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1話目 圭子

 夜七時、車庫の奥、暗闇に身を隠す様に僕は隠れて姉貴の帰りを待っていた。

 もう直ぐ赤いスクーターで短大生の姉貴がバイト先から帰って来る。

 僕はジーパンのポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。

 圭子はもう公園に来ているだろうか?

 夜の公園。

 不良とか、不審者とかはいないだろうか。

 そう思うと僕は急に不安になって、居ても立っても居られない気持ちになって来た。


(早く行かなきゃ…)


 心の中でそう呟いた時、軽いエンジンの音が聞こえ始め、突然家の前の道路から車庫に入って来たスクーターのライトに僕は照らされた。


「何してるの浩一?」


 僕の目の前に停まった赤いスクーターの上に跨っている姉貴は、半キャプを被りながらキョトンとした顔で僕を見てそう言った。

 僕は慌てて姉貴の横に行き、まだ姉貴の握っているハンドルのグリップの隙間に手を掛け、体を姉貴に当てて押し出すようにしながら言った。 


「待ってたんだ原チャリ! 早くどけて!」


 押し出されるようにスクーターから降りた姉貴と入れ替わりに乗り込んだ僕は、満足に調整されていない緩々の顎紐の半キャップを片手で軽く姉貴の頭から取ると、それを自分の頭に乗せ、跨ったままの格好で足でバタバタとスクーターをバックさせる。

 今入って来たばかりの車庫からもう一度家の前に出た頃、ボーッと見ていた姉貴が急に何を思ったのか、小走りに近付いて来た。


「ご飯は? ご飯は食べたの?」


 どうでも良い事だった。


「いらね。それどこじゃない」


 姉貴の方も見ずそう言うと、僕はアクセルを回して、動き出したスクーターから徐々にアスファルトに接した足を上げた。


(急がなきゃ!)


 僕は直ぐにアクセルを全開にして、スクーターのスピードを上げた。

 前輪が浮き上がってウィリーにならない程度に。




 松山圭子は商業高校の二年。

 僕は普通高校の二年で、同い年だけど学校は違った。

 僕らの出会いは仲間内で夜の浜辺で行った花火の時だった。

 皆それぞれ顔馴染みの卒業した先輩の車とかに乗り込んで、浜辺まで来たのだけれど、その中の先輩が連れて来た女の子達の一人に、圭子がいたのだ。

 彼女は最初から僕に話しかけて来た。

 少しつり目の一重。可愛いというよりは美人タイプの顔立ち。そのくせ何処か子供っぽく見える。

 話しかけられた僕は、直ぐに満更じゃない気持ちになった。

 夜の浜辺で打ち上げられる花火を、いつの間にか二人で砂浜に腰を下ろして眺めていた。圭子は僕のくだらない話を目を大きくしたり、笑ったりして、隣ではしゃいで聞いていた。

 その姿は単純に可愛いと思った。

 だから僕は直ぐに、恋に落ちた。

 そしてそれは多分、僕だけじゃなかった。

 その日花火を見ながら彼女が言ったからだ。


「何か不思議。昔から知っている人みたい。浩一君」


 って。



 十五分程走ると、彼女との待ち合わせ場所の公園が見えた。

 圭子は毛糸の緑と白の横縞模様のカーディガンを羽織り、下は薄いピンクのミニスカートを履いて、公園の中ではなく、道路側、入り口の所に立っていた。


「浩ちゃん?」


 目の前に停まったスクーターのライトが眩しくて誰なのか分らないのか、目の前に手をかざしながら圭子はそう言った。

 僕はエンジンはそのまま、ライトだけ消した。


「ごめん、遅くなって。圭」


 そう言うと彼女の手を握り、僕の後ろに座る様に促した。




 滑津川沿いの一本道をスクーター二人乗りで走る。

 両側にはひたすら田んぼが続く。

 姉貴から奪って来た半キャップは圭子に被らせ、僕はノーヘル。

 ツーブロックの髪型のサイドの内側刈り上げが、風で凄く寒い。

 良く漫画や小説で後ろから彼女に抱きしめられて感触が…なんてのは、アレは嘘だ。

 圭子はしっかりと僕の腰に抱き付いて、体を密着しているけれど、ちっとも感触なんて感じない。特に胸の感触なんて。ただ、背中が寒くないだけだ。

 彼女に毛糸のセーターかカーディガンを着て来る様に言ったのは、正解だった。

 僕らはF県いわせ市に住んでいる。

 海沿いの街だから何時でも海に行けるかと言うとそうでもない。

 海から十キロ程しか離れていなくても、実際子供だけで行こうと思ったらそうそう行けない。

 僕と彼女は二人だけで夜の海に行きたかった。

 ちょっとしたデート。

 だから計画を立てた。原チャリは、最近免許を取った。だから運転出来る。

 怖いのは警察だけ。




「こうやって踵で」


 裸足で砂浜を踵でキュウキュウ磨り潰す様にする。

 直ぐに踵に何かが当たる。


「ほれ」


 当たった物を拾い上げ、僕は圭子に渡す。


「わ、ホントだ。蛤?」


「え、分らない。貝」


「え~分らないの~」


 困った様な顔をして言う圭子。

 程なく海に着いた僕らは松林を越え、砂浜に降り立った。

 満月が砂浜に十分な明かりをもたらす。

 僕が教えた貝の取り方を彼女も裸足になり真似してやり出した。

 足元の方を見ながら、踵で砂浜をグリグリやる彼女の、肩に掛かる位の長さの髪は、前へと垂れ下がり、邪魔なのか何度か彼女はそれをかきあげる。

 月明かりに照らされたそんな彼女の姿を、僕は満足な気持ちで眺めていた。


「あった!」


 彼女が嬉しそうな声をあげながら、足元の貝を拾う。


「これ、食べられるのかな~?」


「食べられるのもあるけど、毒なのもあるんじゃなかったけかな? 季節も関係あった様な。もう秋だけど、どうだろう」


「えっ! じゃあ駄目じゃん!」


 目を大きくして言った彼女は、笑いながら拾ったばかりの貝を投げ捨てた。

 そんな彼女に欲情してきた僕は、彼女の方に歩み寄り腰に手を回す。


「ちょっと」


 そう言って抱きしめようとする僕を引き離そうとする彼女。

 僕は力一杯彼女をきつく抱きしめて、顔を近づけて行く。


「圭…」


「やだ…恥ずかしい…」


 キスをしようとする僕に気付いて、顔を逸らして彼女は言った。


「誰もいないよ」


 僕はすかさずそう言う。


「でも、今は嫌だ…」


 今度は僕の方を向き、泣き声の様な声で、潤んだ瞳で彼女は言った。

 その声に、その表情に、僕の腕の力は緩む。

 キスは何度もしているはずなのに…

 緩んだ僕の腕からスルリと抜け出した彼女は、数歩歩いて僕から距離を取ると、笑顔で振り返った。


「お話しよう。浩ちゃんと話がしたい。いっぱいいっぱい話がしたい。満月だよ。夜の海だよ。砂浜だよ。星の話とか。これからの話とか。素敵な話が聞きたい」


 こういう所は、男女の違いなのか。

 仕様がない。僕は自分の気持ちを抑えて、今日は彼女の気持ちを優先にしようと思った。


 だってあまりにも薄明かりの中の彼女が綺麗で、僕は彼女を逃したくないと思ったから……






             つづく

 

 

読んで頂いて有難うございます。

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