第1話-11 二人の転校生 奇妙な合成菓子
「逆のことを……すればいい」
これが零雨の答えだった。
「逆?」
俺が聞き返すと、零雨はうなずいて続けた。
「世界の時間を……停止すると、コウの寿命は減る。
コウの時間を停止すると……コウの寿命は長くなる」
なるほど、俺が止まればいいんだ。
物理的にじゃなくて、時間的に。
冬眠みたいなイメージか。
世界を30分停止させたなら、その後俺が停止すればいい。
そしたら±0だ。
逆に世界を停止させた時間分以上の時間、例えば俺が40分停止すれば、10分寿命が延びる。
最高じゃねえか。
この理論で行くならば、俺が一万年停止したならば、
俺は一万年後の世界を見ることができるってわけだ。
「なるほど、これが俗にいう《逆転の発想》ね!」
神子上がポンと手を叩く。
俺はあることに気がついた。
「あのさあ、ちょっと言いにくいんだが、
そうこうしているうちに、もう15分も経ってる」
これだ。
「あっ!」
「…?」
神子上は口に手を当てて声をだし、
一方の零雨は首をかしげた。
システムのバージョンが違うだけで理解力にこんなに差があるのか。
「そうよ!私たちが時間を止めるとかどうこう言っている時間自体が、
おしゃべりの時間じゃない!」
神子上が言うと、零雨も理解したらしい。
「時間……巻き戻す?」
「んー、そうしてくれ……いや、やっぱりそれは遠慮するよ」
俺は零雨の提案を退けた。
ここで時間を戻すと、過ぎ去った15分ぶんの寿命が減る。
減った分の寿命を補うには、俺が停止しなければならない。
するとあら不思議、元の状態にカムバック。
それを補うためには……
そう、無限ループというくだらないオチが待っているだけだ。
とどのつまり、俺は過ぎ去った時間分の寿命は訂正できないことに気がついたのだ。
「そう……」
零雨は答えた。
神子上も理解したようで、何も言わなかった。
「コウくん、もう帰る?」
「ああ。これ以上初対面の人ん家での長居は俺の精神衛生上悪いから」
「そう。分かった」
神子上はおもむろに席を立つと、ちょっと待ってて、と俺に言って二階へ。
何をしにいったんだろうか。
あれ、零雨はどこへ行ったんだ?
零雨がさっき座っていたイスから消えている。
ふと横を見ると、鞄を持って俺のそばに立つ零雨の姿が目に入った。
いつの間に瞬間移動したんだよ!
零雨にはまったく存在感が感じられない。
「おまたせ!」
神子上が純白の紙袋を持って二階から戻ってきた。
「これ、持って帰って!」
「ん?何これ?」
神子上が渡してきた紙袋を受け取り、
中を覗いてみると、どうやらお菓子のようだ。
なるほど、こういうのはよくあるパターンだな。
お付き合いを続けるという意思表示をする常套手段、とも言えるか。
……一部の例を除いては。
「お菓子か。ありがとな」
俺が礼を言うと、神子上は
「私のオリジナルよ。
人間の味覚の嗜好データからはじき出した、
お菓子として最もうまいと感じられる味に合成したの」
と言う。
……出来れば、私のオリジナル、というところで止めてほしかったんだが。
合成って……食って大丈夫なのか?
合成って何か、いいイメージないんだが。
奇妙なモンを食った瞬間にコロリ、は絶対に嫌だ。
神子上は俺の若干戸惑う顔を察した様子で、
「やだなあ、多分食べても害はないって!」
という。
おいコラ多分って何だよ、多分って!
家に持ち帰って、食べたらあの世行き~のくだりはどこかで聞いたことが。
あ、あれだ。
ゴ●ブリ駆除のCM。
俺は下手をすると、ゴ●ブリと同じ死に方をするのか。
一応、受け取っておこう。
食うか食わないかは俺の自由だし。
「そうか。受け取っておくよ。ありがとな」
俺は神子上の善意に一応の感謝をする。
「それとさ、私達、友達になったんだから、
次から呼ぶときは愛称とか下の名前で呼ぼうよ」
神子上が提案してきた。
なるほど、
嵩文零雨は零雨、神子上麗香は麗香っていうわけだな。
俺にはあだ名がついてるから、そっちを使うことになる。
「構わんが、強制はするなよ」
俺が答えると、神子上はもちろん、と答えた。
零雨も構わない、と答えた。
「それじゃあ、また明日ね」
玄関で鞄と紙袋を持ちながら靴を履く俺と零雨に、神子上がいう。
「ああ、また明日」
俺は零雨と一緒に神子上の家を出た。
太陽はすでに沈み、残照だけが空を朱に染めていた。
2010年10月29日投稿