幻獣解放作戦
ちょっと長かったので二つに分けました。
子竜くんたち、ようやく解放されます。
ロッソが護衛と戦い槍を合わせる金属音やぶつかり合う鈍い音が響くのが収まるのをティナたちは息をひそめて待った。
倉庫を見張っている護衛を倒すのにルイジの協力を依頼したらエリクセンは
「私の身の安全は誰が守るのだ?」とキレそうだったので、ビアンカの援護はあるけれどロッソは今一人で10人ほどを相手にしているはずだ。
もちろん私も魔法で参戦したかったのだが、「隠蔽の魔術で私を守れ。」という命令で却下された。
(お魚さんに逃げられちゃマズいから言うことは聞けってロッソは言うけど、大丈夫かな。)
もちろんロッソの腕なら酒の一杯も飲んでいるだろう護衛士たちに後れを取るとは思わないけれど心配は心配だ。
「あいつが心配か?いくらなんでも10対1じゃなぁ。」
ルイジがティナの肩を抱くようにして顔を近づけながらそう言った。
今日はティナも潜入に備えて事務員らしい服装から動きやすいシンプルな黒いスーツに魔法使いの短いローブを身に着けている。
さりげなく肩を外してみたけれどニヤニヤ笑いをやめないルイジのことはすっぱり無視する。
「もう一人の男はどうした?あれも戦えばいいではないか?」
なかなかやまない斬撃の音にエリクセンが苛立たし気に尋ねてくる。
「リナルドは逃走用の馬車を準備しているんですよ。エリクセン様、幻獣抱えて逃げるおつもりですか?」
「むぅ・・・。」
(嘘です。本当は『あなた』を護送するためジーノとの打ち合わせ中なんですけどね。)
誰かのうめき声がして、槍を打ち合わせる音が途切れるとビアンカからの合図がありティナたちは倉庫に入った。
倉庫に入ると転がっている男たちをビアンカが素早く拘束の魔術具で締め上げている真っただ中だ。
エリクセンは血の臭いに顔をしかめるが、構わず先に進むと2頭がいる檻の傍らにロッソが立っている。
体にところどころ血が飛び散っているが彼自身は無傷なようだ。それを見てルイジが不満そうに鼻を鳴らした。
「おぉぉ。これが・・・やっと私の元に。お前らこれを運ぶのだ。」
うっとりと手を伸ばしながらエリクセンは命令するが、檻は監視の術式で守られているので手出しは今のところ無理だ。
「術式を解くのでしばらくお待ちください。」
檻の解呪を終えた後に、それぞれの翼に付けられた拘束具の魔法陣を部分的に壊して無効化しておく。これで何かあっても翼で逃げることもできる。
「ティナ~。待ってたよぉ。やっと出してくれるの?」
ひそひそと聞いてきたので私も声を潜めて応える。
「そう。もう少しだけしゃべらないで待っててくれる?」
「わかったぁ。ねえ、あれが僕たちを捕まえさせたの?やっぱりやなオーラだね。」
「黒いわねぇ。しかも濁った黒さ。」
白ちゃんと黒ちゃんがすっとティナに近づいてきたのをエリクセンが目を皿のようにして見つめている視線を感じるので注意する。
彼がこの子たちについてどこまで把握しているのか、逮捕された後でベラベラしゃべるとややこしいことになる。
「さぁ、戒めを解いたらこの雪狼の子を私の馬車へ運ぶのだ。」
エリクセンが命令するがティナとロッソと顔を見合わせた。
「残念ながらエリクセン卿、その命令はお受けしかねます。」
ロッソがエリクセンに向かって言い放つ。
ティナの肩にひょいと黒い子が飛び上がり、白い子は足元に隠れるように立つ。
エリクセンは呆然としたがロッソの言葉を飲み込むと即座に顔色を変えた。
「何を言う!貴様!!さてはハメスに買収でもされたか。卑しい冒険者は金に転んだのか?こちらは契約したんだぞ!渡さなければ契約違反でギルドに訴え貴様らの資格を停止してやる!」
ギラギラと目を光らせながら近寄る男にティナの肩にいる黒いチビちゃんを掴もうと目を伸ばす。
黒い子の目の色が金色に変わり、牙をむき、突然あげた唸り声にエリクセンが反射的に出された手を引っ込めた。
「どんなに珍しかろうがたかが獣の分際で!!」
忌々し気に吐き捨てたエリクセンの足元で白いチビちゃんも低い、だが今までとは打って変わった不気味な唸り声をあげた。
「まぁまぁ。エリクセンさん。落ち着いてください。俺と話をしましょうよ。」
場にそぐわないのんびりした声が後方から聞こえた。振り向くとリナルドが軽く手を振った。
「あなたの依頼は非合法であることが調査判明したので契約は無効になりました。詳しい経緯につきましてはこの書面にありますが読みます?」
リナルドが手に持った書面を渡そうとするが、まぁ普通受け取ったりするわけもなく、エリクセンは地団駄を踏みながら喚き声をあげる。
「ギルドごときの言い分がどうあろうと契約は契約だ。さぁ!渡せ。」
「こちらの言い分は聞かずにそちらは通せ、とか矛盾してますよ。しかもまだ前金ももらってないですが。」
「うるさい!」
ティナの指摘に思い切りエリクセンが反応した。
「ルイジ、ルイジはどこだ?何のためにいままで高い金を払ってきたと思っているんだ?さっさとこいつらを始末しろ!!ルイジ?」
「あのぉ。気が付いてなかったんですか?俺がこの倉庫に入った時点で消えてましたけど。」
あっけにとられた顔できょろきょろとエリクセンに見回すのにリナルドがなんだか申し訳なさそうに教える。
「なにぃ。貴様!そんなことどうして教えなかった!!」
もうどこからどう突っ込んでいいのかわからなくなって思わず吹き出すティナをロッソが肘で軽くこづいた。
すっとロッソが動きエリクセンの手を背後からひねりあげた。
(ん?いつ移動した?相変わらず素早い。)
魔法での縮地も加速も使わないでこの速さは尋常ではない。
「何をする!!離せ!!卑しい平民の分際で汚らわしい!!」
ロッソがちょっと力を加えたら繊細な若様の骨はあっけなく折れるだろう。
圧倒的不利な状況でここまで抵抗する気力が遺っているとか正直感心する。
「我々ヴィドックよりギルドへ正式に協力依頼をしたのだ。我が国からの逮捕状と別に身柄引き渡し請求がマグノリア国から来てる。君の行く先はギルドでなくて嘆きの塔、それからマグノリアだよ。」
じたばたと抵抗するエリクセンに向けて紫の縁取りのある黒いローブに顔の上半分を隠す黒銀のマスクをつけた男がそう言いながら姿を現した。
「ま、まさか。貴様は!」
「あ。知ってるなら話は速いね。僕が来たということは君の悪事はすでに陛下の耳に届いてるってことさ。」
「陛下・・・。陛下の耳に・・・だと?」
エリクセンが呆然と何度もつぶやく。やっと自分の立場の危うさを自覚したらしい。
ジーノはとどめ、とばかりに首元から紫の瞳の狼が彫られた首飾りを見せる。
その紋章を持つものはヴィドックに属し、すべての調査機関に権限は優先する強力な権威の象徴だ。
エリクセンの顔がみるみる血の気を失って紙のような白さに変わる。
「もう君の父上も、叔父上でもかばいきれない。我が国だけならもみ消しようもあるだろうけどマグノリアは不味かったよね。
内務尚書さまじゃ外交問題はどうしようもないしね。我が国は今マグノリアとは揉めたくないし。尚書は我が身と家族の保全と引き換えに君の引渡しに同意したよ。
後進に職を譲ってご勇退だ。やはり上つ方は引き際も美しいものだね。」
目元は深く被ったフードと黒銀のマスクで見えないけれど、口元が皮肉気に歪んでいる。
「君の実家も勘当するって。もともと出来のいい異母兄がいるし心配はいらないって話じゃない。さすがに君の母上も君の不行跡に諦めがついた、というか引導が渡されたらしいよ。
エリクセン辺境伯家もようやく代替わりってことだね。第二皇子殿下がお喜びだよ。」
エリクセンはそれを聞くとがっくりと肩を落とした。ちょっと覗き込むと目の焦点はあってないし、何かブツブツと呟き続けている。どうやらキャパオーバーになったらしい。
ロッソが素早く動くと手刀で彼の意識を奪う。ぐったりしたところにリナルドが衣服を探り危険な魔道具の有無を確かめ、私が念の為魔力封印の枷を嵌めた。
「もう諦めたのに、そこまでやる?」
「自暴自棄の暴発が一番怖いじゃない。それに曲がりなりにも辺境伯家の若様だからどんな飛び道具を隠してるか、知れたもんじゃない。怪我は嫌よ。安全第一。」
私が素っ気なく言うと彼は軽く肩を竦めた。フードに隠れて分かりにくいけど口元を見れば今度は皮肉でなく笑ってることはわかる。
「じゃ、俺はこいつ連れていくね。後の市民はそちらに任せた。」
ジーノが触れると拘束の魔術具に仕込んであるのか、エリクセンの体が少しだけ宙に浮く。
「あ、待って。この子たちは?」
「貴重な幻獣はギルドと国家で保護済み。雪狼と闇狼は届けさえ出せば市民でも飼えるでしょ。然るべき場所で、然るべく保護してあげて。」
ジーノはそう言うとさっさとエリクセンを連れて出ていった。
一気に終わらせる予定だったけど誤字脱字が半端なかったのでとりあえずできた分だけ投稿