なんでも屋さん事件です!
ビルが立ち並び、いつの時間でもなんだか賑やかな都会の一角。人々が流れるように歩き、騒がしいというほどに華やかな都心部。とは少しばかり離れた一軒家がぽつりぽつりと建つ木々に覆われた住宅地。 表側よりもっと奥にある小道を曲がって奥へ進むと、来た道からは想像できない庭付きの350坪を超える二階建ての一軒家が建っている。大体は木々に覆われているものの、西側はテラスから海が眺められるよ うなオーシャンビューで、庭は綺麗に整えられ、白い噴水を囲むように様々な花が咲いている。そこに一際目立って咲くのは、夏も残暑のみとなったというのに黄色く光る 向日葵。そんな家の白い鉄格子のつく門 の隅っこには、少し暗い色をした木製の板に可愛らしい白インクの文字で「私達にできることなら何でも致します 気軽にご相談ください」と書いてある。
所謂なんでも屋なのだが、何分人目につかない場所に建っている家なため、外部から直接依頼がくることは殆どない。仕事が入っても迷子猫探しやゴミ拾い、探し物などである。それよりか、近所の子供達からは不気味な家扱いを受けている。誰も住んでいないけど幽霊が掃除をしているんだ、等と言われる。それはこの家を外から眺めた時に住んでいる者が外部から見えることが滅多に無い所為である。そのうえ家の 出入りを見かける者も極めて少なく、ここに住むのが誰なのかを知っている人はあまり存在しない。
そこに住むのは五人の高校生である。シェアで住んでいる、という雰囲気とは違い、もう家族のような住まい方をしている。慣れ親しんだ様子が見られるが、この五人は血縁関係には無く、一ヶ月ほど 前くらいまで は面識も無かったほどだ。それなのにその馴染み具合はまるで幼い頃からずっと一緒にいたかのようだった。
まだノースリーブで十分な気温の朝。そこに住む五人のうちの一人である度の強い黒縁眼鏡を掛けた男子、島津弘は五人分の朝食を作っている最中だった。
常日頃から朝食のみならずご飯を作るのは弘の仕事であり、それ以外はほぼ100%と言っていい程に料理をしない。そんな四人に一切不満も持たずに慣れてた手つきで二つのフライパンに卵を割りいれる。 ここにあるフライパンはそれほど 大きなものではないために、流石に目玉焼き五人分ともなるとフライパンを二つ並べざるを得なくなる。一度一つのフライパンでやってみた経験はあるが、目玉焼きとしての綺麗な形が損なわれてしまったために弘はそれ以来一切やっていない。
弘は落し蓋をし終えると腰を掛けて時計に目をやり、今の時間が六時七分だと知る。
目玉焼きを作り終えてコンロの火を止めると、絶対一人では起きてこない一名を起こしに行く。いつもは六時十五分に行くのだが今日は二・三分早めに起こしに行くことにした。廊下へのドアを放つとキッチンより 涼しい空気がふわりと流れ込む。
自分を合わせて四人は二階に自室があり、一階に部屋があるのはここの家、正しくは別荘を持つ家の息子の秋本颯真のみである。
颯真の親は収入が多い、つまり金持ちであり、この別荘は昔職場がこちらにあったときのものらしい。今は仕事関係で近場に居らず、少し前までこの家は颯真のみだった。そのせいか弘達が入れてもらった時には庭も部屋もなかなかの荒れ放題だった。
颯真は片付けも料理もやりたがらない、金持ちの息子だといわれても信じ難いレベルである。
「颯真、もう起きろ、目玉焼き冷めるぞ。休みだからってダラダラ寝てたら、体に悪いよ?」
弘は颯真の部屋のドアノブに手を掛け、開きながらそう伝えた。
「まってくださいよ・・・まだ・・・・・違うでしょう、そんな筈は・・・・・」
そして、颯真は非常なるバカである。眉間に大きな皺を寄せてなにか重大そうな寝言を言っている颯真を見て、弘はこれは駄目だと思った。
「颯真、起きろ。」
颯真に近寄り、先ほどより大きな声で言うと、颯真は物凄い速度で体を起こした。
「颯真、なんの夢み・・・」
「やべぇ弘!エリザベス女王とナポリタンが結婚したんだよ!」
颯真の突然の発言に弘はその場に固まった。颯真は大きく叫んだため息を切らしかけている。弘が「とりあえず何があったのか説明をしてくれる」と尋ねると、颯真はやたらと早口に説明を始めた。
「俺と結婚する筈だったエリザベスなんとかっていう人が突然出てきたなんか帽子かぶった、たぶんナポリタンっていう奴に取られて・・・」
「どんな夢見てたんだよ。というかナポリタンってスパゲティ?お前頭の中で何がおきてるんだ。」
弘の発言に今度は颯真が動揺する。
「そうだったか!?え、あいつだよ、たぶんあの、歴史で習う奴だぞ。」
「どういう勉強をしたらそうなるんだよ、ナポレオンだろ多分、颯真が言いたいのは。」
「そうだった、ナポリタンってあの赤いスパゲティだ」とぶつぶつ言う颯真の手元にある本の表紙は布団に隠れ、「わかる 歴史」の字が覗いていた。
「で、朝ごはんなんだっけ。」
寝ぼけていてさっぱり話を聞いていない颯真は弘の顔を覗きながらそう尋ねた。
「目玉焼き。」
「目玉・・・焼いたのか・・・・・!?」
「もういいよ、黙ってて・・・。」
もう、面倒になった、と弘は寝癖のような癖っ毛をかき乱し、呆れながら颯真とキッチンへ向かった。
キッチンには颯真を起こしていた間に起きたのであろう、颯真以外の三人。
喧嘩をしていた。
「いいじゃん醤油でも、なんで醤油じゃないの?邪道!」
一番初めに弘と颯真の耳に入ったのはこの家に住む唯一の女子である長月允の醤油派発言だった。允は女一人であるが特に何もあること無く、他の男のように過ごしている。そのせいでたまに弘に怒られたりするのだ。今は、他の二人の男と対等に口喧嘩を繰り広げている。正直、この家で起こる喧嘩は、本気だったり仲違いしたりするものではなく、本当にくだらないものである。
「なんでよ、ソースでしょ!てかさっきから横から塩奨めてこないでよね!」
「塩はいいぞ、塩は。」
ソース派なのは紀伊茜、出会った当初は茶色っぽい金髪をした髪の毛から性格がキツそうに見えたが、第一印象とは違って、寝るのが好きで、どこか気の抜けた発言をすることの多い奴だ。たまに小学生みたいになる。今が良い例である。どうやら允の発言からして揉め事の切欠となる発言をしたのは茜のようだ。
そんな二人にも関わらず、淡々と「塩にしろよ」などと横から言いながら朝食を食べ進めている前橋ほたるは争いを止めようなどとは考えていない表情だった。それは弘や颯真も同じで、二人は醤油vsソースの戦いを聞きながら席につくと、允がよそってくれたのであろうご飯を食べ始めた。
「よく飽きないな、あの言い合い。」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の向かいの席で、颯真がぽつりと弘に向かって呟く。それには弘も同意した。
「俺は、ソースだな。てかこの料理の名前玉子焼きだと思ってた。」
そう言って颯真は茜の前からソースをひょいと奪い自分の目玉焼きにかける。「弘のもかけようか?」と尋ねられるが、弘は「俺醤油だから」と断りを入れた。
「そういえば、最近どうよ。」
突然颯真は、弘に主語のない質問をした。
「なにが?」
もちろん分からなかった弘は質問を投げ返した。
「ほら、学校で、友達とか彼女とか彼氏とか彼女とか。」
「うん、まぁ、允も茜も一緒にいてくれるし、友達は多少。」
「そうかぁ」と少し安心した様子をみせた颯真は、一息置いてもう一度口を開いた。
「彼氏は?」
「いないよ、いたらびっくりだよ!何か俺に恨みでもあるの?」
弘は間髪入れずに返答した。一つ前の発言から気になってはいたがあえてつっこんでいなかったというのに、さらに重ねてきたためもう何も言わずにはいられなかった。
「残念、じゃあ彼女?」
颯真は笑いながら聞き直した。その笑みから本当の残念さは全く感じられない。
「それもいないよ、女友達もまともにいないのに。」
「そっか、好きなことかは?」
「そういうのはどうでもいいじゃないか、なんで聞くの。」
「気になるから?」
「でしょうね。」
好きな子を聞かれて微笑する弘を見て、颯真は弘に好きな子がいるのだと確信した。
「で、どんな子?」
「いるとは言ってないだろ。」
「いるだろ、顔にでてるぞ。」
「は・・・」
弘は狐につままれたような顔をして黙り込んだ。図星だ、と颯真はにやりと笑った。
「どんな子どんな子?いやぁ弘が好きになる女子がいるなんてなー、可愛いだろやっぱ。」
あなたがこんな立派に育ってくれてお母さんは嬉しいわ、みたいな言い方をされるのに、腹が立つやら恥ずかしいやら、顔を紅潮させた弘を見て颯真は少しばかりの優越感を抱く。
「優しい子だよ優しい子。まぁ相手は気づいてないだろうけどね。」
弘は咳払いを一つしてからそう言うと、颯真は「じゃあ結構頻繁に喋ったりはするんだな」と見透かしたような顔をして言う。それを聞いた弘は、勉強は出来ないくせに無駄に勘だとか腹探りだけは上手いんだよなと不本意ながらに感心した。
弘と颯真の皿がそろそろ空になろうとしていた頃には、すっかり喧嘩をしていた二人は静かになっていた。それに気づいて弘は顔を上げながらもう終わったのかと言おうとした。
だが、二人の様子を見た弘は言葉が出なかった。
允と茜の前の卓上にあるのは、右から醤油、ソース、塩、かつおだし、ドレッシング、一味唐辛子、牛乳、蜂蜜、チョコソース、生クリームだった。そして散々塩を奨めていたほたるはもう席にはいなかった。
「っ、なにやってるんだよ!」
先に声をあげたのは颯真の方だった。その隣で弘は諦め交じりの笑顔を浮かべてもうどうしようもない、と黙っていた。
「いや、話してるうちに他にも目玉焼きに合う物あるんじゃないかって・・・」
落ち着いた様子で説明を始めたのは允だった。二人の分の朝食は、目玉焼きは少し食べられているものの他は全く減っていなかった。
「とりあえず端から思いついた調味料系集めようってなって・・・」
続いて説明をいれる茜は当たり前だろうとでもいいたげな顔をしている。
次にもう一度茜が口を開こうとした時、先に弘が口を開いた。
「かたづけなさい、今すぐに。そして早く食べて。」
「でも・・」
「いいから。」
茜が言い訳か何かをしようとしたが、弘はそれを一切聞き入れなかった。その弘の笑った口元と笑っていない目からの圧力に逆らえる者はその場にはいなかった。二人はしぶしぶ出してきた調味料類を片付け始 めた。
その頃にはもうほたるは着替えを終え、ルークと呼ばれる黒い飼い猫のフルックとサバクイグアナのシキを抱えて散歩に出かけていた。
数分後。片付けも食事も済ませた允と茜は、颯真と一緒に朝っぱらから一階の防音室で楽器を煩く弾き鳴らしていた。允はキーボードで茜と颯真はギター。五人とも趣味の範囲で楽器を弾いているのだが、五 人で楽器を弾き始めたのは颯真のちょっとギターだけじゃ悲しいから皆弾こうよという発言が発端だった。初めは嫌々やっていたところもあったが、今では皆趣味の一環として取り組んでいる。今はドラムのほたると ベースの弘がいないため非常にバランスの悪い音楽が出来上がっていた。
自由にやりたいことをやっている三人とは反対に、弘は黙々と食器を洗っている。しかしこれは弘が進んでやっているのであり、やらされている訳ではない。少し前には、弘だけでなく他の四人も一緒に家事をやろうとしていたのだが、允は洗濯機から泡を出し茜は食器を粉砕し、颯真は掃除機を故障させ、ほたるに至っては米を洗剤で洗う程家事に慣れていなかった。それからは弘が監視していないと誰も家事をさせてもらえなくなった。流石に一切手伝いもさせないで四人を放っておいたらまずいと思った弘は、絶対にさせないという方法は取らなかった。
食器を洗い始めてほんの一分弱程経ったときに、散歩に出かけていたほたるが帰ってきた。玄関から帰ってきた音が聞こえたのは弘のみだったが、その時弘はいつもとは違うことに違和感を抱いた。ほたるはルークとシキを連れて散歩をする際、いつも二十分は帰ってこない。それなのに今日は七分程度で帰宅したからだ。それに気づいた弘はなにかあったのだろうかと思い、食器を洗う手をとめた。
「弘。」
食器を洗う弘に気がついたほたるは二匹を抱えたまま弘の方へやってきた。
「今日は早かったけど、何かあった?」
「それが・・・」
「なんかいつもは見ないような人だかりができてたんだよ、それで、それを言いにきたんだよ。なんかあったら嫌だし、人苦手だし、帰ってきた。」
ほたるは、この家に来る前は全くの引きこもりであり、現在も対人恐怖症気味のままで、大勢の人がいる場所はあまり好まない。
「そういう理由か。でもなんで人だかりが・・・?」
「わかんねーけど、なんか警察も来てた。」
「え?」
なにやらただ事ではなさそうだと思った弘は、近所としても知っておくべきだと直感した。
「少し行ってみよう。なんか、知っとかなきゃいけない気がするから。」
そう言って玄関の方へ向かおうとする弘に、ほたるは自分も行くと二匹は抱えっぱなしでついてきた。
「重いだろ、他に家にいるからおいてきてもいいんじゃない?」
「そっか。」
そう言って降ろそうとしたときに防音室から三人が出てきた。どうやら話を嗅ぎ付けてきた様子だ。
「ルーク、僕が抱くから。一緒に行く。シキは交代で抱けばいい。」
允はそう言ってルークをひょいと抱き上げた。ルークは允が大好きであり、允もルークが大好きである。ルークはほたるが抱いている時より少し嬉しそうだった。
「行くんでしょ、何があったか確認に。」
なにやら曇った表情でそう言う茜に弘は問いかける。
「防音室に居たのになんで聞こえてたの。」
それを聞いた茜は首をゆっくり横に振って口を開く。
「聞こえては無かったけど、頭に浮かんだ。ただそれだけ。多分後々僕たちにも関わってくるって、直感。さ、行こう。」
誰もそんな発言に驚くことはなかった。茜はそういう奴だからだ。
E・S・P 簡単に言えば勘が強いとかそういう感じのものだ。茜がよく寝るのにもそこそこ理由がある。
予知と言えたほど完璧なものではないが、そのようなものができる。自分に関わりが深くなるものは自然と予知夢やインスピレーションとして現れる。完全なものではないが小さなことならば狙って探査することも可能だ。
実はここの五人が集まった理由には、その「能力」と呼べるものが由来する。
五人とも、三ヶ月程前までは全く何も無い、普通の人間だった。しかしそれぞれあることを切欠に、もともとの体質からなる能力、趣味に関係したもの、自然現象に干渉するものの三つの能力を手にしてしまったのだ。初めはコントロールも上手くいかず悩まされていた者も中にはいたが、今ではすっかり慣れている。
もちろんその他の理由も存在するが、偶然のような必然のような、そんな何かは皆感じていた。
足を進めて靴を履きだした五人は、どこか真剣な表情だった。
ほたるを先頭として歩いて三分程度経ったとき、ほたるの言っていた人だかりは見えた。人だかりが出来ていたのは五人の家がある場所より表側の、比較的住宅が多い場所の通路脇の空き地だった。
「まだ沢山いる。よっぽどのことかもしれないな。」
少し不安そうな表情でほたるが呟く。
「少し話を聞いてみよう。」
そう言って先に人だかりの中に入っていったのは弘だった。
「俺、ここにいていいかな・・・」
ほたるはあの中に入るのは無理だと言いたげだ。
「僕ここでほたると待ってるから、二人とも一緒に聞いてきてよ。」
ほたるの横から茜がそういって手をひらひらと振る。允と颯真は了解し、人の間をすべる様に割って入り込んだ。
「なにがあったんですか?」
不安げな表情で問う弘に、警察は視線を落としながら答えた。
「殺人事件、だと思われます。」
「殺人事件ですか・・・どなたが・・・」
初めて生で聞くその言葉は、弘には凄く濁って聞こえた。
「どうやら付近に住んでいる方では無いようです。今身元を検索中ですが、二十前後の女性です。ご存知ですか?」
弘は首を傾げる。少なくとも自分の知っている人ではない。
「このあたりに出入りする人なら住民の誰かが知っているかもとも思ったのですが、誰もご存じなくて・・・」
なにか気まぐれで散歩に入ったところだったのですかね、と付け加えるように話す警官に、弘は「有難うございました」と頭を下げて人だかりを出た。
「どうだった。」
出てきた弘にそう聞いたのは茜だった。
「二十前後の女性が雑害されたらしい。けど、近所にその女性を知っている人はいないって言ってた。」
「そっか・・・大事だね・・・でも誰も知らない女性がなんでここで殺害されてるの?おかしくない?」
弘も、すぐ傍にいたほたるも、もっともだと思った。
「じゃあ、誰かが嘘を言っている可能性があるな。」
「殺されてここまで運ばれたって事も考えられるよ。」
ほたるの発言に茜は訂正を入れるように返した。
三人が悩み黙っているところに、颯真が戻ってきた。
「そっちはどうだった?」
弘が颯真に問う。
「どうやら二十前後の女性が・・・」
「それはもう聞いたよ。その他。」
颯真の発言を止めて茜が言う。
「住民皆が・・・」
「それも多分俺が言ったかな。」
二度目には弘に止められて、颯真はしかめっ面をする。
「別にそれ以外が分かっても、なにか出来るかどうかなんてわからないけどね。」
茜は不満げにそう言う。よほど良くないものでも感じ取っているのだろうと三人は思う。
すると、颯真の後の方から允が帰ってきた。すこし落ち着かない様子だ
「何かあった?」
弘が允にそう聞く。
「それが・・・」
「さっき、もっとよく知りたいとおもって、立ち入り禁止つっきってきたんだけど・・・」
「よく止められなかったな、それ。流石だな、影薄いな。」
允は「うるさい」と颯真の脛を軽く蹴り上げる。
「そのときに五m先くらいに警察が数人いてさ、話が聞こえてきたから聞いてきた。」
「なんだよ、もったいぶるなよ」と颯真は蹴りを入れられたせいか軽くふてくされた様子で呟く。横ではほたるが視線をそらしながら、よく聞こえたなそんなの、と独り言を言っている。
「・・・死体の両目が無かったらしい。でも目から出血もしてないし犯行じゃなさそうって。あと、鈍器とか絞首の殺害じゃなさそうとも言ってた。多分そのうち検査されてわかるだろうけど。」
「なんか、無防備に会話する警察だな・・・」
允の話を一通り聞いた颯真はふとそう思い口に出した。それを聞いた允は「勝手に入ったのは僕だけどね」と真顔で言う。
そうすると、一人の警察が此方のほうへやってきた。五人は、正直允の行為がばれたのではないかと恐れたが、内容は別のものだった。
「ここの付近の住民の方ですか?もしそうでしたら少しお時間頂けますか?」
それを聞くと五人皆、話を聞かれるのだろうと思い、弘は直ぐにはいと答えたが他はどうも反応が悪い。
「どうした。いいじゃないか、直ぐ終わるよ。」
弘はそう言う。允は満更でもない顔をしているが、颯真と茜は面倒くさいと顔で語っている。
ほたるだけは、シキを顔の前に抱き上げ警察と目が会わないようにし、何も話しかけられていないうちから冷や汗を流していた。
その日の夜、家は会議状態だった。
「二十前後の女性が両目なしで空き地に・・・」
今のところわかっている情報を小声で整理するほたるの隣に弘が座る。
「今ある情報だと、やっぱりあの現場で殺害されたとは考えづらいよね。鈍器でも絞首でもないんだろ?ふつう咄嗟ならそのどっちかじゃない?」
「そう考えられないこともないな。でも鈍器以外なら計画的犯罪だと思うんだよなぁ。」
弘の発言に向かい側の席の颯真が上乗せする。
「そうなると女性の知人かな」とほたるが小声のまま言う。
「まぁこれ、俺ら考えてもわかんないわ、とりあえず鍵とか散歩とか買い物は慎重にするか。」
「そうだな、そこだな、考えるのは。」
颯真の意外に真面目な発言に弘が同意する。
「なになに、皆で探偵でもしてるの?なんでも屋はすごいね、幅広いや。」
そういいながら風呂上りパンツ一枚で現れたのは茜だった。
「お前服着ろよ。いくら残暑あるからって冷えるぞ。」
颯真が指摘する。弘はお前もよくパンイチじゃないか、と心の中でツッコミをいれる。
「バカにしないでよね、弘じゃないんだから。」
「何で俺!?」
「弘すぐ風邪ひきそうだもん。ほら、風だし。」
「俺がいくらエアロキネシス使えるからって、決して併せて風邪ひきやすいとかそういうのないから!」
人前では落ち着いた様子を見せている(つもり)の弘はこういうときには全く落ち着きがないなぁ、とテレビを見ながら允は思った。
「僕はまぁ、火だから温かいし、風邪ひかないよ。」
「そんな得意げにいってもパイロキネシスってそういう能力じゃないから。」
子どもみたいに言い争いをする弘と茜は、事件のことなどすっかり忘れている
「あんまりぐだぐだ言うと茜は湯沸しの刑だぞ。」
二人の会話に割り込んできたのは颯真だった。
「そう簡単に言わないでよね、無駄に使うと体力も精神力も無駄に使うんだから。」
茜は口を尖らせながら言う。湯沸しの刑というのは、茜がなにかしら悪戯等をした際に行われる、三脚を使って茜の発火で湯を沸かすと言う、本人には辛いなかなかの刑だ。
「というかもう二人でやってもいいと思う。颯真は水作って茜がお湯沸かしてくれたらだいぶ節約じゃん。」
「ふざけんなよ!あれ無理やり水蒸気だけ取るのとかきついんだよ!」
颯真は声をあげる。こんなに煩いのに近所迷惑にならないのがこの家のいいところでもある。
「そんなに節約したいならみんなでやってくれてもいいんだけどな。允は電気代わりかな。フォトンキネシスだし、照明代わりの光くらいならいけるんじゃない?」
そんなことを言う弘に颯真、茜、允は口をそろえて「嫌だ」と言う。
「暑いときは弘扇風機だな。茜と一緒にやったら冬もいけるんじゃない?」
「バカそれじゃ火炎放射になる。」
「それもそうか」と真剣に考え出す颯真。允は頭の中で、二人の火炎放射を消火する颯真の姿を思い浮かべる。
そんななかでほたるは、節約なんていったらどう考えてもヴォルトキネシスの自分は仕事が多いからやめてほしい、と思う。電気が出せるのだから、電気の節約には一番使い勝手がいい。
その後数秒静かになった部屋の中で、颯真は自分の持つもう一つの自然干渉型のフォノンキネシスの使い道を考えたが、音波は使い所ないなと思った。
「あのー。」
五人に向かって声がする。それは聞きなれない声だった。
「今日はお願いがあってきました。こっちは夜なんですね。」
そんなことを言っているのは全く知らない薄紫色の癖のある髪形をした可愛らしい女の子だった。
「「「「「不法侵入だ!!!」」」」」
五人は、今夜最も大きな声で叫んだ。
「一体どっから入ってきたんですか!!」
お願いがある、とやってきたところや、外観からの人柄は悪くなさそうだと判断した弘は、紫髪の少女にまずそう問う。
「え・・・入り口があったのでそこから・・・?」
戸惑った様子でそう答える少女に颯真は厳しくつっこみをいれる。
「入り口があったからって入ってきちゃあだめでしょう!!チャイムあるのでそれ押してもらえば・・・」
その発言に割り込むように、イグアナのシキで顔を隠したままのほたるが重大なことを小さく呟く。
「玄関、鍵閉めてた。」
「はい?」
小声で話されて聞こえなかった四人は揃ってほたるに聞き返す。ほたるは「だから、えっと・・・」と口ごもりながらにもう一度先程よりは大きな声で同じことを言う。
「玄関、鍵・・・閉めてたんだけど。」
「はい!?」
「だって、危ないって言ってたから。閉めたに決まってんじゃないか。夜なのによ。」
「だって、じゃあどうやって・・・どこから入って来たんですか!?」
允は焦った様子で少女にそう聞く。颯真は後から「そうだぞ」と声を上げる。しかし、その少女は同じことしか言わない。
「入り口があったので。開いていましたよ・・・?それにしてもあの部屋、なんだか不思議な感じがしますね。」
「まて、部屋にまで入ったのか、何が目的だ!」
どう考えてもおかしいと思った颯真は敬語など忘れて少女に近寄りつつ、怒鳴り気味でそう言った。弘も先程より鋭い目つきで少女を見る。
茜はそれよりも、「開いていましたよ?」というほたるの発言との矛盾点が気になっており、颯真の言葉を聞いていなかった。
怒鳴られた少女は、少し涙目になりながら震える声で答える。
「ですからお願いを・・・」
茜を外す四人は、侵入者が目の前にいるという恐怖心で、あまりまともに話が聞ける状態ではない。しかしこうも怯える少女を見ていると、どうも悪い人ではなさそうだとも思う。
そうして数秒考え込んだ少女は突然何かひらめいた様に口を開く。
「あ、そういえば、初対面でしたっけ?」
その一言に五人は唖然とする。こっちは全く知らないというのに、相手は今まで知っている人だと思っていたのか、とその間抜けさに驚く。
「すみません。一度あなた方と会っているという知人からお願いをしてくるように頼まれたものでてっきり・・・」
それでも全く意味がわからない五人は、固まったまま瞬きもろくにできないでいる。
「えっと、ですね、あの・・・ゼウスさん!ご存知ないですか?」
この人は何を言っているのだ、とも思った。皆、少しの間黙り込んだ。
「弘、知ってる?」
「神の方ならそれなりに知ってるんだけど。」
「俺も知ってるには知ってるんだが・・・」
「いや、少なくとも実際に見たこととか話したことは・・・」
「だよな、俺もないわ。」
颯真と弘はこそこそと会話をしている。その隣でひとり記憶をひたすら探る茜。そして先程からずっと顔の前でシキを抱えているほたるは、なにやらぶつぶつと呟いている。
「あ。」
思い出した、と言うように口を開いたのは茜だった。
「僕知ってる。あれだ、髪長い人。ちょっとだらしない、青っぽい髪の。」
「そうです、そうです!・・・あっ、いや、はい。」
少女はそうです、とは言ったが、きっと「だらしない」あたりに共感してはいけなかったとおもったのだろう。少女は、少しだけばつの悪そうな顔をする。
「あの人、凄いんだけど、なんかちょっと抜けてたりするよね。」
「えっ、いや、えっと・・・・まぁ。」
そう返事をされた茜は、「肯定しちゃうんだ」と笑いながら言う。
そのときの会話は他には全くわからないため、残りは話においていかれるばかりだった。そしてあまりにも親しそうに話す茜が、四人には正直怖かった。
「お前、いつ会ったの、その、ゼウスさんとやらに。」
茜にそう訊いたのは、いつまでも顔を隠しているほたるだった。
「あー、ちょっと前さ、僕寝てたじゃん?病院で、七ヶ月・・・?あの時あの時。夢の中って言うかそんな感じ。」
半笑いで明るくそう言う茜がまた恐ろしい。允は黙ったまま記憶力凄いなと心の端で思う。
茜は過去、家族と車が炎上する大事故に遭い、たった一人生き残り七ヶ月という長い間、眠り続けていた。生きていたのが奇跡だと、病院の人たちから言われていた。茜の能力取得の切欠はこの出来事にあった。
「みんなはそういうのないんだ?夢みたいなのみてたとか。」
ずっとあったと思ってたんだけど、と付け加える茜。四人は全く記憶にないとそれぞれ否定する。
「じゃあなんで知ってるんだろう、俺らのこと。」
そう言ったのは弘だった。
「まぁ、何か事情があるんだろうね。とりあえず、お願いを聞いてあげたら?なんでも屋さん。」
茜は、落ち着いたようにそう言う。しかしその表情には好奇心が見え隠れしていた。
「ではまず、こちらへ。ご案内したい場所がありまして・・・」
「まて、今は夜だぞ。どこにつれて行くんだ。」
颯真は、普通に考えて非常識だろう、と言いたげだ。
「私が来る前にいた場所へ、来ていただきたいのです。なるべく、早めに事情をお話したいものですから・・・」
ついてきてください、とつれて行かれたのは茜の部屋の前だった。
「まてまてまて、おかしいぞ、なんでだよ。」
颯真がまたまたつっこみをいれる。いい加減細かいことは気にならなくなった他の四人にとっては、もう煩いものでしかなかった。
そのときふと允が、ずっと気になっていた質問を投げかけた。
「そういえば、その角って、本当に生えてるんですか?」
その少女には、羊の角のようなものがあった。実は、皆気づいていたが、いままで触れずにいた。他の四人もずっと気になっていたため、その質問にピクリと反応した。
「そうですよ。良かったら触ってみますか?」
そう言って少女は、允に近寄って頭を傾けてくる。允はそっとその角らしきものに手を伸ばす。
「あ、角、ですね。さわり心地いいですね、なんか。」
「有難うございます。あ、敬語、いいですよ。これからよければお世話になるつもりなので・・・敬語だと私も緊張しちゃって・・・」
はにかみながらそういう少女はとても可愛らしく、允も思わず頬を赤らめる。
「タメだとか・・・なんか申し訳ないんですけども。そういえば、お前は・・・?」
允は、そういえば聞いていなかったと名前を聞く。
「あ!忘れてました。辻羊子です。なんでもいいので適当に呼んでください。」
先程よりもっと恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ、辻ちゃん、でいいかな。僕のことは允でいいから。そっちも敬語じゃなくていいよ。」
さらっと敬語をやめたように見えたが、允はかなりの緊張をしていて、申し訳なさを感じていた。しかしそれも吹き飛ぶくらいの嬉しそうな表情で辻は答えた。
「はい!よろしくです!や、よろ・・・しく!です。あっ、よろしくね、允ちゃん。」
このやり取りを場外で見ていた男子四人は、あの領域には絶対入れないなと思った。
「で、なんで、茜の部屋?」
弘は話を戻そうとそう発言した。すると、茜ははっとして「まさか」と呟く。
「どうした、茜。」
「まさか、あの魔方陣・・・あれ、召喚用の。教えてもらったやつ。あれかいてある本そのまま開いてて・・・」
「あー、ぜったいそれだわーそれだわ、まじで、うん、そうだわ。」
茜の発言に被せて、抑揚の一切ない棒読みで颯真が言う。そうして一瞬静かになった空気を、切るように弘が言う。
「とりあえず、入り口もわかったことだしお話聴きにいきますか。」
「来てくれるんですか!ありがとうございます。」
「俺らにも敬語じゃなくていいよ」と弘は笑みをうかべながら辻に言った。
部屋のドアを開けると、机の上の本の魔方陣からは特に変わったものは感じられなかった。それより、初めて茜の部屋に入ったほたると颯真には、部屋の雰囲気がなんとも怪しいことのほうが気になる。
「えと、どうやって行くんでしたっけ。」
「え、教わってきてないの。」
まさかの、と弘や颯真は驚きを隠せない。
「すみません、急いで来たので・・・」
慌てる辻をフォローするように茜が入ってくる。
「大丈夫、僕がやるからいいよ。皆なるべく近寄って、この魔方陣触ってて。てか、このぐらいのサイズのでも、通れるんだね。六人っていけるかなぁ、これで。」
茜はそう言った後、小声でなにやらぶつぶつと唱えだす。そうすると手元の魔方陣が淡い青色で光る。颯真はうっかり言われた時に置いた手を離しそうになったが、うえから茜に押えつけられる。恐怖を感じた颯真は、茜に問う。
「お前そんなんできんの・・・?」
「やるのは初めてだけどね。離したら置いてくよ、もう一息だから。というか、青色にも光るんだねこれ。」
楽しそうに話す茜をみて、何を楽しそうに話してるんだよ、と颯真は思う。しかし他の人は何も言わない。颯真は、何故皆こんなに普通でいられるのか、と厭そうな顔をする。允、弘、ほたるの三人は、自分達の能力も不可思議であるから、と殆ど動じなかった。
「じゃあ、いくよ。」
そう言うと茜は、最後の一言をぼそりと唱えた。
すると、体に電流が流れたような刺激が走り、目の前が青いような白いような、暗いような。そんな感覚に襲われる。体の力が抜け、宇宙空間にいるように体がふわりと浮いた気がした。
その間何があって、どのくらい時間が経ったか、覚えていない。
視界が開けてきて、その目には景色が映りだす。自分達がいる場所は広い草原で、すぐ隣は商店街に続く短い道があった。反対側は見通しがよく空が見え、薄い霧の向こうには古そうな建物が並んでいるのが見えた。
そこは、日本ではない。知っている建物は一つもない。というより、どうもおかしい。城のような物が宙に浮くように建っていたり、草木は光ったり動いたり。羽の生えた人間のような生物が空をとんでいたり。もう、その空が空なのかも疑わしい。
「呪文、あんな途切れ途切れでいいんだね。」
ぽつりとそう言ったのは允だった。
実に「そこかよ!」と言いたくなるのを、各自堪えていた。それに対し辻は「優しい魔法陣だから」とよく分からないことを言う。
「上手くいかなかったらどうしようかと思った。」
茜はさりげなく恐ろしいことを言う。
「てか、ここどこ・・・」
不安げにそう呟くほたるを見て、来る前にほたるが抱いていたシキがいないことに気づいた弘が問う。
「ほたる、シキは?」
「皆が部屋の前で喋ってる時に急いでケースにおいてきた。もう半寝だったし。」
「それはよかった」と笑う弘の足元で「にゃぁ」と高い鳴き声がした。
「ルーク!?」
皆驚くが、一番驚いたのは允だった。
「ルーク、居間で寝てたのに・・・」
「ついてきたのか、お前。」
颯真の言葉に返事をするように、ルークはもうひとつ「にゃぁ」と鳴いた。
「よく来てくださいました。」
そう言いながら目の前に現れたのは、あの茜が言っていた、ちょっとだらしない青い長髪の男性だった。外見は20代前後に見える。
「ゼウスさん、久しぶりです!」
なれた口調で男性に話しかけたのは茜だ。
「おや、茜くん久しぶりですね。よく私を覚えてましたね。記憶力が良いですね。どうですか?そっちは。」
「いやぁ、記憶力なかったらこの能力なんてやってられないですよ。みんな面白くて、毎日楽しいですよ。みんなここに来た記憶はないそうですけどね。」
それを聞いて、ゼウスはあの時君以外はみんな気を失ってる状態で来ましたからねぇと言う。茜と辻以外はあんなに軽く話ができるもんなのか、とあっけらかんとしてた。ゼウスは一息いれると、五人の横に立つ辻に目を向けて言う。
「辻さん、どうも有難う。おかげで私の仕事が・・・、いえなんでもありません。すこし事情を話そうと思いますので、あそこまで。」
そう言って、その(だらしない)ゼウスが指を指したのはあの宙に浮いたような城だった。五人にはどう見ても自分達が生身で行ける場所には見えない。
「どうやって行くんですか?僕たちには翼は・・・」
その男性の大きな翼を見ながら允が小声で言う。
それを聞いた(ちょっと抜けてる)ゼウスは、硬直する。
「考えて、無かったんですね。」
と辻が言う。
五人は、本当にこの人に任せて大丈夫なのかと不安になった。
「辻ちゃんは翼無いのにあそこまで行けるの?」
ふと疑問を抱いた允は辻にそう質問する。
「私達は地球に行ったりしたときに移動しやすいように浮遊、と言えるほど滑らかにはいかないけど、多少空中移動ができますから。」
そう言って辻は「まぁ出来ない子もいるんだけどね」と付け足す。
「ちょっと、送迎の係を手配しますので、少々待ってください。」
冷静に見せかけて慌てたゼウスは、懐から携帯を取り出した。それを見た五人は微妙な顔をする。
「この世界もハイテクだな。」
「あるんだ、携帯。」
「なんか携帯使ってるとかイメージ的に嫌だ。」
「携帯あるならヘリとか用意すればいいのに。」
そして口々に言いたいことを言う五人は、多分あの人のことだから少し長めに時間がかかるだろうと予想し、その場に腰をおろす。
「せっかくなので、この国の話でもしましょう。」
そう言いだしたのは辻だった。
「それがいい。これから多分世話になるし、聞いといたほうがいいだろうね。」
目線は上空をみたままの弘がそう言った。
「じゃあ、簡単な説明しますね。ここは特に国の名前無いんですけど、まぁ、皆さんの言う天界みたいなもんです。」
それを聞いた五人は口には出さず、国名が無いことに心の中で密かにつっこむ。その時の表情の変化など一切気にせずに、辻はどこから出したのか、地図を広げながら説明を続ける。
「いま私達がいるのはアルファ都です。主に私みたいな人と動物の中間みたいな感じの人々が多くすんでます。で、私から左側にずっと行くとスラユ都がありまして、そこはゼウス様のような人型、あるいは天使型の方々が多いです。反対の右側は、サシャール都といいまして、動物のみで形作られたような方々が多くいらっしゃいます。最後に私の手前側に他の都すべてと隣接するようにあるのは亜科羽都で、ここには・・・」
「アカバ?亜科羽だけなんで漢字なんだ?」
地図を見ながら颯真が辻に問う。
「それは、今から言おうと思ってたんですよ。」
小さく笑いながら辻はそう言い、再び説明を始める。
「亜科羽都は、漢字で表記されてるんですが、ここには地球の日本、また中国など漢字が使われる場所で言い伝えられてきた方々が住んでます。四神様とかいらっしゃいますよね、あのあたりなどです。」
颯真はなるほど、と頷いた。
「そしてこの地図上のここの孤島は、まぁ、冥界ですね。冥界といってもここと仲悪いとかはないので、安心してください。昔はいろいろと戦いもありましたがね・・・」
「あと、この国は意外と狭いんですよ。皆さんの住む地球ですと、そうですね・・・オーストラリアくらいの面積になりますね。」
「意外と狭いな。」
「でしょう?狭いんですよ。」
何故か得意げな辻に、允が尋ねる。
「それだけ狭いと、地球のように球体の星?だとは思わないんだけど、国を外れてずっと行き続けるとどうなってるの?」
「行き続けますと、海が突然途切れてて、そこから先は真っ白な空間が続いていると聞きます。」
「真っ白な空間?」
不思議そうに允が訊く。その目には好奇心や興味が輝いている。
「虚無の空間だと言われてます。何もない場所だと。そこに入ると戻れないだとか。ですので、此方にいるときはそのあたりにも気をつけてくださいね。」
へぇ、と允は呟く。なにやら恐ろしいものがあるのだな、と茜は神妙な顔になる。話を聞いたほたるは、もし行けたとしても絶対に行くものか、と震えながら思った。
「あとは時間や日付ですが、皆さんが住んでる所と同じなんです。四季もありますし。ただ、昼夜は反対みたいですね・・・」
茜はふと視線をもともとゼウスがいた位置にずらす。そのとき、その場にゼウスがいなかった。「ゼウスさんがいない」と茜が呟くと皆少し慌てて辺りを見渡す。
すると、商店街に続く小道から、ゼウスが息をきらしながら走ってくるのが見えた。
「ゼウスさん、大変そうだね。」
ぽつりとそう言った弘の後に、辻はつい心の声を漏らす。
「若い頃より体力落ちましたね・・・ゼウス様。」
それを聞いて五人はほんの少しの間顔を見合わせる。
「ゼウスさん、20歳くらいに見えますが・・・」
「あぁ、まぁ、人の外見としてはそうですね・・・」
ほたるの言葉を聞いた辻は意味ありげにそう言うと、視線を横へ逃がした。
そうこうしていると、ようやくゼウスが此方へ到着する。
「ちょっと、ついてきてくれますか?」
ゼウスは肩を大きく上下させながら呼吸をしているくせに、平然としているように見せようとしている。
この世界に呼ばれた事情の説明を聞くのには、まだまだ時間がかかりそうだ、と五人は察した。辻は、静かに溜息をついた。
アンティークな雰囲気の商店街。通路はそれほど広くないが、七人が固まっていてもすんなりと通ることの出来る混み具合だった。見渡すと、狼の耳と尾を生やした男性が屋台で紅茶を振舞っていたり、綺麗なドレスに釘付けになっている天使達がいたり、なにやらヘドロのようなものが歩いていたりと様々だ。多くも無いが少なくも無い、そんな気持ちのいい賑わいをしている。
つれて行かれたのは、そんな商店街の通りではなく、入り組んだ路地裏だった。路地裏を抜けると、向こう側にも別の通りがあり、近道として路地裏を抜け、そこに行くのかとゼウス以外誰もが思った。しかし、ゼウスは路地裏のさらに細い道へ入り込んだ。
「どこへ、行くのですか。」
不安になった辻は、ゼウスにそう訊いた。
「直ぐに着きます。もう少しだけ歩いてください。」
ゼウスは足を止める様子も無く、それだけ言った。弘や颯真は眉を顰めてあたりをきょろきょろと見渡す。ほたるは躓かないようにと足元を睨み付けるように見て歩いている。
「着きました。」
そう言ってゼウスが止まったのは、すすけた紫色のドアの前だった。ゼウスがドアの横にある金色の紐を引くと、ドアの中からチリンチリンと綺麗な音がする。
数秒すると、ドアの向こうからコツコツと足音が聞こえ、ドアの前で止まった。
「どなた。」
透き通った声がした。
「私ですよ、ゼウスです。今日は頼みがあってきました。」
「さっき、電話で言われたからしってる・・・」
ドアの向こうの人はそう言うと、カチャリとその重たいドアを開けた。
「いらっしゃいませ・・・」
中から出てきたのは白髪ショートの女性だった。前髪は数束黒く、目は紫色で、不思議な雰囲気を醸し出している。
「みなさん、中へどうぞ・・・」
彼女の声は綺麗でふんわりとしたものだが、どこか無表情な声だ。ゼウスを含め、七人は中へ入る。
中は、いかにも怪しい店といった感じだった。大釜が火にかけられ、棚には分厚い本と薬品のようなものが並んでいる。壁には十もの時計が掛けられ、それぞれのタイミングでカチカチと音をたてている。頭上で輝くシャンデリアは手入れがよくされており、部屋をぼうっと薄暗く照らしていた。
「皆さんようこそ。スー・・・ゼウス以外ははじめまして・・・。私はシャルロス=ハーモネア、よろしく・・・」
丁寧にお辞儀をしながら彼女はそう言った。スー、とはゼウスの呼び名のようだ。二人はよほど親しいのだろう、と弘は思った。
「ここは、シャルロット・ビースト店。主に召喚型の獣達を譲る店だけど、薬品とかも、作る・・・」
ゼウスを除く六人が、部屋の中を見渡しているのに気づき、大釜に目を移しながらシャルロスは言う。
「内装は、六割方趣味、だから・・・気にしないで。」
そうしてシャルロスは「とりあえずそこに座ってて」と言って店の奥へ入っていった。
「凄いね、ここ。」
そう口にしたのは茜だった。
「なんか、ね。魔女の家みたいだ。」
ほたるは真剣な顔でそう言った。それを聞いて店内をきょろきょろと見渡した颯真は、ふと思ったことを口にする。
「よくこんな路地裏にあるな。儲かるのか?内装も店って感じじゃねーし。」
確かに、と皆同意する。
「店だけど、収入を多く得るためにやってるわけじゃない。必要な人にしか案内をださない・・・」
颯真の言葉を聞きながら紅茶を持って戻ってきたシャルロスはそう言った。
「今日はここの獣達をあなた方に譲っていただこうと思って来たのです。こっちにいる間は、人間だと移動するのに不便なときがありますから。彼女なら、良い子を譲ってくださると思ったのでね。」
ゼウスはそう言い、シャルロスが入れた紅茶を啜る。
「美味しいですね、今日のこのお茶は?」
「キャルシーの花とぺラソワレのブレンド。香り付けにローレンがつかってある・・・」
「そうですか、今度買わせてください」と言い、ゼウスは紅茶をもう一口飲む。それを聞いたシャルロスは「品としては出してないんだけど・・・」と呟く。
「とりあえず、皆さんこちらへ・・・スーは、そこにいればいい。ひつじちゃんは・・・見たかったらついておいで・・・」
くるりと店の奥側に体を向けたシャルロスはそう言った。それに続けて、シャルロスはこう言う。
「ひつじちゃん、なかなかいい力もってる・・・薬作るのに、役立ちそう・・・」
辻はシャルロスが言ったことについて、一体何のことなのか訊こうとおもったのだが、シャルロスはなるべく急いで・・・と言いながら奥のほうへスタスタと歩いていってしまった。六人は、慌ててシャルロスの後を追った。
シャルロスにつれて行かれたのは、綺麗な木製のドアの前だった。
「こっから先は、獣達がいるから、気をつけて。しつけはしてあるけど、初めてだし、気が合わない子だと危ないかも・・・」
そんなことを言われ、六人、主に颯真は入る気が失せるが、そんなことは気にも留めずにシャルロスはドアを放った。
そこに広がるのは山に囲まれた草原。あたりは美しい花が咲き、数十頭の獣達が放されていた。
「ここは、私が作った場所・・・人間の体に合わないかもしれないけど、多分、貴方達なら大丈夫・・・」
そうして六人全員をその中に入れ、ドアを閉じた。
「ここにいる子達から、気に入った子を選んでくれたらいい。ただ、力を封じ込めるための道具が、今はこの五つしかない・・・スーの注文が突然だったから。でも大して変わりないから私が適当に選ぶ・・・」
そう言ってシャルロスは手に提げた黒いバッグから、小瓶とカード、小さな帳面と指輪とブローチを取り出す。
「力を封じ込めるって?」
疑問を投げかけたのは颯真だった。
「力を封じ込んで、一緒に移動しやすい容姿にする。しないと、大きすぎて一緒に街とかをあるけないから・・・それ以外にもっと大事な理由もあるけど。」
なるほど、と颯真は納得を見せる。
「じゃあ、成人済みの獣達を呼びますね・・・」
シャルロスは首に掛けていた数本の笛の中から、銀色の笛を吹く。その音は、六人の耳には聞こえなかった。
シャルロスの前に、十三頭の様々な獣達が集まってきた。
「まずは一人ずつ前に出てお辞儀して。お辞儀、返してくれなかった子は、多分気が合わない・・・」
そう言われ、まず前に出たのは弘だった。どうやら他の四人から先に行けと無言で訴えられたらしい。弘は緊張で方を強張らせながらお辞儀をした。
そのお辞儀に、お辞儀を返してくれたのは十一匹、残りの二匹は、興味のなさそうな顔をしている。
「結構たくさん返してもらえてるから、よかった。あの二匹は・・・・・・もしかしたら女の子がいいだけかも・・・」
「そういう子もいるから・・・」とシャルロスは加えて言った。ほたるはそんな奴もいるのか、と怪訝な顔をする。
続いてお辞儀したのは颯真だったが、返してくれたのは、まさかの二頭だった。それにはシャルロスも驚く。
「颯真、いつもあんなんだから。」
ほたるにそう呆れられるが、颯真は意に介していないようだった。
「次、僕が行くね。」
前に出たのは茜で、茜はあまり丁寧とは言い難いお辞儀をした。そんなお辞儀でありながら、お辞儀を返してくれたのは、十三頭、全てだった。
「凄い・・・次は、そこの色白くん。」
色白くん、とはほたるのことなのだろう。ほたるは不安になりながら一歩踏み出し、茜の方に顔を向けた。
「やっぱり、茜はここに慣れてるから。」
ほたるは仏頂面で言う。
「そんなに慣れてないよ。」
「俺らと比べたらの話。」
そうして仕方なくほたるがお辞儀をしに出ると、中から一頭、青く、下半身が魚のような形をした馬のようなものがほたるの傍へ寄ってきた。
「うわっ・・・」
襲われると思い叫びかけたが、その獣は甘えるようにほたるに擦り寄る。それを見てシャルロスは真顔で大人しく拍手をする。
「・・・決定。その子、懐いたら名馬。理由はわからないけど凄く懐かれてるから、その子にするといい・・・」
ほたるの承諾無しに決定をしたシャルロスは、ほたるに他の四人が並んでいるのと逆の場所で待つようにと言う。それに、その獣もついていく。
「その子はケルピー。名前でも、考えてあげてて。相当好かれてるみたい、不思議。」
シャルロスはそう言うが、一番不思議思っているのはほたるであった。
「じゃ、最後に女の子・・・」
そう言いかけたシャルロスは、何かに気づいてその口を止めた。
「・・・足元の子猫はどうしたの。」
允は自分の足元にいるルークを見る。ルークは悠長に「にゃぁ」と鳴く。
「僕の飼い猫のフルックです。ルークって呼んでますけど・・・」
允には、シャルロスが何を言いたいのかがわからない。
「ルーク・・・立派、凄い子。」
急にそう言われた、しかし允はさっぱり訳がわからず、「はぁ」と答えるしかなかった。
「でもその子、猫じゃないみたい。」
「えっ。」
その一言に反応したのは允だけでなく、後ろでずっと見ていた辻もあわせた全員だった。
「多分。今は、猫の姿だけど。」
シャルロスはうっすらと笑みを浮かべ、続けて言う。
「・・・君はその子で大丈夫だと思う。あとは三人。決めるだけ。」
ふいっと反対に並ぶ三人に目を移す。猫ではないと言われ驚いた允は、小首を傾げながらルークを見る。ルークは尻尾をゆっくり振り、「にゃ」と短く鳴いた。
「まず、不人気くんから・・・その次にめがねくんで最後に金髪くんね・・・」
シャルロスは微妙ではあるが特徴を捉えている呼び名で三人を呼び、選ぶ順番を言う。
「なんで俺だけ・・・」
そう言って頭を抱えているのは颯真、「不人気くん」だった。
「不人気くんは、あの二頭からえらんで・・・」
そう指指されたのは白い羽の生えた馬と金色の牛だった。
「じゃあ・・・・・・これ、で・・・・」
颯真は馬のほうに歩み寄る
「じゃ、その子。他と比べて気が荒い子だけど、勇敢な子。仲良くしてあげて・・・つぎ、めがねくん。」
茜は「颯真に性格が似てるね」と笑いながら言う。シャルロスに呼ばれた弘は、前に出る。前にでた弘は、数秒獣達を見つめた後、振り返りながらシャルロスに問う。
「あの。」
「なに・・・」
「俺、よくわからなくて、おすすめとかありますか?」
突然弘にそう尋ねられたシャルロスは少し考えて、こう言う。
「めがねくんには、大人しくて温厚な子がいいかも。この子とか・・・」
シャルロスが近づき頭を撫でたのは大きなハクトウワシのような獣だった。
「そうですか・・・。良ければ、その方にします。素敵です。」
「そう、じゃあこの子ね」と弘に渡された巨大な鳥のような獣は、キャキャッと鳴く。
「最後は金髪君なんだけど、どの子がいい・・・?」
意外に面倒くさがりなのか、長々と獣選びに付き合っているシャルロスは早く決めてくれというような目で茜を見る。
「僕は、この子で。」
茜がそう言って選んだのは、黄金色の毛をした大鹿だった。
「そう、陽気な子だし気が合いそう・・・」
シャルロスはクスリと笑ってそう言う。
「皆決まったから、名前、つけてあげて。好きなように。」
「名前?つけていいの?」
嬉しそうにそう答えたのは茜だった。茜はネーミングセンスが一般と大幅にずれている。そのことは、茜がギターに「飯田さん」と名前をつけたことをはじめに、同居している四人は気づかされていた。弘はこっそりと名前をつけられる側はかわいそうだなと思う。
「名前か・・・シャーロックでいいか。」
茜の選んだ大鹿を心配する弘の隣で颯真がそう言った。
「いいのか、それで・・・」
「十二分だろ、なぁ、シャーロック。」
シャーロックと名付けられた翼を持つ白い馬は小さく鳴き声をあげた。
そうすると先程からぶつぶつと何かを言っていた茜が、声のボリュームをあげて言う。
「五十嵐さん・・・五十嵐さんにしよう。」
茜の顔は自信にあふれている。
「・・・」
弘は呆れ、黙って茜に視線をぶつける。それに気づいた茜は、「いいじゃんべつに」と口を尖らせる。
「好きなように、つければいい。呼んでわかればそれでいい・・・」
シャルロスの言葉をきいた允が「お前はそれでいいのか・・・」と言いながらその大鹿の頭を撫でると、大鹿は嬉しそうにキュッと鳴いた。どうやら気に入っているらしい。それを後ろで見ていたルークは、自分もかまってくれ、と言うように允の足に擦り寄る。
「俺はどうしようかな・・・」
自信がない様子でそう呟くほたる。そんなほたるを励ますようにほたる「を」選んだ獣は静かに鳴く。
「まずこれ、性別どっちなんですか・・・」
懐いてきた獣の性別の確認をずっと試みていたが、どうもわからないほたるはシャルロスにそう尋ねる。
「ああ、忘れてた。みんなオス。君以外の子はね。」
「え、俺のだけメスですか?」
それを聞きシャルロスは頭を横に振る。
「その子は、性別がないから・・・」
ほたるは「そうなんですか・・・」とだけ言った。性別が無いなんて少し厄介だとも思うが、これほどまでに懐いてこられて、かえすわけにもいかなかった。
「メルク・・・かな。」
ほたるはぽつり、とそう言い、擦り寄る獣の頬を撫でた。
「じゃあ、お前はブラン、でいいかな。」
弘はようやく、大鷲の名を決めた。
「白?悪く、ない・・・」
シャルロスは弘のつけた名前に対してそう言った。
「白ってどういうことだ?」
颯真が言う。允も不思議そうな顔をしている。そんな二人に弘は短く説明をする。
「フランス語で白って意味なんだよ。ブラン。こいつ、見た目がハクトウワシっぽいからさ。」
「へぇ、よく知ってるな。」
颯真は、何でわかるんだそんなこと、とでも言いたげにそう言う。
「フランス語、話せるの?」
允が首を右に傾けながら訊く。
「いや、話せはしないよ。」
弘は頬を掻きながらそう言う。允は「そう」と少しばかり残念そうにしている。
少し間が空いた後、シャルロスは一つ息をして、並んでいた残りの獣たちに近寄り解散させた。
「次は力を封じ込める方をやる・・・。勝手にやらせてもらうけど、ものによっては今の見た目と、かなり変わるから。ご了承を・・・」
そう言ったシャルロスは手に取っていた小瓶をメルク、カードをシャーロック、帳面をブラン、指輪を五十嵐、とそれぞれの傍に置くと、「全員一度中に戻るように」と指示をだした。
五人と、後ろで見守っていた辻は、木製の扉を開けて中へ戻った。その向こうからは、何かを唱えている声が聞こえてくる。
扉の向こうで、シャルロスが最後の一語を言い終えたとき、扉の数ミリの隙間から眩い光が漏れた。
そうして静まり返った扉の向こうから、シャルロスの「入って」という声がする。
弘を先頭に、六人はそっと中へ入った。
「どう・・・?」
シャルロスは五人にそう尋ねた。目の前に並ぶのは、普通サイズの鷲と鼬、白いウサギに白い蛇、見事なまでに先程見た巨大で幻想的な見た目ではなくなっていた。
「・・・随分と変わったな。」
「変わりすぎじゃない?」
颯真と弘がそう言う。
「このくらいのほうが、あっちでも一緒にいやすいと思った。」
その言葉を聞いて弘はバッと顔を上げる。
「まって、あっちって・・・もしかして家で飼うの・・・?」
「・・・あたりまえ。飼い主さんでしょ。ご飯は自分達と同じもので大丈夫・・・でも栄養バランスは気を使って・・・」
弘は「マジか・・・」と額に手をあてる。そんな弘を見て茜が「どうして?」と聞く。
「食費に・・・なにもかも忙しくなるだろ、家で喧嘩とかしないといいけど・・・学校の最中とか・・・」
「喧嘩は、しない。多分だけど。ただ、つれて帰ってからやっちゃダメなこととかは一通り教えておいたほうがいい・・・かも。」
ああ・・・と皆渋い顔をする。家にわちゃわちゃとペットがいる様子を思い浮かべると、大変そうだ。
「まぁ、いいじゃないか、私がしっかり面倒見て差し上げますよ。」
そう言ったのは、五人のうちの誰か・・・・ではなかった。
「誰、今の。」
「誰?」
「俺じゃない。」
「僕でもないけど。」
「じゃあだれだよ。」
「僕ですよ。」
五人がそれぞれ自分ではないと言っている中に、自分だ、と主張する声がした。しかし、五人の中、ましてや辻やシャルロスであることなんか考えられもしない。その青年のような声は、自分達の目線よりずっと下に感じた。
「私ですよ、わかりませんか?允さん。」
允はまさか、と足元にいるルークを見た。ルークの口の動きにあわせて、やれやれ、と声が聞こえる。
「僕です、ルークですよ。ルーク。僕が面倒見ます。今から皆が住む家の飼い猫である僕が。」
「ルー・・・ク、喋っ・・・・」
「驚かないでくださいよ。やだなぁ、前からずっといるというのに。それよりこの世界に驚かれるべきでは?」
少し笑いながらルークはそう言う。そして允に向かってこう続ける。
「允、君にあげたヘアピン、今、持っていますか?」
允は戸惑いながらポッケにしまっていたヘアピンを取り出す。
「おや、いつも持っててくれてるんですか、嬉しいです。」
允は、昔のことを思い出しつつ「大切なお守りだから」と呟く。
「それに僕の力の解放を願ってください。」
「はぁ・・・」
微妙な返事をし、允はそっとヘアピンに手を沿え、言われたとおりにした。そうするとヘアピンが光を発し、ルークの周りには雲のような霧が発生する。
霧が晴れると、目の前に二mに至る程の大きな黒い狐が姿を現す。
「実の姿でははじめまして。僕はノワールという名でしたが、もう僕はフルックです。」
シャルロス以外は、ただただ呆然と立っていた。
「あと、こうもできますよ。」
そう言って、ルークがもう一度霧に包まれたかと思うと、今度は身長百八十を超える男子の姿になっていた。艶のある黒髪は、赤い目を際立たせている。
「いやー、ずっと猫でいるのも大変ですねぇ。」
そう言って肩までの長さの髪を指でクルクルとするルークを見て、弘は言う。
「ちょっと、ゼウスさん殴りこんでもいいかな。この店に連れてきたのあの人だし。」
「えっ・・・」
「やめたほうが・・・」
辻とほたるには弘の発言が恐ろしく、「それ」の実行を阻止しようとする。「大丈夫、冗談だよ」と笑う弘の目は笑えていない。
一人取り残され一時間近く経ったそのころ、ゼウスは待ちくたびれてソファの上で寝息をたてていた。
「ところでこれ、どれがどれなんですか?」
シャルロスが作ったという広場から、店に帰りながら弘がシャルロスに訊く。見事に形を変えられた獣たちは、先程とは見た目が異なりすぎていて、どれが誰の選んだものなのかがわからなくなっていた。
「めがねくんのは、わかるはず・・・」
「いや、俺のはわかるんですけど・・・」
弘は自分の肩に乗っている鷲に目をやる。
「多分、俺のは蛇だよね。」
少し顔を歪ませながらそう行ったのはほたるだった。ほたるの首には白い蛇がしゅるしゅると巻きついている。
「おま、今絶対近づくなよ。」
右端に並んで歩くほたるに左端の颯真が威嚇するような目つきで言う。
「颯真、蛇苦手だもんね。イグアナは大丈夫なのにね。」
嬉しそうにそう笑う茜は「これからは悪戯ができるね」と誰にも聞き取れない声で呟く。颯真は十分に暖かい場所なのに寒気を感じた。
「白兎、シャーロック。鼬は五十嵐・・・多分。」
シャルロスが、まだ後のほうで歩いている獣たちが誰なのかを教える。茜は自分に寄ってきた鼬の姿になった五十嵐を手から肩へつたわせる。シャーロックも颯真に追いついて横を歩くが、颯真は蛇のメルクを気にしすぎてシャーロックに全く気づかない。
「颯真、シャーロックさん抱いてあげたらどうですか?足元にほうっておいたらたら踏むかもしれませんよ?」
そう指摘したのは允の後を歩くルークだった。それを聞いて初めて足元にシャーロックがいることを知った颯真は「ごめん」と言いながらシャーロックを抱き上げた。
「てか、いつまでその格好なの・・・」
眉間に皺を寄せながらそう言ったのは允だった。ルークはまだ百八十と無駄に身長の高い男子の姿のままだった。背後からその巨体がついてくると変に居心地が悪い。そして、猫のときには思わなかったが、このような人並みの意識を持った者にいままであんな風に甘えられてきたのか・・・と思うと、允は何処か複雑な気持ちになる。今でも何度かルークは、允の頭を撫でてくる。それを見たほたるは「こいつ、なかなか変態かもしれない」と心の中で叫んだ。
七人はゼウスのいる部屋に戻る。そこには、少し高級そうなソファの上で眠るゼウスがいた。
「また・・・その上で寝る。食べて昼寝ばっかりしてたら、太る。」
シャルロスは呆れた様子でそう言った。辻は「そうですね・・・」と言う。
「とりあえず、その子達連れて、今日は帰って・・・今、こっちはお昼の十二時になったから、あなた達のほうは夜中の十二時・・・もう、寝る時間。」
帰るようにと指示を出したのはシャルロスだった。
「本当は今日中に話を聞きに行ければよかったんですが・・・ね。寝不足はいけませんし。」
辻は残念そうな顔をするが、仕方が無い、と五人を帰そうとする。
「スーはほんとう・・・役立たず・・・・・」
神に向けて言うには失礼すぎる言葉だが、二人はそれほどに仲が良いのだ。
「じゃあ、帰らせていただきますね。」
弘はそう言うと、店から出ようと出口へ向かう。しかし途中で何かを思い出した様子で止まった。
「そういえば、どうやって戻るの。」
「魔法陣で来たんだからそれで戻るにきまってるでしょ。」
茜は「頭いいんだか悪いんだか・・・」と呟き、シャルロスに紙とペンを頼んだ。シャルロスは頷き、紙とペンを用意してこちらに戻ってくる。
「ちょっと待ってて・・・」
そう言うと茜は机に向かって魔法陣を書き始めた。だが数秒後に筆が止まる。
「こっから先覚えてない。」
いい笑顔で皆にかきかけの魔法陣を見せる。それには驚き、皆すぐには言葉が出なかった。弘は「お前も記憶力いいんだか悪いんだか・・・」と先程言われた言葉を思い出しながら言い返す。
「よくそれでこれたなぁと、少し感心します。」
ルークは口角だけを上げてそう言う。
「えっと・・・シャルロスさん、ヘルプ。」
焦る茜は、シャルロスを見た。シャルロスは溜息を一つつく。
「・・・どの型の魔法陣で来たの?」
茜は「見れば多分思い出すんだけど」と目を泳がせながら苦笑いで言う。「しかたない・・・」とシャルロスは呟き、本棚から数冊本を取り出す。
「どのタイプ?」
数冊の本を並べて、茜に聞く。
「あ、これ、僕のと同じ本。これの、多分百八十ページのだと思う。」
茜は一冊の黒表紙の本を手に取り、ページをめくる。
「あったあった、これと同じ。多分あっちも開きっぱなしだから、戻れるはず。」
それを聞いて、四人は安心する。そのやり取りを見ていた辻は「こんどから何処かに定位置で置いといた方がいいですかね・・・」とシャルロスに言う。
「そうしようか、ひつじちゃん、いい考え。じゃあ、私のこの部屋に一つ描いて置いとくから。今度来たときはそこから帰って。合鍵は・・・スーが持ってるから・・・」
ちらりとソファの上のゼウスに目をやる。子どものような顔で眠るゼウスを見て弘は、ゼウスが鍵の管理をしっかりと出来ているのかどうかが不安になった。
「とりあえず今日はそれで帰って。じゃあまたね・・・ばいばい。」
「さようなら。」
シャルロスと辻は頭を下げながら五人にそう言った。それを聞いて五人は挨拶を返し、家へと帰った。青い光に包まれた五人と獣達は、シャルロスの店から姿を消した。
「ひつじちゃんも、帰ったほうがいい。スーは・・・寝てるから、ほったらかして帰ってもいいと思う。スー、絶対、起こすの無理だから・・・」
ゼウスは一度寝てから二時間以内だと、よっぽどの事情が無い限り起こすのが面倒なほど寝起きが悪い。
「私も、帰りますね。では。」
辻は深く礼をして、店を去った。
静かになった店内には、時計の針の音が煩く鳴り響く。シャルロスは昼ごはんを作るためにキッチンへ向かう。仕方がないのでゼウスの昼食も作ってあげることにしたシャルロスは、冷蔵庫の中身の少なさにまた溜息をついた。
「あー、帰れたわ。安心安心。」
そう言って伸びをしたのは颯真だった。
「とりあえずは帰れて良かったな。これから忙しくなりそうだけどな。」
「多分ね。こっちにいても忙しくなるね。」
大量に増えた家の動物達を見ながらほたるは言った。弘は「うん」と死んだ目で応える。
「まぁご安心を。猫でない僕は仕事が出来ますから。」
自信ありげにそう言うのはルークだが、いまだに允にべったりひっついているところを見てほたるは、あまり頼れそうな人ではないなと思った。もちろん、他もあまり信用や信頼は抱いていなかった。
「今日はもう寝ようか。歯はしっかり磨けよ。」
弘はそう言うと、眠気におし負けそうになっている允の肩を叩いた。皆適当な返事をしてふらふらと洗面台へ歩いていく。允を洗面台へつれて行こうと腕を取った弘が、ルークを不機嫌にしたのは、不機嫌になった本人しか知らない。