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やってきた『男』

ロッソの調査によると、ハメス商会の人間は密猟者から幻獣を買うことはしているが彼ら自身は幻獣にはさほど詳しい者はいないらしい。

捕らえられた「竜」の子は怪我フサフサとした見た目から狼型の幻獣の中でも希少な雪狼や闇狼と思ってエサを与えていたらしい。

どうりで生肉や生きた鶏がいたわけだ。


ティナとの食生活改善交渉を終えたその日から、彼らは事前準備として餌を拒否するようにしていたらしい。

大事な商品が弱っていく(もちろん演技だけれど)にいらだった世話人が『故郷の昔話』として『ケイン』が話した幻獣の餌についての情報を信じて川魚を与えたところ『子狼』がみるみる回復したという。

『ケイン』はそれ以来『子狼』たちの世話係も任されるようになり随分と信頼も得たし、ティナも彼らの元へ近づく機会が増えた。


「依頼、やっぱり不成立になるのか?」

リナルドに呼び出されてエリクセン抜きで顔合わせをしていきなりの報告にロッソが首を傾げた。

「うん。マルコさんからの報告。依頼主エリクセンは元々幻獣狩りの依頼主で支払いが決裂して『子狼』の引き渡しを拒否されていた。ハメス商会側が他国へ転売予定だと知り、都合よく脚色しギルドに奪還救出依頼をしたってのが依頼の真相って確証が取れたってさ。」

「それだけじゃあるまい」

「エリクセンの当主の方にも叩けばいろいろと埃がでてきたみたいだね。幻獣の一件はそれの追加程度の扱い。そっちは俺たちの管轄外だけど。」

エリクセン辺境伯家はこれからいろいろと大変だと思うよ、とリナルドは笑った。

「依頼が成り立たないとなうとただ働きになっちまうんじゃないか?撤収か?」

「ヴィドック機関からの協力依頼に変更だって。ギルド的には護衛の中に複数人手配犯がいるのを捕まえろ、とのお達しに変更。」


ヴィドック機関とはギルベルタ王国の特殊捜査機関だ。事が随分と大きくなったな、と思う。


「あぁ、やつらのことか。ビアンカに面通しさせたけどGoが出たんだな。」

エリクセンの方にも一人いるでしょう。とリナルドがにこやかな笑みを見せた。

「気軽に言ってくれるなぁ。」

このパーティーの中で荒事の担当は基本的にロッソで、依頼内容がギルド手配犯の捕縛に変わるとリナルドやビアンカの方は援護程度の役にしかたたない。


「ティナ、ヴィドックが欲しい書類は手に入った?」

「国際協定で禁止された幻獣売買の証拠は抑えたよ。あとエリクセン辺境伯他複数の大貴族への資金洗浄、幻獣以外の密貿易の証拠も取れたよ。」

リナルドが穏やかな笑顔で追加料金が増えたね、と笑う。

「で?あのボンボンは現場に連れて行って現行犯的にヤツらに引き渡すんで間違いないのか?一緒に逮捕はごめんだぞ。」

そこは大事だ。公的権力に全幅の信頼を置くほど甘い人生を生きてきた人間はこの中には一人もいない。

「そこはマルコさんの保証付き。いざとなったらティナが人質~。」

「私がかい!!」

思わずティナが突っ込むとビアンカがにこりと笑ってその肩を叩いた。義兄には善処願うしかないだろう。


「あとは俺からの報告だ。出荷の予定が早まった。」

「えぇぇ?そこ大事なところじゃないの。」

「昨夜急にな。」

ビアンカのツッコミにロッソは素直に頭を下げた。どうやら先方に早く受け取りたい事情があるのか7日後の出発を3日後に速めるらしい。

当然『子狼』のお世話係であるロッソも随行人員に含まれる。

「小耳に挟んだ内容だと、小型の猫を娘の誕生日プレゼントに間に合わせろってさ。」

「娘の誕生日祝いに密輸品って選択、どうなんよ?」

「さぁ。てか密輸してまで手に入れろっていうお嬢様もどうなんだ?」

「どっちみちそのお嬢様の今年の誕生日プレゼントはなしだな。ちょっと気の毒だが。」

「まぁダメなものはダメって教育にはいいと思うしかないんじゃない?」

「異国のお貴族様のお嬢様にいい教育の機会になるから、良しとしようや。」

リナルドの理屈が合ってるのだかどうだかはなはだ怪しい言葉でとりあえずこの件は思考停止とすることにした。


「取引先に会うと国際問題になりかねんからその前に踏み込むしかないわねぇ。ってか幻獣だけ逃がすのでいいのかな?」

「あちらからはこのリストの幻獣は証拠としてほしいって言われてるよ。俺は見てないけど該当のいる?」

リナルドが渡してきた書類に書きだされた幻獣は希少だけど持ち運びや飼育が比較的容易なものの名前が並んでいた。

「いくつかは倉庫にいるな。・・・ティナ、あいつら入ってないぞ。」

ロッソが目を通して聞いてきた。普通に本物でも目玉になりそうな「雪狼」「闇狼」がリストから漏れていた。

「エリクセンが最初に言ってたリストに入ってなかったからね。伝説級が本当にいるとは思ってないでしょ。」

「貴重な幻獣でしょ。買いにくいなら装備品・・・とかになるんじゃないよね?」

ビアンカが心配そうに聞いてきた。

「リストにない以上まったくその可能性もないって言えないだろう。急がないとダメかもしれんな。」


ティナはふと考えた。幻獣たちを救ったとしてその後はどうなるのだろうか、と。

もちろんヴィドックに引き渡せば間違いなくあの子たちは王宮に連れていかれるだろう。

国にとってはこれ以上ない瑞兆なのだから今みたいに檻に閉じ込められるようなことにはならないはずだ。


(でも・・・)


できればあの子たちには王城とかで飼い馴らされるよりも自由でいてほしい、と思ってしまう。

だからと言って自分たちがアルペンハイム渓谷まで連れていくのにもちょっと無理があるのだけれど。


ふと視線を感じたティナが目をやるとロッソがじっとティナを見つめている。


(いけない、いけない。まずはこの仕事をやり遂げなくちゃいけないんだよね。)

4人で顔を見合わせて、あの子たちのことをとりあえず思考から追い出した。


「ニベアからの応援は早くて4日後の夜。拘束の魔術具は先に来たんだけど。」

ビアンカが収納魔術で小さく梱包された拘束具一式を指し示す。

「俺らにやらせる気満々じゃないかよ。」

ロッソが大きくため息をつきながら愚痴を言う。

「俺は戦闘要員に入れないでよ。」

「恐ろしいこと言うな。お前の見当違いな飛び道具が飛んで来た日には命がいくつあっても足りん。」

リナルドは調査や交渉は得意だけれど荒事はまったくダメなのだ。


「チビたちには私から今夜言っておく。当日にはそれらしく怯えてくれってね。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「君が希少な言葉を操る通訳さんか。ここにはいつもお世話になっていてね。よろしく頼むよ。」

ティナが打ち合わせから戻ると次の取引の重要な顧客が来たから、と顔つなぎにとお茶を持って応接室に入るように言われた。

入室すると貴族らしい煌めく太陽のような黄金色の髪の男が蕩けるような、としか形容できない甘い笑みを浮かべて振り返る。


(う・・・うさんくさい。)

お茶を出すティナの手をそっと撫でながら素早く念話と盗聴防止の術式を刻んだ指輪を渡してきた。

向かいに座った会頭はそんな彼をいかにもさげすんだような眼で見ているが、そういう感性があるなら注意してほしいものである。


ティナがそっと指輪をはめたのを確認すると聞きなれた『声』が耳に飛び込んできた。

『ヴィドックの人間は精神魔法許可が出ていてね。僕は今、隣国の宰相の甥なんだよ。なりきれてる?』

『挨拶もなしにいきなり・・・。それはそれは上客ですね。あいにく上つ方に知り合いがいないもんでわかりかねます。』

『君と僕とで今更でしょ。どうやらここは末端だから大した魔法防御もなくて良かったよ。まったくうかつにもほどがあるよね。ありがたいけど。』

『ここは本当に末端の末端、とかげの尻尾のその先っぽも先っぽってところみたいですよ。自分たちが何を扱っているか正確にはわかっていないみたいです。』

ヴィドック機関の男、ジーノは相変わらず感情を悟らせない淡い笑みを浮かべて、会頭と和やかに『表向き』輸入してほしい香料の話なんかしてる。

よくもまぁ、思考と口とで同時に違う要件を遂行できるものだと呆れる。

(まぁ『香料』の件は実行するわけでもなし、どうでもいいやって話してるんでしょうけどねぇ。)


ジーノはギルベルタ王国の特殊捜査機関、通称ヴィドック機関に所属している。

彼が来たという事はこの依頼の主導権は完全に冒険者ギルドからヴィドックへと移行したことに他ならない。

ティナたちの依頼主はエリクセンからジーノに変わった。

もちろん、彼は隣国の宰相の甥でもないし金髪なんかでもない。相変わらず見事な変装だ。付き合いはそこそこ長いティナでも彼の素顔を忘れてしまいそうだ。



『僕らとしては幻獣とかもどうでもよくて、あの内務尚書の弱みを握らせてもらえたことの方が収穫は大きいんだよね。あ、幻獣が国外に出るのを憂えているのも本音だよ。

まぁでも幻獣に関してはそこまで手出しする気もないし、上に報告する気もないからね。』

『それはそれはご丁寧にありがとう。リスト外の幻獣の後始末については別料金で頂きますからね。』

『それは了解したよ。気に入ったのがあればペットにでもすればいい。』


そこまで言うと彼が飲み終わったお茶のカップを受け取りながら指輪を返すように促した。


あの子たちの後についてはどうやら森に返しても構わないことになりそうだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ジーノと接触した日の夜、ティナは2日ぶりにチビ竜たちの監禁場所に侵入した。


「わーい、いつもありがとう!マルティナが来てくれて本当によかった!」

「私たちがご飯食べなくなったから、あの嫌な男も現れなくなって嬉しいよね。」

「ロッソ、見た目によらず優しいよね。」

「檻蹴らないし。ご飯もすごく丁寧にくれるんだよ。」

ティナやロッソと話をするようになって二頭の言葉遣いは街のゴロツキレベルから随分と変化した。



「昨日はリナルドが来てくれたんだよ。」

「声がしたと思ったら天井から逆さまに現れるんだもん。驚いたわ。」

「母様が言ってた人間とはだいぶ違うんだけど、面白いよね。」

リナルドはどうやら小さな子に接するような感じでサービスしているかもしれないけれど探索で培ったスキルの無駄使いな気がする。

「音が出ない歩き方教えてもらう約束なんだよ。」

白いチビちゃんが楽しそうに教えてくれたけど、竜が足音を忍ぶスキルを身に着けてどうしようというのか。

森で出会った人が気の毒じゃないのか?と言いたいことはあったけれど楽しそうだから聞かないことにしよう。



「ねぇねぇ。今日は何持ってきてくれたの?」

魚はロッソから貰っているからティナが持ち込んだのは新鮮な果物だ。赤い皮のアウェインの実をバッグから取り出すと2頭は鼻をくんくんと鳴らした。

「いい匂い~。甘~い。これ初めて食べるよ。」

「アウェインの実は初めてなの。」

「ビアンカの持ってきてくれる焼き菓子ってのも美味しいけど木の実もやっぱり安心するねぇ。」

「ほっとする味って感じよね。でもキャラメルっての私大好きだわ。」


(ビアンカ、野生に戻す幻獣に人間のお菓子とか大丈夫なのか?嬉しそうなのでひとまずよし、としようか。)


「こんなの森にはなかったよ。木の実はもっと小さくて酸っぱいの、ね。姉様も食べて。美味しいよ。」

促されてゆっくり黒い子が食べるのももう馴染んだ光景だ。

白いチビすけがアウェインの黄色い果汁で顔をベトベトにするのに対して黒い方は上品に一口は小さく食べている。ただしスピードはとても速いけど。

アウェインを食べ終わった二頭に葡萄の粒を手に載せて差し出す。くんくんと匂いを嗅いで先に食べるのはいつも白ちゃんだ。



「あとどれくらいで僕らここから出ていいの?もう狭いとこ飽きちゃったんだけど。」

「そうよ。そろそろ出してくれないと。ロッソはもう少しって埒があかないわ。」

「あ、それね。今から3日後の夜に決まったから。君たち怪しまれないようにしてね。」

「やっと出れるぅ。そろそろお日様を浴びたかったんだぁ。」

白ちゃんがフサフサした尻尾をぶんぶんと振り回した。


「食いしん坊を直さないと、また別の密猟師に捕まるんじゃないの?」

ティナがからかうと、黒い子のほうがツンとそっぽを向いた。

「私たちの魔力で罠なんてすぐ破れると考えたのよ。まさかすぐに翼に魔封じされるなんて思わなかったわ。」

黒ちゃんが悔しそうに歯噛みした。

背中に生えた翼に鎖のように絡みついた呪符は彼らの鋭い牙でもさすがにどうしようもなかったらしい。

術式は単純なものだったし、呪い返しのようなものもないのでロッソの槍とかビアンカの暗器でも切断することはできそうなのは確認済だ。

「潜入したら真っ先に取ってあげるからもうしばらく辛抱してね。」


そう言うと2頭は葡萄の実を口いっぱいに頬張って返事ができないのでいっせいに尻尾を振ってこたえてくれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「へぇ。これが野生の幻獣なんだ。初めて見たよ。」

いきなり背後からかけられたのんきな声に慌てて杖を構えながら振り返る。



「あ、待って。僕僕。」

のんきに笑う男は昼間の輝くような金髪をすっぽりとかぶったローブのフードで隠している。

「ジーノ。来たの。てか相変わらず気配を消すのがうますぎるんだけど。」

「一応役目だから確認しときたいと思ってね。ねぇ、これ雪狼とかじゃないよね?」

言いながら檻の中の2頭ににっこりと笑うと小さく手を振る。

この子たちはふさふさとした見た目からいわゆる竜っぽさはないのだけれど、よくよく見れば顎の下や脚に竜らしい鱗もある。

生態がわかっていないだけでひょっとしたらこのあと成長過程でなにがしかの変化が生じるのかもしれない。

ティナは報告書に彼らを『おそらく雪狼と闇狼の変種と思われる』と報告していた。

幻獣の中でも「雪狼」は飼育場の温度調節やエサの管理が難しいとされる希少種だ。北方の国では飼われるがギルベルタ王国では飼育が難しいとされている。


「雪狼だけど変種なんじゃないかしら?肉食の幻獣は王宮で飼えるの?」

「さぁ。でも今は経費節減の時代だからね。財務方はあまり喜ばないんじゃないかな?」

「雪狼じゃこの国では飼育が難しいな。ギルドへの依頼ってことでアルペンハイムへ送り届けるのが一番じゃないかな。」

ニコニコとそう言いながらジーノは青い目でティナの顔をじっと見つめてくる。

どうやらなにがしかの手段で計画なんかも知っているようだ。本当に食えない男だ。




「その人のオーラはとっても珍しいのね。」

「ちょっと・・・言葉。」

ティナのツッコミも空しく彼らはニコニコと笑いをやめない。

「うん、緑と青とちょっとだけ赤もあって、でも混じってないの。グチャグチャしてるね。」

「ちょっと!言葉が悪いわ。混じってないから綺麗なのよ。」

2頭の言い合いをジーノは不思議そうに見つめる。

「オーラとかって見えるの?」

「ええ。私たちには人間がそれをまとって見えるわね。マルティナはキラキラした緑色よ。風の御加護ね、きっと。」

黒い方が得意そうに答える。

「ここに来る他の奴はすっごい色だよぉ。赤いんだけど黒いの。で、ドロドロ。」

「ご飯をくれるあのオジちゃんはね。銀色だね。すごく静かな光だよ。」

「おじちゃんてあのロッソのこと?」

ジーノはそう聞くと堪えかねたように肩をゆすりながら笑い始めた。


「でも二人は何となく似てるよね。」

「うん、どっちもキラキラした銀色の綺麗な髪なのに染めてるんだねぇ。」

「本当の色のほうが綺麗なのにね。」

2頭がそんなことを言うのを聞くとティナもジーノも動きがふと止まった。

ティナと彼の共通点、銀色の髪はこの国ではなかなか生きていきにくい色だから染めているのだ。

こういうことをさらっと言うから「竜」という生き物は油断ができない。


「子供の頃のおとぎ話なんて大人になれば忘れてしまうか、非現実だと決めてしまうんだけどそうとばかりも言えないんだね。」

ジーノは意味深な笑顔で私に笑いかけているが、正直それどころではない。

ティナががっくりと肩を落とすのを横目にジーノはニコニコと竜の子たちを眺めていたがすっと立ち上がった。


「今日は会えて楽しかったよ。もうすぐ彼女たちが救出してくれるからそれまでおとなしく待ってるんだよ。」


ジーノはローブの中からシェルリの実を出して2頭にそれぞれ与えると現れた時と同じようにいつの間にか消えた。


いよいよ幻獣救出作戦開始。

明日2話投稿したらこの話は終わります。

続きも考えてるけれど読みたいって方はいるんでしょうか?

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