第1話-END 二人の転校生 非日常という日常
翌日、俺が真夏の元気いっぱいの朝日と、モワァッとする空気に歓迎されながら登校し、
大量の汗をかいて教室に入ると、
濡れた背中の気持ち悪さをも吹き飛ばすような、異様な光景が目に飛び込んできた。
「ねえ、麗香の家って、学校からどれぐらいのところにあるの?」
そういっているのは、
昨日話の腰を折られたと、にがにがしく不満を言ったチカだ。
「えっとね、歩いて20分ぐらい」
嬉しそうに答える麗香。
「零雨は?」
そういっているのは、
昨日話の腰を折られたと、にがにがしく不満を言ったチカに相槌を打ったジョーだ。
「……約23分」
零雨は変わらない口調で答える。
あいつら、俺の友達に一体何を……
俺の顔が引き攣っているのが自分でも分かる。
「あ、コウ、おはよー!」
チカが教室の出入口付近で茫然自失状態で立ち尽くす俺と目が合うと、笑顔で挨拶。
「あ……ああ、おはよう」
この挨拶のおかげで歩くという動作を思いだした俺は、自分の机に向かい、その上に鞄を置く。
そして早速麗香と零雨に手招きして、教室の隅に呼び出した。
「お前ら、ちょっと集合」
「コウくんおはよう!昨日はよく眠れた?」
陽気な麗香。
「いやいや、おはようじゃなくてさ、お前、チカとジョーに何をした?」
嵩文零雨と神子上麗香の二人にかかっている容疑は、《チート使用》の容疑。
二人はその特別なポジションを利用して、チカとジョーをいじった可能性がある。
「別に。何もしてないわよ?」
と、麗香。
「何もしてないわけねえだろ。
じゃあ聞くが、どうして昨日の今日であの二人がお前らの態度をコロッと変えるんだよ?」
「だからホントに私は何もしてないって!
今朝、登校中に二人にばったり出会って、いろいろおしゃべりしてたらこうなったの!」
そんな短時間でそこまで親しくなれるもんなのか?
なんか腑に落ちないが、朝からそんなに追及するほどのやる気はない。
そういうことにしておこう。
そのほうが俺にとっては楽だし、
第一、わざわざ追及して人間関係を損ねた、という馬鹿な真似はしたくない。
「そうか、疑って悪かったな。
それと……昨日、零雨から聞いたが、
俺がお前の家で友達になるのを拒んでたら、俺を消してたって?」
「そうよ」
さらっと言うなよ……
麗香は誰にも聞かれないように小さな声で言う。
「秘密を知っている人物は可能な限り少ないほうがいいのよ。
私達がここにいるだけでもシミュレートに影響を与えているんだから。
もし私と零雨がここにいなかったら、コウはいつも通りの生活をしてたはず。
例えるなら、小学校の授業参観みたいな感じ」
「どういうことだ?」
「授業参観日は、担任の先生はいつもと違う服装をしてくるでしょう?
いつもジャージ姿の先生が背広を着てきたり、女性なら化粧をしてきたり。
授業も、普段と違う授業をする場合も多いでしょ?
生徒だってそう。
後ろに自分の親がいるから、それをどうしても気にしてしまう」
「まあ、大抵の場合はそうだが……」
「つまり、親という存在、つまり私達がいることで、
先生や生徒、つまりあなた達に影響を与えてしまう。
授業も変わってしまう」
「言いたいことは何となくだが分かった。
この世界への影響を最小限に抑えるため、というわけだな」
「その通り!
だから、口外しないでほしいとコウにお願いしたのもそのため」
麗香はフレッシュな顔をして答える。
「しかしだな、友達になってほしいとお願いしたとき、なぜそれを俺に黙ってた?」
「いった時点で結果が変わってしまうじゃない!
それを言っちゃったら、消されたくないからって、みんなOKする。
それじゃダメ。心から進んで協力してくれる人じゃないとダメなの」
俺の場合、進んで協力したというより、
俺に特に害を及ぼさないだろうと判断したからなんだが……
このことは黙っておいたほうがよさそうだ。
ジョーとチカが、俺達が教室の隅で話している内容が気になったらしく、接近してきた。
「陰でこそこそと何話してるんだい?
俺も話に入れてくれよ」
と、ジョー。
無理だ。諦めろ、ジョー。
お前にこの話はついていけない。
それに言ったら俺が殺される。
「まあ、そんなに大した話じゃないのよ。
コウが、『部活は何部に入るつもり?』って聞いてきたから、
それについて色々とね」
麗香、ナイス!!
「ああ、そういう話だ」
俺も喜んでその話にあわせておく。
「ふうん、それぐらいの話なら、隅に集まってコソコソ言わなくたっていいんじゃない?」
う……チカ、鋭い……
怪しまれてる。
「で、どの部活に入るの?」
……と、思ったが違った。セーフ。
麗香はにこりとして言った。
「やりたい部活も見つからなかったから、帰宅部にしようかと思ってるの」
零雨も帰宅部、と言った。
「俺もコウもチカも帰宅部なんだ。
帰宅部だったら一緒に帰れるじゃん!」
ジョーのテンションが急上昇。
「また、新しい仲間が増えたわね!」
と、チカもうれしそう。
俺からすれば、また新しい悩みの種が増えてしまったってわけなんだが……
「仲間って、友達?」
麗香が首をかしげて不気味発言。
「友達って、まあ、そう……だけど?」
チカがまごつく。
零雨はさっきから黙って、服装の乱れがないか気にしながら聞いている。
「友達……友達って、こうやって作るの?」
麗香、もうやめとけ。
「はい?」
ほーら、チカが謎めいた発言にどうしたらいいかと困ってるじゃねえか。
「あ……ごめんね。
私、今まで友達だよって言われたことがなくて……
友達って、こうやって作るんだ、なんて思って」
麗香がしみじみと答えた。
まあ、大抵は友達っていうのはこんな風に
話が合って盛り上がることから始まることが多いが。
「そっか……でも、麗香は零雨ちゃんと昔からの知り合いなんでしょ?
友達じゃないの?」
と、チカ。
「零雨とは友達だけど、もう当たり前すぎて分からなくなっちゃってた。
今までずっと二人きりだったから。
二人だけじゃ、ちょっと寂しかったかな」
一応、麗香は零雨と友達らしい。
「ま、これからは私達も友達になるわけだし、何も心配することはないよ!
仲間も増えたんだし、盛り上がっていこうよ!」
盛り上がらないでください。俺が疲れるから。
「おう!夏休みも近いことだし、親睦を深めるのにはもってこいじゃないか!」
と、テンションが上がりっぱなしのジョー。
ちょっとお前、落ち着け。
一発ぶち込まれたら黙ってくれるか?と、俺は心の中で思う。
ハト派の俺は、よっぽどのことがない限り、
髪型のことをちょっと言っただけでぶっ飛ばすチカとは違って、実際にぶち込むようなことはしないが。
「ありがとう!」
麗香は笑った。
こんな感じで、
ステージ0という、よく分からんところから発生した二人の転校生は、
こうして頼んでもないのに俺達を非日常という新しい日常に巻き込んできたってわけだ。
2010年11月8日投稿