ボクのたね
ユースケが目を覚ましたのは夕方でした。
「あっ!」
ユースケは思わず声を出てしまいました。見覚えのある家具の配置、独特の木のにおい。そこは、おじいちゃんの家でした。おじいちゃんの家に来たのは、小学校の入学式以来でした。
「おっと、起こしちゃったかな?」
ユースケのすぐ近くにおじいちゃんがいました。おじいちゃんと言っても本当のおじいちゃんではありません。ただのご近所さんなのです。でも、お父さんもお母さんも、働きに出ているユースケの身寄りはおじいちゃんしかいないのでした。
「プールでは走っちゃいけないんだぞ」
ユースケは、プールで転び、頭を打ったためおじいちゃんの家に来ていたのでした。
「ごめんなさい」
そうユースケが言うと、おじいちゃんはにっこり笑って、
「ユースケは昔から元気がいいからねぇ」
と言いました。ユースケは赤ちゃんの頃からおじいちゃんとよく遊んでいました。でも、最近は会うこともなかったのでした。
ユースケが起きてから数十分が経つと、お母さんが迎えに来ました。
「すいません。またお世話になっちゃったみたいで」
「いやいや、私は嬉しいですよ・・・ゴホン、ゴホン」
二人で話していたときも、何度かおじいちゃんはせきこんでいました。
「だいじょうぶ?」
その大きなせきが、ユースケは気になっていました。
「大丈夫だよ。優しいね、ユースケは。そうだ、ユースケにいい物をあげよう」
おじいちゃんは手招きをして、ユースケを呼び寄せました。
ほんの数分でユースケは戻ってきました。満面の笑みで戻ってきたユースケをお母さんは不思議に思い尋ねました。
「なにをもらったの?」
ユースケはにこっと笑って、
「ひみつ!」
とだけ答えました。
次の朝、お母さんはユースケに質問されました。
「ここってあったかいかな?」
お母さんは不思議に思いながら答えました。
「そうね・・・暖かいわね」
「わかった! ありがとね!」
そう言うと、ユースケは小さな鉢に土をめいっぱい入れ、じょうろで水をやり始めました。
それを見て、お母さんは聞きました。
「なにをしてるの?」
「ひみつだよ」
「教えてくれない?」
「ひみつったらひみつ!」
おじいちゃんが亡くなったのは、それから三ヵ月後のことでした。突然の出来事でした。
目に涙をためながらも、泣かないように歯をくいしばるユースケにお母さんは言いました。
「強いのね、ユースケは」
優しい言葉にユースケは首を横に振りました。
「どうしたの?」
しゃくりあげながらユースケは答えました。
「おじぃちゃんにね・・・あのね、ボクね・・・やくそくしたんだ」
「約束?」
「うん・・・やくそく。あのね・・・まえにね、もらったたねをさかせてみせるって。でもね、さかなくてね・・・ボクやくそくまもれなかった」
「そうなの・・・」
「おじいちゃんにみせてあげたかった・・・」
ついにユースケの目からたまっていた涙がこぼれ落ちました。
「泣かないで。おじいちゃんは元気なユースケが大好きだったのよ。ほら、泣かないで」
ユースケはじっと下を向いたままです。
「・・・なつ・・・」
ぼそっとユースケが言いました。
「なに?」
「なつになったら・・・あったかくなったら・・・はな・・・さくかな?」
さっきよりも、しっかりとした言葉でした。
「うん、咲くわ」
「じゃあ、ボク・・・もうなかないね」
大事に大事に育てられたその種は、二ヵ月後の寒い寒い冬に芽を出したのでした。あたたかい心のもとで。
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