狂い咲きの雑音
「五月蠅いわね」
ノイズをかき鳴らすラジカセの停止ボタンを軽く押して、石津サキは呟いた。
県立朱絹高校写真部、その唯一の部員にして部長である彼女の元に、霜河ジュンがやって来たのが3日前。
その時の置き土産のCD-Rを、サキは幾度と無く、再生しては停止する。
「――雑音しか聴こえない、か」
イジェクトボタンを押し、中のCD-Rの裏面を見る。
青地に、書き込まれた部分だけが緑色で示されるそれを、サキは30秒ほど眺めていた。
「違うのよ」
ため息。
「雑音しか、聴かせる気がないんだわ、彼」
もう一度、ラジカセにCDを納め、おもむろに部室のカーテンを開く。
そこから校庭を覗けば、陸上部の練習風景が広がっている。
サキはその中にジュンの姿を確認すると、校庭の周囲にミキヒコが居ないかどうか、キョロキョロと見回す。
陸上部員の声だけが響く、44秒。
直後、部室に小さな呟きが漏れた。
「――やっぱり、居ない」
ミキヒコが、居ない。
そのまま、サキの右手人差し指がラジカセの再生ボタンへ伸びる。
が。
その指がボタンに触れる寸前、サキの背後で扉の開く音がした。
「……何をしに来たの」
振り返ることもなく、サキは言い放つ。
その返事は聴こえない。
ただ、背中からそっと抱きしめられる感覚が、彼女を包む。
「魔法を、かけてもらいに、来た」
何度も、そうしているはずなのに。
サキの背中を抱きしめる身体は、かすかに震えている。
まだ、拒絶されるのかもしれないと思っているんだろうか……なんて事を思いつつ、少女は振り返る。
「おいで。また、魔法をかけてあげる」
言って、鈴鹿ミキヒコに口吻をする。
いつものように。
その日も、ミキヒコとのキスは血の味がした。
ラジカセからは、二人の全てを外界から遮断するかのように、雑音が響く。
口吻の音。
押し殺した、ともすれば悲鳴に聴こえそうな、声。
それらは全て、ノイズに包まれ、視えなくなった。