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事務職員の裏の顔

7回ぐらいで終わる予定です。

「マルティナ、ビアンカ。今受けてる手続きが終わったら俺の部屋に来てくれ。」

カウンターに置いてある通信魔術具が光りながらそう告げると、ティナは1つ向こうの席で冒険者とやり取りしている仲間のビアンカの方を見て肩をすくめた。


「ニコラ、ラウラ。私とビアンカはこれで別業務に入るから後はよろしく。」

「了解~。早く片付くといいね。」

昼下がりの冒険者ギルドの受付は朝のような冒険者たちの受注ラッシュは終わって少しゆったりとした雰囲気だった。

今、ギルドにいるのは昼前の乗合馬車でニベアにたどり着いた他所の街を拠点にする冒険者とかで様子見の雰囲気の方が大きいのが原因だろう。


「マルコさんの声、機嫌悪かったよね。めんどくさいお客さんかなぁ。」

ティナの歩きながらの問いかけにビアンカは軽く肩をすくめながら黒褐色の髪を軽く振ってシニヨンにしていた髪を解いた。

ティナも薄く淹れた紅茶のような琥珀色の髪を同じように解いてうなじのところで結びなおす。

「面倒じゃないお客さんで呼ばれた記憶があんまりないからねぇ。願わくば金持ちならいいんだけどなぁ。」

涼やかな目元でクールな印象のビアンカがそう言いながらぺろりと舌を出す。

「あんまり期待しないでおこうよ。その代わり特別料金取ってくれるって。」

そんな会話をしながら二人は執務室へと移動した。


まぁ、そんな願望は裏切られるのが人の世の常というものなのであるのだけれど。



冒険者ギルドは国と国をまたがるような大きな組織だ。

世界には魔物という存在がいてそれが人々の生活にある時は豊かな実りを、そして多くの災厄をもたらしている。それらを国の力だけに頼ることなく排除したり利用したりする存在として冒険者は生まれた。


冒険者は順調にいけば実入りのよい仕事ではあるけれど体が資本であり絵がをしたり老いてしまえば何の保障もない。

その状況を改善しようと生まれたのが冒険者ギルドで長い時間を経てやがてそれは世界的に広がった。

冒険者は社会のシステムの一部として欠くべからざる存在になったのだが、力のある冒険者がそれを悪用することで皮肉なことに治安の悪化が生まれたりもした。

国や貴族の統治者は時に必要に迫られて、時には庶民の不満のガス抜きとしてギルドを討伐したりするようになり、そのせめぎあいの過程でギルドの自浄的組織として潜入捜査員が誕生したのだと聞いている。


ティナことマルティナはこのニベアの街の冒険者ギルドの職員だ。

普段はカウンターで事務をしたり、魔法使いという技能を生かした仕事なんかのギルドの裏方をしている。

ギルドの女職員とかニコニコしていればいい、とか言ってくる人もいるけれど相手は腕一本で世を渡る曲者ばかり、そんなに甘いことはないわけでギルドの職員として働くには腕っぷし以外にも特殊技能が必要となる。

ティナの魔法は通常冒険者の攻撃魔法よりも精神などに強く隠蔽や認識阻害など視覚なんかに作用するものや、消費が激しいし禁忌スレスレであまりやらない催眠などがある。


ニベアの街の冒険者ギルドはギルベルタ王国の冒険者ギルドでも比較的大きくて周辺のギルドの統括的な立場をとっている。

そのギルドの長であるギルドマスターの部屋からは一般の冒険者には知られていない応接室がひとつある。

ギルマスの執務室からしか出入りできないその部屋は、隠ぺいの呪符が施され何の対処もしていなければその扉を見つける事すらできない。

そしてこの部屋を利用するような依頼を持ち込むのはだいたい公にはできないようなものと相場が決まっているという。そしてギルド職員の中には表向きにはできない依頼をこなす者がいる。

持ち込まれる依頼は後ろ暗いものばかりではなくて時にはギルド同士や冒険者の監視、国家機関からの依頼だったりもする。



そんな依頼を受ける彼女たちはギルドでも正体を知るものはほとんどいない「特務班」と呼ばれているのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「で、この者たちがお前らの用意した今回の依頼に最適なパーティーということか?」

応接ソファに腰を下ろした若い男は神経質そうに目を細めるとティナたち4人を頭から足先まで、あからさまに値踏みをするように見回した。

まぁお貴族様の依頼ではよくあることだ。


「えぇ。エリクセン卿の依頼された極秘潜入業務には我々が知る限り彼らがもっとも優秀ですので。」

ギルドマスターのマルコが知っている者にはわかる凄みを滲ませた笑みで告げるが、若い貴族は気が付いていないのか、豪胆なのか意に介した様子はなかった。

(まぁたぶん気が付いてない方だね。それか平民の感情は意に介さないタイプ。)


「そうか。それほどまでに言うのならば使ってやろうではないか。」

(尊大の上にさらに傲慢か。)

エリクセンは今回の依頼について語り始めた。


今回の依頼はエリクセンが依頼した幻獣を捕獲したのに引き渡さない業者から幻獣を奪ってくる、というものだ。

彼によるとこの貿易業者が世界的に保護された幻獣の違法捕獲と密貿易をしている、貴重な幻獣を保護し、しかるべき生息地域に戻したいという。



幻獣は魔力を持ついわゆる伝説の生き物だ。魔物も似てはいるが彼らと幻獣の区別は人を積極的に襲うか否かと、契約による意志の疎通ができるかにある、らしい。

古来人に飼い慣らされた種も存在し、今も家庭で飼う者も少なからず存在する。身近な存在である一方で魔力を持つことから魔法用途からはたまた薬用食用と迷信的に狩られて野生個体数は減少している。

魔力をもつだけあってただの生物とは違い、自然に生息しているかれらを必要以上に生息地域から引き離したりすると、魔力的バランスが崩れるのか災害などが起こりやすくなる。

かつては迷信的に言われていたことであったけれど、近年実証した学者がいてそれ以来各国ともにすでに飼い馴らされたものやその子孫以外の幻獣をなるべく生息地域から出さない方へと移行している。


だから彼が依頼するような密猟による乱獲が発覚すればおそらく問答無用で処罰されることになる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「でもさ、違法なら国に頼めば良くない?」

依頼主のエリクセンが「可及的速やかに」動くことを要求して帰り、職員だけになった応接室でビアンカが淹れてくれたお茶を一口飲むと、ティナはそうギルマスのマルコに尋ねた。

「手続きにかかる間に貴重な幻獣が国外に流れてしまうから時間が惜しいってこった。」

ティナの問いにマルコは顎を撫でながら答えてくれた。マルコは第一線は引退したとはいえ、まだまだ腕は衰えていない。ごつい体だが猫舌なのでカップはまだテーブルに置いたままだ。

「まぁ筋は通る、かな。」

「ちなみに業者が『違法で』捕まえた幻獣は自分が保護するんだそうだ。」

「怪しみが増えたな。」

「その後転売したりしてな。」


ちなみに依頼主の実家、エリクセン家は辺境伯という地位にありこのギルベルタ王国では屈指の大領主である。聞く限りではいくらでもコネで人を動かせそうなのになぜひっそりと冒険者ギルドに依頼するのか?


リナルドがため息をつきながら、自分の麦わら色の髪をくしゃりとかき回し、ロッソは腕組みをしながら苦笑した。

リナルドは普段はギルドの文書管理室で『書庫の番人』と呼ばれている。

彼は代々ダンジョンのある森で探索をしたり冒険者の案内をしたりする家に生まれた。

その稼業で培った能力を今潜入捜査の方に有効に生かしているが、穏やかな話し方をする彼は依頼主との現場での交渉なども担うのだ。

今回の相手は初見ですでに『面倒くささ』は確定している。直接相手をする彼からすればため息の一つもつきたくなって当然だと思う。



「むしろ転売が目的だったりするんじゃないの?」

ビアンカが茶化すようにそう言って手にしたカップのお茶を口にする。普段はとても無邪気に笑うビアンカだけど潜入の時は特殊メイク?というくらいの変装で仕事をこなすし、カウンターではその抜群の記憶力で依頼を踏み倒したりした経歴持ちの捕縛や過去案件との関連付けなどにも威力を発揮している。

「うん。やっぱり紅茶にミルクとマーチェルの蜂蜜って美味しいよね。この報酬が入ったら買っちゃおうかな。」

「入ったつもり、でルッコラからの輸入砂糖買ったじゃないか。どの道買うんだろ。」

ギルドの特別室だと貴重なマーチェル種の蜂蜜だって輸入物の砂糖だって使い放題なのでトプトプと蜂蜜をつぎ足すビアンカにリナルドが笑い、ビアンカは舌を出して肩をすくめた。



「とりあえず俺たちはエリクセンの護衛としてルテテアの街に入って『折を見て』幻獣を奪還すればいい、そういうことだろ?」


特務班の実質的なリーダーであり槍戦闘を得意とするロッソが腕くみしながら話題を締めくくった。

ロッソはティナたちのようにカウンターで受け付け業務をしたりなどはしない。

ギルドで暴れたりする不届き者を取り押さえたり、冒険者たちに格闘の稽古をつけたりするのが主な仕事だ。

褐色の髪は短く刈られているけれど顎にはいつも無精ひげがうっすらと生えていて、目つきもなかなかに鋭いので彼のいるギルドで暴れる度胸のあるものは早々いないのだけれども。

彼はロッソ(赤)と呼ばれているけれど本名ではない。彼とはもう数年パーティーを組んでいるけれど、自分のことはティナたちにもあまり話さない。

マルコの古い知り合いらしい彼は筋肉の鎧みたいな体と見上げるほどの身長でいかにも何も考えてなさそうに見えるが、実際はギルベルタ標準語の他に周囲の数か国語も理解して操るし、潜入捜査の際に貴族の応対も違和感なくできるくらいに知識も品もある振る舞いもできる頭の良い人だ。

今日も他の3人が好き放題に言っている横で黒い瞳は何を考えているのか、じっとマルコを見つめている。



「まぁ、上のほうの判断もあってとりあえず受けた依頼だ。ややこしいことなりすぎないように幻獣の有無だけでも確認しといてくれや。」

場合によっては契約破棄もあるかもな、マルコさんがそう言って基本情報の封印された魔石をロッソに投げてよこす。ロッソがこれを受け取れば依頼が発動したことになる。



こうしてティナたちはエリクセンの一行とともに冒険者ギルド拠点のあるニベアから貿易業者の拠点とするルテテアの街へと移動した。


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