第3話 週末の恋人達 その①
本当はこのエピソードを1話で書き切りたかったのですが、思ったより長くなったので、予定変更の2話構成にします。予定が狂って来た~!(泣)
週末土曜日の夜。
僕らの街の駅前。
駐輪場に姉貴の赤のスクーターと、平のTZR250Rを置いて、僕らは街に降りた。
「どうだ?」
平は僕に満面の笑みで訊いて来る。
「ああ、確かに凄いや。ホントに皆攻めてるんだな。マジでマモラ乗りしていた人いたのは笑えたけど」
「だろ。ステップから足離してんもんな。あんだけ倒して良くコケないよ」
そう言うと平はその場でバイクに跨る格好をして、片膝が地面に付くように体を斜めに倒した。
バイクはカーブを曲がる時、ハンドルを曲げるのではなく、バイクを曲がりたい方向に倒して曲がる。その際外側の足は基本ステップの上に載せ、タンクを挟み、踏ん張る様になる。しかしマモラ乗りはこの外足がステップから外れ、浮いている。どうやって倒したバイクを支えるのか?
僕と平は今日、パノラマに峠攻めを観に行き、そのマモラ乗りしている人を間近で観て来た。
興奮しない訳がない。
そしてその興奮のまま、「街に降りるか?」と言う平の言葉に僕らは駅前にやって来た。
いわせ市の駅前は、週末はナンパ車や、車自慢の車で賑わう。
駅前の商業ビル一区画の道路を、何十台もの車がゆっくりとグルグル繰り返し回り続けるのだ。
通称ハコスカや鉄仮面等と呼ばれた過去のスカイライン等も姿を見せている。
あちらこちらの車から、50年代・60年代のオールデイズのナンバーが大音量で流れていた。
そして通りの隅にはあちこちに派手な格好をした女の子達が立っている。中には僕らと同じ高校生か、それ以下の娘も。お祭りの雰囲気に酔って出てきたのか。ナンパされる目的の娘も、ただ車を眺めて友達と話しているだけの娘もいた。飲食店のネオンと車のライトが、そのグルグル回る通りだけを明るく照らし、まるで賑やかなパレードの様で、僕らも缶コーヒーを飲みながら、先程観て来たバイクの話をしながら、その通りをゆっくり歩いて周りの雰囲気を満喫していた。
「お、あそこでもナンパしてるぜ」
突然、僕の肩を自分の肩で軽く小突きながら、ニヤニヤした顔で平は前方を指差した。
三人程の高校生らしい女の子が停まっている車の中の人と話しているのが見えた。
全員ロカビリー風なファッションで、ワンピースのウエストを締め、上に薄手のカーディガンを羽織っていた。そして髪型は大き目のリボンとポニーテール。
「化粧濃くね?」
年齢を誤魔化す為か、真っ赤な口紅にアイシャドウ。無理矢理大人に見せている様で、僕は思わず呟いた。
「ははは」
その言葉に反応して平が口を開けて笑う。
そのうち車の中の男の手が伸びて、一番奥の娘の手首を掴む。
「あ、掴まっちゃった。連れ込まれたらヤバいぞ。その気がないなら逃げろよ。その気なら乗れ!」
それを見てニヤニヤ笑いながら平が言う。
僕もヘラヘラしながら眺めていた。
手首を掴まれた彼女はもう片方の手で相手の指を外そうとしてた。
中の男は彼女を車の方へ引っ張ろうとしている。
「どっちも頑張れ~」
相変わらずニヤニヤして平が言う。
彼女は車に背を向けるようにして、必死に抵抗し始めた。
周りの二人も彼女の手首から男の手を外そうとし始める。
そしてその時、手首を掴まれている娘の顔が見えて、僕は驚いた。
「馬鹿!」
その口紅を真っ赤に塗った娘は、圭子だった。
「なに? 俺馬鹿?」
事態の飲み込めない平がまだ腑抜けた顔のままでそう言ってこっちを向いた。
「お前じゃないよ! あれ、圭子だ!」
そう言うと同時に僕は走り出した。
「えっ! マジ」
慌てて平も僕の後ろを走り出す。
直ぐに車に着くと、助手席の圭子の手首を掴む為に下げられている窓から中を覗き込む。
見た所僕らより二~三歳上の一見爽やかそうな男達だ。
「あんた達大学生? こいつの彼氏なんだけど」
助手席の男を睨みながら、意識して少し低い声で言う。
「は、彼氏? なんで彼氏いんのにナンパされに来んだよ。馬鹿! 邪魔すんなよ」
圭子の手首を掴んだまま、助手席の男が言い返す。
「いいから手、離せよ!」
頭に来た僕はそう言うと男の手首を爪を立てて力一杯握った。
「痛!」
思わず男は圭子の手を離す。
「浩ちゃん…」
自由になった圭子は小走りで僕の後ろに身を隠して、小さく呟いた。
「てめ~!」
助手席の男が窓から身を乗り出して叫ぶ。
「どけ!」
窓から頭の出ていたその男の頭を、手で横にどかして平はそう言うと、車の中の他の男達を覗き込んだ。
後ろに二人。運転席に一人。じっくりと顔を眺める。
「四人か。あんたら地元じゃないだろ。顔覚えたからな。この街には大学は二つしかない。直ぐに分る。俺達地元だから、色んな知り合いいるから。分るだろ?」
平は運転席の男を睨みながらそう言った。
一瞬の沈黙の後、男は呟いた。
「……分ったよ」
これで話がついた。
直ぐに車は動き出し、僕は圭子を睨んだ。
圭子は斜め下を見る様に目線を外している。
その様子を見て直ぐに平が口を開いた。
「こいつさ、松山さんの彼氏なんだ。君達喉渇いてない? 俺とミスド行かない? 奢るからさ。ねー、行こうよ」
僕らと圭子の友達二人の間に入り、平はそう言いながら、僕らの方に「行け行け」と、下から小さく手を振った。
圭子の友達も気まずそうに圭子を見ている。
僕は直ぐに平の考えを理解し、圭子の手を掴むと無言で歩き始めた。彼女の友達にとっても、その方がいいと思えたからだ。
友達を置いていく事に後ろめたさでもあるのか圭子はチョロチョロ後ろを振り返り、僕に半ば引っ張られる様に歩いていた。
「浩ちゃん…」
途中、圭子の呟いた声にも耳を貸さず、ただ前だけを見て僕は歩いた。
駅の駐輪場、早くスクーターの所まで戻りたかった。
二人だけでゆっくり話が出来る所に行きたかった。
『は、彼氏? なんで彼氏いんのにナンパされに来んだよ。』
先程の男の言葉が頭から離れなかった。
(クソッ!)
つづく
いつも読んで頂いて有難うございます。