存在完全抹消薬
……ええそうです、これがその薬です。
これを服用すると、服用者の存在をこの世から完全に抹消することが出来ます。
生命はもちろんのこと――
死体という物体としての痕跡も。
戸籍などの社会的な記録も。
親兄弟を含む、周囲の人間の記憶も。
すべからく、完全にこの世から消し去ることが出来るのです。
……え? どういった理屈でその効果が出るのか、ですか?
まあ、信じ難い話ですからね、気になるところでしょうが……。
こう、宇宙的記憶と言いますか、心理学でも言われている、人類全体の共通記憶――それをもっと拡大解釈したような領域に作用を――。
え、やっぱりいい? まあ、そうですよね。
人気のほどは――正直、想像以上です。
ほら、こうしてあなたみたいに雑誌の取材が来るぐらいですから。
結構いらっしゃいますから。
もう死んでしまいたいけど、家族、職場、それでなくとも死体の処理とか、世の中に何らかの迷惑をかけてしまうのが心苦しくてどうしても踏ん切れない、という人は。
そういう人たちに好評のようですね。
……それじゃあ随分と儲かってるんじゃないか、ですって?
それがですねえ……このご時世でしょう?
信用の問題もあるので、料金は後払いにしてるんですが……するとですね。
……はい、お察しの通りです。薬を服用されると、その人の存在が消えてしまうので……料金の回収が出来なくなるんですよね。まったく。ゼンゼン。
なので、研究費に充てた借金も返すアテがなくて……いえ、それどころかもう生活すら困難になってまして。
ええ、だから、この最後の一錠は、私自身が飲もうと思ってたんですよ。
こうして――ね。
――そう語る経営者側は、むしろ、若手デザイナーたちのさらなる飛躍と、新たな作品の誕生を期待しているようでもあった。
今回だけでは、とてもその辺りを伝えきれるとは思えない。
今後とも継続的に取材していくべきだろう。
――〈取材用メモの間に生じた、奇妙な空白〉――
世間を騒がせたあの小説の作者というからには、もっと付き合いにくい人間を想像していたのだが、実際にあった彼は、むしろ好青年とでも呼ぶべき人柄だった。
だが話してみると、やはりその知性と感覚は常人とは一線を画すものがあり――
……というわけで、あくまで〈本文〉は200字ちょっとの作品となります。
はい、すみません、あらすじに書いたように、一種の反則ですね。
その辺りも含めて、「なんじゃコレは」と思って下さい。