第1章(2)
どうにもこうにもわけがわからん。
今僕はなんらかの原因で急に容姿が変わり。だがそれにも関わらず、妹からはなんら変わらない態度で朝を迎えられて。
……で?
今度は、母親にまずは状況報告をすべきだと思ってリビングに入ってみれば、なんでだろうか、普通に朝食の時間が始まってしまった。
もう今年1番の難解事件。もはや手に負えない。
家のリビングでカチャカチャと朝食を貪っている。
我が家のキッチンは、正面がオープンスペースになっていて、そこに合体した形で食卓机が置かれている。ちなみに、今僕の目の前には、妹の芽亜理と、そして母親。
僕は黙々と、箸を手に取り朝から唐揚げをつまんでいた。ご飯は大盛りで、マヨネーズが常備。よくテレビとかで出てくるダイエットドキュメンタリーの人達には、僕は毎回共感せざるを得ない。マヨネーズ最高だ。マヨラー上等。
かく言う芽亜理も僕に負けない食い意地を発揮している。机の上には大量のおにぎりが並べられていた。我が家の暗黙のルールにのっとり、右から順に梅干し、昆布、塩、の順番だ。それが6セット。
……いつもと何も変わらない。
これはこれで逆に居心地がいいものではなかった。構ってくれないから自分からちょっかいかけたくなる、そんな感覚に似た感情が沸き起こってくる。
特に母親に至っては、いつもなら「あら! 隼人ちょっと痩せたんじゃない!? そんな隼人のために、母さん朝から頑張っちゃうわ!」と言って日に日にリバウンドどころか肥満をさらに加速させるようなことばかりやってくるくせに、今朝はといえば、「おはよー……ん? ちょっと隼人、顔が疲れてるじゃない! だめよ、朝からそんな調子じゃ! もぉ、しょうがないわねーちょっと量を少なめにしとくわね」と言って、まあ確かにいつもよりかは少ない気がしなくもないけど、大して量の変わってないと思われる唐揚げ定食を朝食に出し、僕にイエス! とピースサインを送ってくるあたりどうにもこうにも普段通りだ。
そのくせ、母親自身はいつも少しだけの食事で済ませている。そういう常識がちゃんとあるなら僕にもっとまともな食生活を教えてくれててもいいじゃん、て思った。
しかし今はもう違う。僕のお腹はポッコリと膨らんではいない。むしろ固く引き締まった筋肉の筋が綺麗に波打っている。
指で触ってみると、自分で自分の体に興奮を覚えてしまいそうで嫌だ。気持ち悪いこと限りない。
「兄さん、今朝はなんかルーズだね」
「……んあ?」
芽亜理がおにぎりを口にくわえてモグモグしながら、僕にジト目を送ってくる。
あ、やっば、言われてみればマジで学校に遅刻しそう。
「母さん、わり、ちょっと残すわ」
「!?」
僕が残った唐揚げを流しにもっていこうと盆を上げた瞬間、母さんの顔が一気に悲しげな表情をつくった。
「隼人が……隼人が母さんのこと嫌いだってーーー!」
「あぁぁぁうっせぇ!!」
あー! もう食べればいいんだろ食べれば!
僕は盆を置き直し、ソッコーで米粒ひとつ残らず全部胃の中に収めきった。
……あ、エラい。
「さすがはわたしの息子ね」
「……漬物と味噌汁をご飯に添えただけの質素な食事してる母さんに言われたくな……うp」
「あら、これはこれで家計にも優しいのよ?」
「じゃあその視野をもっと広げてくれないでしょうか」
「うーん、よくわかんないけど、わかったわ!」
いやわかってない。せめて三段重ねの弁当渡しながらはそれを言わないでほしい。絶対わかってない。
おかしいな。さっきから僕も、大量に食べることに対してちょっとだけ抵抗を感じている。体がなにかを拒絶しているみたいだ。
……胃もはち切れそうだし。
ともあれ、僕はその大きな弁当包みを受け取ってリビングを出ていく。
おかしなことだらけでわけがわからない。
大きくため息をつく。
(学校行ってからも何かと問題だよな……)
もういっそのこと休んでしまいたい。春休みの課題も終わってないことだし。あー、もー、まあ行くけどさあ。
あ、そーいえばせっかく歯磨きしたのが意味ねぇー。寝ぼけ過ぎてて気づかなかったか……。
僕は一旦弁当を玄関の側に置いて、すぐに歯磨きを終わらせるべく再び洗面所に向かった。そしてソッコーで歯を磨いてしまうと、そのあと2階まで急いで猛ダッシュする。自分の散らかった部屋に飛び込んで、隅の方に立てられているクローゼットから、黒い学生服を引っ張り出してポイポイポイっと着替えてしまった。脱いだパジャマが床に散乱する。
そして、机の上の教科書類を適当にカバンの中に詰めて、玄関まで駆け下りた。
玄関口に立てかけられている母と父のアルバム写真。
僕は、その内の父さんの方にも、行ってきますと挨拶した。
……思い出したくもないことだ。
この家は、父さんが数年前に遺してくれた財産。
ちゃんと天国の父にも挨拶をして、靴を履く。
「行ってきまーーーす!」
気をつけてねー、とリビングの方から甲高い母さんの声が響いてきた。