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潜入捜査開始

「こんな依頼じゃなかったら一度来てみたい街だったんだけどなぁ。」

ルテテアはギルベルタ王国一番の貿易港で珍しい物産が比較的容易に手に入ることで有名だ。

手に入るという事はすなわち海外へ捌くにも便利なわけで密貿易とかの調査の際はだいたいこの街に調査隊が入ることになる。

ロッソとティナ、ビアンカはそれぞれで乗合馬車に乗ったり、単独で歩いたりしてルテテアに入り、リナルドのみがエリクセンと行動を共にすることになっている。

ターゲットのハメス商会に潜入するのはティナとロッソ。ビアンカはエリクセン家を調べたり、街中で自由に動くために別行動だ。




潜入先のハメス商会では『ちょうど』通訳を募集していたのでティナはさっそく応募して無事に採用された。

同時期に応募していた他の数名が迷子に遭遇したり、急な道路工事でう回路を取らざるを得なくなったり、さらに好条件求人を隣町で見つけたりで私一人の応募だったそうだ。

偶然とは重なるものである。多少作為の臭いはするけれど気にはするまい。


「本当に助かった。大事な通訳なのに急に病に倒れたりとかいうことがあってな。しかしスワンソン語までできるとはここでは珍しい人材だな。」

ハメス商会番頭格の初老の男が感心したようにティナに言う。

スワンソン語は山間部でよく使われる言語でギルベルタとは離れているし、間にフルチェという小国があるので使える人間が少ない。スワンソン山脈の山は深いのでよく魔物が出る。人が早々近づかない場所なので「そういう生物」が好んで暮らす場所なのだ。

ロッソと組むようになってからティナは色々な言葉を叩きこまれて苦労したけど今回やっと日の目を見ることになりそうだった。


貿易商会は貴重な品を扱うことも多いためそこかしこに魔力探知の仕掛けがしてあることがあるので今回ティナは魔法ではなくメイクで髪や目に変装を施している。

髪の毛はこの国で一番多い栗色で瞳は空のような薄い水色だ。ジュリアという潜入用の偽名を名乗っている。



商会の番頭格に商会内をざっと案内してもらっていると厨房のほうからどっと男の笑い声が聞こえてきた。

「まったく・・・いくら必要な人員とはいえお客様の目も耳もある時間になんということだ。」

ティナが首を傾げると番頭は露骨に顔をしかめた。

「あぁ、あれは積み荷を運んだりするときに雇う護衛士だ。いつもは倉庫にいるんだが今日は給料日でな、こちらに来ている。泣きたくなきゃ近づくな。」

そう言いながら厨房に背を向けようとしたその時に背後の暖簾をばさりと払いのけて男がのっそりと姿を現した。


「よぉぉ。そこのエラそうなオッサン、酒が足りねぇんだ。中のババアどもは旦那の酒だって樽をよこしやがらねえんでさぁ、どうにかしてくれよ。」

灰色の髪にどす黒いような赤ら顔、左ほおの古い切り傷で唇が歪んだ男がよろりと出てきて行く手を妨げた。

「昼間から酒臭いな。そんな有様では貴様を雇うことも考えるように旦那様に進言せねばなるまい。護衛士の替えなどいくらでもいる。」

少し怯えたような様子は見せたけど、番頭はそれでも威厳を見せようと背を伸ばして男に言う。

「けちくせえこと言うなよ。俺の替えなんてそうそういるとは思えねぇけどな。ほらよ。」

大男はよろめきながらも確かな足取りで番頭の背後に回るとバシリとそのちょっと薄い頭頂部をはたいた。

痛みに顔をしかめる彼を見てケケケと品なく笑う男の視線が私に移る。


「なんでぇ。新しい料理女か?よぉ。俺はケイン、仲良くしようなぁ。」

あっという間に腰に手を回して抱き竦められた。ティナもそう低くはないのだけれど男の方が高くて足先が宙に浮く。

「やっぱり素人ってのはいい匂いだなぁ。商売女の安い化粧の臭いと違うな。」

覆いかぶさるように抱きすくめるとケインと名乗った男はティナの首筋に鼻先をうずめ何度も辿る。

「痛ってぇな。なんだ?」

バチンという音とともにすぐに手が離れてティナは床に着地した。


首筋に走った衝撃を手で押さえながら男が口汚く罵る。

「ごごご護身用の魔術府です。わわわ私に触らないでっ!!」

声を震わせながら魔法用の短杖を構えて男を威嚇する。

「ち!!けちくせえこと言い嫌がって。誰がお前なんぞにかまうか。のぼせんな。」

それだけ言うと男はそれでも痛かったのか首筋をさすりながら厨房に戻っていった。


「大丈夫か?ジュリア。すまんな。怖い目に合わせた。何かしたのか?」

「いいえ。念のためって持ち歩いていたんです。驚きましたけど。あ、軽い雷魔術です。静電気くらいしか感じないんですけどね。」

面接のときに微量だけど魔力がある、という(設定だけど)ことは話していたので番頭は納得したように何度か頷いた。

「当代も早く先代の時のように手堅い商売に戻っていただきたいものだ。」


厨房の中では料理女たちが無礼な男たちに負けないように声を張り上げて対抗している会話がもれ聞こえてきた。

次のが出てこないうちにをそそくさと案内場所を変えようと番頭はティナを促して厨房を離れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



番頭の後について歩きながらティナは腰ベルトに付けられた手紙をそっとローブの内ポケットにしまう。

さっきの酔っ払いは先に護衛士として潜入したロッソだ。

もちろんロッソの顔も特殊なメイクが施されている。彼には自分でメイクを直すスキルは持ち合わせていないので強力なノリで傷なんかはくっつけてある。

馴染ませるのに使った数日は痒みが出て辛かったそうだし、今は痒みを我慢しているのか表情にすごみが増している気がする。


『す、すまん。悪いがこんなやり方しか浮かばなくてな。後で好きなだけひっぱたいても引っ掻いてもいいぞ。』

耳元で囁いてきた時に笑いをこらえるのにティナはちょっと苦労した。

(いくら他に接近しようがなかったからって、ロッソも随分と思い切ったなぁ。次会った時にどんな顔して来るんだろう?)

見かけに寄らず生真面目な性格のロッソがあんなゴロツキをやってのけた内心の羞恥心を思うと悪い笑いがこみ上げて止まらない。

思い出し笑いを悟られないように下を向きながら着いていくティナを番頭はショックを受けたと思ったのだろうか気遣ってくれてなんだかちょっと申し訳なかった。


今日はこのあと3話目まで投稿します。

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