一日目(2) 世界が崩壊するまで
十六年前 日本―
『えー、ご覧頂けますでしょうか?何やら謎の黒い霧が東京上空を覆っております。少し離れた家や電信柱が隠れてしまうほどに霧が濃いと言った様子でしょうか。このような霧が発生した原因は依然掴めておらず、更にはこういった現象が日本各地で発生しているようです。北海道にいる川嶋さん、そちらはどういった状況でしょうか?』
『はい。こちら北海道は札幌市に来ております。こちらも同様、謎の黒い霧が辺りを覆っているという様子でしょうか。四時頃に比べ、霧の範囲が広がっています。また、霧がどんどん濃くなっている為、殆ど前が見えず、車の流れが大変混雑しております。この霧の中での外出は控えた方が良いでしょう。現場からは以上です』
『ありがとうごさいました。では、沖縄にいる時田さんにも話を聞いてみましょう。時田さん、中継が繋がっていますでしょうか?』
『えー、ゴホゴホッ、すみません。こちら沖縄の……ッゲホッ、ガハッゴホッ、那覇市に来ております。先ほど、強風に煽られ、ゴガッゴボハッ、こちら側に霧が舞ってしまい、その影響で霧を吸い込んでしまったところ、喉を………グヘッ、ゴガボヘッ!』
『時田さん。大丈夫ですか、時田さん』
『喉を…………喉を…………あれっ?何だったっけ?』
『あの…………時田さん?』
『……一体、どうしたのでしょうか?奥にいる人達が次々に喉を抑え、苦しんでいる様子。そう、苦しい……喉が、苦しい。くるしっ…………ゴグギャ、グギャ、愚ギャギャギャギャ!』
瞬間、そのキャスターは元の姿とはかけ離れた、不気味で化け物じみた姿へと変貌した。
『愚ギ蛾ギャァァアアアアアアアアアァァァァ―――――ッ!』
『ば、化け物が…………寄るな、来るな、う、うわぁぁあああああああああぁぁぁぁ―――――ッ!』
ザザーッ!
カメラマンの叫び声を最後に、沖縄との中継は突然閉ざされた。
しばらくお待ち下さい。
そんな画面がテレビで流れている間、現場では何が起こったのかと騒めいていた。
「な、何が…………あれは一体どういうことなんだ。ま、まさか私らもこの霧を多量に体内に吸収してしまうと、あのような化け物に………………そ、そんなのは何かの冗談だ。川嶋さんの方は何も無かったじゃないか。今だって中継を繋げて確認しても、何も変わらぬ彼女の姿がそこに―」
―は無かった。
『蛾ギャギャャァァアアアアアアアアアアアァァァァ―――――ッ!』
『だ、誰か助け……ぎやぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁ―――――ッ!』
中継を繋げるとそこには、川嶋キャスターが身に付けていた筈の衣服を纏った異形の化け物の姿が映し出されていた。
「……嘘だ。こんなのは嘘に決まっている。こ…こんな、人を化け物にする霧なんて存在が現実的にある筈が…………嘘だ、嘘だ、嘘だ!なんで私の腕が変化して、足も身体も、嫌だ、嫌だこんなことって………愚ギャァァアアアアアアアアアァァァァ―――――ッ!」
……………
その当時の映像は、十六年前の妖災から生き延びた人々の記憶に今でも鮮明に覚えているほど、もの凄く衝撃的なものだった。
僅か一日を経たずしてその現象は瞬く間に世界へと広がり、同様の妖災が国中を襲った。
映像に映っていたものは、どれも日本人なら一度は見覚えのある生物の形をしていた。
“妖怪”-それは日本で伝承される民間信仰の類いから生まれた存在として知られている非日常的・非科学的な存在の総称。
だが、それは時代と共に都合良く伝えられてしまっただけで、そのような存在を生み出す確かな存在が一つ、実在していた。
遠い昔、日本の上空には十六年前と同様、謎の黒霧が空を浮かんでいたことがあったという。
その霧はまるで意思を持っているかのように、風が流れるがままに広がる……というよりは、ある程度その周辺に霧を散布したと思うと、霧が広がっていない場所へ場所へと移動していったという。
その黒い霧はぞっとするほどに寒く冷たく、小さな水滴が舞うその現象を昔の人は露を降らす厄災、一度それがそれが口から鼻の穴から体内へと入り込むと、その生物に身体的変化をもたらし、それら人ならざるものたちのことを一纏めに“妖怪”、それこそが本当の“妖怪”の正体であったそうな。
その不可思議な黒霧のことを人々は、魂ある霧状の正体不明の怪奇物-露を降らせるそれを“露魂”と呼ぶようになった。
だが露魂はある日突然、パッタリとその姿を消し、“妖怪”と呼ばれた元人間達を武士、武将、そして陰陽師と呼ばれた不思議な術を使う超人的存在の手によって、その存在は全滅した。
そうしていつしか“妖怪”とは昔の人の作り物として世に広まるようになり、その真実を語られることは無くなってしまった。
そんな元凶と呼べる存在が、何故この現代になって再び現れたのか?
それは誰にも分からないことである。
そう、奴を除けば。
地球上のどこかにて、そいつは空中を漂っていた。
するとそいつ-黒い霧は明らかに風の軌道では無い動きで地上に降りていくと、霧が一点に集まり人型へと形を変化させていく。
「ふふっ、面白いな♪」
無邪気な少年の声で妖災は呟くのだった。
昔の人は雨や雪と同様、露も降ってくる感覚にあったらしく、“露魂”の名の由来はそこから参考に来ています。