第1話-13 二人の転校生 俺、愚痴る。
残照も消え、空が綺麗なディープブルーに染まった頃、
俺はようやくマンションまでたどり着いた。
マンションの廊下の蛍光灯が、床を照らしている。
鍵をまわし、ドアを開ける。
すると、玄関から奥へと続く深い闇が俺を出迎えてくれる。
こういう時、独り暮らしの老人の気持ちが分かる気がする。
俺はまだまだしばらくは元気に力を抜きながら生きていく予定だが、
年を取るといつ死ぬか分からない。
せめて最期ぐらいは誰かに看取ってもらいたいもんだ。
とある外国では、ある独り暮らしのばあさんが亡くなって、
発見されたのはそれから40年以上経ってからで、家具はなかなか見れないレトロ品、なんて話もあったそうだ。
俺は闇に染まったリビングの明かりをつけるスイッチを、壁伝いに手探りで探す。
パチン
明るくなったリビングはテーブルの上に置かれた洗われていない食器や調理器具が、
床にはチラシやらごみ箱に捨て損ねたお菓子の袋やらが、
今朝の状態のまま、雑然と放置されている。
要は散らかってるってわけだ。
まあ、俺の家に来る奴なんて、まずいないから散らかってたって構わない。
家に来るのは、せいぜい契約している宅配クリーニング店のオッサン、
宅急便、新聞勧誘程度だ。
新聞の勧誘が来たときは、《独り暮らしで親がいません》のコマンドを使って退治する。
大抵の奴はそこで諦めてくれる、便利なコマンドだ。
たまによっぽどノルマが達成できていないのか、
親の住所まで聞きだそうとしてくるしつこい奴もいる。
そんな奴らには1000km離れた実家の住所を言ってやると、効果てきめん!
大人しく萎えて去ってくれる。
そもそも、俺は宿題やらTVやら外出やらで新聞なんて読む時間ねーしな。
というよりも、ぶっちゃけ、まず読む気がしねぇ。
TVで十分、と俺は軽く一蹴。
さて、今朝の朝食の後片づけをしなければならないが、ちょっと疲れた。
俺は制服のまま、ソファにバフッと飛び込む。
白い天井を見つめながら、
散々だった今日一日を振り返ってみる。
今朝、神子上麗香が登場、昼休みに放課後来いと呼び出され、挙げ句には自宅連行……
……はあー、俺は運がいいのか悪いのか……
よりによって俺に勝手に向こうから秘密を打ち明けてきて、
友達になってほしい、裏では拒否するなら消すと……
神子上麗香はニコニコしながら裏であんな命令をしていたとは、鬼畜だ。
何が「システム」だ。
何が「感情を持ってる」だ。
何が「人間的思考ができる」だ。
声色を変えながら、ただ表情筋をヒクヒク動かしてるだけじゃねえかよ。
神子上麗香には「慈悲」という概念がないのか?
……もしかすると、これが麗香に欠けていたプログラムなのかもしれない。
チロリン、という音が聞こえたような気がして、鞄の中の携帯電話を取り出すと、着信が2件。
それぞれジョーとチカからだ。
内容は、どちらも「放課後に呼び出されてたけど、どんな話だった?」というもの。
真実を漏らすとこの世から消されてしまうから、
特に何でもなかった、ただこの学校の部活の仕組みが良く分からなかったらしく、
適当に俺を選んで聞きにきただけだった、
とメールしておく。
どうか納得してくれ。頼む。マジで。
しばらくして、2人から返信が返ってきた。
一言でまとめると、「ふーん」だった。
セーフ、どうやら納得してくれたみたいだ。
そうこうしているうちに、時計はもう夜7時30分を指している。
そういえば腹が減ったな。
今日は俺、色々と頑張ったし、ピザでも頼むか。
どこからか、「別に何もやってねぇじゃねえか」、
という声が聞こえてきそうだが、否定はしない。
だが、トンデモな話を聞かされて、
精神的に疲労していることぐらいは分かってほしいところだ。
まあ、ピザぐらいいいだろ?
ちょっとお高いだけの庶民の食いもんなんだし。
えーっと、確かピザの広告はソファの下に入り込んでいた記憶が……
あったあった。
お、500円引き券付きだ。ラッキー!
俺は早速ダイヤルする。電話に出たピザ屋のオッサン曰く、注文殺到で配達まで90分かかるらしい。
商売繁盛、儲かっちゃってるねえ。
ピザを諦めたとこで、
クソ暑い夜に晩飯を買いに行く気にも、作る気にもなれん。
ピザを配達してもらうのが楽だ。
というわけで、俺は構わずピザを注文した。
ふう、ピザが来るまでに風呂入って、朝食の片づけをやらねぇと。
汚れた食器を使い回して食中毒、学校休みますなんていうネタを、
確か去年の今ぐらいの時期に俺がやらかして、周りから散々バカにされたという、
葬り去りたい過去があるから、食品衛生面だけは気をつけるようにしている。
風呂上がりの俺が食器を洗い終えたとき、ドアチャイムの音がなった。
「合計1575円になります」
顔を汗でびっしょり濡らした配達の若い男は言った。
お疲れさん。
「この券使えますか?」
俺が500円券を差し出すと、男は難しい顔をする。
「これ、期限が1年前ですねぇ」
やっちまったね。
この恥ずかしさにつける薬なんてない。
配達の男が、ポーチからおもむろに何かを取り出す。
まさか、前回の未徴収分の請求書?
いや、俺はモノだけ受け取って金を払わないなんて外道なことはしない。
「この券を出したことにしておきますね」
その男は、しわしわだが有効な500円引き券だった。
「あ、ありがとうございます」
「こちらの期限切れの券は回収しますね」
彼は俺から券を受け取ると、ビリッと破いてポーチへ突っ込んだ。
「本当はいけないんですけどね」
男は爽やかに笑った。
「では改めまして、お会計1075円になります」
「なんか、すみません」
俺はただただそうしか言葉が見つからなかった。
俺は料金と引き替えにピザを受け取った。
「ご利用、ありがとうございました」
男はそういって、彼もまた恥ずかしそうに足早に去っていった。
ドアを閉め、リビングへ。
世の中には、まだあんな親切な人いたんだな。
昭和の時代のとっくの昔に絶滅したものと思っていた。
俺はピザを、TVを見ながら1人で食う。
ピザにはいつもと違ううま味があった。
ピザを食い終え、ふとソファの横にポンと置いた純白の紙袋が俺の目に入った。
……食ってみるか?
いや、何か不安だ。でも気になる。
気が付くと、俺は紙袋の中に入っていた小さな袋を手に持っていた。
水色のチェック柄のビニル(と思われる)袋。
口を空色のリボンで蝶結びにして止めてある。
紙袋の中には、他にもおなじような、
緑色やピンクといった小袋がいくつか入っている。
食べるべきか?それとも、放っておくべきか?
食って体を悪くする・もしくは天国への片道切符をgetする可能性も、わずかながら存在する。
麗香の《多分大丈夫》の発言が、どうしても気になって、なかなか一歩が踏み出せない。
かといって安全策をとって、食べずに置いておくというのも、
俺の好奇心が許さない。
俺はこの葛藤をどうするべき?
このことを考えるのをやめると、結果的に安全策を取る形になる。
食べるか食べないかという、白黒ハッキリした問題だ。
グレーはあり得ない。
では、見方を変えて考えてみよう。
食べるか食べないかの問題は、麗香を信用するかしないかという問題に置き換えられる。
あいつがこの菓子で俺を消そうと考えている可能性はあるか?
あるなら、麗香を新しい友達、と信用した奴は、すべて消されることになる。
ないならば、こいつは無害。
ミスでもしない限り、食って問題はないはずだ。
麗香と零雨の話を総合的にまとめて考えてみると、
そう、よくよく思い出して考えてみると、
麗香も零雨も俺をおとしめる気はなさそうだ。
よし、食ってみよう。
俺は石橋を十二分に叩いた。
あとは渡るのみ。
俺は思い切って、空色のリボンに手をかける。
するりとリボンが解け、袋の中のクッキーが見えた。
一見、何の変哲のないクッキーだが……
クッキーの端を少しかじってみる。
確かにめちゃくちゃうまい。
変な味はしない。
舌が痺れることもない。
俺の紀憂で終わってくれそうな気配。
もう、何かあったらその時だ。
俺はクッキーを1枚丸ごと食べる。
そして、2枚、3枚、4枚……
結局、水色の袋の中のクッキーは、すべて食べてしまった。
それほどにうまかった。
残りの菓子はまた今度にしよう。
俺は紙袋をテーブルの上に置き、TVを消して、今日の宿題をするため、自室に向かった。
2010年11月3日投稿