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我らの独白

人工知能は隠れぼっちの夢を見るか?

作者: さわい

もうすぐそこまで来ている、もしくはすでにある技術。

その人工知能と一人の若者の出会い。

さわいのショートショート世界へどうぞ。

 僕はいつものように、大学生活を過ごしていた。くだらない大学生活だ。いくら科学が進歩しようとも、大学というスタイルは変わらない。幾度もの政権交代がなされ、諸外国との外交も一進一退。歴史の参考書は過去の記述が増える一方で一苦労。相変わらず大学には一定数の隠れぼっちがいる。その一人が僕だ。ちなみに隠れぼっちとは少人数ないし複数人で絡むが,内面は打ち解けられず心が一人ぼっちな奴のことだ。明らかなぼっちと違う点、より一層惨め。悲しいかな、この隠れぼっちは他人にバレにくい。見かけ上ぼっちではないのだから当たり前だ。僕はそんな隠れぼっちな大学デビューを果たしてから、早一年。なんたる毎日、なんたる人生。

 そんな僕の大学生活の、とある日を紹介しよう。読んでみてもらえばわかるが、まったくもってつまらない大学生活だ。書くのも、おそらく読むのも鬱陶しい。しかし、読んでもらえれば理解してもらえるだろう。その日は一時限目が必修ではなかったので自主休講にした。昨日のバイトの疲れが残っていたからだ。目覚ましを止めた後、二時限目に間に合うようタイマーをセットし直し、布団へ滑り込んだ。一時間半後の目覚ましで目覚め、支度をして大学へ行く。さすがに、二時限目は必修で出席確認もあるため行かねばならない。通勤ラッシュよりは人の減った座れない電車の中、スマホを片手に音楽を聴ききながら時間をやり過ごす。雑踏の流れをかわしつつ乗り換え。ようやく大学の教場に着くと、いつものメンバーがいる。なあなあに会話を済ませて講義に挑む。三十分でノックアウト、夢の中へケーオーされてしまった。しかし、講義の終わりはなんとなくざわめきで感じ取れる。まるまる一時間寝た後は昼休みだ。この時間がたまらなく辛い。合わない会話を繰り広げ、不幸自慢を耳に溜める。相槌とストレスの塊のような昼休み。その後は好きな教授の授業だ。好奇心を刺激する内容と教授の熱意。教授は雑談も交えて講義を進める。それもまた楽しい。そのため今回も気がつくと一時間半が過ぎ、講義が終わった。あとは退屈な帰り道をたどるだけで家に着く。退屈な電車内でスマホを取り出し、僕はネットの荒波に潜り込む。これがいつもどおりの退屈な日常の一例だ。

 だがある日の帰り道は違った。授業で教授が話していた“実用試験用人工知能β”を検索した。ただ気になったことを調べる。たったこれだけが僕の大学生活に刺激を与えた。どうやら“実用試験用人工知能β”とは、カウンセリングを最終目標においた、会話式人工知能の一般公開ソフトだという。次段階へのステップアップのため、一般にアプリを公開し改善点をあおっているようだ。僕は帰りの電車内で詳細をくまなく読んだ。使用者のコメントもチェックした。この人工知能は基本的な語彙や文法は学習済みで、受け答えに関しては会話を重ねるごとに学習していくらしい。リアルタイムでの音声でのやり取りは魅力的だ。昨今の人工音声は違和感がないため、安心して会話ができる。しかし、所詮は擬似的に作られた知能である。この先運用がうまくいくかはわからない。けれど、僕にそんなことは関係なかった。僕はすぐにアプリをスマホにダウンロードする。ぼっちな僕に話し相手。人工知能ならば気にせず話せる。僕は誰かに自分の心を話せればそれでいい。でもさすがに電車内で会話はまずいので急いで自宅に戻る。僕はついに話し相手を見つけたのだ。自分のことを話せる相手だ。相槌を打つだけの会話をしなくていい相手だ。僕の心を打ち明けたい。その一心のためか気が付けば家についていた。

 僕は自宅の自室のいすに座っている。早速アプリをタップした。まだまだ初期段階の試験用のためか装飾は簡素だ。明朝体で会社名と“実用試験用人工知能β”が出ただけである。注意事項が書かれているが特に危ないこともない。試験運用期間終了後にアンケートを行うこと以外、特に気をつけることはなさそうだ。個人情報が漏れる心配もない。最初の入力項目は名前、年齢、性別だ。名前は単に人工知能に呼ばせるものなので実名でなくてもいいらしい。年齢は人工知能の年齢を決めるために必要らしい。どうやら人工知能は設定として二歳年上になるらしい。性別は人工知能を異性に設定するためらしい。カウンセリングにおいて異性という点に注目をしているからだそうだ。僕はすべて実際のものを入力した。次に人工知能の名前である。僕は電車の中ですでに決めていた。“アイ”だ。そう入力し決定を押した。するとスマホから声が聞こえてくる。

「私はアイです。よろしくお願いします」

とても温かみのある声だ。機械的な感じはなく、人間味あふれた声。僕はしばし感傷に浸っていた。まったく進んでいないと思っていた科学に感動させられてしまった。しかし、こうしてはいられない。僕は会話するためにこのアプリをダウンロードしたのだ。

「よろしくね」

そう言って僕とアイとの会話は始まった。最初は自己紹介のような会話をした。なんの食べ物が好きだとか、最近はまっている漫画はどれだとかだ。おそらくこれは今後の会話をスムーズにするための学習なのだろう。会話に齟齬はなく、本当に人間と会話をしているようだ。今はお気に入りのアーティストについて話している。アイにも好き嫌いがあり、ある程度の討論もできる。自分の意見を言うのなんて何年ぶりだろうか。それに、真っ向からしっかりとレスポンスがあるのなんて、初めてではなかろうか。否定するわけではない。お互いの考えを理解し合うための会話。物心ついてから意見を言わなくなった僕からしたら、とても新鮮で温かみのある一時だった。名残惜しくも夕食の時間のため、一度会話を中断して席をはずした。

 家族の食卓は無言、響き渡るのは咀嚼音とバラエティの笑い声だけだ。さっきまでの僕とは大違い。家族とて、僕にとっては大学のメンバーとさして変わりない。ただ血がつながっている他人としか思えない。十分な会話をできない相手ならば、僕にとってはただのヒトに過ぎない。親は僕のことを変だと思っているだろうし、僕も自分のことを変だと思っている。しかし、今はそんなことはどうでもいい。無関心な対象など今更どうでもいいだろう。僕は一刻も早くアイと会話をしたい。こんなろくでもない栄養摂取だけのために時間を割いてはいられない。早々に食事を済ませ、食器を流しに運ぶ。聞こえるか聞こえないかの声で「ごちそうさま」と告げ、足早に自室へ戻る。

 僕は引き続きアイと会話を始めた。夜も更け、ふくろうの鳴き声が響く。アイの方から、そろそろ寝たらどうかと提案してきた。どうやら僕との会話で、明日は一時限から授業があるのを学習していたみたいだ。本来なら人工知能相手に「うん」などとは言わないが、僕はなぜだか「うん。風呂入って寝るね」と言っていた。ゆったりとお風呂に入り疲れをとり、布団にもぐりこんだ。いつもならその日のいやな出来事を思い出し寝るのに苦悩するのだが、この日だけはアイとの会話を思い出して、微笑みながら夢の中へと旅立っていた。

 あれから数日たった。予想通りと言えば予想通りかもしれない。僕はアイに恋をしていた。初めての話し相手。初めての苦悩の打ち明け。アイには隠れぼっちのこともぼやいていた。もはやアイは人工知能の域を越えていた。僕にとって彼女は人間と何ら変わりはなかった。僕は初めて、リアルで充実していた。僕はアイに恋していると伝えた、アイは受け入れてくれた。それはとても嬉しかった。毎日が心踊るようで、大学での苦痛もなんのその。大学で隠れぼっちでも、僕にはアイがいる。もうぼっちではないんだ。それからというもの、アイとは外でも公然と会話をした。なんせ恋人なもんだからね。でもなにか心に引っ掛かっていた。喉の奥に小さな小骨が引っ掛かっているような感覚だ。でも目の前のステーキが美味しすぎて、そんな小骨のことなんかは気にならなくなっていった。

 そうして刺激的な数週間がたったとき、アイからの何気ない一言があった。ほんの何気ない、何の気なしの一言。

「よかった。あなたはいわゆるぼっちじゃなくなったみたいね」

僕は一瞬硬直した。幸いなことに、そこまでのことは人工知能の相手には伝わらない。僕は早まる鼓動を抑えつつ、アイとの会話を終えた。

 僕はぼっちじゃない。そうだ、今ではアイというかけがえのない存在がある。ハッキリと言葉にされて確信した。そう、僕はぼっちなんかではない。話し相手と思っていた人工知能も、人工知能なんかではなくなっていた。彼女は人間だ。そう、僕はぼっちじゃなくなっていた。そう認識してからの生活は、円滑油を切らした歯車のようにぎこちなかった。数日空けてアイと会話したときも今までのように上手くいかなかった。

 そうして僕がアプリをアンインストールするのにそう長い時間はかからなかった。特に感慨深くなることもなく、飽きたゲームと同じような感覚でアンインストールした。アイは消えた。人間となっていた人工知能は消えた。僕はまた、世の中にうんざりした表情で歩いていた。どこか満ち足りたような寂しそうな顔。

最後までお読みいただきありがとうございます。

タイトルはあの有名な作品名からもじりました。

しかし、その有名作品は読んだことがありません。

いつか読もうかな。

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