ダンジョンは清潔第一(後)
ダンジョンの維持管理で地味に問題になるのは衛生問題である。
かつて病気の発生についてあまり知られていなかった時代は、この不衛生さに起因する疫病を『ダンジョン病』と呼んで恐れていた時代もあった。
ダンジョンに入った冒険者が持ち出した病原菌が人々を襲いたくさんの人が死んだり、ダンジョンに入ろうとしたり出てきたりした冒険者を人々が襲ったりと悲劇的な話はいくつか語り継がれてもいる。
ダンジョンメンテナンスにおける掃除はフロアのゴミ集めだけではない。
むしろそれ以上に重要な清掃すべき場所がある。それがトイレだ。
閉鎖された空間で誰もが好き勝手に用を足すとそれは普通に悪臭を放つし、魔物に劣らず恐ろしい疫病の発生源にもなる。なので多くのダンジョンではエリアを決めてトイレとして使用されている。
だが隠れた所で用足し中に魔物に襲われたとか安全に考慮するためとはいえ当然人から丸見えは問題外だ。
排泄は生きていく上で避けて通れない死活問題なのだ。探索はしたいがトイレ問題がネックでダンジョン攻略を避ける冒険者も少なくない。
(森での活動は人目さえ避ければ・・・ってのもいるからね。)
冒険者ギルド職員のダンジョンメンテナンスの中でトイレ掃除はかつて一番忌み嫌われた業務の一二を争うと言って良かった。
今でもギルド職員をさげすむ悪口のひとつに『ダンジョンの肥溜め潜り』という言葉が残っているくらいなのだから。
この深刻なる『トイレ問題』が劇的に進化を遂げたのは今から50年ほど前のことである。
とある錬金術師が、スライムの品種改良に成功し、世界は劇的に変わったのだ。
実験中に偶然スライムの失敗作を室内のオマル(当時は主流だが考えたくない。)に投げ捨てた。いら立ちの余りに起こしたささいな行動に過ぎなかったのだろう。
だが翌日、彼はいつもと部屋の様子が変わっていることに気が付く。
まず部屋に立ち込めていた臭いが薄まっていたという。そして窓から投げ捨てようとした汚物(当時はこれが通常のことだった、念のため)は空で無臭の物体となぜか乳白色に変化したスライムがそこにいた。
そのスライムをそのまま捨ててしまえば、今も世界は不衛生を我慢していたかもしれない。
だが彼はその違和感を逃さなかった。実験を繰り返しそのスライムの効能に確信を抱いた彼はそれまで研究していたことをすべて投げうってこの実験に全力を注ぎこんだ。
自分や周辺のものだけでは足りずに、実験のため街の汚物を集める彼の姿は当時の近所の人々には狂人扱いされたという。
だがやがて彼はこの実験に成功しこの特殊分解スライムは完成した。
これを組合に売り、王侯から富裕層へと広まり世界の汚染問題は著しく改善された。。
その後も彼は色々な物質を分解することが出来るスライムを開発し、錬金術の発展に多大なる功績を残したという。
後に彼は様々な功績により巨万の富を得、錬金術師教会での重鎮の地位も得たが『トイレの錬金術師』という呼称は終生嫌っていたという。
余談だがその時本当に彼が作ろうとしていたのは拷問用の服だけ溶かすスライムだったというのはあくまで都市伝説だ。
パルマのダンジョンはドワーフの廃鉱山跡だからトイレもその時の設備を人間用に改良しこの『汚物分解スライム』を使用している。
建築には定評のあるドワーフの作り出したものだからもともと清潔さでは通常のダンジョンとも一線を隔している。
手洗い水も引き込まれているし、悪臭がする、なんてことは絶対に起こりえないのだ。
最近では女性冒険者の利用が増えてジュリアの発案で着替えスペースを設けたらさらに好評だ。
冒険者は装備があって用を足すのに脱いだり着たりの手間もあり最後に装備の確認をするにもよいらしい。
冒険者、仕事中とはいえ身だしなみには気を使いたいのだろう。
ギルド出張所にある感想投票箱に絶賛されていて、他のダンジョンでもおいおい導入されつつあるという。
で、ダンジョンのトイレ掃除である。
「さて、と。やりますかね。」
いつも身に着けている淡いグリーンのローブの上から魔獣の革製のエプロンをかけ、念のための防臭防毒マスクをはめ、束ねた髪を三角巾でまとめたティナが気合を入れた。ちなみに手には杖の代わりに昆虫網のような器具を持っていてこれは『分解スライム』を他の場所へ移動するためのものだ。
ちなみに男子トイレの方で同じ作業をするロッソは金属製の胸甲を外して同じような装備一式を身に着けている。槍の代わりに網を持っているのは彼も同じだ。
「・・・・ロッソ、お掃除ルックが似合わない。」
ティナが笑うとロッソも困ったように肩を竦める。
「似合うって言われたらそっちのが傷つくよ。」
魔獣革製のエプロンを付ける主な理由はスライム対策だ。もちろん同じ素材の手袋も装備済だ。
「私たちは何をしていればいいのかしら?」
「そうだね。荷物の見張りと接近してきた魔物がいたら教えて。小さいのなら頼んでもいい?」
「わかった。ぼくたちに任せてお掃除頑張ってね!!」
ノーチェの問いにティナが頼むとペルラが張り切って返事をした。
現在ではダンジョンメンテナンスにおけるトイレ掃除はスライムを汚物漕に入れ、定期的に分解物を取り除く、という単純作業を行うだけだ。
スライムの分解力は強いので1日トイレの使用をしなければ汚物漕はその名で呼ぶのが気の毒なほどに清潔になる。
死んだ生物であれば基本なんでも分解してしまうので、なかには獲物の不要部分なんかをトイレに捨てる不心得者も出たりする。
ただ利用者があまりに少ないとスライムが共食いを始めることもあるので管理に注意が必要だ。
なので一応ダンジョン内のトイレ清掃には戦闘と魔法の心得がある者があたる必要がある。
スライムを集めて中に溜まった副産物を取り除きスライムを戻せば掃除は完了だ。
ちなみにこの副産物、畑にまくと肥料として使用できる。無臭で保存が楽だと近隣農村に人気だ。
それでもダンジョンメンテナンス作業においてトイレ掃除はまだまだ大事だけど避けたい作業の不動の第一位のままではある。
イメージというものはなかなかに崩れにくいものなのかもしれない。
ここ、パルマのダンジョンでは水が引き込まれているので汚れ作業な要素はほぼない。
トイレ以外の床や壁の汚れなどはティナがいるから水と風を組み合わせた洗浄魔法で手軽に掃除は完了だ。
あとは他の汚れが付かないようにトイレ全体にあらかじめ用意されている魔法薬を散布しておけば掃除の感覚は多少開いても大丈夫だ。
女子トイレのスライムの確認を終えたティナは小さな声で呪文を唱えると弱い風が流れ女子トイレの掃除は無事に完了だ。男子トイレとの境に近づくと同じように呪文を唱えて風を男子トイレの方に吹き込ませてこちらも掃除は完了だ。
パルマのダンジョンは現在8階層、各階層に3箇所ほどトイレがあってここは4階だからあと15回はこの作業が必要な計算だ。先はまだまだ長い。
「ペルラ、ノーチェもここでしっかり済ませてよ。」
「わかった!!」
街に住むようになって二頭にはトイレのしつけはきちんとしておいた。
今では自分で後始末まで綺麗にできるようになったおりこうさんな二頭なのだ。
せっかく綺麗にしたのに、とも思うけど、汚物漕に戻したスライムがまた活動してるかの確認も兼ねている。どうやら問題ないらしい。
活動状況が悪いならスライム交換も必要になる場合もある。流れる水で手を洗い持ち歩いている石鹸でしっかり汚れを落とす。
「さて。仕事に戻るか。」
ダンジョンメンテンテナンスのお仕事はまだ続く。
ダンジョンメンテナンス、ダンジョンに入っての最初のお仕事は『お掃除』でした。
ダンジョンに入って冒険とかは読んだりゲームしたりとかはあるんですけどフィクションの世界に無粋な話でなんだけどゴミとかどうしてるのかなぁ?と。
現実で何日も入り込んでいたらきっと悪臭とかでとんでもないのではないかな?と書いてみましたw




