五話
実はこれ、三十分で書いてるんだぜ?←
ご機嫌である。思わず鼻歌を歌いそうに成るほどに。
つい数時間前に家族との涙ながらの別れを済ましたホルスは、使い込んだ槍と餞別代りの昼食。少しばかりの私物を詰めた風呂敷を肩に担いで多少は整備されたあぜ道を歩いていた。
村中を驚愕させた祝福の伺い(村中では見間違いってことにされた)から二年。まだまだ幼少の時期を過ぎたに過ぎないが、この世界では一人立ち、成人は十五なのだが十二で一人前として扱われる。
そして多少兄とのなかはぎこちなくなってはしまったものの(告白が成功してホルスのことはあまり気にしていなかった)変わらず仲のいい家族の下から出て、迷宮がある都市、ミズールに向かっている最中なのである。
(きたきたきましたよ、これから俺の伝説が始まる!)
迷宮のあった場所に冒険者が集まり、その傍で冒険者相手に商売人が集まって町の形を作り、戦争が起こり色々あって自治権を勝ち取った、現在大陸に五つある国のどの影響もうけない都市、故に『自由都市ミズール』などと呼ばれる街への道中なのだ。
この世界では一般人に危険とされる“魔物”と総称されるものは迷宮の中でしか存在していない。神代からある迷宮の詳しいことはわかっていないが、いつの間にか魔物を迷宮が産みだしているのだ。
迷宮の階層が深くなるほど強い魔物が出るのも、迷宮の心臓部に近づいているからだ、と言われている。
(しっかし、この世界に来てからもらえなかったチートがこんな形でもらえるなんてなー)
そう思いながらホルスが手に出したのはステータスカード、と呼ばれているものだ。
ホルス:ヒューマン 槍使いLv29
祝福:混沌の神のケイオス(混沌と破壊を司る神々の長。混沌の系譜でもっとも強い力をもつ)
筋力:Ⅲ85
耐久:Ⅱ50
俊敏:Ⅳ98
魔力:Ⅲ25
体力:Ⅳ13
ホルスと同年代のレイスとミナの平均がいまだⅡだと言えば、既にⅢも後半にいるホルスの異常性がわかるだろうか。
(普段槍を練習でしか振ってないのにこの上がりようは異常だよなー。槍使いのレベルも高いし)
そう、ホルスはまだ、迷宮に潜ったりして鍛えたわけではないのだ。将来有望、と言えばいいのかも知れないがなにか落ちがあるのではないか、なんて基本的に不幸な前世の終わり方をした彼は考えてしまうのは、小市民としては正しいのかもしれない。
一般的には知られてはいないのだが、祝福を授ける神の階級が高ければ高いほど成長は早い。祝福が神の力の一部を授けることなので、階級が高い神ほど、多くの力を人に授けるのだ。
レベルや熟練度は神の力で人を作り変えるようなものなので、実は高級の祝福を授かっているホルスの成長は普通だったりするのだが、そのことを彼が知る術はない。
「お? おー!!」
村を出て六時間ばかし歩いて、変わらない森の景色に辟易していた頃に、地面の質が変わった事に気が付く。
今までの多少整備されたあぜ道ではなく、しっかり整備された道に合流しているのだ。T字路になっていて、看板が立っていることに気が付く左は『王都 ケイルスヴァイ』右は『ミズール迷宮都市』となっている。
「よっしゃーここまで着たらあとはもう一息!」
自分で自分に気合を入れつつ、そろそろ食事のために一息つこうかと考える。丁度多くの人も使用するのか、看板の後ろに腰掛けるのに丁度いい大きさの岩と、焚き火のあとを見つけて、そこで一息つくことにする。
「ミナ特製おべんとー」
昔によく見た青狸のまねをしつつ手荷物を入れていたリュックからお弁当を取り出す。
この二年で恋仲になったレイスとミナなのだが、お弁当を作ってもらったことはないらしいレイスの恨みがましい目を思い出して笑いそうになってしまう。
「だってーレイ君いつも要らないっていうじゃないー」
ぽわぽわした言葉の中に多少の棘が混ざり、なにも言い返せないレイスの哀愁に、旅立ちにこれかよ。なんてげんなりしたのが一入の苦味のトッピングになっているような気がする。
「サンドイッチ、もどきかー。うむ、旨いね!」
昔食べた市販品の味なんて覚えてはいないが、この鮮度には敵わないだろう。そう本気でホルスは考えながら租借する。
別にシャゼン村では特別なものではないレタスのような野菜に、ぱさぱさになるまで炒った鳥のもも肉。新鮮な卵を目玉焼きにして、ミナ特製のマヨネーズのようなソースが入ってるだけのものだが、成長期のお腹を満たすだけのボリュームもあり、満足するホルス。
食後の動作だけはおっさんのようで、大きく膨れたお腹をさすっている姿を見るのは誰もいない。人間は。
「へっ?」
不意に背後で聞こえた物音に、胃に行っていた血液を無理やり頭に送る。
「グルゥ!」
お腹いっぱいのホルスとは対照的に、お腹を空かせていますよーと言わんばかりの涎だらだらの黒い狼が茂みの中から出てくる。
この辺は、魔物はでないが、魔獣と呼ばれる、知性のない獣は出るのだ。しかしこの程度、これから迷宮に潜ろうとする冒険者がまごつくものではないのだが。
今にも飛び掛らんとする狼に対し、腰を低くして目を逸らさないようにしながら、槍をとり、何時も通り中腰に、地面と水平に構える。
この二年間で身長が百五十程まで伸びた。体重も多少は増え、全体にしっかり筋肉をつけたホルス。
実践も、村の大人と混ざった狩りのなかでそれなりにではあるが経験して来ている。生き物を殺すことにも既に忌避感はない。ただ、生き残るため、自分の強さの証明として、と割り切っている。
「ハァ!」
狼が動こうとしていた機先を制して自分のもっとも自身のある、もっとも早い技を繰り出す。
つまり、順突き。ただ単に敵に向かって槍を突くだけなのだが、槍の基本で全てとも言っていい技で、なによりも敵に向かって一直線に走る槍はどんな技よりも早く相手に当たる。
脚に力を入れ、地面を蹴った力を腰を回すことでそのまま上半身へ伝える。上半身に伝わった力を、螺旋を描くように腕を出すことで漏らすことなく穂先へと伝える。
鈍い感触とともに、狙い違わず狼の右目を貫いて頭を貫通させた槍に、重さが伝わる。奪った命の重さが。
「……ふぅ」
その重さをしっかり確認したところで緊張を解いて、自分が狩った獲物を改めて確認する。肉は街についたら売るか塩漬けにして非常食にすればいいし、毛皮は雑貨屋などで買い取ってくれるだろう。
そうあたりをつけて、自分の浪漫へと続く道を進めるために、ホルスは動き出した。
誤字脱字、感想なでいただけたら幸いです。