第1話-8 二人の転校生 世界の真実と管理人
神子上の家は学校から歩いて20分の、
遠いとも近いともいえない、なんとも微妙なところにあった。
俺の家の方角は学校から見て南方面で、神子上の家は東方面だ。
ここからなら、歩きで30分ぐらいか。
到着したのは閑静な高級住宅街。
道に沿って一軒家がずらっと立ち並んでいる。
つまり、一般に俗世間から勝ち組と称される分類の人々がすむエリアだ。
高級車を持っている家が多いのが、その動かぬ証拠だ。
高級車……誰か1台だけでいいから俺に恵んでくれ。
免許とったら、かわいがってやるから。
「ここが私の家よ」
神子上が後ろにいる俺たちの方を振り向きそういうと、
家の前の腰の高さほどの小さな門を開けて、敷地に入り、
ドアの鍵穴に鍵をさす。
「家族は?」
神子上が鍵を開ける前に聞いておく。
ドアを開けたら不意打ちで神子上の親父と鉢合わせになって、
「あ、ああ、あはは……、どうも、初めまして……」
なんて事態になったらアレだからな。
最悪の展開としては、親父が頑固親父という男気溢れる純国産タイプで、
その親父が俺を娘の彼氏と勘違いして、
「そこに座れぇ!!」
と言われることが考えられる。
万が一の事態として有りうる。万が一だが。
そんなことでビビって、喋るときに声が裏返って恥をかかないように、
前もって心の準備をしておきたい。
「一人暮らしよ。家族はいないわ」
と、神子上。
「ああ、そう。俺と同じだな」
「コウくんも一人暮らしなんだ……」
意外そうに答えた神子上。
神子上も一人暮らしだったのか。
俺も神子上が一人暮らしなんて意外だと感じた。
ていうか、この家2階建てだよな?
一人にしちゃ、広すぎやしないか?
ガチャ、という音とともにドアが開いた。
「お邪魔します」
俺は一言、神子上に続いて入る。
零雨はその後。
家の中に入ると、まあ、女の子らしいオシャレな部屋、
という感じだ。
リビングには木製の本棚が一つ置いてあり、
中心にはテーブルとイス5脚。
その奥には地デジに対応してそうな薄型テレビが、ドンと構えている。
不思議なことに、ブランドやメーカー名は載っていない。
うむ、ここにもミステリーが。
それもそうだが、一人暮らしで、なぜイスが5脚もいるんだ?
仮にも神子上に彼氏ができたとしても、2脚あれば十分のはず。
「神子上、一つ聞いていいか?」
「ん?何?」
「神子上の家族は何人いる?」
神子上が、自分を含めて5人、と言ってくれれば、イスの疑問は簡単に解決する。
家族そろって、実家から神子上の家に遊びにいく、と考えれるから。
《5人家族》、またはそれに類する答えはすぐに出るはず。
そのはずだった。
「さっき、家族はいないって言わなかったっけ?」
これが神子上の答えだった。
「俺が言ってるのは実家の家族のことなんだが……」
「だから、私にはその家族自体がいないの」
「聞きにくいことだが、孤児だったのか?」
俺は神子上の暗い過去に触れようとしているらしい。
ここは慎重に……
「私には過去にも現在にも未来にも《家族》はいないの」
俺の頭の中で予想している回答が、ことごとく裏切られている。
ちょっと調子が狂うな……
まず、親なしにして子は生まれない。
必ず産みの親がいるはず。
少なくとも、地球に芽生えた最初の生命以外は。
「そのことについても、今から話すわ」
俺が返答するより先に神子上が言う。
「ああ……分かった」
今更気がついたが、俺が心配していた荷解きの手伝いは、
どうやらないようだ。
紀憂に終わって一安心。
待て、一階に段ボールは見当たらないが、
二階に未開封の段ボールが隠されているかもしれない。
やはり引き続き警戒と注意が必要だ。
「まずは座りましょ。
コウくんはそっちに座って」
神子上は俺にそう言って、俺が指定された席の、
反対側のテーブルのイスに、今まで空気と化していた零雨と並んで座った。
俺と女子二人がテーブルを挟んで向かい合っている構図だ。
「じゃあ、本題に入るわね」
神子上が切り出す。
「コウくん、あなたに頼みたいことがあるの」
「引っ越しの荷物の荷解きか?」
何度も言うが、それはゴメンだ。
「あはは、そんな、違うわよ。
あなたに私達と友達になってほしいの」
神子上は笑って言った。
え?それだけ?
まさかの、わざわざ家まで呼んで、たったそれだけってやつ?
いくらなんでもシャイすぎるだろ!
「もちろん、あなたをここまで連れてきたのには、
さっきから言ってるように、それなりの理由があるの。
……聞いてくれる?」
「ああ。聞くよ」
あくまでも、帰りたい姿勢は見せない俺。
神子上は、ふー、と一呼吸おいて話し出した。
「何をいきなり言い出すかと思うかもしれないけれど、
私と嵩文さんは同じなの。」
同じ?
「双子とか?」
「ううん、私達は双子じゃない。
私達は人間じゃない。
もっというなら、物理的な存在、
つまり物体でも、エイリアンでも、動物でも、植物でもない。
究極的には、
私達は本来物理的に存在しない……今ここに存在しているのは仮の姿ということ」
「何言ってるかさっぱりなんだが……」
物理的な存在じゃないとすると……幽霊?
ああ、考えただけで寒気がしてきた。
「私達はシステム。
そして、今ここに存在している私達は仮の姿で、真の姿は存在しない。
つまり、私達は本来、物理的に存在しない」
……明日俺、この二人に近くの精神科の先生を紹介してやろう。
「私達はあなたたちを管理しているの」
「…………は?」
開いた口が閉まらないとは、正に今の俺のことだ。
「さらにいうと、あなたはここに存在しているわ。
でも、本質的にはあなたは存在していないの。
さらにさらに言うと、あなたが存在していると思っているこの世界も、
本質的には存在してないの」
「どういうことだ?
現に俺は今、ここでこうやって座って存在しているし、
この世界だってこうやって存在しているじゃないか!」
あああああああ、頭がおかしくなりそうだ。
神子上は今、この世界がすべて《虚》であるといっているのだ。
世界が全て《虚》ならば、《実》はどこにあるんだ!?
そんなバカな話はない。
「信じられないでしょうけど、ここはシミュレート空間、つまり仮想空間なの。
正確な現在位置は、ステージ番号25、
私達はステージ25と呼んでいるわ」
あり得ない。
俺がシミュレートされているだと?
これはマジで精神科に連れていかないと……
「……つまり、ここはコンピュータの中と?」
一応、話には合わせておくようにしよう。
それが無難だ。
「正解。補足して言うなら、このシミュレートは、
膨大な数のコンピュータが連携して実行されているの」
いまいち、いや、全く現実感がない。
そうか、わかった!
これは夢だ!!
俺は寝ていて、夢を見てるんだ!
「今からここがシミュレート空間であることを、
証明してみせるわ」
神子上は席を立ち、キッチンへ。
零雨は座ったまま、おとなしくじっとしている。
ホントにシミュレート空間だと証明され……るわけないよな。
「これはリンゴ。そしてこれは包丁」
神子上はそう言って包丁でトントンと
綺麗にリンゴを8等分にし、その一切れを俺に。
「食べてみて」
言われたとおり、食べてみる。
何の変哲もないリンゴだ。
みずみずしくて、うまい。
ただ、やや渋みが……
いやいや、何故俺は頼まれもしてないのに、産地不明のリンゴの評価をしている?
「リンゴでしょう?」
神子上はニコリ。
神子上のほほえんだ顔には、俺のHPが25回復するぐらいの癒し効果がある。
実際、俺の体力はHPでは表されないし、
回復もされないから、ただの形容であることをお忘れなく。
「ああ、普通にリンゴだ」
俺が答えると、神子上は、
「このリンゴ、見てて」
と言い、零雨に《あれ》をやって、と指示する。
零雨はうなずいて、テーブル上に無造作に置かれたリンゴをただひたすら見つめる。
ただひたすら。
……!!!!
少しすると、リンゴが砂になり始めた。
それからものの10秒も経たないうちに、
リンゴの水分はどこへやら、薄茶色の乾いた砂の山になってしまった。
かつもくしてみる。
変化なし。
頬をつねってみる。
痛いだけで変化なし。
「シミュレート空間じゃないと、こんなことできないわよね」
神子上が言う。
確かにシミュレート空間らしい。
それと、もう一つ大事なことも理解した。
これは夢じゃない。
頬をつねったら痛かったからだ。
「信じてくれる?」
神子上が問う。
「俺が何て答えるか、シミュレートなら分かるんじゃないのか?」
「シミュレートしているのは、物体と、原始的生物だけ。
高等生物は脳みたいな物理的な《モノ》や、
その身体はシミュレートの対象だけど、
そのシミュレートから生まれる精神的なものは私たちには分からない。」
「つまり、脳味噌に流れる微弱電流とか、そういうものはシミュレートの対象だが、
その微弱電流の意味するもの(=思考)は分からんと?」
「そう。
……信じてくれる?」
「ああ。」
信じたくはなかったが、リンゴを見せられては信じるしかない。
だろ?
その後も長々と話があったが、まとめると、
・この世界はシミュレート世界で、この宇宙全体で一つの世界である。
・本物の世界はコンピュータの外にあると考えられるが、実際のところは不明。
・ステージとはシミュレートの段階のことで、
数字が高くなるにつれ、ハイレベルな世界になっていく。
例えるなら、最初は0次元(点)、次に1次元(線)、2次元(平面)、3次元……
と段階を踏んで進化している感じ。
だから、ステージ25=25段階目のシミュレート世界、というわけだ。
・平行世界は存在し、今はステージ1から30まであり、各ステージに一つの世界があるらしい。
・USERという、このコンピュータの所有者がいるらしい。
世界の創造主といったところか。
・シミュレートの最終ステージは42で、
USERがステージ43以降は存在してはならない、と指定したらしい。
コンピュータの性能に限界があるからだろう、と神子上は推測している。
「他に何か聞きたいことはある?」
神子上が一通り話終えて言う。
「ある。
400字詰めの原稿用紙に聞きたい事書いて積んだら、
エベレストを軽く越えるぐらいある。
まず、おまえらは何者なんだ?」
「最初にも言ったけれど、私たちはシステム。言い換えるなら、管理人ね。
システムはステージ0に分類されているの。
ステージ0には世界がない。
私たちが動作するのに必要なものしかない。」
「必要なもの?」
「各ステージのデータとか、私たちが存在するのに必要なメモリとか、
私たちをアップデート、つまり強化するためのプログラムとか」
「やっぱりアップデートとかあるのか」
「うん。
この子、嵩文さんはS0-v1.7f。
ステージ1から25までを基本的に管理しているの。
私はS0-v3.0a。
今はステージ30までしかないけれど、
最終的にはステージ25~ステージ42まで管理する予定よ。
私と嵩文さんの違いは、人間的な柔軟な思考が可能かどうか。
感情の有無とかもあるわね」
「v1.7とか、v3.0っつーのは、バージョンってわけか」
「そうそう。
その後のアルファベットは、ステージ0以外のステージに行った回数を表していて、
嵩文さんはfだから、バージョンが1.7の状態で6回行ってるわ。
私はaだから、初めてよ」
どうやら、
aが1回目、bが2回目、cが3回目……と続くようだ。
「まあ、あなたに理解できるように話しているから、
ステージ0には実際、アルファベットとか、
文字なんて概念が存在しないっていうことは覚えておいてね」
まあ何も知らない俺が、
いきなり言葉抜きの概念だけで理解しろ、なんてのは無理な話なわけで。
噛み砕かれた表現にしてもらえないと、おそらく誰も理解できるやつはいない。
「で、この世界に来た理由は何だ?」
俺がそう聞くと、なぜか神子上の顔が赤くなった。
何か恥ずかしいことでもあるのか?
「………」
神子上は黙ってうつむき、何かを考えている。
当たり前だが、《今日の夕食は何にしようかしら~》ではない。
「言うべきなのかな……秘密にしておくべきなのかな……」
神子上はそう呟くと、隣で窓から空を眺めていた零雨の肩を叩いた。
「ねえ、言った方がいいと思う?」
零雨は神子上に顔を向けると、首をかしげて、「さあ?」とジェスチャー。
「う~ん……」
さらに神子上は悩む。
「言っていいのかな……」
あー、そんなに悩むなら言わなくていい。
時間がもったいないしさ。
「……もう、言っちゃおっか。うん、言っちゃおう!」
そういって顔を上げた神子上は、俺に顔面スマイルを見せた。
2010年10月22日投稿