元傭兵の元貴族2
ダルスにカードを預けられてすぐに、金を引き出してきた。カードに記録されていた金額は、入学金の四倍の額。
リーデル学園は誰でも入れる反面、入学金がバカみたいに高いのと、個人のSCAがなければ入学は認められない。つまりは金持ち以外はいらないってクソ思考だ。
「さてと……」
入学金を支払い、入学に必要な書類一式に目を通す。校則をまとめたものとか卒業までのカリキュラムとか、割とどうでもいいことばかりが書いてある。
「………?」
書類の最後のページ。そこには学園で使用される訓練用SCAの規格が書いてあった。
「『ガーディアン』に『レイドダガー』と『バーゼルライフル』………………バカにしてんのかよ」
性能だけで話をするなら、全て世界最低ランクのSCAと武装。そんなモノでの戦闘に慣れちまったら、他のSCAを使った時に何もできずに自爆するレベルだぞ。
ただ、訓練や試合では個人のSCAの使用は認められてるらしいが、修理に時間がかかると書かれている。無料で修理してくれるのはありがたいが、傷がつく度にメンテナンスなんてしてちゃ、戦場では竜頭蛇尾だ。
「所詮はボンボンが通うだけのお飾り学園ってか?」
俺には傭兵として三年も戦ってきた。SCAを使った試験なら学園一位になる自信はある。
世間を知らねぇボンボンどもに負けてられねぇ。
そう意気込みながら、入学時に提出する書類に必要事項を記入した。
「少しばかり実践経験があるからといって、調子に乗ってもらっては困るねぇ。セグナ・ハーファル」
入学式を居眠りという最悪な態度で臨んだ俺は、早速変な奴らに目をつけられた。
「お前のような奴がいるから、我々貴族が侮られるのだ」
「前王に逆らった反逆者が王宮護衛官になろうとは、片腹痛いな」
さっきからこの調子で絡んできやがる。四人で椅子に座っている俺を取り囲むように陣取って、ほかの奴の邪魔になってることにも気がつけないとは、こいつらの人間性がよくわかる。
そういった人種に対しては、無反応で返すのが一番だ。
「ほう? 何も言えない程に図星というわけか」
「傭兵上がりとは聞いているが、所詮は汚らしい傭兵と大差ないか」
これ見よがしに好き放題言いまくりやがる。流石に我慢の限界を迎えそうになったところで、クソ共を押しのけて近づいてきた奴がいた。
「ちょっと。何さっきからいじめてんのよ」
ぼんやりとしていた視線を上に上げると、女子生徒がいた。
「シャール・オリビオン……僕たちは今男同士の話し合いを」
「話し合い? 一方的に悪口を言い続けることが?」
女子は少し声が高いせいで、教室中に声が響いた。それを聞いて、ほかのクラスメイトたちも異常に感づき始めた。
「へぇ? 貴族がーとか言ってる割に、貴方達の今の行動は貴族がとるような行動なのかしら? そうやって人を貶めて、品のない行動だと思わないの?」
「傭兵などに払う敬意もなければ、没落した貴族に」
「じゃあ、聞くけど、貴方達は一体何ができるの? 自分が貴族だと威張るのなら、当然一つくらいあるわよね? あ、その血筋を引いてるとかふざけたことは言わないでね」
さっきからグイグイとクソ共を押しているシャール。ここまで男に対して強気になれる女は珍しい。クソ共がさっきからタジタジになっている。
「そうやって人をバカにして見下して、自分が優位になるとでも思ってるの? 彼が傭兵ってことは、それだけの実践経験を積んだ上で生き残ってるってことなの。私たちみたいに、安全な場所でぬくぬくと育った人とは違うのよ?」
これにはクソ共も黙って何も言わなかった。
「大丈夫?」
負け犬達の背中を見送った後、シャールは心配そうに俺を見てきた。
「別に気にしてない。大丈夫だ」
「なら良かった」
見物していたギャラリーも散っていき一安心。それと同時にため息が出た。
「元々貴族はいけすかねぇ奴ばっかりだったが、今回はとびっきりだったぞ」
「そうね。私もアイツらが嫌いよ」
「……アンタとは気が合いそうだな」
「そうね」
話をしてみてわかったが、シャールとの会話はどこか男と話しているように感じる。身形が綺麗であるために、そのギャップがシャールの個性なのだろう。
「私はシャール・オリビオン。貴方の名前は?」
「セグナ・ハーファル。元貴族の元傭兵だ」
「よろしくね」
「ああ」
アクシデントがあったが、こうして入学初日に頼れるクラスメイトと顔見知りになっただけよしとしよう。
「このようにしてSCA、Strategy Combat Armsは、本来は人間が活動できないような場所での運用を考えられていました。しかし、試験段階のテストで多数の犠牲者が出てしまったことから計画は停止。軍事産業を手がけていたローゼン社が引き継いだことによって、兵器としての運用が始まりました」
学園というだけあって、授業もある。配られた教科書はそれなりに分厚く、内容全てを把握するにはとてつもない時間が必要なるだろう。
教壇に立っている先生が一生懸命に話をしているところ悪いが、SCAの成り立ちや由来になんて興味がない。SCAの構造やら戦術ならそれなりに聞くんだが。
「確かに今は兵器としての運用が主流となっています。王宮護衛官のほとんどはそれぞれのSCAを所有していますし、昔ほど高価ではなくなったため、傭兵なども使用しています」
最近はSCAを使った暴動に対しても対策がされていて、『対SCA部隊』と言われてる部隊も編成されている。その部隊のSCAは全て国の最新型で、武装も遠近両用。威力も折り紙つきだとのこと。
だが実際には、使い捨ての武装ばかりで、長期戦に持ち込まれた途端に敗北が決定するというポンコツ部隊。しかもあまりにも使い捨てられる武装が多すぎて、武器の供給が間に合ってないとかって話も聞いたことがある。
それの一体どこが対SCA部隊だってんだ。相手がそれなりに場数踏んでる奴だったら壊滅させられるぞ。
まぁ、この手の話は傭兵だったからこそ知ってるんだけどな。そこらの一般人は「対SCA部隊が編成されてるなら、SCAでの暴動が起きても安心だ」なんて思わされている。それだけSCAは一部の人間にしか必要とされていないことがわかる。
「ですから、王宮護衛官ないしは王国軍などを目指している生徒諸君には、是非ともSCAの正しい使い方を学んで欲しい。そして、このリーデル学園が誇れる卒業生になってほしい」
つまりは、立派な兵士になれってこと。だけど悲しいかな、教育を受けた兵士と傭兵なら、傭兵の方が強いんだよなあ。
退屈な授業を三つほど受けてから昼休みとなった。
リーデル学園では、昼食や夕食は食堂で摂ることができ、料金は全て無料。窓口で注文して出来上がった料理を受け取るだけという便利なシステムだ。
そういうことで食堂へ向かったが、とんでもない人混みのせいでため息が出た。
リーデル学園では、生徒一人につき召し使い一人までつけることができる。大概の貴族は食事の準備やら料理を運んだりなんてことは自分ではやらないため、召し使いに任せきりになる。
しかし、食堂のメニューなどと気の利いたものは入学書類に書いていなかったため、直接本人がメニューを見るために並ばなくてはならない。結局、ご主人様と召し使いが二人とも窓口に行くことになり、そこだけ人口密度が異常だった。
「後にするか………」
幸い、昼休みは二時間も取られているため、この騒ぎが収まってから食べにきても遅くはない。日が経てば落ち着くだろうが、しばらくは人の流れを見てから昼飯を頼むとしよう。
リーデル学園の中庭。敷地がとんでもなく広いためか、昼休みとなった現在でも人がほとんどいない中庭も広い。
そんな場所に用意されたベンチには、睡魔の力を増幅させるような日の光が差している。
「あぁ〜……」
授業はつまんねぇし、周りの貴族共は話し方やら存在やらがうざったいし、まだ一日が終わってないというのに疲労感が大きい。
傭兵になる十四歳までは、両親からいろんなことを教えられてきた。その後は自由気ままな自転車操業の傭兵をやってきた。我ながらに奇妙な人生だとは思うが、今となってはその経験のおかげで大抵のことはこなせるようになった。
まぁなんにせよ、傭兵やるときもリーデル学園に入学するときも、どんな時でも応援してくれた両親に感謝するしかない。俺がここでしっかりやれば、剥奪された爵位を取り戻せる可能性がある。それが、俺が両親にできる親孝行だ。
「眠っ……」
思わずあくびが出た。授業中も何度か寝落ちしてたが、それでも睡眠が足りないらしい。時間もあるし、多少寝るくらいなら問題ないだろ。
「んぁ」
眠っていた意識を覚醒させる。それほど長くは寝ていないはず。
そう思って体を起こすと、鼻先がぶつかるくらいの距離にいた女子と目が合った。
「………」
「……おはよう、ございます」
「あ、あぁ」
たどたどしい挨拶をされて、気の抜けた声が出た。というより近い。
顔を離してから立ち上がり、相手の姿を見る。召し使いのような服装をしているが、肝心の主人の姿が見当たらない。
「何か用か?」
「永眠、してたから」
「いや勝手に殺すな」
いきなりなんてこと言い出すんだこいつは。
「催眠?」
「なんで操られてんだよ」
「快眠?」
「確かにそりゃ快適に寝てたがよ」
なんだこいつ。今まで変わり者には沢山会ってきたが、ここまでよくわからない奴は初めてだ。こんな会話を表情一つ動かさずにやるってのがまた変なもんだ。
「アンタ、召し使いなら早くご主人様のとこに戻ったらどうだ? 怒られるぞ」
「私、召し使いじゃないよ?」
「だったら何なんだ?」
「ご主人様〜♪」
……本当にこの子は大丈夫なのか? 赤の他人だが、心配になってきた。
「そうか。俺は昼飯食いに行くから。じゃあな」
「私も、行くよ?」
「……そうか」
ということは、この子はこの学園の生徒か。なら何で召し使いの格好をしているか聞きたいところだが、それはそれで面倒な気がする。
「おーい! ディーナ様ー!!」
食堂に行こうと歩き出したところで、校舎から走ってくる男がいた。これもまた召し使いのような格好をしている。
「はぁ……はぁ……探しましたよ! ディーナ様!」
「プライベート、侵害」
「何でですか!! 学園では僕しかディーナ様の召し使いがいないんですから、勝手にどこかへ行かないでください!!」
なるほど。自由気ままな猫っぽいご主人様に振り回される召し使い君ってところか。そりゃ災難だったろうな。
「あー、そこのお二人さん。ちょっといいか?」
「す、すみません! 目の前で騒いじゃって……」
召し使い君は姿勢を正すと、深々と頭を下げてきた。
「僕はシード・ブックマン。こちらのディーナ・アルフェルン様に仕えている召し使いです」
「ディーナって、呼んでー」
「セグナ・ハーファル。よろしく頼む」
互いに自己紹介をしたところで、シードが何か考える仕草をしていた。
「どうした?」
「いえ……ハーファル家というと、確か国境に面していた領地を治めていたと聞きましたが」
「ああ、確かに治めてたがな。その後は知っての通り、駐留軍より一般人を優先した結果として反逆罪さ。没収されたのが財産と爵位だけで助かったがね」
こいつに限って没落貴族だの傭兵上がりだのと言わないだろうが、あまりこの手の話はするもんじゃない。
「ま、もう過去の話だ。そっから色々あったが、今ここにいるだけのもんはあるからな」
「そうですか。それは良かったです」
シードは心底安心したようにため息を吐いて、笑みを見せた。
「アルフェルン家は、王都に近い領地ですから余程のことがない限り軍を置くことはありません。ですが、当主様がおっしゃっていました。『もしこの領地に攻め入られたら、攻撃か、防御か、敗走か』と。ですが、ハーファル家が何よりも先に領民のために動いたことに感銘を受けていました」
「………」
「結局は反逆罪という罪に問われましたが、話によると駐留軍の隊長が反逆罪になるように進言したと噂になっています」
「ほう?」
そいつは良いことを聞いた。とりあえずそいつは見つけ次第骨の十本二十本は覚悟してもらうとするか。
「当主様も、ハーファル家の方々を心配しておられました。こうした偶然ではありますが、無事が確認できて、本当に良かったです」
「そうか。これを聞けば、うちの両親も喜ぶだろうよ」
こうしてお互い話が落ち着こうとしたところで、腹の虫の音が聞こえた。
「……で、昼飯食いに行くか」
「うん」
「あの、すごく申し上げにくいんですけど……お昼休み、もうすぐ終わりますよ?」
「「え」」
シードがつけている腕時計を見せてもらうと、確かに午後の授業開始まで後五分。食堂どころか授業開始に間に合うかさえ微妙だった。
「急ぐぞ!」
「は、はい!」
「ま、待って……」
初日から悪目立ちは避けたい。そんな願いは虚しく、授業が開始してから二分後にたどり着いた。周囲からの視線は痛かったが、「初日だし、まだ校舎の構造を覚えてないだろうから」と許してくれた。
この先生の授業は真面目に受けよう。そう思う単純な俺であった。
ちなみにディーナはというと、授業開始から二十分遅れたらしい。見た目から運動はできなさそうだとは思っていたが、これじゃ普段の学園内の移動もきついだろうな。