残響と海月
ぷかぷかと。
少女は流れに浮かんでいる。
それが一番、楽だったから。
ぷかぷかと。
安らかに、漂流し続ける。
「――行か、ない、で」
写真部の部室に橙色の日光が差し込む頃。
ズボンのベルトを締め直した少年は、振り向かずに扉へと歩いている。
体育倉庫のお古だったマットに横たわったサキが、振り向くはずのないミキヒコの背中に、声をかける。
「みっ」
「サキ」
言い掛けたサキの言葉に、ミキヒコの淡白な声が割り込む。
「キミは魔法少女になった、だろ」
沈黙。
そして、ドアの開閉音。
「――――っ……!」
何度目かの、嗚咽。
着衣の乱れを直す余裕すら、サキには無い。
ただ、自身の涙腺から絶え間なく分泌される液体が枯れるまで、耐えることしかできなかった。
霜河ジュンはミキヒコを狂わせた。
石津サキにとって、ミキヒコとジュンはただのクラスメイトだった。
はずなのに。
サキはミキヒコに魔法をかけた。
優しかったミキヒコに、いつか戻れるようになる魔法を。
――「優しかったミキヒコ」を、見たこともないのに。
その魔法は効かなければならなかった。
それは石津サキという人間を維持するための希望であり、
未来を信じるための拠り所であったからだ。
ミキヒコは狂い続けている。
サキには、自身の行動が、無駄なあがきでしかないように見えた。
けれど、止めようとは思わなかった。
ぷかぷかと。
流れにのまれ、浮かび続けるクラゲ。
その脳裏には、ミキヒコの声と、さっきまでラジカセから響いていたノイズとが、細切れに散らばって再生されている。