことが運の尽きだった。


 バキッ!


 ひざを付いてしまったことで足下にあった小枝を踏ん付けてしまい、大きな音を立ててしまったのだ。


「やばっ!」


「――ッ‼︎」


 少女がこちらの存在に気付いてしまった。


 迷いも無く、少女は捕食中だった鬼の形をした影を彼の方へと差し向ける。


 牙を尖らせ、その鋭い爪をした両手を前に出しながらこちらへと影が向かってくる。


 あの堅い甲羅に覆われた化け物をたやすくほうむって見せた影だ。


 その牙が、その爪がかすっただけで命尽きることだろう。


 非力な自分にもはや為す術が無い。


 命の終わりを悟ってしまった、正にその時だった。


 ぐぅぅぅぅぅ~~…………


 瞬間、腹が鳴る音がした。


 自分では無い。


 いくら人間がどんな時も腹が減ってしまう動物とは言え、自分の命が落とさせるかもしれないこの状況において、とてもじゃないが腹にそんな余裕は出ない。


 ならば、誰のお腹が………


 そんなのは、彼以外だとすれば、そこにいる少女ただ一人しかいなかった。


 鐡跎の皮膚を切り裂く直前で影の動きが止まる。


 ふと彼女の方へと目を向けると、恥ずかしそうに顔を赤らめる姿があった。


「……えっと…………もしかして、お腹空いているのか?」


 そう言って鐡跎がリュックから缶の一つを取り出し、蓋を開け恐る恐る彼女に向かって乾パンを差し出すと、少女は一度、缶の中身を覗いて匂いを嗅ぐ仕草をすると、無言でムシャムシャと大量の乾パンを口いっぱいに入れていった。


「げほっ、ごほっごほっ!」


 勢いよく頬張った為か、むせてしまい咳き込む彼女。


「大丈夫か?ほら、水、水っ!」


 再びリュックを漁り、ペットボトルの水を差し出すと、彼女は不思議そうに頭を横に傾ける。


「あれ?開け方分からない?こうやって、キャップを回して開けるんだ」


 そう言って動作を見せながらキャップを開け、それを彼女に差し出すと少女は勢いよく飲み干していった。


「ふぃーっ!」


 どうやら落ち着いた様子である。


 首の皮一枚繋がった数瞬の時間を無駄にしまいと、取り敢えずは話が通じる相手なのかどうか、コミュニケーションを図ってみる鐡跎。


「……か、勘違いしないで欲しい。僕は君に危害を加えるような者では無い。まずは落ち着いて話を………………」


「ゔゔぅぅぅ~~~ッ‼︎ゔゔゔ~~~ッ‼︎……………………」


 彼のことを警戒しているのか、うなり声を上げる彼女。


「獣のようなその反応…………まさかッ、言葉が分からないのか」


「ヴヴゥ~~~ッ‼︎ヴヴゥ~~~ッ‼︎……………………」


 言葉の理解が出来ないことで余計に警戒心を与えてしまったのか、より凶暴的にうなり声を上げる。


 これは完全に言葉が通じないことを悟った鐡跎は思い付く限り、どうにかして彼女に害の無い存在であることを示す方法を考える。


 そうだ!


 そうして鐡跎は思い付いたようにズボンのポケットに手を突っ込むと、手にしたのは一つの音楽プレーヤーだった。


 音楽には心を落ち着かせる一種のリラックス効果があると聞く。


 緊迫したこの空気を打ち消すには一番の方法であると思ったのだ。


「……初めてだろうし、音量は低めの方が良いよな。……よし、これで大丈夫。良いかい、この紐の先に付いた出っ張りを耳に当てるんだ。こんな風に―」


 そう言って、出っ張りが先に付いた紐、すなわちイヤホンを片耳だけ自分の耳に当て、危険なものでないことを見せると、空いた片方のイヤホンを彼女に向かって差し出した。


 少女は恐る恐るその紐を受け取ると、彼と同じように先の出っ張りを耳に当てた。


『―♪』


 瞬間、身体中から聴いたこともない音が伝わり、不思議な感覚が彼女を襲った。


 びっくりして一度それを耳から外してしまうが、それでも興味というものがまさったのか、もう一度イヤホンを耳に当てる。


『―♪』


 再び妙な感覚に襲われるが、不思議と恐さというものを感じない。


 ゆったりとしたクラシック音楽が彼女の警戒心を紐解き、いつしか彼女は落ち着いていた。


 どうやら彼の取った音楽療法的作戦は成功したようだった。


「シェルター内で暮らしていた時、特にやることも無かったから読書に没頭していたんだけど、ある日お古で良かったらって、同じシェルター内で暮らしていた一人の大人からこの音楽プレーヤーを頂いて、それからはちょくちょく音楽を聴きながら読書するようにもなって、その時間が好きだったりするんだ。どうだ、気に入ったか?」


 彼が言っていることなど理解はしてないだろうが、それでも余程気に入ったのか、鐡跎の片耳に当てていたイヤホンを突然奪い取ると、少女は自分の両耳にイヤホンを当て、その音を楽しんでいる様子だった。


「……あはは。どうやら気に入ってくれたようで」


 そして二人は瓦礫の上でちょこんと座り、鐡跎は彼女が気の済むまでそっとしてやった。


 それから十分に音楽を堪能したのか、彼女はイヤホンを耳から外す。


 だが返さないと言わんばかりに、音楽プレーヤーは握りしめたままだった。


 気付けば日が昇り、日光とは無縁だった地下生活を送っていた鐡跎の身体に突き刺さるようにその光が全身に染み渡る。


「うっ!」


 電気とはまた違う、初めて感じたその眩しさを前に反射的に手を目の上にかざす。


 ふと横を見れば、日の光に照らされた彼女の姿。


 全く手入れのされていないボサボサに伸び生やされた黒い髪。


 ふけもいっぱいに付いて決して綺麗とは言えなかったが、日の光に照らされた少女はそんなことを感じさせないほどに彼の目には美しく見えてしまっていた。


「ゔがッ!」


 彼の視線を感じて、“何、見てる!”とでも言うかのように軽く声を上げると、鐡跎はその様子を誤魔化すかのように話題を上げる。


「………えっ~と、そうだッ!名前!名前だよ!名前っ!鬼の影だから………鬼影きえい!“きえい”なんてのはどうだ!」


「き……えー……………?」


「そう!鬼影だ。ぴったりだろう?」


「き……えー………!き、えー………!!」


「どうやらその様子だと気に入ってくれたみたいだね。僕は菊間鐡跎きくまてった。はぐれ者同士、よろしくってことで」


 これが鐡跎と鬼影の、二人の出会いだった。

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